おじさんとミラの友達
「なんだお前、昼間っから鼻の下伸ばしてニヤニヤしてよ……」
仕事合間の昼休み中、俺はグレイさんに気持ち悪がられた。
「いやぁ、この前ミラの入学式がありまして……」
「ああ、あのガキもうそんな歳だったのか」
「最近俺とほぼ同じ時間に家を出るようになったんスけど、毎朝見る制服姿が可愛くて……」
厳密には家を出るのは俺の方が少しだけ遅い。
この頃はほぼ毎日のように制服姿のミラを見るが何回見ても飽きない。
「ガキが可愛いのはわかるが仕事中ぐらいは真面目な顔しといた方がいいぞ」
どうやら無意識に鼻の下が伸びてしまっていたらしい。
気を付けよう。
「そういえばグレイさんは冬の間何やってたんスか?」
ふと気になったので聞いてみた。
九十日も休暇を取って何をして過ごしていたんだろう。
「……知りたいか?」
明後日の方を眺めながらグレイさんが聞き返してきた。
なんか怖いんですけど。
「いや、やっぱいいっス」
「それがいい」
「この野郎!代金払えぇ!!」
事件だ。
あの様子だと食い逃げだろうなぁ。
なぜこのギルドでは週に一回ぐらいのペースで食い逃げが発生するのか。
この頃陽気がいいから冬に比べて事件の数が増えてきた気がする。
「ボサっとすんな!さっさととっ捕まえるぞ!」
グレイさんはもう走り去ってしまった。
相変わらず行動が早いなぁ。
あぁ、休み時間が……
「んじゃ、お疲れー」
「先、失礼しまーす」
こうして今日の仕事は終わった。
今日はミラの方が先に家に帰ってるかなー。
「ただいまー」
家に帰ってきた俺の目には普段見慣れない人物が映っていた。
「おかえりー!」
「お、おじゃましてます……」
えーっと……
そうだ、入学式の日にいた狐の獣人の子だ。
「えーっと、誰だっけ?」
「イズナです……」
ああそうだ、イズナ君だ。
あれ?
イズナ君?イズナちゃん?どっちだったっけ?
落ち着け、今一度考えるんだ。
入学式の時は男の子の制服を着ていたよな。
でも今は女の子の服を着ている。
当のイズナ本人は棒立ちしてる俺を眺めながら不思議そうに首を傾げている。
本人にわざわざ性別を確認するのも失礼だしなぁ……
まぁそんなことはいいか。
「もう夜になるけど家に帰らなくても大丈夫か?」
夜になると真っ暗になるし子供一人に帰らせるには心配だ。
「大丈夫です。夜の行動には慣れてますから……」
そうなんだ。
元々夜行性なのかな?
いや、そういう問題じゃないような気もする。
「オズは?」
「見てないけど多分いるんじゃないかな」
そうか。
「おーい、オズいるかー?」
二階に上がり、オズの部屋の前で呼びかけてみた。
何も反応がない、もしかしていないのだろうか。
「入るぞー」
ノックをしてオズの部屋のドアを開けた。
「ううううう……」
なんだこの珍妙な光景は。
部屋の隅で体育座りをしたオズがうめき声を上げている。
なんとももどかしい表情をしながら俺に視線を向けてきた。
アレか、なんかあったな。
「どうしたんだよ……」
「あの狐の匂いがするわ……」
お前は嫁をいびる姑か何かか?
「なぁ……お前、あの子の家族と何かあったのか?」
この前のあの態度と言い過去に何かあったとしか思えない。
「ハァ……」
オズは観念したようなため息をついた。
「あのね、あの子たちカプリス家は他所の家に付くのが得意な家系なの」
「付かれたらマズいのか?」
「他所の家に付いて家事とかを全部取り仕切っちゃうわ」
そう聞いても別に悪いことしてないような気がするんだけどなぁ。
「それの何が悪いんだ?」
「アタシね、カプリス家に付かれたがために当主が堕落してその結果没落した家を知ってる」
オズがかつてないほどに神妙な顔つきをしながらそう言った。
「ハハッ、まさか……」
「嘘なんてこれっぽっちも言ってないわ」
表情を見る限りではこれは本当に冗談でもなさそうだぞ。
「じゃああの子はうちに付こうとしてるのか?」
「さぁ?付くならここかマーリン家じゃない?」
我が家に付いても俺は普通に仕事に行くだろうし、マーリン家に付いても図書館にこもって研究してばかりのレオナルドさんが堕落するとも思えない。
「万が一オズ家に付こうとしてたら?」
「アタシが全力で追い出す」
まぁ、そうだろうなぁ。
「でもなぁ、あんなに大人しい子がなぁ」
とてもじゃないがあんな内気でオドオドしてる子がそんなことできるとは思えない。
「人を見た目で判断しちゃいけないわ」
確かにお前に言われると説得力がすごい。
「ところでさ、お前に聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「あの子って男だと思う?それとも女だと思う?」
オズが呆気に取られたような表情になった。
「それはもちろん……」
最後まで言いかけたところでオズの口が固まった。
「どっちなんだろう?」
やっぱりお前もわかんないのか。
「まあいいや、飯作るわ」
「できたら呼んでねー」
いや、そこは手伝えよ。
一階に戻るとミラとイズナはまだ勉強を続けていた。
どうやらミラが教えているようだ。
あの子は結局男、女どっちなんだろうか。
仕草を観察してみても判断ができない。
「ん……いい匂いがする……」
台所の匂いを嗅ぎ付けたらしいイズナが反応を見せた。
耳がピコピコ動いてて可愛い。
「よければご飯食べてくか?」
「いいんですか……?」
獣人は感情表現が正直だなぁ。
口では謙遜してるけど耳や尻尾がピンと立っている。
「いいぞ、もうちょっとしたらできるからそれまで待っててくれ」
「ありがとうございます!」
ここに来て初めて声色が変わった。
飯を貰えるのは素直に嬉しいみたいだ。
「じゃあそれまでにここまで終わらせないとね」
そう言いながらミラがイズナの前に教科書を引っ張り出してきた。
お転婆そうで意外と真面目なところがあるんだよなぁ、ミラって。
「できたー!」
「や、やった……」
あれから十数分後、ミラとイズナの二人が歓喜の声を上げた。
どうやら勉強は終わったようだ。
ちょうど俺も夕飯の支度が出来た。
「できたぞー」
「いただきまーす!」
その日の食卓はいつもより少し賑やかになった。
「美味しい……」
イズナが目を輝かせている。
「でしょー!トモユキの作るご飯は美味しいんだよ!」
ミラも得意げだ。
こうして褒められるのは作り手としても気分がいい。
一方でオズはいまだにイズナを警戒するように睨んでいる。
せめて食事のときぐらいは穏やかにしてくれればいいのに。
「ごちそうさまでした」
玄関の前でイズナはペコリと頭を下げた。
礼儀正しい子だ。
「夜も遅いし帰り道は気を付けろよ」
「大丈夫です。こうするので……」
そういうとイズナは一瞬で姿を変えた。
「おぉ……」
今、俺の目の前にいるのは狐の獣人じゃなくて昔話とかでよく出てくるような青色の火の玉だ。
「こうすると人が寄り付かないんですよ」
そうだろうな。
ひとりでに動く火の玉なんて不気味で近寄りたくないし。
「それでは、お邪魔しました……」
こうしてイズナは帰っていった。
「またねー!」
ミラは手を振っている。
なぜ彼女は何も驚かないのだろう。
「あのね、イズナは変身魔法が得意なんだよ!」
そうなんだ。
まあ知ってたら今更驚くこともないわな。
「なあミラ。あの子って男の子?それとも女の子?」
やはり疑問に対する答えが出ない。
こうなればミラに聞くのが一番答えに近づけるはずだ。
「うーん……どっちなんだろう?学校では男の子の制服着てるよ?」
「でもさっきは女の子みたいな服装してたよな……」
俺とミラは玄関の前で延々と考察を続けた。
これは本人に確認しないと答えが出ないんじゃないだろうか。
『アタシね、カプリス家に付かれたがために当主が堕落してその結果没落した家を知ってる』
オズのあの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
もしそれが本当だとしてもあの子がそんなことをするとは思えない、いや思いたくない。
不穏だ。




