おじさん、再会へ踏み出す
仕事終わり、退勤した俺は真っ先に図書館へと向かった。
理由はただ一つ、そこにいるレオナルドさんからあることを確かめるためだ。
商人たちが蜘蛛の子を散らすように身を隠してしまったため、夜のギルドは灯りが少なく閑散としている。
灯りが付いているのはほとんどが国営の店だ。
大きな灯りを頼りに図書館へと到着した。
ここはいつも通りに運営されている。
ということはレオナルドさんもいるだろう。
俺は図書館へと足を踏み入れた。
そしていつもレオナルドさんがいる三階へと足を進める。
予想通り、レオナルドさんは相変わらず本の山に囲まれていた。
本当にこの人いつ寝てるんだろう。
というか図書館から出てないんじゃないか。
「こんばんは」
挨拶をしたがレオナルドさんからの返事がない。
それによく見ると彼はうつ伏せになって机に伏している。
「もしもーし?」
肩を揺すってみた。
しかしレオナルドさんからの反応はない。
まさか研究のしすぎで過労死したんじゃないだろうな!?
呼吸を確認してみよう。
背中が動いている、死んではいないみたいだ。
「あの……起きてますか?」
仮眠中だったら悪いが俺だってせっかく足を運んだのに無駄足にしたくはない。
俺はしつこくレオナルドさんの肩を揺すって覚醒を促した。
「ん……?」
粘ること数分。
レオナルドさんはようやく目を覚ました。
「起きましたか」
「その声は……タカノ君かな?」
「ええ」
レオナルドさんは寝ぼけ眼を擦っている。
この人も多少は人間らしい仕草をするんだな。
「すみません。お疲れのところを無理やり起こしてしまって」
「いいさ。そこまでするということは私に何どうしても頼みたいことがあるんだろう?」
この人は本当に洞察力がすごい。
こちらが本題に入ろうとする前にたいていの用件を言い当ててしまう。
「オズ家とエルリック家の間で戦争が秒読みに入ってるのはご存知ですよね」
「ああ、おかげでいつもよりもギルドが静かだね」
当然と言えば当然だが、戦争に関して傍観者であるという立場を徹底しているからかマーリン派の魔法使いは驚くほどに今回の一件に関して冷静だ。
「それでオズが屋敷に帰っちゃいまして……」
「そうか、クラリスちゃんもいろいろと大変だね」
「どうしてもオズに会いたいんですけど……屋敷の場所を知りませんかね?」
次の瞬間、さっきまで穏やかだったレオナルドさんの表情が凍り付いたように固まった。
そして真顔へと戻っていく。
「知っているけど、今は近寄らない方がいいと思うよ」
レオナルドさんは俺に警告を発した。
こんなにシリアスな表情を見るのは初めてだ。
「どうして」
「今の情勢で君がオズ家と接触することがあれば立場に関係なく即座にエルリック家からの攻撃対象になるだろう。それにいつ戦争が始まってもいいように近くにはエルリック派の人間が潜伏しているはずだ。つまり、君の身の安全が保障できない」
「それでも構いません」
俺は即答した。
自分の命が惜しまずにオズに会えるとも到底考えていない。
「そう……そこまで言うなら手を貸してあげなくもない」
ただ一言、そう零すとレオナルドさんは便箋と筆記具を取り出した。
そして何かをスラスラと書き上げ、最後に自らの名を記した。
「どうしてもクラリスちゃんに会いに行きたいというのならこれを持っていくといい」
「これは?」
手渡されたのは特に何の変哲もないような一枚の手紙。
これに何の効果があるのかさっぱりわからない。
「勅書だ。それを見せれば馬車は動くし、エルリック派の魔法使いたちから攻撃されることはない。簡単に言えば『マーリン家からの使いであり、攻撃すれば私たちを敵に回すぞ』っていう警告だね」
穏やかな口調でさらっととんでもないことを口走ったぞこの人。
「マーリン家は戦争に参加しないと聞いたんですけど……」
「あぁ、それは我々が『中立』の立場を取ってるからだね。直接関ったことはないよ」
待てよ、今『直接的に』って言ったよな。
「じゃあ、間接的には関わったことはあるんですか?」
「ん?なに、使いが戦火に巻き込まれたときに報復措置を取るぐらいさ」
めちゃくちゃ怖いんですけど。
こういうタイプの人たちには無闇に手を出さないに限る。
「何はともあれ、クラリスちゃんに会いに行きたいのなら夜にここを出るのがいいだろう。夜なら警備が手薄になるからね」
「親切にありがとうございます」
「馬車と護衛はこちらから手配しよう。行くなら今夜がいい」
ありがたい。
明日はちょうど休日だ。
ほんの少し知恵を借りるつもりが結局何もかも準備してもらってしまった。
今はレオナルド様様とでもいうべきだろうか。
「ありがとうございます」
「なに。私からできることなんて些細なものさ」
この人の謙遜はもはや謙遜を通り越して嫌味なんじゃないかと思えてくる。
「最後に一ついいですか?」
「何かな?」
「睡眠はちゃんとベッドで取った方がいいっスよ」
「ははは……これは恥ずかしい……」
レオナルドさんは照れながら頭を掻いた。
彼にはもっと自分の身体を大事にしてほしい。
レオナルドさんから渡された勅書を握りしめ、俺は大急ぎで家へと帰った。
「ただいま!」
「おかえりー、遅いよぉ……」
ミラがふくれっ面でいじけてしまっている。
連日彼女にも大変な想いをさせてしまって申し訳ない。
「遅くなってごめんな、飯にしようか」
「うん!」
待ちわびたと言わんばかりにミラの表情がパッと明るくなった。
せめて俺といるときぐらいは笑顔でいて欲しい。
そう願うばかりだ。
夕食を終え、風呂から上がって少し経った頃。
ミラは口を大きく開いて欠伸をしている。
「ミラ、出かけるぞ」
「出かけるって、こんな時間にどこへ?」
「ギルドだ。馬車を使ってオズの屋敷まで行く」
それを聞いたミラの表情が変わった。
「お姉ちゃんに会えるの!?」
「ああ、きっとな」
ミラも俺と同じでオズに会いたいという意思は変わらない。
そうとなればすぐに出発だ。
「クロ、少しの間留守番を頼んだぞ」
「バウッ!」
「家の中のもの勝手に食べたらダメだからね?」
「バウ!」
クロに留守番を任せた。
流石にドラゴンが番をしている家に泥棒に入る輩はいないだろう。
ミラの手を引き、俺は再びギルドへと足を運んだ。
「こんな時間に何の用だ?」
門番をしている夜勤のクルセイダーたちに訊ねられるや否や俺はすかさずレオナルドさんからの勅書を見せつけた。
それを見たクルセイダーたちはすぐに道を開けてくれた。
レオナルドさんの権力を感じずにはいられない。
俺たちはすぐさま用意されていた馬車に乗り移った。
「おっちゃん、オズ家の屋敷まで俺たちを連れて行ってくれ」
「あいよ!」
俺とミラを乗せ、馬車は動き出した。
到着するのは明日の朝方だろうか。
「ねぇトモユキ」
馬車に揺られながらミラが話しかけてきた。
「なんだ」
「もう眠くなっちゃった……」
時刻はすでに十時を回っている頃だろうか。
こんな時間まで起こして俺のわがままに付き合わせてしまって本当にミラには迷惑ばかりかけてしまっている。
「ゆっくり寝るといい、起きた頃にはきっとオズの屋敷に着いてるぞ」
「本当?楽しみだなぁ……」
そういうとミラは静かに目を閉じて眠りについた。
スースーと寝息を立てている。
彼女の事情は知らないがよほど疲れていたのだろう。
そんなミラを見ていたら俺も眠くなってきた。
今頃オズは何をしているのだろう。
いろいろと考え事をしながらミラに毛布を被せ、その隣で横になりながら俺は瞼を閉じた。




