おじさんたちの飲み会
とある日の夜。
俺は退勤後にアレン、グレイさんと三人でギルド内の居酒屋を訪れた。
今日は職場の仲間たちと飲み会だ。
このことは事前にオズたちには伝えてあるし明日は休みだ、なにも問題はない。
「よっしゃ!久しぶりにタカノを交えての飲み会だ!飲むぞー!」
グレイさんがやたらハイテンションになっている。
これで本当に素面なのか疑わしい。
すでにどこかで飲んできたんじゃないかと思うほどだ。
「姉ちゃん!麦酒三つ!」
席に着くなりグレイさんが慣れたように注文をする。
「まあ今日は酒を交えて大いに語り合おうじゃねえの」
アレンがニヤニヤしながら言い放ってきた。
果たして俺から何を聞き出そうとしているのだろう。
酒を交え、俺たちは互いの周辺事情や笑い話を大いに語らった。
これこそが飲み会の醍醐味というものだ。
そして飲み始めてからだいたい一時間後……
「そういえばさ、俺がハンターやってた頃のダチが先週結婚したんだけどよ……」
酔いが回って来たグレイさんが語り始めた。
アレンはその隣で興味なしと言わんばかりに一心不乱にサラダを貪っている。
「グレイさんってハンターやってたんスか?」
「あれ?言ってなかったか?」
「初耳っス」
「俺、機動隊に所属する前はハンターやってたんだよ。害獣駆除専門でな」
そうだったんだ。
「で、その頃の知り合いが結婚したんスか」
「おう。それで年下に先を越されちまったなーって」
まさかこの人が結婚願望を持っていたとは。
まったくもって予想外だったな。
「そういう話全然しないから結婚願望とかないと思ってました」
「バカ野郎、これでも結婚してぇとは思ってんだぞ」
「じゃあなんでできないんスか?」
なんだかんだで面倒見もいいし、俺以上の稼ぎもあるであろうグレイさんなら彼女の一人や二人ぐらいは簡単に作れそうなのに。
「さぁ、なんでだろうな?」
どうやら本人にも思い当たる節はないらしい。
「顔が怖いからじゃねえの」
さっきまでサラダを貪っていたアレンが会話に混じってきた。
まぁ、傍から見れば確かに怖い顔ではあるんだが。
「そうか?狼の中じゃ結構いいツラしてると思うんだが」
そういえば獣人の恋愛事情ってどうなってるんだろう。
案外俺たち一般人とそんなに変わらなかったりするのかな。
「前から気になってたんスけど、獣人たちってどういう恋愛するんスか?」
「どういうって、別にそこらの人間と変わりねえぞ」
ほう、それは意外だったな。
「マジっスか。てっきり『同じ種族同士でしか恋愛しない』とかあるのかなーって」
「俺がガキだったころはそういうの流行ってたんだけどな。今は普通の人間とも恋愛するし、種族の異なる獣人同士が恋愛して結婚するなんてこともざらにある」
アレンが割り込んで答えてきた。
なるほど、獣人の世界にもいろいろと流行があったのか。
「ところでさタカノ。お前の家にオズ家の女がいるだろ」
アレンが俺に話を振ってきた。
今度はオズのことか。
「あー、いるな」
「正直な話、アイツのことどう思ってる?」
随分とストレートに聞いてきたな。
オズのことか……
「どうなんスかねー。一応我が家の同居人だからどうにもそういう目で見れないっつーか……」
「マジで!?恋愛対象とかにならねえの?」
「あんな可愛い子が一緒に住んでて何も感じないなんてどうかしてるだろ」
いろいろ言われてるけどオズの性格 正体?を知ってるとどうにもなぁ。
まぁ見てくれがいいっていうのは確かにその通りだ。
「本当に何とも思ってないのか……?」
なぜアレンが俺に詰め寄ってくる。
「ま、まぁ……」
「本当に?何とも?」
「真面目な話をすると」
「おう」
グレイさんとアレンが息を飲んで俺からの答えを待っている。
ここは本心を語るべきか、いや語らない限りずっとこの状態が終わらない。
「オズがいていろいろと助かってます。ちょっと足りないところは魔法でなんでも補ってくれるし、俺が少し目を離してる時でもミラの面倒を見てくれるし。でも放っとくと何をしでかすか分かんないからそういう意味では目を離したら危ないっつーか……だから俺が付いてやらないとダメだっていう意識はありますね」
これが俺の正直な気持ちだ。
それ以上は特に思うことはない。
「お前……」
「アイツの保護者かよ……」
二人に呆れたような反応をされた。
俺何か変なこと言ったかな?
「可愛い女の子を二人も家に住まわせておいてこの体たらくとは……」
「畜生!姉ちゃん、バーストのストレート一つ!」
何故かやさぐれ気味のアレンがやけになって追加の注文を入れた。
それを飲むならせめてロックにした方がいいと思うんだが。
あれからさらに時間が経った。
グレイさんもアレンも完璧に出来上がっていた、俺も視界と頭がなんだかぼんやりしている。
気が付けばテーブルの上には空のジョッキとグラスが無数に置かれている、ずいぶんと飲んだなぁ。
「なんで結婚できねえんだろうなぁ俺……」
「タカノはいいよなぁ……家に帰りゃ可愛い女の子が二人もいるんだからよぉ……」
アレンの愚痴の矛先がなぜか俺に向いている。
なんとか話題を変えなければ……
「そういえば一昨日のことなんスけどね。我が家でオズがやらかしまして……」
「なんだよ、また惚気話か?」
あ、完全に話題のチョイスを間違えた。
妙に物言いが辛辣だ。
「あの……そろそろお開きにしません?」
グレイさんに提案してみた。
このままだとますます空気が悪くなりそうだ。
主に俺に対する風当たり的な意味で。
「そうだなぁ、締めに冷水頼んで今日のところはこれで終わりにするか」
よかった、これ以上理不尽に愚痴を吐かれずに済みそうだ。
なんだかんだでいろいろと語り合った飲み会は終わり、俺たちはそれぞれの帰路に戻っていった。
『恋愛対象とかにならねえの?』
グレイさんの何気ない一言が頭の中でグルグルしている。
オズが恋愛対象ねぇ……
俺ももう三十になったわけだしそういうのをする年頃でもねえからなぁ。
しかしなぜ俺は今までなんとも感じていなかったのだろうか。
不思議なものだ。




