おじさんのやりたいこと
あれから一晩が経過した。
オズはマスターのところまですっ飛んでいき、事情を説明して二週間の休息を取りつけさせたらしい。
またしばしの長期休暇だ。
まさか自分が精神的なもので参っちまうとは思わなかった。
てっきりそうするのが普通だとばかり思っていたし、信じて疑うことうすらしなかった。
でもどうやら周りからは『頑張りすぎ』だと思われていたようだ。
ようやくそれを俺も自覚することができた。
時刻は午前九時、平日にしてはかなり長く眠っていたな。
オズたちは今頃何をしているのだろう。
俺はゆっくりと身体を起こしてベッドから抜け出し、活動を始めることにした。
「おはよう、よく眠れた?」
自室で俺の顔を見たオズが挨拶をしてくれた。
何も変わったところはないようで安心した。
「朝ごはんは食卓に用意してあるから、好きな時に食べて」
「悪いな。俺の代わりに」
「別に、普段やってもらってることをアタシがやってあげただけよ」
そういえば、朝食を作ってるのっていつも俺だったな。
「どう?おいしい?」
「ああ、美味いな!」
味を尋ねてきたオズに俺は気兼ねなく答えた。
俺の好みの味付けだ。
「よかった。他に何かやりたいこととかあったら遠慮なく言ってよね」
やりたいことか……
今まで俺自身のやりたいことって考えてなかったんだよなぁ。
ほんの少しやりたいことを考えてみると、俺の脳裏にある人物の存在が過った。
「お袋……」
そう、俺のお袋だ。
もう十数年も音信不通が続いている。
なんだか久しぶりにお袋の声が聞きたくなったな。
「お袋って、アンタのお母様のこと?」
「そうだな」
そういえばオズたちには俺の家族の話って全然したことがなかったな。
それどころか俺の過去に関する話はほとんどしていないような気がする。
ちょうどいい機会だ、ちょっと昔話でもするか。
「少し昔話がしたい気分になった。聞いてくれるか?」
「ええ。前からアンタの過去が気になってたのよね」
なんか今まで遠慮させてたみたいだな。
それなら遠慮なく語らせてもらおう。
「俺がこっちに来る前は一人暮らししてたんだけどさ。家を出ていく発端になったのが俺の両親なんだ」
「へぇー。じゃあミラみたいな感じでアンタも家出したってわけ?」
ざっくり言い換えればそれで間違いないだろう。
違いがあるとすれば家を出たときの年齢、父母どちらに問題があったかぐらいだ。
「まあそう言うことになる。俺の場合は親父の方に問題があったんだけどな」
「何がダメだったの?」
親父のことを話すのは抵抗があったんだがもうそろそろ、この辺で知ってもらっておいてもいいだろう。
俺は意を決して家出の経緯を語ることにした。
「うちの親父は地元じゃそこそこ名前の知れた農家なんだけどさ。昔から仕事一筋、俺に農家を継げって小さい頃から口うるさく言い聞かされてたよ」
「ふーん……」
オズは俺の話にほどほどに相槌を打ってくれる。
そうだ、それぐらいあっさりとした反応の方が話しやすい。
「ある時、俺に夢が一つできたんだ」
「へぇー、どんな?」
「建築技師になりてぇって思ったんだ」
そう、昔俺は建築技師になりたいと思ったことがある。
結局、夢はかなわなくてその延長線で建築工事に携わっていたわけだが。
「農家と全然違うわね」
「その通り。だからそれで親父とものすごい喧嘩してさ。勢いそのままお袋には何にも言わずに飛び出したんだ。で、それから一度も連絡を取らずに現在に至るって感じだ」
俺が勝手に飛び出したわけだから当然親父とは和解していないし、お袋にはなんの説明もできていない。
もう十数年も経過したわけだし、今ならオズの力で元の世界とこっちの世界を往復できるわけだからそろそろこの因縁に決着をつけなければならないだろう。
「オズ、また日本に行かないか?久しぶりに親の顔を覗きたくなった」
「それが今のアンタのやりたいこと?」
「ああ」
いくらここで思いをはせたところで文字通り『生きてる世界が違う』わけだからお袋の顔は見られないし、声を聞くことはできない。
また、日本に行こう。
それが俺の今やりたいことだ。
「じゃあ役所に行って申請しに行かなきゃね。ミラにもこのこと教えないと」
「そうだな」
俺の意思を汲み取ったオズは早速行動を開始した。
彼女の好意を無下にしたくない、だから俺もやりたいことを全力でやらないとな。
「また日本に行けるの!?」
「ああ、前よりちょっと滞在期間は短くなるけどな」
申請した滞在期間は七日間。
あっちの世界でちょうど一週間だ。
「やったぁ!」
「アリスも一緒だぞー。今から楽しみだろ」
「うん!」
二度目の日本旅行にミラは大喜びしている。
きっと観光ぐらいに考えているのだろう。
俺が日本旅行を決行したその理由を彼女はまだ知らない。
両親との間に生じた生々しい亀裂を俺の新しい家族に見せることになるだろう。
だがすでにその覚悟は決まっている。
行こう。
親父との因縁に決着をつけるために。




