十歳の誕生日
春の七十七日がやって来た。
今日はミラの十歳の誕生日だ。
その日、俺は有給を取得してミラたちと一緒にキャメロット王国を訪れていた。
どうやらマーリン家の屋敷にて専用の儀礼を行うらしい。
魔法使いにとって十歳の誕生日はとても重要な意味のある日だとかねてから耳にしていたがかなり本格的だな。
キャメロット王国を訪れるのは実に二年ぶりだ。
周囲を城塞化された国家故に時代の流れが遅いのか、その雰囲気は依然見たときとまったく変わっていないように思える。
逆にギルドの流れが早すぎると考えるべきだろうか。
二年ぶりに俺たちはミラの実家を訪れた。
いつ見ても圧巻の大豪邸だ。
それこそオズ家の屋敷といい勝負ができるといっても過言じゃない。
「ん?どうしたんだ?」
ミラが玄関の前で立ち止まってしまっている。
まあ過去が過去だし、こうなるのも無理はないか。
「緊張する……」
珍しいことを言うもんだ。
前にも学校の入学試験を受ける時にも同じことを言ってたっけ。
意外とこういう儀礼の時には緊張するようだ。
俺はマーリン家の屋敷の戸を押し開けた。
その向こうには誇り一つなく綺麗に整えられた廊下が広がる。
「レオナルド様!ミラ様がお戻りになられました!」
俺たちの顔を見た屋敷の使用人の一人が廊下の奥へと消えて行った。
そしてわずか数十秒後、礼装を纏ったレオナルドさんがゆっくりと現れる。
「やあ、待っていたよ。奥でヴィヴィアンも待ってる」
そういうとレオナルドさんは踵を返して俺たちを導くように歩みを進めた。
ミラは神妙な面持ちをしている。
「待っていましたよ」
屋敷の大広間ではヴィヴィアンさんが出迎えてくれた。
初めて見る深い青色のローブ姿は落ち着きがあって知性的な雰囲気を感じる。
今まで全然実感なかったけどヴィヴィアンさんも魔法使いだったんだな。
「ミラ、貴方の礼装が用意してありますよ。早速着てみてください」
ミラはヴィヴィアンさんと一緒に別室へと消えていった。
初めての自分の礼装をずっと楽しみにしていたのだろう。
何分経っただろう。
ミラは初めての礼装を着るのに時間をかけているようだ。
「長いな」
「初めての礼装なんてそんなもんよ。アタシも昔は結構時間かかったし」
オズは懐かしむように語る。
初めて着る服っていろいろ戸惑うもんなんだな。
「お待たせ!」
来たか!
俺たちは声のする方へと振り向いた。
「おお!」
「いい感じじゃない!」
初めて見るミラの礼装。
それはレオナルドさんのものとよく似た白いローブ姿だ。
左胸にはマーリン家の紋章があしらわれている。
「ちゃんと着れてる?」
「ああ、よく似合ってるぞ」
やはりミラには余裕のあるゆったりとした衣装がよく似合う。
そして何より大きく俺の目を引いたのが……
「髪型変えると雰囲気変わるな」
そう、彼女の髪型が変わっているのだ。
普段はまとめていない長い髪を結って左肩に掛け流している。
「私が結ってあげたのです。フードを被るときに邪魔になるかと思いまして」
ヴィヴィアンさんが結ったのか。
意外と手先が器用なんだな。
感情表現は不器用だけども。
「感傷に浸るのは後でもいいだろう。そろそろ始めるよ」
レオナルドさんはそういうと杖を手に取って立ち上がった。
その腰には選定の剣も携えられている。
ミラは水晶樹の杖を右手に握り締めた。
一度きりの儀礼、上手くいってくれるといいな。
「これより。独り立ちの儀礼を始める」
ミラの正面に向かい合ったレオナルドさんの口から儀礼の開始が宣告された。
その隣にはヴィヴィアンさんも並んでいる。
「……」
ミラは真剣な眼差しで二人を見つめる。
オズもその様子を真剣に見守っている。
魔法使いとして儀礼の重要さを理解しているのだろう。
「ミラ、杖を掲げて」
レオナルドさんは自らの杖をミラの眼前にかざした。
それに合わせてミラも自分の杖をレオナルドさんの杖と突き合わせる。
レオナルドさんの杖の先から光球が生成された。
それはゆっくりとミラの杖の先へと移り、その中へと宿る。
「私の魔力のほんの一部を君に託した。これから先、魔法について私から教えることはもう何もない」
以前にも同じことを言っていたな。
レオナルドさんはミラの実の父親であり、魔法使いとしての師でもある。
そんな彼からそう言われるということは本当に教えることがなくなったのだろう。
「これからはミラがどんな魔法使いを目指すのか、自分自身で決めていくんだ。私のような研究者、クラリスちゃんのような冒険者、それとも全く別の道を歩んでもいい」
「お父さん……」
「案ずることはない。私は魔法使いの師ではなくなるけれども、家族であることに変わりはない。迷ったときには道を示してあげよう」
「微力ではありますが、私もお力添えいたしましょう。だから、自分の信じる道を歩めばいいのです」
レオナルドさんとヴィヴィアンさんがミラの背中を押すように激励の言葉を贈る。
『自分の信じる道を歩む』か。
かつては『自分の信じる道を歩ませようとした』ヴィヴィアンさんが言うと重みが増すな。
「ミラは、どんな傷も癒せる魔法使いになるよ」
ミラは二人に対して誓いを立てた。
何年も前から一貫している彼女の目指す魔法使い像だ。
その信念は大魔法として具現化するほどに強い。
「これにて、儀礼を終了する」
レオナルドさんは手にした杖を床に突き立て、儀礼を終わらせた。
短かったけど、あれが魔法使いにとって重要な儀礼なんだな。
「懐かしいわね。アタシも十歳の頃に同じようなことしたのよ」
「お前はどんな誓いを立てたんだ?」
「『お父様のような冒険家になる』ね。昔のことはもうあんまり覚えてないけど、これははっきり覚えてる」
オズは家族との思い出を大事にしてるんだな。
もう両親がいないだけに、なおさらだろう。
それにしても……
「ヴィヴィアンさんも魔法使いだったんですね」
「『魔力がある』だけですよ。恥ずかしながら魔法の行使は不得手で……」
そうだったんだ。
通りで魔法を使わないわけだ。
「それならお母さんもお父さんに魔法を教えてもらえばいいよ」
「私にも魔法が使えるでしょうか」
「大丈夫。魔力があるなら扱えるようになるよ」
「レオナルドさん。貴方の言葉を信じます」
魔法を通じて歪だったマーリン家の家族関係が修復の兆しを見せていた。
それぞれが別の道を進んでいた三人が同じ道に行きつこうとしている。
過程はどうあれ、いいことであることに変わりはない。
「ねえアリス。今のお姉ちゃんどう?」
「みー。うーあー!」
ミラはアリスと戯れている。
アリスはなんだか嬉しそうだ。
十歳の誕生日、魔法使いにとっては大きな節目であるということはわかった。
いつかはアリスにもその時がやって来る。
楽しみだ。




