エルリック家からの宣戦布告
今回から新章へと突入です。
今までとは雰囲気が少し違う……?
穏やかだった春が終わり、俺の異世界人生二度目の夏がやってきた。
気候はガラリと変わり、一気に陽炎が立ち上らんばかりの熱波が到来している。
ミラの学校は夏の間は自由学習になるらしい。
学校で授業を受けてもよし、自宅で独学をしてもよしというものらしい。
事実上の『夏休み』ともいえる状態だ。
クソ暑くても仕事は休みにはならない。
まあ、当然といえば当然だが。
こんな特に代わり映えのない日常が続いて行けばよかったんだが……
時は夏の四日目、事件は起こった。
その日は朝から雨が降っていた。
この世界は雨が降る頻度がかなり低い。
そのせいか、ギルドに店を構える商人たちは雨が降ると『不吉の前兆だ』なんて言っていたりする。
きっとこの世界にはそういう言い習わしがあるのだろう。
「夏になったっていうのに、雨が降ると身体が冷えるから嫌になっちまうよなぁ」
仕事の巡回中にアレンが嫌そうな表情をしながら俺に語りかけてきた。
確かに身体が濡れて体温が奪われるのは気分が悪い。
湿気がなくて蒸し蒸ししないだけまだいい方ではある。
「こういう時はどっかの建物で限界まで時間を潰すか室内トレーニングでもしたいもんだ」
「おいおい、流石にサボるのはまずいだろ」
「大体お前はちょっと真面目すぎるんじゃねえの?たまにはちょっとぐらい羽伸ばそうぜ」
アレンってこんなキャラだったっけ。
元から真面目かと聞かれたら違うような気はするが。
やはり今日はどこか雰囲気が暗い。
「お疲れー」
今日の仕事はこれで終わりだ。
ようやく薄暗い雰囲気に包まれた今日のギルドから離れることができる。
温かい我が家が待ち遠しいな。
「ただいまー」
いつものように玄関を開けて帰宅したことを報告する。
……妙だ。
いつもならミラかオズのどちらかから声が返ってくるはずなのに、今日はどちらからも来ない。
一階には誰もいない。
二人とも自分の部屋にいるのだろうか。
こんな静かにして何をしているのだろう。
念のために確認してみよう。
オズの部屋の戸をノックしてみた。
何も反応がない。
もしかしていないのか?
いや、そんなはずはない。
外から見たときは彼女の部屋には明かりが灯っていた。
入って確かめてみよう。
「オズ、入るぞ」
一言かけてから戸を開け、俺はオズの部屋の中を覗き込んだ。
オズは机に向かって手紙のようなものを書いていて、その足元ではクロが丸くなって寝ている。
彼女はこちらに気づいていないらしい。
「何やってんだ?」
オズの隣まで近づいて声をかけてみた。
ようやく気が付いたのかオズはこちらの方へ振り向いた。
「おいどうしたんだお前、目の下が真っ黒じゃねえか」
よく見るとオズの目の下には大きな隈が出来上がっていた。
もしかして今朝から、あるいは昨夜からずっとこの作業を続けてるんじゃないだろうな。
「あー、アタシの部下たちに招集をかけるために手紙を書いてたんだけどさ……部下が多いと一枚一枚手紙を書くのも大変よね……」
「招集?どうしてそんなことを」
ドラゴンが迫ってくるのは夏の終わりだからまだまだ先のことだ。
招集をかけるにはまだ余裕があってもいいはず。
「これを読んでみなさいよ」
そう言ってオズから手渡されたのは一通の手紙。
差出人は……
「レイジ・エルリック……」
前にオズに縁談を持ち込んできたあのいけ好かない魔法使いか。
『クラリス
先日の君の行いは我がエルリック家の名誉に大きな傷をつけた。
本来ならば即刻粛清の対象となる事象だが俺は寛大だ、一週間の時間を与えよう。
もし再度断る様であれば我らエルリック家とそれに属する魔法使いたちを率いてオズ派の魔法使いたちに制裁を下し、それをオズ家への宣戦布告とする。
一週間、じっくり考え直すがいい。
レイジ・エルリック 』
なんだよこれ。
逆恨みもいいところじゃねえか。
「バカげてるでしょ。断れば戦争を吹っ掛けるぞって脅しをかけてるのよ」
「真に受けるこたぁねえだろ」
「いや、アイツはきっとやるわ」
あんなバカのためにオズのみならずその部下であるオズ派の魔法使いたちが振り回されなければならないのが不憫でならない。
「まさかお前、挑戦を受けるのか?」
「当然よ。あのバカは死なないと治らないみたいだし」
「挑戦を受けるって……戦争を起こすってことだよな」
「そういうことになるわね」
オズはレイジからの挑戦を正面から受けて立つつもりだ。
戦争を起こすだと、冗談じゃねえ。
「お前……自分が何をするつもりなのか理解できてるのか」
「できてるわよ、だからこそ『戦争』という名目でアイツを完全に黙らせてやりたいのよ。それにね、アタシは自分の自由とアタシの部下たちの両方を守らないといけないの。そのためにやるべきことが戦って奴をぶっ潰すこと」
「だからって……」
「他に答えがあるっていうの!!」
オズはすさまじい剣幕で怒鳴り声をあげた。
あまりの気迫に俺は返す言葉を失ってしまった。
「これ以上の口出しはたとえアンタだろうと認めないわ!!」
戦争を避けること自体はできる、だがそれはオズがレイジと結婚することを認めるということだ。
彼女にとってはそれがどうしても許せないのだろう。
「今日をもってアタシはしばらく屋敷の方に戻るわ」
「屋敷に戻るって……」
「アタシがここに居座ってたらアンタたちもエルリック派の魔法使いたちに狙われることになるわよ?」
オズは引き留めようとした俺を突き放すように厳しい口調で言い放った。
「お願い。できれば関係ないアンタたちをこんなことには巻き込みたくないの」
オズの思いは悲痛な程に伝わった。
これは受け入れるほかにない。
そして深夜。
オズはあの礼装へと装いを変えた。
「これで少しの間お別れね」
「ここにはまた帰ってくるんだよな?」
「もちろん。まだアンタの作る飯を食べたいし」
こんな状況であろうともやはりオズはオズだ。
ぶれないその振る舞いにほんの少しだけ安堵を覚えた。
「ミラにはよろしく言っておいてね。あとクロの世話も頼んだわよ」
「絶対に帰ってこいよ、約束だからな」
「ええ、約束するわ。あのバカを叩きのめして絶対にアンタの元に生きて帰ってくる」
力強い宣誓だ。
その言葉を信じ、俺は黙って首を縦に振った。
「じゃあね」
そう言い残し、オズは魔法陣の中に姿を消していった。
一時的なものとはいえ、あまりにも唐突な別れになってしまった。
まさかこんなにもあっさりとオズが俺たちの元を離れていってしまうことになるとは想像できただろうか。
そして、それはこれから始まる大騒乱の幕開けでもあった……




