おじさん、冬前の一仕事
「ってなことがありまして」
「ハッハッハ!そいつは面白れぇな」
「冗談キツいっスよ。もう一歩で我が家が燃えるところだったんスから」
仕事の休み時間中、俺はグレイさんと談合を交わしていた。
話題は昨日のことだ。
「何はともあれ、家が無事だったんだしちゃんと煙突もできたんだろ?」
「まあ、そうなんスけど」
あれからオズ様に脅しをかけられたオズ派の魔法使いたちによる死に物狂いの作業の結果、その日のうちに我が家に煙突が出来た。
実際に試してみたところ、暖炉から立ち昇る煙はちゃんとそこから出ていくようになったので冬本番が来ても俺たちは気兼ねなく暖炉を使えるようになった。
「……」
急にグレイさんの表情が険しくなった。
「どうかしましたか?」
「わかんねえか?事件の匂いだ」
長年の経験からくる勘ってやつだろうか。
俺はイヌ科動物でもなければキャリアもまだ浅いのでそこまで感じ取れない。
「行くぞ。俺たち機動隊の出番だ」
「はい!」
ここに就職して以来初めての事件だ。
自ずと身が引き締まる。
グレイさんに率いられ、俺たちは事件の匂いがするという場所へと駆け付けた。
「マジかよ……」
残念なことにグレイさんの予感は的中していた。
誰かが飲食店で暴れているらしく、店内から怒声と悲鳴が飛び交っている。
周囲は大勢の野次馬が集り、事態を息を飲んで見守っている。
「タカノ、まずは野次馬どもから情報を集めろ」
「はい」
グレイさんからの指示を受け、俺は野次馬一人一人に声をかけて詳細な情報を集めた。
聞いた話では、ある男が店の料理の味付けが気にくわなかったらしく、代金の返金を要求して暴れているらしい。
なんともはた迷惑な話だ。
それだけならまだよかったんだが店内には逃げ遅れた客が数名と店員たちが人質として取り残されているとのことだ。
「ってな具合っス」
俺は集めた情報をグレイさんに報告した。
「なるほど」
「これから作戦を立てる。目標は暴漢の拘束、及び人質の救出だ」
「作戦は俺、タカノ、アレンの三名で実行する。残りは周辺の安全の確保と野次馬の整理だ」
グレイさんの采配の下、俺たち機動隊は別々に分かれて行動を開始した。
「タカノ、まずは店内の間取りを調べろ。外からの目測で構わん」
「はい」
どうして俺がその役目を担うことになったのかが謎だ。
でも今は一刻を争う事態だ。
やらねば。
俺は店の周囲を回り、窓から見える景色を頼りに情報を集めた。
暴漢と思わしき人物は今は店のテーブルをひっくり返し、それを盾にして俺たちとは別の機動隊に対して威嚇している。
曰く『返金に応じれば店内の人間をすべて解放する』らしい。
なるほど、人質は全員店の北側に固められている。
それに対して現在暴漢が位置しているのは店の西側。
そして店の入り口は東側。
壁は普通の家より少し厚いぐらいの石の壁だ。
これならアレンの力で壊せないことも無さそうか。
情報はこれぐらい集めればいいだろうか。
「どうだった?」
「突入するなら店の西か南側の壁を壊すのが確実そうっス」
「そうか」
どういう作戦を立てるのかは知らないがアレンが作戦に加わっているということはおそらく力尽くでの正面突破だろう。
「よし、作戦の方針が決まった」
随分と早いな。
「俺が遠吠えで気を引く、それを合図にアレンが西側の壁を破壊して内部へ突入、タカノは突入したら人質の安全確保だ。暴漢の身柄はアレンと俺で確保する。いいな?」
「はい!」
「おう!」
グレイさんの采配による命令が下り、俺たちは気合十分な返事を返した。
それぞれが配置につき、グレイさんも軽い身のこなしであっという間に屋根の上に身を移す。
「お前らァ!万が一男が逃走したときは周辺の人間の保護を優先しろ!ただし、攻撃を受けそうな場合は防衛行為として反撃可だ。多少手荒に振舞っても構わん」
グレイさんの最終指示を受けた機動隊の連中が一斉に武装を展開し、店の周囲に散っていった。
「タカノ、しくじるなよ?」
「お前こそな」
突入前、アレンと軽く言葉を掛け合った。
こうでもしなければ緊張でどうにかなってしまいそうだ。
俺たちは何も言葉を発さず、固唾を飲んでグレイさんからの合図を待った。
合図があるまでの待機時間が妙に長く感じる。
「ウオオオォォォォォォン!!」
店の屋根から狼の遠吠えが響いた。
来た!
「行くぞアレン!」
「おう!うおりゃあ!!」
アレンはハンマーを振りかぶると力任せに壁へと打ちつけた。
壁は音を立てて派手に崩れ落ち、店の内部が露わになる。
「確保だオラアアアアア!」
壁を破壊した内部へと突入したアレンは勢いそのままに暴漢へと突っ込んでいく。
「大丈夫っスか?ケガとかしてないっスか?」
アレンが暴漢に突っ込んでいく傍らで俺は北側に固められた人たちに声をかけた。
一部は緊張と恐怖で精神的に衰弱しているように見えるがケガはしていない。
よかった、これなら救助ができそうだ。
「もう大丈夫っスよ」
とりあえず緊張を解かないと。
「え、えぇ……」
「立てますか?無理そうなら肩貸しますよ」
俺は落ち着きを取り戻してきた人質の人たちを鼓舞し、壁の穴を経由して店の外へと避難させていく。
……よし、これで全員避難完了だ。
当の暴漢は見事にアレンに組み伏せられていた。
圧倒的な体格差もあるし、あの状態でアレンの怪力から脱出するのは無理だろう。
これにて一件落着だ。
こうして暴漢は逮捕され、暴動事件は一応の解決を迎えた。
「いやあ、すいませんね。店の壁壊しちゃって」
俺はグレイさんと一緒に店長と話をしていた。
事件は解決したものの、アレンがぶっ壊した壁はそのままだ。
「もう少し穏便に解決できればよかったのですが……助けていただいた身なのでそれぐらいは大目にみますよ」
「壁の修理費って保険とか適用されますかね?」
「されるんじゃね?流石に俺たちが自腹を切ることはないと思うんだが」
それを聞いた店長の表情がパッと明るくなった。
「そうですか。じゃあこれを機に店の改装でもしてみましょうかねえ」
「いいんじゃないスか。」
「ハッハッハッハッハ!」
俺たちは大いに笑い合った。
その夜、勤務を終えた俺たちはギルド内を歩きながら語らっていた。
「あの時、なんで俺が人質の救助を担当することになったんスか?」
「そりゃあお前はアレンに比べれば力がねえし、暴漢取り押さえるには経験が浅いからな」
「それだけっスか?」
「後は、たまに俺たち獣人に対してビビっちまう人間もいる。だから人質の救助には普通の人間が適任だ」
「へぇー……」
そんな人もいるのか。
確かに獣人って身体がデカいのが多いし、それが原因でビビっちまうって言うのはあるんだろうな。
「今日は気分がいい。俺の奢りでパーッと飲みに行こうぜ!」
「マジすか!?」
飲みに行くのか、いいなあ。
「タカノは来るのか?」
「行きたいのはやまやまなんスけど、うちにはミラともう一人居候がいるんで……」
「そうかぁ、そいつぁ残念だ」
「親父ってのも大変だな」
本当だよ。
「んじゃ、先失礼します」
「おう!」
「今度は一緒に来いよな!」
こうして俺はグレイさんたちと別れてまっすぐに家へと向かった。
「ただいまー。あー疲れた……」
家に入った瞬間に疲労がどっと押し寄せてきた。
「おかえりー……って大丈夫!?」
こんなに疲れたのはドラゴンと戦った時以来だろうか。
ミラの小さな肩を借りてしまっている自分がなんだか情けない。
「ずいぶんとお疲れみたいだけど何かあった?」
オズ様も一応気にかけてはくれた。
何もなかったらこんなに疲れることはないんだよ。
「疲れて飯を作る気にならん。今日はオズ様が作ってくれよ……」
「えー、せっかく帰ってきたらうまい飯作ってもらおうと思ってたのにー」
お前は相変わらず人を扱き使うことしか考えてないのか。
「まあいいわ。今日は特別にやったげる」
でもなんだかんだでやってくれるのはありがたい。
半ば無理やり家事スキルを取得させた甲斐があったってもんだ。
これからもこんな日常が続いていくのだろう。
この我が家に厄介な事件が降りかからなければいいなぁ。




