決戦前夜
今回はタカノ視点の話です
あれからまたいくらかの日が経った。
相も変わらず戦争の経過は噂でしか知ることができない。
聞いた限りではどちらが勝ってもおかしくはないがお互いにボロボロの状態になっているらしい。
オズは今頃何をしているんだろう。
一人で無理をしすぎたりしてないだろうか。
なんだか心配になってきたぞ。
「はぁ…」
心配のあまり思わずため息が漏れた。
仕事中にため息をつくなんてあってはならないことだ。
最近はギルドにはぐれゴーレムが来ることがなくなったから俺たちの業務はいつも通りのギルド内巡回に戻った。
とはいっても国防の仕事に回す人間が少なくなっただけであって完全にいつも通りとは言い切れないが。
「なんだタカノ。仕事中に浮かない顔してよお」
アレンが隣から俺の顔を覗きながら話しかけてくる。
なんだかんだでアレンとも一年近い付き合いだ、その理由もなんとなく察していることだろう。
「いや、なんかオズのことが心配でさ」
「そんなことだと思ったわ」
そんなこととはなんだ俺にとってはかなり重大な問題なんだぞ。
「オズはオズ家の当主だけど俺の恋人でもあるんだ、恋人が戦争に出ていて不安にならない奴がいると思うか?」
「俺にはわからんが…お前がそう言うなら重要なことなんだろうな」
「そういうことよ」
アレンはアレンなりの理解を示してくれた。
なんだかんだ言って話せばわかる奴だ。
ああだこうだしている間に気が付けばもう退勤の時間だ。
「まぁ、オズ家の女ならお前が心配することもないと思うぞ」
退勤間際、アレンが声をかけてくれた。
お前の言うことは頭で理解はできるんだがどうにもなぁ。
「でも相手は常勝無敗と言われたエルリック家だぞ。さすがに安心はしきれねえよ」
「何か手を貸してやるっていうのはどうだ?」
「よせ、ギルドを守るクルセイダーが火に油を注いでどうする」
俺たちの仕事はあくまで『ギルドを守ること』だ。
オズに手を貸すことは戦争に加担することに他ならない。
そういえばしばらくアイツの顔を見てないな。
元気にしてるだろうか。
「ただいまー」
俺は図書館の五階へと帰宅した。
「おかえりー。待ちくたびれたわー」
なんだかものすごく聞きなれた声がする。
おかしい、普段ここにはいないはずなのに。
「オズ!?」
そこにいた彼女を見て驚きのあまりに心臓が止まりそうになった。
現在戦争真っ最中のオズ家の当主、クラリス・オズが俺の目の前にいる。
「休息中で暇だからさ、会いに来ちゃった」
いつもと変わらないノリでオズは返事をよこしてきた。
誰も教えていないはずなのに、どうしてここがわかったんだろうか。
「お前…どうしてここがわかったんだ?」
「一度アンタの家に行ったけど誰もいなくてさ。しばらく空けてるって雰囲気がしたからレオナルドに聞き出したのよ」
「図書館前にクロがいたからなんとなくそうだろうとは思ってたんだけどさ」
勘のいい女だ。
「なんというかお前…痩せたな」
オズの身体が以前よりも細くなっているように見える。
それに顔周りも心なしか肉が落ちている。
「飯がゆっくり食えなきゃ安心して寝られもしないしねー」
オズは冗談っぽく笑いながら語った。
本当なら笑い事じゃないぐらい深刻な問題のはずなんだが…
「そういえばミラはなにしてるの?」
「学校に友達の顔見に行くって出て行ったけど」
「そっか、あの子は本当に勉強好きね」
「レオナルドさんに似たんだろうな」
この時間になっても帰ってこないということは久々の学校が楽しくて仕方がないのだろう。
そう考えれば学校に行かせた甲斐があったってものだ。
「まあ今日ぐらいはゆっくり飯食って酒でも飲んでけよ」
「マジで!?」
オズは嬉しそうな声を上げた。
久々にオズに振る舞う手料理だ、腕が鳴る。
「ただいまー!ごめーん遅くなっちゃっ…」
ちょうどミラも帰ってきた。
そしてここにいるオズの姿をみて言葉を失い、身体が固まる。
「お、お…お姉ちゃん!?」
ミラは目を見開いて慌てふためいている。
つい数十分前の俺と同じ反応をしていて面白い。
俺とミラ、そしてオズ。
久々の三人揃っての食事を心行くまで楽しんだ。
束の間ではあるものの、戦争が始まる前のあのひと時が戻ってきた。
この世界に来てからこれほど楽しいことがあっただろうか。
だが、そんな時間もそう長くは続かない。
「まさか風呂がないなんてねー…」
「最初は俺も困ったもんだよ」
風呂屋での風呂上り、俺とオズはロビーのような場所でくつろぎながら語らいあった。
ミラは先に帰ってしまっている。
彼女は変身魔法を使って猫に姿を変えていた、イズナ君に教わったらしい。
「あのさ、アタシ不安なのよ」
「…は?」
まさかオズからそんなに弱弱しい台詞が飛び出してくるとは思いもしなかった。
オズは俯きながら語り始めた。
「アタシとレイジが引き起こした戦争が、アタシの多くの部下たちの命を消した」
「これは仕方のないことだと思ってるわ。戦争なんていうのはそんなもんだし」
俺は何も言えない。
自分には経験したことのない壮絶さだったからだ。
「近いうちにアタシとレイジが正面から戦うことになると思う」
「でも、アタシが勝てるかどうか自信がないのよ…」
「どうしてだ?」
「レイジの手の内が、わからないから」
オズは不安げに続ける。
「アイツはアタシが召喚魔法を使えることを知っている。それにアタシの癖だって見抜いてるわ」
「でもアタシはレイジの手の内を知らないの」
「アンタならわかるでしょ?一方的に手の内を知られることの怖さを」
それは俺にもわかる。
昔遊んだゲームで友人に一方的に対策をされて為す術もなく負けた記憶がある。
事情は違えど状況は同じはずだ。
「わかる」
「そういうと思ってたわ」
「アタシがこんなこと言うなんて意外でしょ?」
「…そうだな」
「せめてミラの前では強くてカッコいいアタシを通したかったからさ、アンタの前でこんな風にぶっちゃけることになったよね」
俺だってこんなに弱気なオズを見ることになるとは思わなかった。
まるで別人みたいだ。
「でも、俺は逆に安心したけどな」
「え?」
「そうやって不安を打ち明けてくれてさ。ようやく実感できたよ、お前も一人の人間なんだってな」
「強いお前も、弱いお前も、全部ひっくるめてオズっていう女だ」
「俺はお前の恋人だ。喜びも悲しみも、苦しみをお前と共にするのも俺の仕事だからな」
「どんなお前だって受け入れてやる。俺はただの人間だから力になれるかはわかんねえけどさ」
オズの俯いた顔がみるみる赤くなっていく。
我ながら実に臭いことを言ったもんだ。
「お前なら大丈夫だ。」
「だってお前はこの世界で一番の魔法使いなんだからよ」
ただの一般人である俺には魔法使いの世界はあまりわからない。
でもそんな俺にもしてやれることが確実に一つある。
オズに自信をつけさせてやることだ。
「なんかありがとね」
「そうよね、何をレイジなんかにビビってるのよ」
「アタシはオズ家の当主よ!エルリック家なんて目じゃないわ!」
よかった、いつものオズに戻ってくれた。
それでこそオズだ。
「スッキリしたからそろそろ帰るわ」
「お前にはもう一つ帰る場所があるのを忘れるな。辛かったらいつでも戻って来い」
「じゃあね」
金色の魔法陣の光に包まれ、オズは姿を消した。
こっちに来た時よりも上機嫌なようだった。
こんな俺でもオズの力になれたんだろうか。
直接対決をすると言っていたが彼女ならきっと大丈夫だろう。
戦いが終わる日は近い。




