おじさんとオズ
『恋愛対象とかにならねえの?』
前にグレイさんから言われたこの言葉が頭の中にこびりついて離れない。
そしてそれ以来、俺の中でオズを見る目が変わったような気がする。
「恋愛対象ねぇ……」
窓の外で相変わらずクロに芸を仕込もうと躍起になっているオズを眺めながらいろいろと考える。
「よーし次はそのままお手……ってなんでよ!?」
自分以上に自由奔放なクロにオズが振り回されている。
そりゃそうだ、相手は人間じゃねえんだから。
でも、こうして見ていると表情が二転三転してなかなか面白い。
あぁ、そういえば今日の買い物まだしてなかったなぁ。
いつもは一人で行ってるけどたまにはオズにも声をかけてやるか。
「買い物行くの?」
玄関から出てきて早々にオズの方から声をかけられた。
普段は俺が何をしていようが無視してるのにこういう時は嗅ぎ付けてくるよなぁ。
「一緒に来るか?」
「マジでいいの!?」
逆に驚かれてしまった。
まあ、いつもなら気づかれないように家を出てるし当然といえば当然か。
ギルドまでの通り道、『たまにはこういうのもいいか』という思いと『何を買わされるかわからない』 という不安が入り混じってなんとも言えない気分だ。
「ところで何買うの?」
「日用品だ。食料とか酒とか、あと風呂沸かす用の薪とか」
「なるほどねー」
「……で、酒も買うのよね?」
予想はできていたがまさか本当に反応してくるとは。
「……もちろん」
自分で誘っておいていうのもアレだが、すでにもう嫌な予感がする。
「じゃあ帰りに酒屋に寄っていかない?この時期になるとワインが美味しくなるの!」
酒の話になると普段以上にテンションが上がるなコイツ。
「飲んで帰るのはダメだがボトルぐらいなら買ってやってもいいぞ」
「本当!?じゃあ五本ぐらい……」
「一本だけに決まってるだろ調子に乗るな」
「ちぇー……」
ここに来る前にも笑ったり怒ったり、そして今度はふくれっ面になったり忙しい奴だ。
とてもじゃないがこれで二十二歳だなんて信じられない。
まずは食料だ。
「そういえばあの調味料ってまだ残ってたっけ?」
「あのってどれだよ」
「たまに肉にかける黒い塩みたいな奴」
世間はそれを胡椒と呼んでるんだぞ。
オズに聞かれて思い出したがそういえばもうすぐなくなりそうだ。
「忘れてたわ。買い足さねえとな」
「今日はオムレツが食べたい気分だからついでに卵も多めに買って欲しいんだけど」
「もちろんお前が作るんだよな?」
「え?アンタが作るんでしょ」
コイツ……
まぁいいか、たまにはワガママに付き合ってやるのも悪くない。
「今日だけだからな」
「よっしゃ!」
食料品店を出た。
少しばかり出費が増えたがこれぐらいなら誤差の範囲だ。
次は風呂用の薪を買いに行かなければ。
「ここどこ?」
「薪を売ってる店だ。いつもここで買ってんだよ」
「へぇー」
そういえばコイツ、ずっと魔法使いの世界で生きてたからこういう店のことは知らないんだっけか。
「おっちゃん、薪二十本。」
店主のおっちゃんに声をかけた。
おっちゃんはすぐに斧を取り出して薪を割り始める。
「あんなことしなくてもこれが使えりゃ楽なのに」
作業中のおっちゃんを眺めながらオズが退屈そうに指を鳴らしている。
やめろ、職人から仕事を奪おうとするな。
「あれ?タカノじゃね?」
後ろからずいぶんと聞きなれた声がする。
「よぉ」
ふり返ればそこにはアレンがいた。
「なんだ、オズ家の女まで連れてデートか?」
アレンは隣にいたオズに目を向けながら勝手に納得したように頷いている。
「デ、デート……!?」
オズはオズでよくわからない動揺を見せている。
「買い物だよ買い物。デートだったらもっといい場所に連れてくるっつーの」
「なんと!そこの嬢ちゃんはオズ家の当主様か!?」
薪屋のおっちゃんまで会話に入り込んできた。
仕事をしてください。
「オズ家の当主様とデートとは、アンタいい身分してるねぇ」
「だから違うんだって、冗談は止してくれよ」
「薪は二十本でよかったよな?五百ルートだ。」
「あざっす」
おっちゃんに代金を手渡し、薪を受け取って俺たちは店を後にした。
「重そうねこれ、家まで送ってあげようか?」
そう言いながらオズが金色のゲートを開いた。
そうだ、コイツがいるとこういうものを直接転送してくれるからかなりの楽ができる。
「ありがとう、助かる」
とりあえず薪を手当たり次第にゲートの向こうへと放り投げた。
何かの間違いがなければ家に届いているはずだ。
食料品、薪を買いそろえて次に行く場所は……
「酒屋!酒屋!」
オズがめっちゃ張り切っている。
そうだ、酒屋だ。
「なんだ?本命は酒飲みデートか?」
まだいたのかアレン。
「まさかアンタそんなつもりでアタシを買い物に誘ったの……?」
「違うって言ってんだろ話をややこしくすんな」
アレンに茶化されて話がこじれる。
「酒屋行くなら俺とはお別れだな。じゃあな」
アレンは別方向に行ってしまった。
本当に何をしに来たんだろう。
あれほど釘を刺したにもかかわらず結局四本も買わされることになった。
俺の気分で誘ったはいいが流石に甘やかしすぎたか。
「はぁー、買った買った」
一方のオズは大好きな酒がたくさん手に入ってかなりの上機嫌だ。
「ねぇ」
帰り道、急に立ち止まったオズに声をかけられて吃驚した。
「今日はなんでアタシを買い物に誘ったの?普段は露骨なぐらいに避けてくるのに」
「それはだな、その……」
問い詰められて冷たい汗が背筋を流れる。
気まずい、これは気まずいぞ。
「まさか、本当に『デート』のつもりでアタシのこと誘ったの……?」
こうなると流石に言い逃れもできなさそうだ。
「あのさ、オズは俺のことをどう思ってる?」
「は?どうしたの急に」
唐突な俺からの質問返しにオズは拍子抜けしたように口を開いた。
「俺さ、ちょっとわけあってお前のことを異性として見てみようと思ったんだよ」
「……」
オズは何も言わない。
このまま言葉を続けてもいいのだろうか。
「最初は魔法が使えるただの同居人としか見れなかったけどさ、今の今になってようやく理解できたんだよ」
「お前は『一緒にいるとすげえ楽しい奴』だって、なんだかんだあってもずっと一緒にいてえんだって」
勢いにまかせてつい口走ってしまった。
それを聞いたオズの顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「じゃ、じゃあアタシもアンタに対する考えを教えてあげる……」
動揺しまくったオズが震え声で語りだした。
「アタシね。最初はアンタのことを生意気な一般人だと思ってた」
あ、そうだったんだ。
「一般人の癖してオズ家の当主たるアタシにタメ口を利くなんて大した度胸だなって」
悪かったな。
当時はお前の魔法使いとしての地位なんて知らなかったんだよ。
「でも出会ったばかりのアタシをワイバーンから守ってくれたし、なんだかんだで居候もさせてもらってるし」
そういえばそんなこともあったっけ。
まだ一年も経ってないのにずいぶんと昔のことのように思えてくる。
「ずっと魔法使いの世界に生きてきたアタシにアンタは結果的にいろんなものを見せてくれたわ」
「今なら言えるわ。アタシは『最高のお人好し』と巡り逢ったんだって」
「……」
オズの一言から暫しの静寂が広がる。
お互いに恥ずかしくて言葉が切り出せない。
「あの……」
オズが先に口を開いた。
普段の性格からは考えられないぐらいにその態度はしおらしい。
「なんだ?」
「恥ずかしいから今日のことはミラには内緒にして……」
言われなくてもそうするつもりだ。
「それと、その……」
まだあるのか。
「アンタが望むなら……その、恋人として付き合ってあげても……いいけど?」
視線を俺の方から逸らしながらオズがボソッと言い放った。
これは彼女からの告白と受け取ってもいいのだろうか。
よく見ると頭から湯気が立っている。
恥ずかしくて俺も彼女の顔を直視できない。
「じゃあ、よろしく頼む。俺のパートナーとして、な」
俺って本当に不器用だ。
こういう時に気の利いた言葉の一つもかけられないんだから。
俺とオズは顔を合わせずに身を寄せ合い、手をつないだ。
これが俗にいう『恋人繋ぎ』ってやつか。
まさかこの歳になってできるとは思わなかった。
この日、確かに俺たちの関係は動いた。
その先はまだ何も見えない。
いいようにも悪いようにも変化するだろう。
ならば、せめていいように変わっていってほしいものだ。




