最終決戦 前編
今回は三人称視点の話です。
夏の五十九日、決断の刻がやってきた。
前回と同じ戦場にクラリスとレイジは今度は同時にやってくる。
「約束の時だ。答えを聞こう」
レイジはクラリスに答えを求めた。
その眼差しは狂気に塗れている。
「やっぱり、応じられないわ」
一瞬息をため、クラリスは改めて誘いを強く断った。
「そうか。これでようやく俺も諦めがついた。そうすればお前を殺すことを躊躇う必要がなくなるからなァ!」
レイジはギラついた笑みを浮かべた。
かつての優男の面影はどこにもない。
「アンタにアタシを殺せるかしらね」
クラリスは余裕綽々に手元に杖を呼び寄せた。
今回は根拠のない自信ではない。
「お前の魔法は俺には通じない」
「それはどうかしら?」
双蛇の盾を構えたレイジに対してクラリスは懐から何かを取り出した。
「なんだそれは」
「オズ家が持つ魔装よ」
クラリスは左手の上で原初の光を輝かせた。
「お前『魔装は使うまでもない』って言ってたよな?」
「気分が変わったの。アンタも魔装を使うならこれでおあいこでしょ?」
そういうとクラリスは原初の光を上へと放り上げた。
宙へ浮かび上がった光は空中に静止し、不思議な輝きで二人の周囲を照らし出す。
「何をした」
「さあね、これで準備は整ったわ」
一気に臨戦態勢に入ったクラリスを見てレイジは盾を前へ出した。
原初の光によってもたらされた効果を彼は何も知らない。
以前と同じ特大の火球がレイジに向かって放たれた。
盾の力によって彼はあらゆる魔法から守られる…はずだったのだが。
「ッ!?」
火球を盾で受け止めたレイジはその出力に耐え切れずに後方へと吹き飛ばされた。
彼の身体は宙を舞い、今の状況を理解するよりも先に背中から地面に叩きつけられる。
「立ちなさい。ボサっとしてたら次は直撃するわよ?」
クラリスによる猛攻が牙をむき始めた。
大地から錬成されたゴーレムが次々と押し寄せ、レイジを攻め立てる。
対するレイジも盾で攻撃を無力化しようとする。
が、盾はどういうわけかその力を働かせない。
「なぜだ!?なぜ盾の力が発現しない!?」
レイジは激しく動揺した。
虎の子とでも言うべき対クラリス最強の武器がその効力をまるで見せなくなってしまったのだ。
盾の力に頼り切っていた以上、今は逃げることしかできない。
「ほらほら、さっきまでの余裕はどうしたのよ?」
ゴーレムの首にもたれ、その肩の上で足を組みながらクラリスは冷たい笑みを浮かべた。
「お前!何をした!?」
「ちょっと細工しただけよ。それより逃げてばかりじゃ潰されるのも時間の問題かもね」
クラリスは杖でレイジを指し示した。
地面が隆起し、無数に錬成された小型のゴーレムが飛び掛かるようにレイジに突っ込んでいく。
レイジはようやく理解した。
原初の光の力によって双蛇の盾がその力を発揮しなくなっているのだ。
こうなってしまった以上、彼に取れる手段は二つ。
『原初の光を停止させる』か『クラリスと正面から実力勝負を挑むか』だ。
前者が成功すれば双蛇の盾はその力を取り戻し、再びクラリスを完封することができる。
だが肝心の光は空中にあり、直接手を出すことは不可能にも等しい。
そして、後者を選ぶことはレイジにとっては自殺行為も同然だ。
クラリスとレイジ、二人の間にはかなり実力の差が開いている。
今まではその実力差を正面対決を避けた上での策謀の数々で潜り抜けてきた。
しかし今は正面から戦わなければならない。
背を向けようものなら即座に死が待ち受けている。
今は立ち向かうしかない。
ゴーレムから逃げ回りながらレイジは指で空中に印を刻んだ。
「やっとその気になったみたいね。そうでなきゃ面白くないわ」
ようやく抵抗を見せたレイジに対してクラリスは歓喜した。
そして、真正面からの撃ち合いこそが彼女の最も得意とする戦法でもあった。
クラリスはゴーレムの肩から降り、再び地に足をつけて杖を構えた。
その直後、レイジの魔法によってゴーレムは崩壊を起こして土塊になって地上へと降り注ぐ。
「アンタの魔法の正体がようやくわかったわ。原始魔法ね」
『原始魔法』、それはこの世界において最初に編み出されたとされる魔法。
印を刻み、それに対応する魔法を発動させる。
印さえ刻めばどんな魔法使いであろうと発動させることができるがその力を発揮するには膨大な量の知識と詠唱が必要になる。
「だったらなんだ」
レイジは機能を失った盾を投げ捨て、やけ気味に言い返した。
自分の手の内が知れたからと焦っている場合ではない。
「手の内がわかったからやりやすいと思ったのよね」
「アタシ、原始魔法の欠点を知ってるからさ」
そういうとクラリスは自身の背後に金色の陣を展開させた。
これまでレイジとの戦いで使用してこなかった彼女の最大の武器『召喚魔法』を発動させる構えだ。
「原始魔法は刻印ができなければ発動されないってことは、刻印させる隙を与えなければいいのよね?」
「さあ、死に物狂いでかかってきなさい!」
ギラギラと笑みを浮かべ、クラリスは陣の中から光の鎖を無数にレイジ目がけて打ち込み始めた。
まるで前回自分が受けた仕打ちへの意趣返しと言わんばかりに猛攻を加える。
自分目がけてすさまじい速さで一直線に飛んでくる鎖の一本一本を紙一重で回避しながらレイジは反撃のために原始魔法を刻印しようとする。
しかし嵐の如く絶えず飛んでくる光の鎖がそれを許さない。
避けられた鎖は地面に突き刺さっては消え、矢継ぎ早に新たな鎖が飛んでくる。
そしてどれか一本にでも捕まればその瞬間にレイジの敗北が決定する。
「どうしたの?まだアタシは何もしていないのよ?」
クラリスは仁王立ちしながら実力の差を見せつけるようにレイジを煽った。
その気になれば鎖を飛ばしながら自分自身もさらに攻撃を加えることもできる。
だが彼女は『あえて』それをしていない。
レイジの表情は苦虫を噛み潰したように歪み、同時に憎悪と殺意に満ちていく。
対してクラリスはそれをあざ笑うかのように余裕のある冷たい笑みを崩さない。
「なんだあれは……」
一方その頃、戦場の音を聞きつけて遠くから様子を傍観していたタカノは呆然とそれを眺めていた。
ついこの前まで自分のすぐ側にいた彼女の圧倒的な実力を前に開いた口がふさがらない。
「お姉ちゃん……」
ただ呆然とするタカノの隣ではミラが心配そうに戦いの様子を見ていた。
マーリン家の娘である彼女は直接戦闘に参加することはない。
そして何より、加勢したところで二人の足元にも及ばないことを彼女は理解している。
レイジはわずかな合間を縫い、ようやくの思いで刻印の一つを完成させた。
刻印によってつくられた短剣の柄を握りしめ、絶え間なく飛んでくる鎖の一本一本を切り払いながらクラリスとの距離を少しずつ詰めていく。
「少しはやるようね」
クラリスは改めて杖を構え、召喚のための陣を消滅させた。
同時に鎖も一斉に消滅し、一時的に無防備となる。
「クウウウラアアアリイイイスウウウウウウ!!」
理性のほとんどを失ったレイジは剣を片手に彼女目がけて突っ込んでくる。
その表情はさながら鬼神の如しだ。
だがクラリスはそんなことを意にも介さない。
そしてレイジがクラリスの眼前にまで迫ろうとしたその瞬間。
「ッ!?ガッ……ガハッ……」
レイジの背後から伸びた光の鎖が彼の胸を貫いた。
その刹那、レイジの口から大量の血が噴き出す。
レイジの手から刃が落ちた。
それを見逃すこともなく、クラリスは鎖でレイジの四肢を縛り上げる。
「勝負あったわね」
クラリスは静かに杖を下ろした。
しかし油断はしていない。
相手を完全に沈黙させるまでが戦いであるということは彼女自身も熟知している。
「クラリスゥ……」
僅かに霞むような声でレイジはその名を呼んだ。
彼の中にはもはやクラリスに対する執念と憎悪しか残っていない。
「最後に聞かせてちょうだい。どうしてアンタはそんなにアタシにこだわるの?」
レイジに近づき、クラリスは問うた。
この戦争が起きた直接の原因であり、これまで彼女が知りえなかったことだ。
「お前が憎かった……名家に生まれ、才能に恵まれ、そして何不自由なく魔法使いの頂点に立つお前が!」
瀕死とは思えない活力で目を見開き、レイジは己の胸中をぶちまけた。
「アタシが憎い?」
「俺は我がエルリック家の再興を目指し絶え間なく努力を重ねた。原始魔術をすべて覚え、戦術を学び、数々の戦に勝ってきた。だが俺の上にはいつもお前がいた。あらゆる魔法を扱い、数多くの怪物を倒し、圧倒的な実力で部下たちを束ねるその姿がうらやましく、そして何より憎くて仕方がなかった。俺はいつしかそんなお前に恋い焦がれ、お前と並び立つことができれば認めてもらえるのかもしれない。その一心で今まで自分を高め続けてきたが、いつまでたっても追いつけない自分に気づいた」
狂気的なまでの執着心にクラリスは言葉を失った。
レイジがそこまで自分に対して愛憎を抱いているとは思いもしていなかった。
「でも、それも今日で終わりね。最期ぐらいは一思いにやってやるわ」
「まだ手はある」
そういうとレイジは指で小さく印を刻み始めた。
「アンタ……まさか……」
レイジの行動が何を表すのかを悟ったクラリスは血相を変えた。
その印が何を発動させるものかを知っている。
「やめなさい!アンタ人間を捨てるつもり!?」
「構わんッ!この手でお前を葬れるならなァ!」
クラリスの制止を振り切り、レイジは印を完成させた。
魔法が発動し、レイジの身体が漆黒の闇に覆われていく。
「アアアアアアアア!!」
魔法により、レイジは完全に人間の姿を捨てた異形へと変貌を遂げた。
肌は完全に黒化し、手足には長く伸びた鋭い爪が、そして背には巨大な翼が発生していた。
その姿はまさに……
「異形と……契約したのね」
数ある原始魔法の中で最も危険とされる『異形との契約』
発動したものに飛躍的な力を与える一方で人間としての姿と理性を完全に奪われ、決して元に戻ることはない。
編み出されたその時から現在まで禁忌とされてきた存在だ。
「アアアアアアアア……!」
レイジは完全に言語能力と理性を失っていた。
その脳内にはクラリスに対する殺意だけが残されている。
「チッ……どこまでも面倒な奴!」
「アアアアアアアアアアアアアアア!!」
さっきまでレイジだった異形は咆哮を上げると自らを縛った鎖をいともたやすく引きちぎった。
拘束が解かれたそれはクラリスを睨み、狙いを定めるように姿勢を低くした。
クラリスは再び杖を構えた。




