背を伸ばすために?
何の変哲もないいつも通りの日常、夕食中のワンシーンだった。
「ねえトモユキ、もっと大きくなりたいんだけどどうすればいい?」
ミラがぽつりとそう尋ねてきたのだ。
普段は身長のこととか気にしてないみたいに振舞ってるのに何があったんだ。
「どうしたんだ急に」
「そうよ。ミラはこれから背が伸びる年頃なんだから心配することないって」
「そうかなぁ?」
この様子だと学校かどこかで何かあったな。
確認しといた方がいいだろうか。
「学校で何かあったのか?」
「中等部に入ってから周りがみんな大きくなったから席に着くと前が見えなくて……」
なるほど、だから背を伸ばしたいってわけか。
「だからどうすれば背が伸びるかな?」
背を伸ばすのに効果的だと言われるものはあるにはあるが、すぐに効果が出るわけじゃないし、医学的な根拠は無にも等しいものばかりだ。
それでも気休め程度になるならいいか。
「毎日適度に運動するとかどうだ?骨にほどよく刺激を与えると背が伸びやすいって聞いたことあるぞ」
「本当!?」
俺の方便にミラはすぐに食いついた。
本当に効果があるのかはともかく、適度な運動は健康維持にもつながるし、レオナルドさんのような虚弱な身体になるのを防げる。
「じゃあこれから毎日運動するよ!何から始めればいいかな?」
一度興味をひかれたミラはすぐにこうなる。
そうだな、手軽に始められる運動といえば……
「ランニングとかどうだ。体力もつくぞ」
パッと思いついたのはランニングだった。
特別な器具も必要ないし、ちょうどいいだろう。
というわけで、ミラに動きやすい服に着替えてもらって外に出た。
夏の夜は直射日光にさらされないからいくらか涼しくなる。
日本と違って湿度が高くないから不快感を感じることはない。
「よし、じゃあまずはギルドの入り口まで走ってみるか。いきなり全力は出さずに軽く走るのを心掛けるんだぞ」
「わかった!よーしやるぞー!」
ミラは張り切っている。
「よし、じゃあ俺についてこい」
軽くストレッチをし、俺は一歩目を駆けだした。
ミラが俺のペースについてこれないことは分かっているので、普段の半分ぐらいまでペースを落とす。
ミラは魔法で周囲を照らし、視界を確保しながら俺の後ろをついて走る。
ちゃんとペース配分はできてるみたいだな。
あとは本人の元の体力次第で問題なく行けるはずだ。
「ハッ……!ハッ……!」
ランニングを初めて数分ぐらい経過したところでミラの息が少しずつ切れ始めてきた。
レオナルドさんよりマシとはいえ、彼女も運動不足気味か。
「どうした?まだ半分だぞ?」
「ま、待ってぇ……」
ミラはすっかり息切れを起こしてしまっている。
俺はさらにペースを落とし、ミラと並走するぐらいまで調整して彼女のフォームを確認することにした。
もしかするとフォームが崩れていて必要以上に負担がかかっているかもしれない。
「……ん?」
ミラの足元を見て俺はあることに気が付いた。
彼女は足を地面につける時に必要以上に力を入れて踏み込んでしまっているのだ。
これでは足を痛めてしまう。
おまけに首が揺れていて余計に負担がかかっている。
「ミラ、しっかり前を向いて、地面につける瞬間じゃなくて離す瞬間に足に力を入れてみろ。少しは楽になるぞ」
息切れして言葉を発する余裕がないからか、ミラはこちらを見て無言で首を縦に振った。
自分なりに意識して実践してくれているのだろう、足音はさっきよりも小さくなっているし、頭も揺れが少なくなった。
「いいぞ、そのままもうちょっと頑張ればギルドまで到着だぞ」
俺はもう一度ミラをリードするように前に出た。
ミラが足を止めないように声をかけ続け、ギルドの入り口を目指して走る。
走る続けること数分、ついにギルドの入り口が見えた。
「ミラ、あとちょっとだ。最後にもうひと頑張りだ!」
限界が近いからか、ミラの目が虚ろになりつつある。
やっぱり運動不足だな。
「よし、ゴールだ!」
ギルドの入り口を通過したところで俺はペースを落としてランニングから歩きへと切り替えた。
一方のミラはというと……
「ハァ……ハァ……」
もう限界だと言わんばかりに肩を大きく上下させ、膝を追って地面にへばってしまっていた。
まさかここまで体力がなかったとは思わなかったがへこたれずにちゃんと目標まで走りきれたのは評価しなければ。
「ちゃんと足を止めずに走りきれたな。えらいぞ」
「……」
呼吸が整わないミラは何も返事をしてこない。
よく見るとかなりの量の汗が出ている、休ませて水分を摂らせないとな。
「初めてランニングしてみてどうだった?」
「いつも当たり前のように歩いてるからわからなかったけど、走るだけでこんなにきついなんて思わなかった……」
呼吸が落ち着いたところで俺はミラに感想を尋ねてみた。
我が家からギルドまでは体感でざっと一キロほどだろうか、俺にとってはどうということはない距離だがミラにとってはこれだけでも長く感じるようだ。
「この調子だと明日は筋肉痛だろうな」
「筋肉痛?」
なるほど、この様子だと筋肉痛を経験したことがないな。
「普段使ってない筋肉を動かすと後で使った場所が痛む」
「えぇ……」
「心配するな。痛んでいる間にその筋肉は作り直されるんだ。治ったときにはもっと強くなってるぞ」
「トモユキも筋肉痛になったことある?」
「もちろん。そりゃ数え切れないぐらいにな」
運動自体は昔からずっと結構な量をこなしてきたし、そのたびに筋肉痛を経験してきた。
おかげで今の自分のフィジカルがある。
「よし、そろそろ帰るか」
「うん」
そろそろ十分に休憩しただろう。
俺はミラに声をかけて立ち上がった。
「もしかしてさっきの道、もう一回走るの?」
「当たり前だろ。そうしないと帰れないぞ」
「えぇー……」
さあ、もう一セット行くぞ。
呆然とするミラの背を押して俺たちは帰り道を走った。
昔のイメージからはあまり想像できなかったが、ミラもかなり運動不足になっていたようだ。
成長期に入ったわけだし、これからは定期的に運動する習慣を身に着けてほしいものだ。




