おじさんの相談事
「そういえばさ、この前の飲み会でオズ家の女の話したよな?」
勤務の巡回中に唐突にアレンが口走った。
「あー、そういえばそんな話してたな」
あの時ベロンベロンに寄ってたはずなのに覚えてたんだな。
「あれからどうなった?」
あー……
あの後のことだよな。
「オズと付き合うことになった」
「……」
それを聞いたアレンの表情が凍り付いた。
「……マジで!?」
「うん、マジで」
「嘘だろ……」
いや、お前たちがそういう風に仕向けたんだろ。
「いつから付き合い始めたんだ?」
「薪屋でお前と出くわした日の帰りから」
「で、馴れ初めは?」
「やめろ、思い出すと恥ずかしくなる」
「いいじゃねえか聞かせろよ」
お前は中学高校によくいるお調子者か。
あと俺の身体を揺するな。
お前の力で揺すられると内臓まで揺られて食ったものを吐き出しそうだ。
「今は勤務中だから休み時間にしてくれ」
「言ったな?じゃあ昼にじっくり聞くからな」
言質を取られてしまった。
まあいいか、ゆくゆくは話すことになってただろうし。
「さぁ、休み時間になったからじっくり聞こうじゃねえの?」
この野郎覚えてやがったか……
まあ仕方がない。
「俺とオズの馴れ初めの話だっけ」
「おう。あれからどうやって交際まで行ったんだ?」
俺はアレンにこれまでの経緯をすべて語った。
あまりの恥ずかしさで爆発するんじゃねえかってぐらいに顔が熱い。
「ふーん……」
当のアレンは信じられないぐらい平坦な反応しか示さない。
自分から聞いておいてその反応はねえだろぶっ飛ばすぞ。
「それからデートとかは?」
「いや、まだ」
「お前って本当そういうところ無関心だよな」
アレンにため息をつかれた。
「家に帰ると嫌でもアイツの顔を見るから急にデートとか行こうってもな……」
「行ってみろよ。普段は見ないような姿が見られるかもしれんぞ」
オズの普段は見ないような姿か。
普段のアイツはワガママで自由奔放で負けず嫌いで、そして大の酒好きで……
そんなアイツの意外な一面を見られるなら悪くないかもしれない。
「誘ってみるか、デート」
「おっ、やっとお前もその気になったか」
なんでお前の方が楽しそうなんだよ。
「オススメのデートスポットとか知らない?」
「知らん!」
この野郎……
「人が真面目に相談してるのにその対応はあんまりじゃねえのか?」
「悪い悪い、冗談だって」
お前の場合それがわからねえから厄介なんだよ。
「でもさ、お前ってこの付近の出身じゃねえんだよな」
「そうだな」
「じゃあお前の故郷にでも連れてくのはどうだ?」
俺の故郷……
日本か。
流石にずっと各地を冒険していたオズでも行ったことはないだろうな。
「いいかもしれんな」
「ところでお前、どこに住んでたんだ?」
「日本っていう国だけど」
「ニホン?知らねえなあ」
そりゃそうだろうよ。
この世界にある国じゃねえし。
「おいやべえぞ!?」
アレンが急に慌て始めた。
「何が?」
「時間だよ時間、そろそろ午後の業務だぞ!」
マジかよ。
確か今日の午後の業務って…
「「訓練に遅れる!?」」
このままだとグレイさんの訓練に遅れるぞ。
つい話し込みすぎた。
俺とアレンは我を忘れんばかりに全力でギルドの中を駆け抜けていった。
「ただいま……」
疲れた、ものすごく疲れた。
「おかえりー」
オズが迎えてくれた。
この頃はミラよりもオズの方が先に迎えてくれることが増えた気がする。
「どうした?今日はずいぶんとお疲れみたいだけど」
「あー、今日は訓練がきつかった……」
よく見るとオズはソファーに深く腰掛けながら雑誌に目を通している。
こういう姿を見るのは珍しい。
「何読んでんだ?」
「マーリン派の魔法使いたちが出してる研究誌よ。毎年これぐらいの時期になると刊行されるから目を通しておかないと」
「お前みたいな奴でもそういう雑誌読むんだな」
「バカにしないでくれる?アタシだってこういう本ぐらい読むんだけど」
それは悪うございました。
だってお前がそういう一面をまったく見せねえんだもん。
「もう動きたくないでしょ?今日はアタシが夕飯作ってあげる」
「あぁ、ありがとな」
オズもすっかりいい奴になった。
出会ったばかりの頃とは大違いだ。
「なあオズ」
オズに場所を譲ってもらい、ソファーに寝転がりながら声をかけた。
「何?」
台所にいるオズが振り向いた。
「お前、どこか行きたいところってあるか?」
「うーん……」
オズは手を止めて考えて始めた。
そういえば世界のほとんどの場所を旅してきたんだっけか。
「そうねぇ……」
オズがまだ考えている。
大体の場所を訪れた経験のある彼女にこういう質問をするのはよくなかっただろうか。
「そうだ!」
オズがハッと閃いたように手を叩いた。
パンッ!と小気味よい音が台所から響く。
「まだアタシが行ったことのないような場所に行きたい!」
なんというか、予想通りの回答が来た。
そりゃあ行ったことのない場所に行きたいよな。
「そうか」
それなら俺にも案がある。
そこに行く方法があるかどうかは別にして。
「じゃあ、俺の故郷に行ってみるか?」
「労働の国だっけ?」
違うわ。
前にそんな話をしたような気がするがそこじゃねえ。
「俺の生まれた国は『日本』っていう場所だ」
「『ニホン』?聞いたこともないわ」
そうだろうな。
なんせこの世界にはそんな国は存在しないんだから。
「なぁ」
「今度は何?」
「俺がこの世界の人間じゃないって言ったらお前は信じるか?」
またオズの手が止まった。
今度は自分の耳を疑っているかのような表情をしている。
「どういうこと?」
「言った通りだ。実は俺、この世界で育った人間じゃねえんだ」
「まっさかー」
どうやら冗談だと思われているらしい。
なにか信じてもらえる証拠はなかったっけか……
そうだ!
俺は引き出しから数枚の書類を引っ張り出した。
ここに来た時に一緒に送られてきたっけか。
「これさ、俺がこの世界に来る前に手続した役所で受け取った書類なんだけど」
「どれどれ……」
最初は冗談半分に見ていたオズの表情が徐々に真面目になっていった。
「うわ、これ本物じゃん」
「だから言っただろ。本当だって」
台所からなにやらよろしくない音が聞こえてくる。
……この音は。
「ヤバい!火つけっぱなしだろ!」
「忘れてた!!」
俺とオズは慌てて台所へ走って火を止めた。
「あー……」
「ちょっと焦げちゃった……」
「なんかごめんな、料理中に声かけたりしてさ」
「いいわよ。アタシの不注意だし」
こうしてオズに俺が異世界の人間であることを知られることになった。
いずれは打ち明けないといけないと思っていたし、隠し事がなくなってこれでいくらか気が軽くなったというものだ。
果たしてオズたちを日本に連れていくことなんてできるんだろうか。
いや、こっちに送ることができるんだからその逆ができないはずがない。
決めた。
いつか時間をとってオズと一緒に日本へ行こう。




