戻ってきてからやることは
計画を思いついて二日後の午前九時。
俺たち一行は日本滞在のための準備を完了させた。
あとはオズの魔法であちらの世界へ飛ぶだけだ。
「よし行くぞ。忘れ物とかはしてないよな?」
「大丈夫!」
「こっちも大丈夫よ」
俺、ミラ、オズ、アリス、そしてクロ。
メンバーに欠員はいない。
数日分の着替えや生活物資も持ったし、金銭の持ち込みも十分だ。
「クロ、ちょっとの間縮んでもらうけど我慢してね」
「バウ!」
オズはクロに魔法をかけ、出会ったばかりの頃ぐらいまで縮小させた。
小さくなったクロは翼をはためかせ、俺の肩の上まで移動する。
「さあ行くわよ!」
オズは杖を地面に突き立て、金色の魔法陣を地上に展開した。
「大いなる者よ!その高貴なる魔力を以て、我らをまだ見ぬ地へと導かん!」
詠唱によって魔法が起動し、陣から放たれた眩い光が俺たちを照らし上げる。
そして視界は真っ白に染まり、気が付いたときには……
「戻って……来た!」
前と同じように、俺の住んでいたアパートの一室に戻ってきていた。
変わらない様子に安心したんだが、つまりこれはまったく手が付けられてないってことだよな。
これはこれでどうかとも思う。
とりあえず、最初にやることは決まった。
「オズ、ちょっとお金出してくれ」
「いいけど、何するの?」
「滞納した家賃の支払いだ」
俺の生活していたこのアパート、家賃は現金払いなのだ。
恐らく本人がいなくて取り立てようがなかったからそのまま放置されていたというような話だろう。
オズとミラ、そしてアリスを連れ、俺は部屋を出た。
クロは留守番だ。
「確か大家の部屋番号は……」
久しぶりすぎて俺は大家の部屋番号を完全に忘れてしまっていた。
一階のどこかだということだけは覚えているんだが……
「ここに書いてあるけど」
オズに指さされ、その玄関を見てみるとはっきりとこう書いてあった。
『大家』
あまりにも堂々としていて逆に見落としてしまっていた。
不覚だ。
部屋は分かったが肝心の本人がいなければ意味がない。
俺は大家の部屋のインターホンを鳴らした。
頼む、出てきてくれ。
「はい、どちら様……?」
インターホンを鳴らして十数秒後、大家の男が顔を覗かせた。
あー、懐かしい顔だ。
最後に見たの俺が死ぬ一か月前ぐらいだったっけ。
「お久しぶりっス」
「待て、何も言わないで。今から誰か思い出すから」
大家はなんだかワチャワチャとジェスチャーしている。
実に懐かしい、前からこんな感じだったけど相変わらずか。
「思い出した!二〇三号室のタカノさんだ!」
考えること数十秒、大家は俺のことを思い出したようだ。
向こうも完全に忘れていたわけではなくて安心した。
「いやあ久しぶり。今までどこ行ってたんです?」
「ちょっといろんなところをぐるぐると……」
俺は曖昧に返答した。
別に間違ったことは言っていない。
「ちなみにそちらの方は」
「妻と娘、あと姪です」
大家に尋ねられて俺は咄嗟にオズたちを紹介した。
ミラについての説明は詳しくするとこの上なく複雑なので雑に端折った。
間違ってるけど間違ってない気がする。
「どうも」
「初めまして!」
オズとミラは大家に挨拶をした。
二人は前回顔を合わせてないから今回が初対面なんだよな。
「あーそうだ。溜まりに溜まった家賃の支払いをですね……」
「ちょうど今その件で訪ねて来たんスよ」
話がスムーズに進む。
俺たちは自然な流れで大家の部屋へと上がり込んだ。
「どれぐらい滞納してました?」
「確か最後に支払われたのが二〇十七年の七月でしょ。今は二〇一九年の八月だからざっと三十七か月分だね」
三十七か月……
普通なら絶対に退去とかさせられるような案件だ。
この大家、寛容なのかそれとも呑気なのかどっちなんだ。
「で、金額は?」
「六万を三十七回だから二百二十二万」
ひっくり返りそうになった。
月々の家賃は六万なんだが三年以上も滞納させるとこんなになるのか。
「オズ」
「はいはい」
オズにアイコンタクトを送ると、彼女は召喚魔法を発動させて大きなカバンを取り出した。
本物の魔法なんて見たことがない大家は思考が追い付かず開口したまま呆然と固まる。
「どうかした?」
大家が固まっている理由がわからないオズは首を傾げた。
「この世界の魔法使いは架空の存在なんだよ」
「ああー、そうだった」
ミラに耳打ちされてオズはそのことを思い出したらしい。
俺は当たり前のように接しているがこっちに本物の魔法使いはいない。
「えー、今のは?」
「手品っス」
「はい?」
「手品っス」
聞き返してきた大家に対して俺は頑なに魔法ではないことを強調して答えた。
これからもこう言っておけば誤魔化せるだろう。
手品って万能か?
「はい、確かに二百二十二万収めてもらったよ」
大家は数分かけてようやくお金を数え終えた。
銀行員とかじゃないとあれだけの量を手で数えるのは大変だよな。
「なあオズ、今回はいくら持ってきたんだ?」
「ざっと見繕って一千万ルートは持ってきてるわよ」
信じられるか?
これ全部オズのポケットマネーなんだぜ?
「そうだ!」
俺はあることを思いついた。
せっかくだし、これから先の家賃を先に払っておけばこれから気兼ねなく戻ってこられるのではなかろうか。
「大家さん、今のうちに未来三年分の家賃を先払いしてもいいっスか?」
「払えるなら別に構わないけど……」
オズに再度アイコンタクトを送った。
するとさっきと同じように二百人以上の〇吉さんがどこからともなく召喚されてくる。
「はい、二百十六万……三十六か月分徴収したよ」
お金を数えすぎた大家は完全に目を回していた。
一瞬で大金を手にしたはずなのにこんなに疲弊させちゃってなんだか悪いな。
「いやぁ、失礼しました」
「はい。お元気で」
滞納していた家賃の支払いを済ませ、俺たちは大家の部屋を後にした。
さあ、最初にやることは終わったし、ここからいよいよ本題に入るぞ。




