父との顔合わせ
「起きてー!ねえ起きてー!」
翌朝、テンションの高いミラの声とともに揺り起こされた。
昨日の夕方もこんな感じに起こされたなあ。
「今日はギルドに連れてってくれるんでしょー?起きて起きてー」
そういえばそうだったわ。
ところで今何時だ?
……九時十九分。
仕事に行かなくていいという安心感だけでもこんなに寝られるものなのか。
でもその日暮らしなこの生活ともすぐにおさらばだ。
さて、それはそれとして……
「お前、寝癖すごいな」
寝癖でミラの髪がすごいことになっている。
綺麗な銀髪が外ハネだらけでボサボサだ。
これは直してやらないと。
「そうなの?」
鏡を見ていないらしいミラは自分の髪をペタペタと触っている。
多分だが鏡を見てみないとわからないぞ。
「直してやるからついてこい」
「ついてこいってどこに?」
「洗面所だよ。鏡見ないと直ったかわからないだろ」
「うげぇ……」
洗面所と聞いたミラは露骨に嫌そうな顔を見せた。
違う、俺は風呂に入れようとしてるんじゃない。
「風呂には入れねえよ」
「そっか。ならいいや」
ミラの風呂嫌いは筋金入りだな。
「見てみろ。これが今のお前の髪の毛だ」
「本当だ。なんでこんなボサボサになってるの?」
どうやら彼女は寝癖というものをよくわかっていないようだ。
俺はミラの髪を濡らしてブラシを通した。
元々俺の寝癖直しのために買ったものだが俺より先に使うことになるとは。
「まだ?」
「もう少し待ってろ」
そわそわするミラを宥めながら寝癖直しを続けた。
何せミラの髪の量は俺と比べて圧倒的に多い。
どうしても時間がかかってしまうのだ。
「よし、できたぞ。鏡見てみろ」
「おぉー!綺麗になってる!」
鏡を見て髪が昨日までと同じに戻ったのを確認したミラは驚きと喜びが入り混じった声を上げた。
今まで髪を整えるのを誰かにまかせっきりだったんだろうか。
ここからは俺も身支度しないとな。
ほう。
初めて異世界用の外服に袖を通したが案外着心地は悪くない。
「いこー!はやくはやくー!」
「うおっとと……そう急かすな」
ミラが俺の腕をぐいぐいと引っ張って来る。
想像してたよりもずっと力が強くて姿勢を崩しそうになった。
男だろうが女だろうがガキの力って案外侮れないな。
「よし、じゃあ行くか」
こうしてミラに引っ張られる形で俺は家を出た。
歩くこと数十分。
今日もなんの危なげもなく商人ギルドに到着することができた。
「なあミラ、お前の親御さんってどこにいるんだ?」
道中、俺は昨夜から気になっていたことをミラに尋ねた。
昨日は成り行きから自宅で預かったがもしかすると近くに本来の保護者がいるのかもしれない。
ならばせめて事情の説明をしなければ。
「お父さんならギルドの図書館にいるはずだよ」
案外近くにいるもんだ。
というか遠くの街から来たっていう女の子が自力であんなところにたどり着けるはずがないか。
なら一度会いに行くことにしよう。
「なら一度図書館に行きたい。案内できるか?」
「うん、任せて!」
ミラは自信満々に言い放った。
道はわかるようで何よりだ。
そんなこんなでミラに案内され、ギルドを歩くこと十数分。
俺はある巨大な施設へとたどり着いた。
「はい。ここが図書館だよ」
嘘だろ!?
俺の知ってる図書館と違う。
これ、図書館というより『野球スタジアム』じゃねえの?
いくらなんでもデカすぎるだろ。
「こんなところに、ミラのお父さんはいるのか?」
「うん。ここの三階にいるんだよ」
思わず聞き返してしまった。
えっ、こんなデカいところで仕事してるの?
ミラに手を引かれ、階段を登って俺は図書館の三階へと足を運んだ。
「おぉ……」
その光景に俺はただただ圧倒されるしかなかった。
どこを見ても分厚い書物が敷き詰められた本棚がずらりとどこまでも続いている。
やっぱり俺が知っている図書館とは違う。
「うーん……お父さんは普段この近くにいると思うんだけど」
ミラは迷いなく図書館の中を進んでいく。
もしかしてここに通い慣れているのか。
「お父さーん」
ミラがそう呼ぶ先にいたのは椅子に座って何かを長々と書き連ねている銀髪の細身の男性だ。
髪や肌の色から彼女の面影を感じる。
「やあミラ。昨日は何をしていたのかな?」
声をかけられた男性は穏やかな物腰でミラに話しかけた。
様子を見る限り顔見知りの関係か、ということは本当に彼がミラのお父さんなのか。
「昨日はね。そこの人に助けてもらったの」
「へぇ、あの人かい?」
ミラのお父さんは俺の方を見てきた。
その瞳はミラと同じ空色をしている。
俺はとりあえず軽い会釈をしながら歩み寄った。
「あっ、どうも。タカノ・トモユキって言います」
「なるほど、タカノ君か」
早くも名前を憶えられた。
娘を勝手に一日預かってしまったがどう思われてるんだろう。
「私はレオナルド。ミラの父でこの図書館の管理人さ」
そうかー、この人はミラの実の父親かー。
……ってえぇ!?
「この図書館を……管理してるんスか?」
「うん。この建物と、ここにある図書はすべて私の管理物だよ」
俺の見込みに間違いはなかった。
やっぱりミラはすごいところのお嬢様だ。
俺はミラを図書館の中で好きにさせ、昨日の出来事をレオナルドさんに語った。
昨日初めてミラと出会ったこと、そして一晩面倒を見て現在に至っているということ。
「なるほど。つまり君がミラの面倒を見てくれていたんだね」
「まぁ、そういうことになりますね」
「ありがとう。見かけによらずいい人なんだね」
見かけによらなくても俺はいい人だっつーの。
「あの、ミラのことなんですけど」
「なにかな?」
俺はここから先が言えなかった。
ミラがレオナルドさんの元に帰ったとして、その後はどうなるんだろう。
昨日聞いた限りじゃ母親から逃げているようだったが、父親と同行しているんじゃすぐにアシがついてしまうだろう。
それなら……
「少しの間俺に預からせてもらえませんか」
「ふむ……それはどういう意味かな?」
レオナルドさんは穏やかな表情から一変、冷たい表情で俺に問い詰めてきた。
怖ええええ。
そりゃ年端もいかない娘を初対面の男に預からせてくれなんて言われたらこうもなるに決まってるけど。
「昨日ミラから聞いたんですけど。あの子って今家出中なんスよね」
「確かにその言葉に偽りはない」
やはりそうだったのか。
それなら……
「母親から逃げるための家出なら、父親である貴方の傍にいるのは危険だと思うんスよ。ましてや匿っているのが貴方の仕事場であるなら尚更っス」
俺は動機を語る。
父親の職場に匿われるよりは俺の家にいる方がアシは付かないはずだ。
それに、家出をしている本人がそこにいなければレオナルドさんだっていくらでも言い訳ができる。
「なるほど、確かに君の言い分は理解できる」
レオナルドさんはこちらへと傾いた。
が、返事をするのを躊躇っているようにも見えた。
「滅茶苦茶なことを言っている自覚はあります。でも、俺のことを信じてミラを俺の元に預けてはもらえませんか」
レオナルドさんは黙り込んでなにも答えない。
流石にノーを突きつけられても仕方がない。
でも、俺にはどうしてもあの子のことを放っておけない。
「ミラ、こっちにおいで」
しばしの沈黙を破り、レオナルドさんはミラを呼びつけた。
それに呼応してミラは読んでいた本を閉じてこちらへ小走りで駆け寄ってくる。
「なに?」
「ミラ、これから少しの間タカノ君の元で生活してみないか?」
レオナルドさんからの言葉はまさかのものだった。
「ほぇ?」
あまりに唐突な話題にミラも素っ頓狂な声を上げる。
「お母さんはミラのことを探している。ずっとここにいたらすぐに見つかってしまうよ」
「そ、それは……」
やり取りから察するに、家出を決行してからまだあまり日は経っていないようだな。
「なら、お父さんも一緒に」
「それはできない」
「どうして?」
「お父さんはこの図書館の管理者だ。だからここを離れるわけにはいかない」
レオナルドさんはミラを突き放すように言った。
本気で俺の元に送り出すつもりらしい。
「タカノ君。ミラのことは頼んだよ」
「任せてください。絶対嫌な思いはさせませんから」
こうしてミラを少しの間、俺の元で預かることが決まった。
少しの間とはいってもいつまでかはわからない。
少なくとも、母親から完全に逃げ切れるまで……だろうか。
「ミラ、寂しいかもしれないけどお父さんはいなくなるわけじゃないからね。会いたくなったらまたここにおいで」
寂しそうな表情をするミラに対してレオナルドさんは慰めるように説いた。
確かにそうだ、レオナルドさんがここからいなくなってしまうわけではない。
いつでも会えるのだ。
それに気づいたミラは表情をパッと明るくして首を縦に振った。
そんなこんなあって、俺はミラを連れて図書館を後にした。
だが俺の異世界生活の課題は山積みだ。
まずは昨夜のミラとの約束を果たさなければ。
「約束通り、本屋に行こうか。好きな本を買ってやる」
「本当!?ありがとー!」
やはり本のことになるとテンションが上がるな。
生粋の読書好きってところか。
「本屋さーん!本屋さーん!」
「はいはい。連れてってやるから行き過ぎるなよ」
ミラは興奮気味にでギルドの通路を走り回る。
まずはコイツを落ち着かせるのが先決だな。
「すごーい!」
道行く人に場所を訪ねて訪れた大きな書店を前にしてミラは目を輝かせた。
よっぽど本が好きなのか。
早速一冊の本を手に取って眺めている。
とりあえず俺はミラが満足するまで待ってりゃよさそうかな。
さて、今のうちに俺は就職口のことでも考え……
「泥棒よ!泥棒!」
どっかから女の叫び声が聞こえてきた。
こんな真昼間に堂々と窃盗かよ。
「どけ!!」
などと考えていた矢先、正面から突っ込んできた男が威圧するように言い放ってきた。
んなこと言ったってもう距離は目と鼻の先だぞ、いきなり避けられるわけねえだろ。
それに気づいたときには時すでに遅し。
男の体当たりで俺は無様にはね飛ばされ、本棚に激突して雪崩れ落ちてきた本に埋もれることとなった。
「どこ見てやがるこのボンクラアッ!」
そう言い放って男は逃げていった。
ぶつかっといてその態度かよ。
「トモユキ大丈夫!?」
騒ぎを目撃していたミラが心配そうに駆け寄ってきた。
だが今はそれよりも重要なことがある。
「……今のは頭に来た」
すれ違いざまに言われたあの一言は俺の怒りの琴線に触れた。
前のクソ上司の言動を思い出したせいで腹が立って仕方がない。
異世界に来てまでクソ上司のことを思い出させた罪は重いぞ。
「頭に来たぞオオオオオッ!!」
とりあえずアイツは一発ぶん殴らねえと気が済まん。
いや、絶対に一発ぶん殴ってやる。
「ミラ、ちょっとだけここで待ってろ。すぐに戻るからな」
「えっ?うん」
あの野郎、とっ捕まえて一発ぶん殴ってやるからな。
俺はミラに待機を言い渡して立ち上がると一呼吸置き、散乱した本の山を踏み越えて男の後を追った。
「テメエエエエエ!待てオラアッ!!」
俺は怒りに任せて男を追いかけた。
まさか追いかけてくるとは思わなかったのか、はたまた俺の剣幕にビビったのか男は逃げながらなりふり構わずそこらじゅうの物を撒き散らかして俺を足止めしようとしてきた。
だがそんなものは俺には通じない。
その尽くを踏み越え、飛び越え、ときには蹴飛ばしながら男を追いかける。
残念だったな、伊達に長年足場の悪い工事現場で作業してねえよ。
男は次第に息を切らして足をもたつかせてきた。
おかげでどんどん距離が縮まっていく。
見たか、これが体力の差だ。
俺は泥棒の男を取り押さえ、胸倉をつかんで至近距離からガンを飛ばした。
白昼の逃走劇を制したのは追手の俺だ。
ざまあみやがれ。
「テメエ、よくもボンクラ呼ばわりしてくれやがったな」
「ヒッ……!」
「歯ァ食いしばれェ!!」
そして俺は自分勝手な怒りに身を任せ、拳を振り上げて……
その後、男は屈強な男たちに拘束されてどこかへと連行されていった。
私怨で追いかけてたとはいえ、気が付けば俺は治安維持活動に貢献していたようだ。
「君があの男を捕まえてくれたのかい?」
なんか小奇麗な服に身を包んだ爺さんが俺に声をかけてきた。
彼は何者だ。
「はい、そうっスけど」
「実はね、あの男はギルド全体でも厄介扱いされてた窃盗の常習犯なんだ」
マジっスか。
我ながら思わぬ手柄を立てたもんだ。
「隙あらば捕まえようとはしていたんだがどうにも逃げ足が速くてね、君には感謝しているよ」
「いやあ、俺はただアイツに言われたことに腹立てて追いかけただけなんで」
「この体力と体格……うむ」
何呟いてんだこの爺さん。
「おっと失礼。実は私、こういうものでね」
爺さんから手渡された名刺からはこう読めた。
『商人ギルドマスター ゾディ・レイバー』
ギルドマスターって……
じゃあこの爺さん、このギルドで一番偉い奴なのか!?
「君、クルセイダーにならないかい?」
「クルセイダー?」
知ってるぞ。
所謂騎士団とかの類のアレだよな。
「トモユキ、クルセイダーになるの!?」
いつの間にミラはここに来たんだ。
まあ、怪我とかはしてねえみたいだからいいか。
「それって何する仕事なんだ?」
「この街の平和を守るために戦う戦士だよ。男の子なら誰もが憧れるすごいお仕事なんだよ」
そりゃ大したもんだ。
皆が憧れるってことは当然給料もいいわけで……
「どうかね?給料も最低十二万ルートは保証しよう」
なんだと!?
千ルートあれば一週間の食事はなんとかできるこの世界で月収十二万!?
「やります、喜んで」
俺は二つ返事でそれを了解した。
今の俺には十二万ルートという給料が実に魅力的に見えて仕方がない。
というかかなりいい方なんじゃねえの?
「ところで君、今は何の仕事をしているんだね?」
「それがこの辺に越してきたばかりなんでまだ手に職が……」
「そうか、それならちょうどいい」
こうして、俺の就職先があっさりと決まった。
新たな人生における大きな課題が想像以上にあっさりと解決してよかった。




