一人の女の子に
あれからミラは自分の雰囲気を変えてみたいらしく、いろいろと思考錯誤を繰り返している。
髪型を変えてみたり、アクセサリーを付けてみたり。
いろいろと下調べをしてから実践するタイプのミラにしては珍しく形から入っている。
中でも俺たちの度肝を抜いたのが……
「お姉ちゃん。お化粧の仕方を教えて」
そう、ミラが色気づいたのだ。
今までそういうのに無頓着だっただけに余計に驚かされた。
「教えてあげるけど。その前に一つ言っておきたいことがあるわ」
「なに?」
「化粧は女の命よ。決して遊びでやってるんじゃないってことだけは覚えておいて」
オズの普段とベクトルの違う気迫にミラは思わず息を飲んだ。
化粧をしたことのない俺でもそれだけ女の人にとって化粧が大事なものであることは理解できる。
「ま、今のミラにどんな化粧が必要かパパっと見てみるわね」
そういうとオズは顔をミラに近づけた。
目を動かし、様々な視点からミラの顔を見る。
「ど、どう?」
「まだ若いからっていうのもあるけど、汚れ一つないきれいな肌ね。正直どこも手を加えなくてもいいぐらい……」
ですよねー。
ミラの肌って驚くぐらいに綺麗な色白だし。
「ちょっと手を加えるとすれば、目の下のクマ隠しね」
オズはミラの目の下の皮膚を親指で軽く伸ばした。
すると小さくできたクマが露わになる。
「ほら。ここにちっちゃくできてるでしょ」
「本当だ!」
ミラ自身も気づいていなかったらしい。
そんなのに目視で気づくとはすごい観察力だ。
「試しにこれを隠してみよっか」
「うん!」
オズの言葉を皮切りに二人は二階へと上って行った。
初めての化粧にミラはワクワクしているようだ。
「アタシはちょっとミラに化粧施してくるから、アンタはアリスをお願い」
「おう」
オズにアリスの面倒を頼まれ、俺はアリスを抱きかかえた。
化粧するときに子供がいたら集中できなさそうだもんな。
「化粧するときは絶対に鏡を見ながらやりなさい。自分の顔が常に見えるから」
「見ないとどうなるの?」
「間違えたときに気づけないし、最悪そんな状態で外を出歩いて恥ずかしい思いをすることになる」
二階から二人のやり取りが聞こえてくる。
まるで実際に体験したみたいな生々しさだな。
「本題に移るわよ。クマは種類ごとに隠し方が違うの。ミラのは青クマだからこのオレンジのリップがいいわね」
「クマにも種類があるの?」
「あるわよ。大まかには茶色、青、黒の三つ」
俺も知らなかった。
クマってだいたい青っぽい奴しかないと思ってたわ。
「クマができる原因どれもは違うのよ。青クマの発生要因は主に『寝不足』。ちゃんと夜寝てる?」
「うっ……」
「そもそも本来化粧なんてしなくてもいいのが一番なんだから。勉強もいいけどこれからは美容にも気を付けなさい」
すげえ、今のオズはお母さんそのものだ。
いや、お母さんなんだけれども。
「クマの上にリップとファンデーションを混ぜた奴を塗るわよ。ちょっと大人しくしてなさい」
こっちの世界にもその手の化粧品ってあったんだな。
てっきりそういうのはこっちには存在しないと思ってたんだがそうでもないんだな。
「できたわよ。鏡を見てみなさい」
「んー?あっ!消えてる!」
鏡を見て変化に気づいたらしいミラが驚きの声を上げている。
というかオズって化粧できたんだな。
結婚生活四年目にして妻の新しい面を発見することになった。
「待ちなさい。次は肌の色を合わせる化粧をするわよ」
まさかの第二ラウンドの開始が宣告された。
女子が化粧に時間をかける理由がようやく分かった。
目の下のクマを隠すだけでも数分を費やすのだ、それ以外のことをすれば数十分もかかるのは当然だ。
「これだけで終わっちゃダメなの?」
「上塗りしたところと地肌の色が違うからそこに合わせるの。化粧したところとそれ以外を見比べてみなさい」
「うーん……確かにちょっと違うかも」
「でしょ?化粧をしてる女の子同士だとすぐにバレるから」
おぉ……女子の世界ってやべえな……
男にはわからないような情報が滝のように流れてくる。
そしてさらに数分が経過した。
集中しているのか、あれから二人の声がぱったりと途絶えている。
「よーし、こっちおいでー」
俺は二人を待つようにアリスと戯れていた。
この頃彼女は歩き回るのが楽しくて仕方がないらしい。
「んー?」
アリスが階段の前で立ち止まっている。
登ろうとしているのだろうか。
万が一転げ落ちたりしたら大変だ、いつでも支えられるように後ろで見守っておこう。
「うっ。あうー」
アリスは両手足を使って一段ずつ階段を上っていく。
俺たちが何気なく使っている階段でも赤ちゃんにとっては一大アトラクションぐらいに見えているかもしれないな。
見ていて滅茶苦茶ハラハラする。
「あと一段……いいぞいいぞ……よーし!」
すげえ。
アリスは自力で階段を上りきったのだ。
まだ一歳にも満たないのに目覚ましい成長だ。
俺に似てフィジカルが強いのだろうか。
階段をよじ登ったアリスは再び二足で立ち上がるとオズの部屋を目指して歩き始めた。
愛着と子供の本能のようなもので居場所を察知しているのだろう。
だが流石にドアノブにはまだ手が届かないみたいだ。
ちょっと待て。
我が家は全部引き戸だし、ドアがぶつかれば間違いなくアリスがケガをする。
すると監督不行届でオズに怒られ、ケガをさせようものならさらにミラに怒られてと二次災害が連鎖する。
ものの数秒で起こり得る最悪の事態を想定した俺は咄嗟に防止策に打って出た。
「アリス、これを引っ張ってみな」
俺は安全のためにアリスを抱き上げ、一歩下がったところからドアに手をかけさせた。
これならぶつかることもないし、アリスの好奇心も満たせる。
「よっ」
「ねえトモユキ。ミラ綺麗に見える?」
初めてのメイクを施されたミラが俺に近寄って確認を取ってきた。
顔を凝視してさっきまでとの違いを確認してみたが……
うん、わからん。
しかしそんな無神経なことを言おうものなら即座に大ダメージを与えかねない。
なんとか褒めなければ……
「ああ、目元がさっきより綺麗に見えるぞ」
「本当!?」
嘘はついていない、何せ元々綺麗なんだから。
正直なところどう変わったのかはよくわからんがそれっぽく乗せておけば間違いないだろう。
「お姉ちゃん綺麗に見える?」
ミラに話しかけられたアリスはテンションが上がっている。
この子ミラが相手だと何されても喜ぶからな。
結局、その日はミラは一日中上機嫌で過ごしていた。
しばらくは化粧をするときはオズが傍で見てくれるそうだ。
それならよほどやりすぎるようなことはないだろう。
これから先、近い将来にミラも一人の大人としてああいうことを自然にやっていくようになるんだろうか。
俺は彼女の成長に自分が置いて行かれるような妙な寂しさを感じた。




