心労がたたって
「おいおい、大丈夫か?」
「何がですか」
仕事中、俺はグレイさんに声をかけられた。
果たして俺はどんな風に見られているのだろうか。
「この頃のお前、なんかブツブツ呟いているし、たまに目がどこも見てねえし」
「ははっ、まっさかー」
「言ってる傍から視線が四方八方してるぞ」
おかしいなあ、俺は一点しか見ていないはずなんだが。
あぁ、家でオズとアリスは何してるかなぁ。
アリスがまた魔法を暴発させたりしてたら大変だな。
ミラは帰りに変なところに寄り道したりしてないだろうか。
なんかもういろいろと心配だ。
今日の夕飯の献立どうしようかなぁ。
あっ、そういえばそろそろ買い出しもしておかないと。
なんかもう、いろいろと心配で……
「……あれ?」
ちょっと瞬きをしたと思ったら俺は全く違う場所にいた。
ここは……知らない場所だ。
おかしいなぁ、俺はクロに乗って巡回警備をしていたはずなんだが。
「痛……ッ!?」
身体を起こそうとしたところ、俺の腕に激痛が走った。
改めて見直してみると俺の右腕はギプスのようなもので固定されている。
まさか俺、骨折したのか!?
「よかった……やっと起きたのね……」
その声と同時にオズが脇から抱きついてきた。
その隣にはアリスも一緒だ。
気づかなかったがずっと傍にいたんだな。
「ここは……?」
「ギルドにある診療所よ。アンタは仕事中に突然意識を無くしてここに連れて来られたの」
俺が倒れた?
しかも仕事中に?
ははっ、面白え冗談だ。
「まっさかー」
「とりあえずアンタ、今の自分の姿を見直してみたら?」
俺の姿か。
右腕を骨折しているな。
よく見ると右腕だけじゃなくて上半身が包帯塗れだ。
「で、なんで俺はこうなってるわけ?」
「仕事中に意識を無くしてクロの上から落ちたのよ」
ほう、俺は落馬ならぬ落ドラゴンをしたわけか。
「でもなんで俺は仕事中に意識をなくすようなことを?」
「それはアタシもわかんない」
そうか。
それにしても仕事中に事故るとはなぁ。
労災保険とか降りるかな。
「アタシはミラを呼んでくるから、それまで身体動かしちゃダメだからね」
「わざわざミラを呼ばなくても、お前が治してくれれば済むんじゃないのか?」
「もう回復魔法はあの子の方が上よ。アタシの奴はあくまで応急措置みたいなものだし、骨が変な風にくっつくかもよ」
「よし、ミラに頼むことにする」
まさかミラの回復魔法がそこまで来ていたとは。
得意分野についてはついにオズを超えたのか。
しかしなんで俺は意識をなくしたんだ?
特に事故を起こすような要因もなかったし。
あの時俺は何を考えていた?
確か……ミラのこととか、オズのこととか、あと今日の献立のこととか。
わからん、俺の前方不注意だったのかな。
そんなこんなで窓の外を眺めながらぼんやりと物思いに耽っていたらすでに陽が落ちかけていた。
「トモユキ!?大丈夫!?」
呆然とすること数時間。
オズに連れられたミラが大慌てで駆け寄ってきた。
「まぁ、生きてるから大丈夫だ」
「とにかく、すぐにケガ治してあげるからじっとしてて!」
ミラは俺の右腕の固定を解き、静かに曲げると俺の腹の上に置いた。
回復魔法がかけられ、俺の右腕が淡い青色の光に覆われていく。
ものの数十秒で俺の腕から顔が歪むほどの痛みは消え去り、折れた腕の骨は元通りに復元される。
「んっ……もう大丈夫みたいだ。ありがとう」
前に骨折したアルの足をミラに治してもらったことがあるが、まさか俺が治される立場になるなんてな。
「まだ大丈夫じゃないよ。もうちょっとだけミラが診てあげる」
ミラに真剣な顔で忠告され、俺は思わず真顔になった。
これ以上何をするというんだ。
「何も言わなくてもいいから、トモユキの心の中を見せて。サンティマ・デビュ・ソロ」
ミラは詠唱を行い、精神干渉の魔法を発動させた。
俺の心の中を覗いて何を知りたいのだろう。
「なるほど……そういうことだったんだね」
ミラは何かを悟ったように頷いた。
何に気づいたんだ。
「うおっ!?」
ミラは突然俺を抱き寄せてきた。
どういう風の吹き回しだ。
「あのね、トモユキは皆のことを大事に考えすぎて疲れちゃったんだよ」
まさか俺が心労から倒れたって言うのか?
「今心の中を見せてもらってわかったの。ミラやお姉ちゃん、それにアリス、家族みんなのことをずっと考えてたよね。毎日毎日ずっと考えてきて、そんなのミラでもお姉ちゃんでも疲れちゃうよ」
ミラが俺を労うように語りかけてくる。
「大丈夫。トモユキ一人が頑張らなくても、みんなはなんとかやっていけるから」
「でもなぁ……」
「お姉ちゃんはトモユキに頼らなくても家のことはできるよ?ミラはまだできないことの方が多いけど、せめてちゃんと自分で朝起きられるようになるから。だからトモユキは安心して休んで」
ミラが自分で起きられるようになる?
俺を安心させたいがためにそこまで言うのか……
健気さに触れて思わず涙が出そうになる。
「元々アンタって結構周りのために自分を犠牲にしたがるところがあったけどさ。アリスが生まれてからそれがさらにひどくなってたと思ってたの。で、とうとう限界が来てこうなっちゃったってワケね」
事情を理解したらしいオズが俺に込み入った説明をしてきた。
俺、そんな風に見られてたんだ。
「ギルドマスターにはアタシから一言入れておくから、アンタ仕事を少し休みなさい。じゃないとまた同じこと繰り返すわよ」
「トモユキがみんなのことを大事に思ってるのと同じぐらい、ミラやお姉ちゃんもトモユキのことを大事に思ってるんだよ」
オズたちの言葉は俺の心にグサグサと突き刺さってくる。
なんとしても俺を休ませようとしているというのが伝わってくるのだ。
「でも、仕事しねえと稼ぎが……」
「今は何も心配しなくてもいいから、少しだけお休みしよう?」
ミラからの一言で、俺の中の何かがプツリと音を立てて切れた。
「本当に……俺休んでもいいのか?」
「うん。ちょっとお休みして、元気になったらまたお仕事しよ」
そうか、俺頑張らなくてもいいのか……
そう考えるとなんだか気が楽に
「辛かった……俺本当はずっと疲れてたんだ……」
「やっと考えてることを言ってくれたね。よしよし、そうだよね、疲れちゃったよね」
俺は年甲斐もなくミラの胸の中で己の限界を吐露してしまった。
限りなく情けない姿を晒しただろう。
たぶん涙も出てたと思う。
でもミラたちは俺のそんな姿を否定するようなことはしない。
「休みたい……しばらく何もしたくない……」
「いいよ。今は好きなだけミラたちに甘えて」
ミラは俺の頭を撫でてきた。
初めて会った時から全く変わらない、柔らかくて温かくて、そして優しい手だ。
ずっと一緒にいた彼女たちは、俺自身も知りえなかった俺の本心に気づいていたみたいだ。
俺がみんなを守らなきゃ、弱いところをみせちゃいけない。
そう思ってる内にそれが強迫観念にな取りつかれてしまっていたんだ。
気づかせてくれてありがとう、ミラたちがいてくれて本当によかった。
今は、ちょっとだけ彼女たちの好意に甘んじてもいいかな。




