オズの縁談?
春の終わりごろの平日。
どういうわけか俺はオズと一緒にギルドから離れた巨大な屋敷に訪れていた。
ここはオズの実家だ。
どうやら前の休日に出かけていたのは実家がらみの用事があったらしく、今日の件と関係があるらしい。
「わざわざ俺に仕事を休ませてまで付き合わせることか?」
「しょうがないじゃん。こういうのに付き合ってくれそうなのアンタしかいないし」
今日はこの用件のためだけにわざわざ仕事を休んだ。
というよりオズに無理やり休ませられた。
この世界にも有給というシステムがあって助かった。
そんなオズは初めて出会った時以来のローブ姿だ。
どうやらこれが彼女の魔法使いとしての正装らしい。
正直な話、ローブの奥の露出がすごくてかなり危なっかしい。
「というかお前、こんなデカい屋敷に住んでたのか」
オズの屋敷はとにかくデカかった。
代々に渡ってオズ家が受け継いできた由緒ある物件らしいがそんなことは俺の知ったことではない。
「すごいでしょ。アタシのお父様とお母様が生まれるよりもずっと前からあるんだから」
意外だ。
まさかオズが親のことを『お父様』なんて呼んでいたとは。
「なんで笑ってんの?」
「いや、別に……」
ギャップがすごすぎる。
『お父様』って……
これ以上このことについて考えるのは止めよう。
マジで笑ってしまいそうだ。
「んで、俺は何をすればいいんだ?」
「一緒にいてくれるだけでいいわ。用事は全部アタシが済ませるから」
「それって俺がいる必要ある?」
「あるからここに呼んだの!」
なんかオズがわちゃわちゃしてて面白い。
そりゃそうだよな、必要ないなら呼ばないよな。
俺とオズは二人で屋敷へと足を踏み入れた。
何代も受け継がれてきたらしいその屋敷は古臭さを全く感じさせないぐらいに綺麗に保たれている。
「すごいでしょ。アタシの部下たちが徹底的に綺麗にしてくれてるの」
自発的にやってるなら大したもんだ。
実際はオズが怖くてやっているのだろう、そう考えると気の毒だ。
我が家にいるときの彼女の姿を見せてやりたい。
「この部屋の向こうに入ってからが勝負よ」
「おう……」
オズに念を押されてよくわからないけど身体に力が入る。
「お帰りなさいませ、クラリスお嬢様」
オズがたいそうな装いの扉を開くとこれまたかなり歳が行っていそうな爺さんが出迎えてきた。
「おや、そちらの男性は?」
「あー、アタシの恋人のタカノよ」
「どうも、タカノトモユキです」
まさかオズからそんな紹介を受けるとは。
珍しく恥ずかし気を見せる様子もない。
「こっちも紹介するね。こっちはうちの屋敷のことを取り仕切ってるバート」
「お初にお目にかかります。私、バート・レクスと申します」
穏やかな物腰だ。
如何にも『執事』っていう雰囲気が出ている。
「クラリスお嬢様、早速お話にとりかかりましょう」
「そうね。アタシもさっさと終わらせたいし」
ところで俺はなんで何のために必要なのかいまだに聞かされてないんだけど。
というかその恰好で足を組むのはかなりマズいと思うぞ、オズ。
「どうぞ、こちらへ」
バートさんが案内してきたのは魔法使いの礼装を纏った若い男。
「よう、一年ぶりだなクラリス」
なんだコイツ。
『一年ぶり』ってことは元々オズと顔見知りの関係なのか。
「アイツ誰?」
「レイジ・エルリック。エルリック家の跡取りでアタシに結婚しろってしつこいの」
オズが小声で耳打ちしてきた。
なるほど、つまりはオズ家に取り入って逆玉を狙ってるって感じか。
「クラリス、そこの男は誰だ?」
レイジという男は俺をちらっと睨んでオズに聞き込んだ。
といかなんだコイツ馴れ馴れしいな。
初見からいきなり印象が悪い。
「タカノよ、今一緒に住んでるの」
普段はこういうことをあまり言おうとしないオズが強気に言い放った。
まあ言ってることは間違ってはいないんだが。
「なんだと!?それは本当か!?」
レイジが血相を変えて俺ににじり寄って来た。
あー面倒くさ。
「あー、本当っスよ」
「クラリスに変なことしたりしてないだろうな?」
そんなことはする気にもならんわ。
「変なことってなんだよ?」
「そりゃあ、あんなことやこんなことをだな……」
初めてのコンタクトから数分、俺は猛烈に腹が立ってきた。
もう俺はコイツを初対面の人間だとは思わない。
ここからは無礼講だ。
「するわけねえだろ。俺は飯を作ったりデートしたりしてるだけだ」
「嘘だ。絶対に手を出そうとしているに決まっている」
コイツはアレだ。
思い込みが激しいうえにそれを他人に押し付けてくるタイプだ。
正直なところレイジが口を開くだけでイライラしてくる。
「……」
オズは俺とレイジのやり取りを黙って見ている。
かと思ったがよく見ると拳に力がこもって女のそれとは思えないぐらいに血管が浮き上がっている。
これはヤバいぞ、早く話を修正しないと。
「なあ、今日は俺じゃなくてオズに用があるんだろ?」
「そうだ!クラリス、俺との結婚を認めてくれるか?」
レイジがオズから嫌われてる理由がよくわかる気がする。
「だから言ってるでしょ。アタシはアンタなんかと結婚するつもりはないって」
「なぜ?地位も家柄もある俺なら不足はないだろう」
やはり典型的な嫌な貴族タイプの人間だ。
いっそのことここでくたばってくれればものすごく気分がいいんだが。
「だいたいそこの男のどこがいいんだ?」
堪えろ、堪えろ俺。
拳にかつてないほどの力がこもっているけど堪えろ。
相手は男だが流石にいきなり暴力にものを言わせるのは年長として大人気なさすぎる。
「歳を食ってそうだしどこの家柄かもわからない人間だろう?魔法使いかどうかも疑わしい」
あー、キレそう。
というかもうキレてもいいよな?
「黙れ」
俺よりも先にオズが口を開いた。
「何?」
「黙れって言ったのよッ!!」
オズが激しく口調を荒げた。
普段からは想像もできないほどの激昂ぶりに思わず俺も閉口してしまった。
「レイジ、アンタはコイツの何を見て自分の方がいいと思った」
「そりゃあ、名前も聞いたことのないような家柄よりも名のあるエルリック家の方が……」
「違う、アンタはコイツの内面の何を知ってるかって聞いたの」
レイジの言葉を途中まで聞いてオズはそれを遮った。
静かながら迫力のある声色に何も言い返せない。
「確かにアンタの言う通りタカノは名前も知れないような家の出身かもしれないわ。それに魔法使いじゃないただの一般人よ。でも出会ったばかりでいきなり押しかけて来たアタシを受け入れてくれたし、自分が魔法以外に何もできなかったことにも気づかせてくれたわ。ダメなところを見せても見放さずに一緒に直してくれる今のアタシにとって大切なパートナーよ。それに比べてレイジ、アンタはアタシのために何をした?」
「それは……」
レイジは完全に言葉に行き詰っていた。
いいぞ、もっと言ってやれ。
「それに大した功績も挙げずに過去の威光だけでオズ家に取り入ろうとするアンタなんかよりもよっぽど魅力的だし。さらに言うとアタシ、アンタみたいに家柄でしか人間を判断できないような輩が大っ嫌いなの」
オズに散々にこき下ろされ、レイジの顔がみるみる怒りと恥辱に染まった。
「レイジ、アンタが人を見る目を変えない限りは一生アタシと結婚できるなんて思わないことね」
そういうとオズは召喚魔法で杖を手元へと呼び寄せた。
「戒めの鎖よ!我に仇成すものを繋ぎ止めよッ!」
久しぶりに詠唱を聞いた。
詠唱するのは大掛かりな魔法を使う時だけだって言ってたけど、それを生身の人間に対して使ったってことははらわたが煮えくり返るような思いをさせられたのだろう。
光の鎖に捕らえられ、レイジは一瞬で四肢をガチガチに縛り上げられた。
多分自力で解くのは無理だろうな。
「バート、コイツを屋敷の外までつまみだしなさい。拘束は解かなくていいわ」
オズはやり取りを傍観していたバートさんに指示を出した。
「かしこまりました」
バートさんはその老体からは想像できないほど軽々とレイジを摘まみ上げると部屋を後にしていった。
「あーすっきりした」
一件落着といわんばかりにオズは身体を伸ばした。
「んで、結局俺は何のために呼ばれたんだ?」
「恋人だって言ってアンタを紹介すればレイジはさっさと諦めると思ったんだけど予想外に手こずったわ」
そういうことだったのか。
「アイツは結局何者だったんだ?」
「エルリック家の跡取り息子よ。アタシが生まれる前はすごい名家だったらしいけど今やただの没落家系ね」
「なるほど。だからオズ家に取り入って家を復活させようと考えてたわけだ」
「多分そうね。見ての通りの大バカだし、個人的に大嫌いだったからこれでもう関わらなくていいと思うと清々するわ」
それはよかった。
「せっかく付き合ってもらったし今日はアタシが何かご飯奢ろっか?」
「いいのか?じゃあちょっといいところに連れてってもらおうかな。もちろんミラも一緒にな」
「もちろんわかってるって」
嫌な思いもさせられたけど今日は付き合って正解だったのかな?
「それじゃあ、アタシたちはもう行くわね」
「ええ、私どもはクラリス様が帰って来られるのをいつでもお待ちしております」
夕方頃、バートさんに挨拶をして俺とオズはまた我が家へと帰っていった。
「ただいまー」
約半日ぶりの我が家だ。
元々大きいとは思っていなかったがオズの屋敷を見た後だと一段と小さく見えるな。
「おかえりー!」
家にはすでにミラが帰ってきていた。
待たせすぎたかな。
「どこに行ってたの?」
「ちょっとオズの家まで用事があってな」
「えーお姉ちゃんの家に行ってたのー?ミラも行きたかったなー」
オズの家に訪れたことを教えるとミラはうらやましそうにしていた。
「ごめんなー。でも今日はオズがご飯食べに連れてってくれるって」
「本当に!?」
「本当よ本当。そろそろお腹すいたでしょ?」
「もうお腹と背中がくっついちゃうかも……」
「それは大変ね、じゃあ行こっか!」
今日垣間見た魔法使いの世界はいろいろと面倒くささに溢れていた。
オズにしてもそうだし、ミラもゆくゆくはああいうことが起こるのかもしれない。
そうならないためにも俺たちがしっかりと守っていかないとな。




