オズの出陣
開戦から僅か一日後の早朝。
クラリスは戦地を見渡せる高台まで足を運んでいた。
深く被った帽子の縁を摘まんで額の高さまで持ち上げ、不敵な笑みを浮かべながらクラリスは戦場へ視野を広げる。
その表情は『存分に力を振るえる』と言わんばかりだ。
冒険者や傭兵まで多くの行動派の魔法使いたちを擁するオズ派の当主たるクラリスの力は一人で戦局を一変させるほどに絶大なものだ。
だが将が自ら戦場へ赴くということはそれ相応に危険が付き纏う行動でもある。
「じゃあ、パパっと結界を張っている魔法使いどもをあぶり出してやるわ!」
そう言った矢先にクラリスは手元に杖を呼び寄せた。
彼女が手元に杖を呼び寄せるのは主に詠唱を行う大掛かりな魔法を使う時だ。
杖を手にした彼女が見据える先は無数のゴーレムが入り乱れる戦地のど真ん中。
「我が名に於いて命ず!我に楯突く愚か者を劫火を以て天へと送れッ!」
口上を走らせ、クラリスは杖をかざして勢いよく振り下ろした。
杖の先から光が迸り、彼女の見据えた先を激しい炎が包み込む。
放たれた劫火に焼き払われ、敵味方問わずにその場にいたゴーレムの群れが影も残さず灰燼となり果てて天へと昇っていく。
「ぬあああああああああ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
戦場に断末魔が飛び交う。
しかし今は戦争、戦場で人命を尊重する道理はない。
魔法の発動から僅か十数秒後。
クラリスの視界にはゴーレムも魔法使いもいない、残滓が散らばる焼け野原だけが視界に広がっていた。
「さぁ、これで陣を護るゴーレムどもは全部消し去ってやったわ。後は結界をぶち破るだけね」
赤色の長髪を掻き上げ、溜め込んだ息を静かに吹き出すとクラリスは魔法陣を展開して再び姿を消した。
「何!?あの陣形が一瞬で崩されただと!?」
報告を受けたレイジはひどく焦った。
相手が力に優れたオズ家であることは想定していたとはいえ、自身の敷いた陣形がこんなにもあっさりと崩されるとは想定していなかったからだ。
「恐らく、オズ家の当主が直々に出たものかと」
「あの脳筋女め……!」
レイジは表情を甚く歪ませた。
策を巡らせた末に造り上げた鉄壁の陣形をクラリスたった一人の圧倒的な力で崩されたことが悔しくてならない。
その上、こうなってはオズ家のゴーレム軍団との真っ向勝負は避けられない。
「すぐにゴーレムを再生産して迎撃に備えろ!」
「オズ家のゴーレムが結界を破って我らの陣地へと侵入!このままでは再生産が追いつきません!」
悪い状況に悪条件?が重なる。
これでは押し切られるのも時間の問題だ。
「人間も現地に駆り出して加勢させろ、なんとしても陣地を守り抜くのだ!」
レイジは陣地防衛を重ねて命令した。
大量に戦力を消費しようが陣地だけは守り抜かなければならない。
『クラリス自身を直接陣地に誘い込むまでは』
「クラリス様。我らオズ家のゴーレムたちがエルリック家の結界を突破、陣地への侵入に成功しました。」
「こっからレイジがどう切り返してくるかが問題ね……」
大広間にて嬉々として戦況を報告をする部下とは対照的にクラリスの表情は緊迫した様子を見せていた。
戦局は明らかにこちら側有利に傾いているものの、このまま一気に押し切れるとは思えない。
「しかしこちらのゴーレムもクラリス様の魔法に巻き込まれ約半数が消滅、攻め手が欠けている状態です」
「あー……」
報告を受けたクラリスは苦笑いしながら頬を掻いた。
エルリック家のゴーレムを焼き払うことしか考えておらず、こちらへの被害を度外視していたのを失念していたからだ。
これでは十分に攻め切ることができないのは確実だ。
「ゴーレムを百体ほど再生産しなさい。半分は攻撃の増援に、残り半分はこちらの陣地防衛の補強に回すのよ」
「はい。ではそのように」
クラリスはゴーレムの再生産を命じた。
攻撃に加え、陣地防衛の補強も怠らない。
「ふわぁ……」
クラリスは大きな欠伸をした。
脳に酸素を送り、彼女は活動を継続しようとしている。
「クラリスお嬢様。お疲れですかな?」
オズ家の屋敷の使用人であるバートが声をかけた。
クラリスが屋敷にいる間、彼女の身の回りのほとんどのことは彼が行っている。
「朝早くからぶっ放して疲れたわ……」
「連日の詰め込みは身体や判断能力に悪影響を及ぼします。少し仮眠を取られてはいかがでしょう」
「えー……アタシ抜きでもし何か起きたらどうするの?」
バートとのやり取りの合間にクラリスはまた大きな欠伸をした。
彼女の眠気も限界に近付いている。
「大丈夫です。お嬢様には優秀なる部下たちが付いておられます故、そのような心配はご無用です」
バートは諭すようにクラリスを説得する。
戦争中と言えど彼女の安全と健康がバートにとっての最重要事項だ。
「うーん……バートがそこまで言うならちょっとだけ寝ようかな……」
「後のことは我々に任せて、お嬢様はゆっくりお休みくださいませ」
クラリスは大広間を後にし、私室へと足を運んでいった。
「念のために周辺警備を手配しておきましょう」
そう呟くとバートは指を鳴らした。
指を鳴らす音に呼応し、三体の使い魔たちがバートの目の前に姿を現した。
「クラリスお嬢様がお目覚めになられるまで彼女をお守りしなさい」
使い魔たちに命令するとバートは再び指を鳴らした。
命令を受けた使い魔たちは一瞬でクラリスの私室へと飛んでいった。
流石のクラリスも寝ている時ばかりは無防備である。
寝込みを狙う刺客たちから彼女を護るのが使い魔たちに与えられた役目だ。
戦争は二日目にして波乱の展開が続く。
しかし、まだどちらにも傾きかねず油断はならない。
両者のプライドを賭けた戦いはまだ始まったばかりだ。




