おじさんと魔法使いの雪合戦
今日の仕事はいつも以上の重労働だった。
雪は重いから一回どけるのにもそれなりの体力を要する。
それを日が暮れるまで一日中だ。
「明日も雪が続きそうだ。雪かきとかで遅れるだろうけれどちゃんと昼までには出勤してこいよ」
アレンが退勤前に機動隊のメンバーに言い渡した。
ああ、なんていい職場なんだ。
前だったら『早く家を出て確実に勤務時間に間に合うように来い』とか言われてただろうなあ。
冬だから仕方のないことだが今日も寒い。
早く帰ろう。
帰路も人が通るところ以外は大量の雪が積もっている。
明日はもっと高くなっていることだろう。
早くも冬が終わることを願って他ならない。
「ああ!タカノさん!」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
しかも聞き覚えのある声だ。
「探しましたよ!」
あー、誰かと思えば近所の兄ちゃんか。
そんなに息を切らして何か急ぎの用でもあるんだろうか。
「ずいぶんと俺のことを探してたみたいっスけど、何かありましたか?」
「さっきあなたの家の付近で変なものを見かけまして…」
変なもの?
また何か嫌な予感がしてならないんだが。
「……と、言いますと?」
「すごい大きい雪の巨人みたいなものが何体も動いてて……何が目的なんでしょうね」
間違いない、オズの仕業だ。
何をしてやがるんだろうか。
「はあ、わざわざ教えていただいてありがとうございます」
俺は足早に帰路につき直した。
我が家の問題は早急に解決しなければ。
「なんだこりゃ……」
我が家に到着して事を把握した。
兄ちゃんの報告通り、白くてデカいのがいくつも家の周りをうろついている。
しかもなんかデカいの同士で戦っているように見えるんだが。
「おっ、おかえりー」
「おかえりー!」
偶然玄関の近くにいたミラとオズに声をかけられた。
二人は何をしているのだろう。
早急に説明してもらわなければ。
「このデカい奴らはなんだ」
「見てわかんないの?雪合戦してるの」
初見でわかるかそんなの。
俺の中の雪合戦のイメージが音を立てて崩れ去ったわ。
「雪合戦だと?」
「そう、魔法で雪の兵隊を錬成して戦わせるの。相手の兵を全滅させたら勝ち!」
魔法使い同士の雪合戦ってめっちゃハードだな。
オズがこうしてるってことはつまり相手がいるということで。
その相手っていうのは……
「兵隊さん頑張れー!」
やっぱりか。
ミラが自分で作った雪の兵にエールを送っている。
「それってそんなに楽しいか?」
「そりゃあもう。オズ派では冬の名物なんだから」
つまりマーリン派の奴らには馴染みがないわけだ。
ミラも例外ではないわけで。
「トモユキもやる?」
「やめとくわ。俺は魔法使えねえし」
そもそもがこの遊び、魔法使いしか参加できないじゃねえか。
ちょっと面白そうだとは思ったけれども。
「飯ができるまでには終われよ」
「「はーい」」
二人揃って元気のいい返事が返ってきた。
熱中しすぎて変なことが起こらなければいいんだが。
「あああああ!!」
家に入って余りの寒さに驚愕した。
よく見ると暖炉の火がすでに消えかかっている。
暖炉がこんなになってるとかいつから雪合戦してるんだよ。
俺は急いで暖炉に薪を放り込んだ。
消えかかっていた火が少しずつ大きさを取り戻していく。
家全体が再び暖かくなるまではもう少し時間がかかるだろうか。
今日のご飯は何にしようか。
冬だし、ここは定番の鍋にするのがいいだろうか。
しかし温かいグラタンやポトフも捨てがたい……
台所の食料と相談しよう。
外は雪の兵が雪の上を動き回る音で騒がしい。
雪が雪の上を歩いているとはなんとも想像しづらい。
家の外では女子二人が雪合戦をしていて家の中ではオッサンが夕食を作っているって考えるとすごくシュールな光景だな。
「……」
今、壁が揺れたよな。
間違いない、雪の兵が家の壁に激突した。
まあ家が壊れるようなことはまずなさそうだし別にいいか。
というか外はもう真っ暗なのにまだやってるのか。
あいつらはちゃんと見えてるんだろうか。
窓から様子を窺ってみた。
うわぁ、オズもミラも魔法でめっちゃ周囲を照らしてたわ。
そうまでして雪合戦を続けたいか。
さぞ楽しいんだろうな。
よし決めた、今日はポトフを作ろう。
台所で火起こすの面倒だし暖炉の火を使えばいいか。
……
落ち着かねえ!
外はまだうるさいしなんか床まで揺れるようになったし。
「熱ッ!!」
揺れの所為で鍋の中身が少し零れて腕にかかった。
冷えた身体にこの熱さはあまりにも辛すぎる。
確実に火傷案件だ。
もう我慢ならん!すぐに終わらせてやる!
「おいすぐ終われ!これじゃ飯も作れねえじゃねえか!」
……あれ?なんかさっきと雰囲気が違うんだけど。
俺の目の前では我が家よりデカい雪の巨人にオズが追いまわされていた。
「うあああああ!どうしようトモユキ!」
こちらに気づいたミラが涙目になりながら駆け寄ってきた。
「おいおい、どうなってんだこりゃ」
とりあえず俺の力ではどうにもならないということだけは見てわかる。
「え、えっとね……雪合戦のためにすっごくおおきい兵隊さんを作ったんだけどね……ミラの言うことを聞いてくれなくなっちゃったの……」
ミラが泣きそうになりながら事態を説明してくれた。
なるほど、ちょっとしくじっちゃったのか。
「どうしよう……」
どうしようって言われてもなあ。
あんな得体の知れないデカブツは流石に俺だけじゃどうにもならん。
そうだ!
「おいオズ!」
巨人に追い回されているオズに声をかけた。
「何!?」
「魔法でその巨人壊せねえの?いくらデカくても所詮は雪だろ」
「雪合戦はアタシたちが直接兵隊を攻撃したらいけないっていうルールがあるんですけど!」
「バカか!こんな状況でそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
変なところで拘りやがって。
自分の命とゲームのルールどっちが大事かなんて考えなくてもわかるだろ。
「それに壊すってもあんなバカでかいの、詠唱でもできなきゃぶっ壊せないわよ!」
マジかよ。
まあ、ずっと追い回されてるんじゃ詠唱なんてできねえよなあ。
「なあミラ、あの巨人を魔法で止めることってできるか?」
「わからないけど……やってみる」
頼んだぞ。
これで止められなければオズ一人に頑張ってもらうしかない。
「お姉ちゃん下がって!」
ミラが精いっぱいに声を張り上げた。
その声が届いたのか、オズは咄嗟に雪の中に飛び込んだ。
次の瞬間、青色の閃光がミラの指先から放たれた。
巨人は一瞬で動きを止め、その白い身体が透明な氷の塊に変わっていく。
「今だオズ!巨人をぶっ壊せ!」
雪の中から顔を起こしたオズは杖を構えた。
「我が命のもとに意思無き氷塊を原初へ還せ!」
オズの詠唱魔法によって氷像と化した巨人は勢いよく粉々に砕け、周辺に飛び散って行った。
そして魔法を使ったオズもまた膝から雪の中に沈んでいった。
「おい大丈夫か?」
「ハァ……ハァ……久しぶりに死ぬかと思ったわ……」
そういやさっきまでずっとあれに追いかけられてたんだよな。
この寒さの中で走り続けてれば死を覚悟するのも無理はない。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
ミラが何度もオズに頭を下げている。
今回は珍しくミラの方に落ち度がある。
「いいわよ。ちょっと練習が足りなかっただけだしね」
「えっ?」
「だって錬成魔法を使ったのは今日が初めてでしょ?なのにもうあんなに大きなものを作れたんだからミラはすごいわ」
なるほど、流石マーリン家の血が流れているだけのことはある。
今回は制御がうまくいかなかったが初めてであれだけのものを作れたのか。
「でも言うこと聞いてくれなかったし……」
「慣れてないからちょっと失敗しただけよ。少し練習すればちゃんと言うこと聞いてくれるから。」
「だから明日また一緒に練習しよ、ね?」
なんだろう。
元はと言えば雪合戦をやり始めたのはコイツなのになんかいい話っぽい雰囲気になってるんだけど。
まあ、これで一件落着……なのかな?
「あっ……」
すっかり忘れていた。
晩飯に用意していたポトフは火を通しすぎて見事に具が崩れていた。
この日、俺は魔法使いとしてのオズの度量とミラの才能を見た気がする。
オズに至っては日頃の行いからすっかり『だらしない居候』だと思い込んでしまっていた、考えを改めねば。
あと雪合戦は家より大きい兵は作らないというルールを設けた上で夜には必ず終わらせることを決めた。
たぶんこれで今日みたいなことにはならない……のかな?




