天と地の架け橋
騒動があった日の晩、仕事を片付けた俺はふとギルドマスターの元に立ち寄ることにした。
事前連絡なしで帰りが遅くなりそうだし、オズたち怒るかな……
「タカノ君か、今回は何の用かな」
「あー、俺から一つ新しい商売を提案したいんスけど……」
『商売』という言葉に反応したのか、マスターは目を光らせた。
「話を聞こうか」
「というのもこの前の地下闘技場の件に絡んだ話なんですけれどもね。あそこを正式にギルドの運営する娯楽施設にするっていうのはどうっスか?」
「なるほど。儲かる見込みはあるかね?」
「かつての地下闘技場には非合法とはいえ、多数の選手たちとその試合を見て楽しんでいた観客がいました。それを吸収できれば収益は見込めるはずです」
俺の元いた世界でもプロレスとかボクシングは人気だったし、こちらでもストリートファイトには大勢の見物客が集まっていた。
闘技場にもきっと一定の需要があるはずだ。
需要があれば金になる。
「ふむ……その件については考えておこう」
「ありがとうございます」
マスターは今日の騒動の報告書に目を通しながらさらっと呟いた。
「それはそれとしてだね、タカノ君」
「はい、なんでしょう」
マスターは報告書を見ながら淡々と会話を切り出してきた。
それを作成したのは俺じゃないんだがどこか不備でもあっただろうか。
「君はドラゴンの獣人についてどう思う?」
唐突な質問に俺は一瞬言葉を詰まらせた。
マスターからこういう質問をされると咄嗟に答えにくい。
どういう答えを望んでいるのかと下手に出てしまう。
「と、いいますと?」
「報告書には騒動を起こしたのはキャメロット王国の騎士とドラゴンの獣人とある。君はドラゴンの獣人の力を直接見たのだろう。それを見てどう思ったのかと聞いているんだ」
なるほど、そういうことか。
それは……
「ドラゴンの獣人は俺たちにとって脅威となり得る力を持った存在だと思います」
「やはりそう思うかね」
どうやらマスターはいい印象を持っていないようだ。
どうにかしてできる限りのフォローをしなければ……
「俺はその子の本心を知っています。彼女には強敵との戦いを求めるというドラゴンとしての本能こそありますが、それと同時に俺たち人間と友好的でありたいという理性的な面もあります。今回はあんな騒動こそ起こしてしまいましたがその一面だけを見て危険だと判断するのはまだ時期尚早かと思います」
俺の話を聞いたマスターは黙って目線を下げ、なにやら考え事を始めた。
これで少しは見方を変えてくれるのだろうか。
「なるほど、さっきの君の意見はそういうことだったんだねぇ」
何かを察したようにマスターがため息交じりに呟いた。
「ドラゴンの獣人とどこで出会ったのかは知らないけれど、ギルドの運営にも関わることである以上は私としても慎重に考えなければならない。答えを出すには少し時間がかかりそうだが構わないかな?」
俺の考えてることはお見通しだったようだ。
これからドラゴンの獣人たちと交流を持つかもしれないならば彼らの稼ぎ口になるものを用意しておいた方がいい。
「大丈夫っス。前向きな答えが出ることを信じてます」
いつも即断即決のギルドマスターがここまで思慮深く出てくるのは正直予想外だった。
だがこれがいい方向に進めばこの街はもっと活気が出るはずだ。
さて、これで今日の仕事は本当に終わりだ。
外はすっかり日が沈んで夜になっている。
クロを待たせているし、早く戻らないとな。
「待たせたな。さあ、帰ろう」
「ガオン!」
クロに跨り、俺は帰路へと飛び立った。
「ただいま」
「おかえりー。遅かったじゃない」
「悪い。今日のことでいろいろ処理があってな」
「そっか、まあ大変だったもんね」
今日の騒動のことはオズ自身もよくわかっている。
こうなることもある程度は諦めがついていたのだろう。
「ミラは?」
今日のことでどうしてもミラにお礼が言いたい。
それこそ感謝してもしきれないぐらいだ。
「自分の部屋にいるんじゃない?そろそろ中等部の試験があるから勉強しないとって言ってたし」
そうか、もうすぐ進学試験があるって言ってたな。
そんな大変な状況の中でも真っ先に友人のために行動できるのは如何にも彼女らしい。
そしてひと段落付けばすぐにまた自分のやりたいことをやり始めるのもまたあの子らしいというか。
「今日は手を貸してくれてありがとな」
「いいのよ。たまにはああいうことしないと感覚がボケちゃいそうだし」
俺としてはもう少し平和的な思考を持っていてほしいがそれとこれとは話は別だな。
ありがとう、オズ。
「ミラ、いるかー?」
「うん、いるよー」
ミラの部屋の前で声をかけ、反応を確認した俺は静かに扉を開いた。
彼女は机に向かって本を山積みにしながら勉強に励んでいる。
こうやって本を積みまくるのはレオナルドさん譲りか。
「今日はありがとな。お前がいなかったら俺たちは二人を止められなかった」
「困ったときはお互い様でしょ」
何の迷いもなくそういうことを言える子に成長してくれて俺は本当にうれしい。
「メリルはどこにいるか知ってるか?」
「アリスと一緒にいるよ。今日のことでかなり落ち込んでるみたい」
伝言ゲームみたいに場所を転々とし、俺はメリルの元を訪れた。
「アリス、私の腕が気に入ってるのか」
「うーうー。あー」
メリルは一人アリスを抱きながら物思いに耽っているようだった。
やはり今日のことが相当堪えているみたいだ。
「よかったな、アリスはメリルのことを好きでいてくれるみたいで」
俺に声をかけられて驚いたのかメリルはピクリと反応して俺の方へ振り向いた。
「タカノか。今日のことで幻滅しただろう」
親しい人間がネガティブな状態に陥っているのは見ていて気分がよくないなぁ。
ここもフォローしてあげなければ。
俺はメリルの隣に腰を下ろし、軽く肩を叩いた。
「まあ人っていろんな部分があって当然だと思うし、俺はメリルのことを見捨てたりはしない。それに俺たちはメリルのことを何もかも知ってるわけじゃないけど理解者でいるつもりなんだ。だからもっと俺たちを頼ってくれよ」
「タカノ……」
メリルの目が潤んでいく。
かける言葉を間違えたかな。
「どうしてお前たちは……そんなに優しいんだ……」
またメリルはしゃくり始めてしまった。
「俺たちにとって困ってる人がいたら助けるのは当たり前だ。俺たちは地上から離れられないけど、せめてメリルがここにいる間ぐらいは守ってやるよ」
ドラゴンの獣人は地上の人々とは比べ物にならないほどの力を持った種族だ。
そしてとてつもなく強い闘争本能を持っているものの、心根は俺たち人間と同じ、非常に脆い部分もある。
それはメリルを見て感じてきたことだ。
だからこそ俺は信じている、いつかドラゴンの獣人たちと地上で共に生き、交流ができる日が来ると。




