切られた決戦の火蓋
今回は三人称視点の話です
戦争が始まってから四十四日が経過した夏の五十五日。
熾烈を極めたオズ家とエルリック家の魔法戦争もいよいよ当主同士の一騎打ちまで差し掛かっていた。
「よく見ておきなさい。オズ家の当主たるこのアタシの戦いをね」
「お前たち。この俺を信じるのだ」
クラリス、レイジの双方は生き残ったそれぞれの部下たちに待機を言い渡した。
一騎打ちに余計な介入は必要ない。
いや、割って入るのを許さないと言っているかのようだった。
両者はローブを身にまとい、クラリスは帽子を、レイジはフードを深くかぶって目元を隠す。
かつて両者の戦力がぶつかり合った陣地の中央にて二人は対峙することとなった。
「……来たか」
先に到着していたレイジの前に金色の魔法陣が広がる。
陣から光が迸り、その中からクラリスが現れる。
「アタシより先に待っているとはいい心がけね」
クラリスはレイジの顔を見るなり高飛車な一言を飛ばした。
対するレイジは一瞬不快そうに口元を歪めるがすぐに持ち直す。
「クラリス、重ねて訊ねよう。俺と結婚するつもりはないか?」
「ないに決まってるでしょ。言いたいことはそれだけ?」
あきらめの悪いレイジからの問いをばっさりと切り捨てたクラリスは手元に杖を呼び寄せた。
早くも臨戦態勢だ。
「そうか、ならばこちらも武器を手に取るしかあるまい」
クラリスに再三断られ、ついにレイジは武器を手に取った。
相食む二匹の蛇があしらわれたその銀色の盾だ。
「アンタ……まさか本当にそれを使うつもり?」
「当然だ。お前とやりあうためならどんなものでも使う」
クラリスは軽く動揺を見せた。
レイジが手にしていたそれに秘められた力を知っているからだ。
『双蛇の盾』
この世界に三つ存在するとされる『魔装』の一つであり、それはエルリック家に代々受け継がれてきたものだ。
「どうした?お前も魔装を出してもいいんだぞ?」
狼狽えるクラリスにレイジはさらなる挑発を加えた。
レイジの言葉通り、クラリスが属するオズ家も魔装の一つを所持している。
「そんなものに頼るまでもないわ」
「その減らず口、今に後悔させてやろう」
クラリスとレイジは杖と盾を突き合わせた。
互いの得物を突き合わせるのは魔法使い同士の決闘を行うことを表す儀礼だ。
互いに背を向け互いに一歩、二歩と歩みを進める。
三歩目を踏み込んだ時が決闘開始の時だ。
先に三歩目を進めたのはクラリスだった。
杖を振りかざし、レイジ目がけて特大の火球を飛ばした。
大火力で周囲の地面が抉れ、爆風が無数の土塊を舞い上げる。
「相変わらずの初撃の速さだな」
爆炎の向こうから火球の直撃を受けたはずのレイジが無傷で涼しい顔をしながら姿を現した。
(やっぱりあの程度じゃダメか……)
クラリスの頬を冷や汗が伝う。
彼の手にした盾の力を目の当たりにしたからだ。
『持ち手をあらゆる魔法から守る』
それが双蛇の盾に言い伝えられた力だ。
「どうした?魔装の力に怖気づいたか」
「はぁ?ちょっと狙いを外しただけよ」
レイジは余裕綽々にクラリスを煽った。
クラリスも負けじと威勢よく煽り返す。
(ヤバい……魔装使わないとこっちの攻撃が何も効かない)
クラリスは内心ではかなり焦っていた。
あの盾を手にしている限り、レイジに対してこちらからの有効打はない。
(そうだ!物理的な攻撃なら)
一瞬のひらめきに身を任せ、クラリスは杖の下端で地面を叩いた。
大地が隆起して一瞬で人型を形作り、見上げるほどに巨大なゴーレムへと錬成される。
それも一体や二体ではない、無数のゴーレムたちが錬成されてレイジを取り囲んだ。
「これならどう?」
錬成されたゴーレムの一体の肩の上に乗ったクラリスは再びレイジへの攻撃を開始した。
己の魔法がダメでも錬成したゴーレムによる物理的攻撃なら有効かもしれない、そう見込んでの展開だ。
ゴーレムはレイジに狙いを定めて拳を振り上げた。
レイジは盾を構えて攻撃に備える。
「ウゴオオオオオオオオッ!!」
すさまじい声を上げ、ゴーレムはレイジ目がけて拳を振り下ろした。
そしてその拳が盾に触れた矢先…
「嘘でしょ!?」
クラリスは目を疑った。
盾に触れた瞬間にゴーレムが拳から崩れ落ち始めたからだ。
二撃、三撃と攻撃を加えた別のゴーレムたちも次々に瓦解していく。
「無駄だ。俺に魔法は通じない」
レイジの顔から余裕が崩れる様子はない。
対照的にクラリスの顔には明確に焦りが見え始めている。
(なんとかしてあの盾を引きはがさないと……)
クラリスが自分の攻撃を通すためにはあの盾をなんとかしなければならない。
だが今の彼女にできる行動は魔法の行使しかなかった。
「お得意の召喚魔法を使ってみたらどうだ?手元に魔装を呼び寄せられるんだろう?」
レイジは自ら攻略のヒントを与えることでクラリスに対して挑発を重ねた。
そんなことは彼女自身にもわかっている。
だがクラリスは頑なに召喚魔法を使おうとはしない。
ここで素直に使えばレイジの思うつぼだとわかっている。
「今はまだ使うときじゃないわ」
「そうか。ならば次はこちらから行かせてもらおう」
レイジが反撃への移行を宣言した。
いよいよ彼の手の内が明らかになる。
「まずは小手調べだ」
そういうとレイジは指で空中に何かを刻んだ。
刻まれた印は短剣を形作り、彼の手へと握られる。
「行くぞッ!」
レイジは手にした短剣をクラリスへと投げつけた。
投擲された刃は一瞬で加速し、クラリス目がけて一直線に飛んでいく。
クラリスは防御用の魔法陣を展開した。
前方に張られた陣は剣の行く手を阻み、地上へと叩き落とした。
落とされた剣は音もなく崩れて刻印へと戻り、そして空中に溶けて消えていく。
「ッ!?」
剣を防御した矢先、クラリスの右腕に激痛が走った。
右腕を見るとそこには先ほど防御したはずの短剣が突き刺さっていた。
腕を貫いた刃は赤く塗られ、その先からは彼女の血がしたたり落ちる。
「うっ……!うあああああ……!」
クラリスの口から激痛のあまりに声にならない悲鳴が漏れ出た。
もはや立つこともままならず、膝をついて崩れ落ちる。
それでも感覚を失いかけた右腕を左腕で無理やり抑え、その手に握った杖を離そうとはしない。
「ハハッ……僕の力で君に傷をつけたんだ……ハハッ!ハハハハハハハッ!!」
痛みに悶え苦しむクラリスを眺めながらレイジは恍惚とした表情を浮かべ、高笑いした。
周囲一帯に響き渡るであろうその大きな笑い声は底知れぬ狂気に満ち溢れている。
「どうだ。これが俺の実力だ」
「ずっとこの瞬間を待ち望んでいたんだ。君が俺の手で痛めつけられて苦しみの表情を浮かべるこの瞬間をな!」
レイジはクラリスの下へと歩みを進め、彼女の顎を右手で持ち上げるとその瞳をギョロリと覗き込んだ。
クラリスは怒りと涙の滲んだ目で精いっぱいレイジを睨みつける。
「いい目だ。それでこそ俺の見込んだ女だ」
「アンタ……最初からこうするつもりで魔装を……」
「当然。君に敗北感と屈辱を植え付けるためにね」
レイジは完全に狂気に飲まれている。
そしてクラリスは今までレイジが前線に出てこなかった理由を理解した。
レイジ自身の戦法が完全に『対魔法使い』に特化していたからだ。
そしてまんまと自分もそれに引っかかった。
「今日の俺は機嫌がいい。最後のチャンスをやろう」
「君が俺との結婚を受け入れるのであれば戦争を和解で終結させ、オズ派の魔法使いたちの命も保障してやってもいい」
その提案はクラリスの心に強い揺さぶりをかけた。
彼女の中に『勝てないかもしれない』という懸念が浮かび上がったからだ。
「どうだ?俺との結婚を受け入れるか?」
レイジは重ねて結婚を迫った。
目の焦点が合っていない、意識は完全に別のところへと飛んでしまっている。
「ハッ、所詮は魔装に頼らなければアタシの魔法をろくに防げもしない男と結婚するなんてまっぴらね」
辛うじて己を繋ぎ留めたクラリスは強気に否定した。
それが今の自分にできる唯一の抵抗だ。
「今日から三日間の時間をやろう。そして再びここで答えを聞くとしよう。その間、じっくり考えるがいい」
そう言い渡したレイジはクラリスに背を向け、軽やかな足取りで去っていった。
クラリスは追いかけようとするが立ち上がることができず、ただレイジの姿が遠くなっていくのを見ていることしかできなかった。
魔装の圧倒的な力を前にクラリスは人生初の『敗北』を刻み付けられることになった。
「……ッ!」
クラリスは痛みを堪えて声を押し殺し、右腕に突き刺さった剣を引き抜いた。
鮮血が溢れ出る傷口を左手で抑え、治癒魔法を自らに施して傷を塞ぐ。
引き抜かれた剣は再び文字に分解され、空中に溶けて消えていく。
嫌悪する相手にかつてない恥辱、屈辱を与えられ、戦場に取り残されたクラリスは一人静かに涙を流し嗚咽を響かせた。




