おじさんと冬の夜
うー、寒い。
普段はやたらとキツいだけだと感じる訓練が身体を温めるためのストレッチのように感じられる。
気づけばもう日が暮れそうになっていた。
やはり冬は日が沈むのが早い。
そろそろ夜勤の人たちと交代かな。
ん、待てよ。
「なあ、グレイさんが不在だけどその間の機動隊は誰が取り仕切るんだ?」
なんとなくアレンに尋ねてみた。
「誰って、俺だけど?」
「……は?」
マジかよ。
確かにグレイさんとの距離が近くて一番実力があるのはお前かもしれないけどさ。
「上司扱いとかしたほうがいい?」
「いや、普段通りでいいわ」
「よしわかった」
今日の勤務はここまでだ。
外はすっかり暗いし朝並みに冷え込んでいる。
「じゃあ上がるわ。お疲れー」
「おう、また明日」
さあ、帰ろう。
「あっ……」
忘れていた。
昼間、オズがすっげえ怒ってたっけ。
あの様子だと相当根に持ってるっぽいしヤバいなぁ。
今日は帰らない方がいいだろうか。
いや、やっぱりミラのことが心配だ。
しかしオズからどんな仕打ちを受けるかわからないのが怖くて仕方がない。
仕事に行くのに憂鬱になれば家に帰るのにも憂鬱になるとは冬とは恐ろしい季節だ。
「はぁ……」
いろいろと悩ましくて思わず大きなため息が出た。
「どうした?デカいため息なんてついてよォ」
たまたま後ろから合流してきたアレンが俺の肩を叩いた。
「今、オズ怒ってんのかなーって」
「なんだそのことか」
相手が普通の人間なら最悪怒鳴られるだけで済みそうなものだがオズは世界最高の魔法使いの片割れだ。
タダで済むとは思えない。
「アレン。もし怒ってるやつに謝りに行くとき、お前ならどうする?」
「そうだなあ、俺なら相手の好きな食べ物でも持って詫びに行くだろうな」
少し考えた様子を見せてからアレンは答えた。
オズの好きな食べ物か……
アイツだいたい何でも美味そうに食べるから好みがわからないんだよなぁ。
強いて言うなら酒か。
でもアイツは今日酒を買いにギルドまで来ていたから効果はないとみていいだろう。
「ちょっと今から買い物付き合えよ」
「買い物って……こんな時間から何買うんだ?」
「お菓子」
「は?」
「お菓子だよ。とびっきり甘い奴だ」
そうだ。
普段はあまり買ってこない菓子類をダシにしよう。
食いつきがよくなくてもミラにあげればそっちが喜ぶだろうし。
「まあ、構わんが」
決まりだ。
それにしてもなぜ異世界に来てまで菓子折りを持って謝罪に臨もうとしているのだろう。
「ありがとうございましたー」
俺とアレンは菓子屋を出た。
どうにも菓子屋の甘ったるい匂いは苦手だ。
ガキの頃は駄菓子屋の空気を感じるだけでも心が躍ったものだが大人になるとどうもその空気が鼻につく。
「それにしてもずいぶんと買い込んだな」
今の俺の両腕は菓子が詰まった袋でいっぱいだ。
「そりゃあオズがどれを選ぶか予想できねえし」
「選ばれなかった奴はどうするんだ?」
「ミラにあげる」
「あー、なるほどな」
「ありがとな。わざわざこんなことに付き合ってもらってさ」
「いいってことよ。同僚に死なれるよか数倍マシだからな」
アレンは本当にいい奴だ。
この借りはどこかで返さないとな。
さて、いよいよ謝罪に臨むわけだ。
なんで自宅に帰るだけなのにこんなに緊迫しなければならないのか。
「ただいまー」
「おかえりー!」
二階からミラが降りてきて迎えてくれた。
暖炉のおかげで玄関も仄かに温かい。
足元にはオズが買って来たのであろう酒が置いてある。
「オズはどうしてる?」
「お姉ちゃんなら二階にいると思うよー」
その矢先、凄まじい視線を感じた。
恐る恐る視線を感じる方を見ると、オズがかつてないほどの殺気を放ちながらこちらを睨んでいる。
予定変更だ、今すぐ謝罪に行こう。
「どこ行くの?」
「ちょっとオズに話があるからな」
ミラは不思議そうに首を傾げていた。
「……何?」
オズはいじけた様子でこちらを見てきた。
やっぱりまだ根に持ってたみたいだな。
「今朝のことで謝ろうと思って」
「アタシがただで許すとでも?」
「そういうと思ってさ、菓子買ってきたんだよ」
「ふーん……」
あれ、思ったより反応薄いな。
まあいいや。
俺はおもむろに手にした袋から菓子を取り出して広げた。
「お前が何が好きそうかわかんなかったからとりあえずいろいろ買って来た」
「……」
なんだかんだいじけながらもオズは菓子の山に目を通している。
煌びやかな包装に嫌でも目を引かれるのだろう。
「これ何?」
そう言ってオズが手にしたのは銀紙に包まれた飴。
「異国から取り寄せた飴らしい。なんか果物の味がするんだってさ」
俺は味見してないし当然ながら名前も聞いたことのない果物だからどんな味かも見当がつかない。
「まあいいや。とりあえずアタシに謝りたいっていうのはわかったし、これは全部受け取ってあげる」
「本当に悪かった」
「じゃあさ、アタシと一杯付き合わない?」
……は?
「つまりお前と一緒に酒を飲めと?」
「それ以外に意味があったら教えて欲しいわね」
酒だったらいつも飲んでるだろう。
なんでよりにもよってこのタイミングでそんなことをいうのだろうか。
ミラが寝静まった夜。
俺とオズはテーブルを挟んで向き合った。
「アタシが注いであげるから飲みなさいよ」
「明日も仕事があるからほどほどにな」
「はいはい」
なんだこの酒、なんか匂いがキツくない?
「んー?せっかく注いであげたんだから飲まないなんてことはないわよねえ?」
怪しい。
ものすごく怪しいぞ。
「まさかとは思うが変なものとか入ってねえよな?」
「さあー、どうかしら」
間違いない。
この酒は普通じゃない。
しかしオズの手前、飲まないわけにもいかない。
俺は意を決して一気にグラスを煽った。
「……ッ!!」
ヤバい。
一気に喉に焼けるような感覚が走ってきた。
「カーーーッ!ゲッホゲッホ!」
耐え切れずに咳き込んだ。
喉が熱くてたまらない。
「プーッ!クスクスクス……!」
悪戯がうまくいったときのガキみたいにオズは吹き出している。
アイツやっぱり普通じゃない奴を飲ませやがったな。
というかなんだこの酒は。
……そうか、この酒は『バースト』というのか。
「お前……これの度数いくつだ?」
「えーっとね、八十だって」
そんな度数の酒が市販されてたのか。
オズは咳き込む俺を見て愉悦に浸っているかのような笑みを浮かべながら普通の酒を飲んでいる。
「あ、これアンタ用に買ってきた奴だから代金はアンタ持ちね」
クソが、謀ったな。
「これいくらしたんだ」
「千三百ルートだったわ」
こんなに度数が高いのに意外と手頃な価格なのが余計に恐ろしいな。
「まだあるから飲みなさいよ」
「せめて水割りさせてくれ……」
「うーん、どうしよっかなー?」
オズはニヤニヤしながらすっとぼける素振りを見せた。
これは悪夢か。
こうして俺とオズの二人飲み会は続いた。
もう迂闊に彼女を怒らせることをするのはやめよう。




