おじさん、昔話を聞く
「うぅ……寒い……」
なんだこの寒さは。
気温が低いとかそういう問題じゃなくて寒気が尋常じゃない。
おまけに身体の節々が痛い。
この感覚、風邪でも引いたか?
なんかまっすぐ歩いているような気がしない。
視界が揺れてるような気がするし。
ああ、せめて水分ぐらいは取らないと……
「……キ? トモユキ?」
あれ? こんな時間にどうしてミラの声が聞こえるんだ?
「あぁ……なんだ?」
俺は目をゆっくりと開いた。
確かにミラが俺の目の前にいる。
「よかった! お姉ちゃーん、トモユキ起きたよー!」
ミラに呼ばれてオズもやってきた。
「なんで俺はここにいるんだ?」
水でも飲もうと台所に行こうとしていたところまでは覚えているんだが。
「逆にアタシが聞きたいわよ。ミラに起こされて見にきたときはビックリしたんだから」
「俺はどうなってたんだ?」
「台所の前で倒れてた」
マジですか。
そうだ、今何時だ!
「時計見てくれない?」
「えーっと……九時二十二分」
普通に遅刻だな。
こんな体調じゃまともに働けそうにないなぁ。
「仕事……」
「まさかアンタそんな状態で仕事行こうっての!?」
オズに驚かれた。
こちらの世界に来てもう半年近く経ったがまだ現代病が抜けきっていないみたいだ。
「いや、無理に決まってるけどさ。せめて連絡の一つでもできりゃよかったんだが……」
「真面目ねえ……そんなの事後報告でいいのに」
そうか、この世界は事前に連絡する手段がないもんな。
「まあ、そんなに連絡入れたいなら代わりにやってあげなくもないけど」
「マジか。じゃあ頼む」
「はいはい。手紙でいい?」
「病欠の主旨が伝わるならなんでもいい」
オズが紙とペンを取って数分、職場に宛てる手紙が書きあがった。
「できたわ。これを誰に届ければいい?」
「アレンに届けてくれ」
「あぁ、あの牛の獣人ね」
とりあえずアイツに伝わればいいはずだ。
オズは指を鳴らした。
するとそれに応答するように羽の生えた謎の小さな生き物がオズの手元に現れた。
「これをクルセイダーの牛野郎のところに届けなさい。できるだけ早くね」
オズが謎の生き物にそう言い聞かせると、それは手紙を持って羽を忙しく羽ばたかせて窓の外から飛び出していった。
「なんだ今の」
「使い魔よ使い魔。ある程度の魔法使いなら誰だって持ってるわ」
あー、そういうの持ってたんだ。
今まで見たことなかったから知らなかった。
「とりあえず今日はアンタは一日寝てなさい。家のことはアタシがやっといてあげるから」
「ああ、悪いな」
気が付けばすっかりオズにも家のことを頼れるようになっていた。
時間の流れというものは人を変えるもんだなあ。
「なんか欲しいものとかある?」
「そうだな……氷嚢とかあるといいな」
「ヒョウノウ?何それ?」
そうか、まずはそこからだったか。
「中に氷を詰めた枕みたいなもんだ。首元を冷やすにはちょうどいい」
「なるほどね。ちょっと枕貸しなさい」
オズに言われるがままに俺は枕を渡した。
「はい。これでいいでしょ」
「おぉ……」
すげえ、枕の中身が一瞬で氷に変わったぞ。
魔法ってやっぱり便利だなあ。
「俺も魔法が使えたらこんな風に便利な生活ができたりするかな?」
「できるかもしれないけど、別に魔法ってそんなにいいものでもないわよ」
それはどういう意味だろうか。
「なんでお前はそう思うんだ?俺から見れば魔法使いがうらやましくて仕方ないぐらいなんだが」
「だって魔法使いの世界って変なルールばっかりで窮屈なんだもん。アタシから言わせれば普通の人間の方がよっぽど自由に生きてると思う」
そうなんだ。
「そういえばミラは何やってるんだ?」
「さあ? ご近所の手伝いでもしに行ったんじゃない?」
相変わらず好きだなあ。
俺が仕事に行ってる時はいつもやっていたりするんだろうか。
「そうだ。暇そうだし、アタシの昔話でもしてあげようか?」
オズの昔話か。
聞いてみたいような気もするな。
「聞いてみてえな。退屈しのぎにちょうどいい」
「そう言うと思ってたわ」
この頃なんとなく俺とオズの間で考えていることが理解しあえるようになってきた気がする。
これも同居生活の賜物ってやつか。
「じゃあどの辺から話してあげようかなー。アタシの生い立ちから?」
オズ家の当主ともあれば語れることは山ほどあるだろうな。
とても俺一人で推し量ることはできない。
「適当に話したいところからしてくれていい」
「そう、じゃあアタシの両親の話から聞かせてあげる」
オズの両親か。
いったいどんな環境でコイツを育ててきたんだろうか。
「アタシはね、純血の魔法使いの両親の間に生まれたの」
「純血?」
「そう、魔法使いには魔法使い同士の間に生まれる純血とそれ以外との間に生まれる混血とがいるわ」
いきなり随分とややこしい話をぶっこんできたな。
「違いはあるのか?」
「さあ? 『純血の方がいい』なんて言う輩もいるけど、違いなんてないと思う」
この時点でもう魔法使いの世界の面倒くささが垣間見えたような気がする。
「父も母もすごい魔法使いだったわ。アタシが使える魔法もほとんどが親譲りのものだし、それに二人とも冒険が大好きだったの。それでいて旅先でいろんな事件を解決して皆から感謝されて。アタシは小さい頃からずっとそんな姿を見てきたわ。だからアタシも冒険が好き」
いつか前にグレイさんから聞いたことがある。
『オズ派は冒険に生きる一派』だと。
それは彼女の親の代よりもずっと前からオズ家に代々伝わっているのか。
「そんな両親が生きてたのも数年前までの話だけどね」
「……えっ」
オズの両親って死んでたのか。
すごい急な展開だ。
「どうして……?」
「冒険の途中で遭遇したドラゴンからアタシたちを守るために共倒れになったの。アタシの目の前でね」
うわ、めっちゃきつい奴だな。
「両親が死んだから当然のようにその後を継いでアタシがオズ家の当主になったわ。それからアタシは考えるようになったの。『お父様たちの後を継げる立派な魔法使いになるにはどうすればいいのか』を」
なるほど。
それほど偉大な両親の後を継ぐと比べられるっていう宿命は避けられないんだな。
「当主を継いだ直後は苦労したわよ。今まで両親について来てた魔法使いたちから舐められたりからかわれたり」
コイツにもそんな時期があったのか。
想像もつかんな。
「だから実力で見返してやったわ」
なるほど、如何にもオズらしい回答だ。
「というと具体的には何をしたんだ?」
「新しい魔法を作ったの」
オズが考えた魔法か。
どんなものかはなんとなく予想できる。
「『召喚魔法』、両親も成し得なかったアタシだけの魔法よ」
ああ、ドラゴンと戦った時に使ってたアレかな?
今でも雑用で使ってるけど。
「そんなこんなあって今のアタシがあるってワケよ。あ、何か食べる?」
随分と唐突だなあ。
というかもうそんな時間なのか。
「薄味で食べやすいものなら」
「はいはい」
オズは腰を上げて台所へと向かった。
昼飯はオズが作った粥になった。
アイツも気が付けばずいぶんと料理ができるようになったもんだ。
「なあオズ」
「何」
「俺さ、最初は邪険に扱ってたけど今はお前が家に居候してくれてよかったって思ってるぞ」
「何よ急に改まって」
「いや、ここに来る前のことを思い出してさ。前は病気にかかっても周りのこと自分でやらないといけなかったから」
それを聞いたオズの表情がなんとも言えない感じになった。
「アンタ、ここに来る前は奴隷でもやってたの?」
奴隷……か。
それとは違うけど境遇は似たようなものだったかもしれないな。
「いや、普通に労働者やってたぞ」
「もしかしてさ、アンタ『労働の国』から来たの?」
そんな国があるのか。
「なんだそりゃ」
「そういうのがあるのよ。国民は皆休むことも忘れて気が狂ったように仕事ばかりしてる」
そこは日本かな?
「お前、その労働の国とやらには行ったことあるのか?」
「一度だけあるわ。国民みんな気が狂ってるし、ご飯も質素で美味しくないし、見る場所も特になかったからすぐに出たけどね」
そりゃあそんな場所に長くいる気は起きないよなあ。
俺だってすぐに帰るだろうし。
「じゃ、アタシは解熱薬でも買ってきてあげるから、アンタは大人しく寝てなさいよ」
この世界にもちゃんとした薬はあるみたいで安心した。
「その前に枕もう一回冷やしてくれるか?」
俺は枕を手渡した。
「はいはい……熱っ!?」
オズは脊髄反射で枕から手を離した。
氷が解けた水の入った枕が音を立てて床に落ちる。
「そんなに熱かったか?」
「自覚無いの? まあいいわ、すぐ冷やしてあげる」
熱くなっていた枕がオズの魔法によって一瞬で冷たくなった。
ああ、今日は何もかも助けられっぱなしだなあ。
身支度を済ませたオズはすぐにギルドへと出かけていった。
今思えば彼女がこうして赤の他人である俺の世話を焼いてくれるのも親譲りなのかもしれないな。
血のつながりもない娘(実の父親公認)と居候の魔法使い。
少し歪かもしれないがこういう家族の形があってもいいかもな。
そんなことを考えながら俺は静かに瞼を閉じた。




