事件の終幕
今回はタカノ視点の話です。
グレイさんの遠吠えが聞こえた、召集の合図だ。
場所はあの塔の頂上、あるいはその周辺か。
「アンタ!白い猫を見かけたらそいつを追いなさい!」
俺のもとへやってきたオズから伝言が来た。
さっき上空に黒い影があったのはクロだったのか。
「わかった!白い猫だな?」
白い猫、それがスノウ・ベルか。
俺は白い猫を探しつつ、招集のかけられた場所へと向かった。
「うおおっ!?」
俺の真横をすさまじい速さで何かが駆け抜けていった。
白毛の混じった黒い猫のアルとは対照的な黒毛の混じった白い猫だった。。
ということは奴がスノウ・ベルだ!
その直後、今度は頭上を巨大な影が飛びぬけて行った。
間違いない、クロだ。
クロはあの猫を追いかけている。
「タカノォ!アイツがスノウ・ベルだァ!」
クロの背中からグレイさんが伝令してきた。
ほかにも何か言っていたようだがクロが速すぎてほとんど聞き取れなかった。
グレイから声をかけられたと思わしきクルセイダーの連中が一斉にスノウ目指して追跡をかけている。
あの野郎、絶対に捕まえてやるからな!
「あの野郎!どこまでもすばしっこい野郎だ!」
スノウ・ベルはギルドの街を際限なく駆け回る。
障害物をものともせず、空中から追跡するクロをもフットワークで翻弄して触れさせない。
あれじゃあいたちごっこじゃねえか。
こんな時、不意に目の前の道を塞ぐことができれば……
「こんな時にアレンがいれば……」
そう思わずにはいられない。
アルを逮捕したときと同じ手法を利用できればきっと足を止めることができるはずだ。
しかし、ここにいない人物のことを考えていても仕方がない。
「俺のこと、呼んだか?」
まさか、さっきの声は……
「アレン!?」
なぜだ、なぜアレンがここにいる!?
負傷でもうしばらくは職場復帰できないはずなのに。
「なんでお前がここに!?」
「リハビリでこの付近をうろついてたら偶然いい奴に出くわしてな」
「じゃーん!」
アレンの肩からミラがひょっこりと顔を出した。
偶然にしてもこんなにありがたいことはない。
「話はなんとなく把握した。俺の力が必要なんだな?」
「いきなりで悪いが頼めるか?」
「任せろ。あんまり休みすぎると腕が鈍っちまうからな」
心強い言葉だ。
まさに百人力だ。
「ありがとな、ミラ」
ミラには感謝しないとな。
彼女が偶然アレンに出会っていなければ力を借りることができなかった。
帰ったらご褒美をあげないといけないな。
「アレンおじさん、あんまり激しく動いちゃだめだからね?」
「わかってるわかってる、無理しない範囲でやるから心配すんな」
「約束だよ?」
「わかった。ここは危ないからどこか安全なところに離れてな」
アレンの身体を心配するミラに対し、アレンは安心させるようにミラの頭に手を置いた。
さらにミラの安全を案じ、自分たちの近くから離れるように避難を促す。
「行くぞアレン!」
「おう!」
現場復帰したアレンと共に俺はとある場所へと向かった。
「しかしお前もいい奴と出会ったよなぁ」
「なんのことだ?」
「可愛くて優しくて、その上身分まで保証されてるなんて普通じゃ考えられないぞ?」
ああ、ミラのことか。
確かにその通りだ。
「お礼は後でいくらでもできる。今はスノウをとっ捕まえるのが先だ」
「そうだった。よし行くか!」
クルセイダーのオフィスから武装を取り出し、アレンはいつもの仕事着へと装いを変えた。
さあ、頼れる主力の復帰戦だ。
「それにしても、こんなところで突っ立てるだけでいいのか?」
「いいんだよ。俺に考えがある」
スノウ・ベルはアルに匹敵、あるいはそれ以上に足回りが強い。
そんな奴をわざわざ追いかけたところで捕まえられるはずがない。
ならば逆転の発想だ。
スノウがこちらに来るのを待てばいい。
このギルドは都市国家といえどその規模はそれほど大きくはない。
そのうえ逃走経路が限られているなら必ず同じ場所を巡ってくるはずだ。
その時がチャンスだ。
「来たぞ、クロの影だ」
雪が降る空にクロの巨大な黒い影はとても目立つ。
そしてその影の先にはスノウ・ベルがいる。
「悪い。ちょっと道壊すぞ!」
アレンは一歩踏み込み、力を込めてハンマーを振り上げるとそれを勢いよく地面へと叩き下ろした。
石で舗装された道が容易く抉れ飛び、瓦礫が積み重なって即席の壁が出来上がる。
このギルドではアレンにしかできないであろう技だ。
「何!?」
壁の向こうから驚愕の声が聞こえた。
おそらく逃走経路を絶たれたスノウ・ベルのものだろう。
それとほぼ同時にクロが標的目がけて高度を下げて突っ込んでいく。
「あぶねえ!」
俺とアレンは咄嗟に両脇へと回避行動をとった。
その直後、クロが壁を突き破って地上へとその身を降ろした。
クロはその足で白い猫の獣人をしっかりと掴んでいる。
ドラゴンの力からはどんな奴であろうと逃れることはできない。
さあ、これで終幕だ。
「手こずらせやがって……」
クロの背中からグレイさんとアルが降りてきた。
乗ってたのはこの二人だったのか。
「ほう、コイツがスノウ・ベルか」
アレンは屈みこみ、クロによって地に伏せられた猫の獣人を覗き込んだ。
「タカノ、お前いいペットを飼ってるじゃねえか」
「いつもは大飯食らいの番竜なんですけどね」
うちの番竜は恐ろしく強かった。
体は小さくとも流石はドラゴンと言ったところだ。
視線をスノウに向け直し、グレイさんは冷徹に睨みつけた。
「お前の過ちは二つだ、それがなんだかわかるか?」
スノウが犯した過ちが二つとはどういうことだろう。
一つは間違いなくこのギルドを崩壊の危機に陥れたことだろうけれども。
「まず一つ、このギルドを脅かすほどの大犯罪に手を染めたこと。そしてもう一つは恋人を失った悲しみを正義の方向へ向けられなかったことだ」
それがスノウが犯罪に手を染めた経緯だというのか。
「お前は知恵もあれば力もある、けれどもその力を犯罪に手を染めちまった。お前の妹はその逆だ。知恵もなければ力もそれほどない、おまけに犯罪に手を染めていた。けれどもコイツは自分に向けられた優しさを外へ向けるために犯罪から足を洗うことができた。お前の妹は決して出来の悪い奴じゃねえ。上司であるこの俺が保証してやる」
グレイさんはスノウに何やら説教を垂れている。
どうやら俺たちの知らない場所で二人の間に何かやりとりがあったらしい。
「猫、これを奴にかけてやれ」
グレイさんは手錠をアルに手渡した。
「ウチがやるのか……?」
「そうだ。自分の兄がしでたしたことの落とし前をお前がつけてこい」
手錠を手にしたアルは震る足でスノウへと近づいた。
震えの原因は寒さやかつて自分が手錠をかけられたという過去の経験もあるのかもしれない。
でも最大の原因は……
「兄貴、ウチは実の家族に手錠をかけないといけないのが本当に悲しい」
実の兄を逮捕しなければならないという現実に直面していることだ。
例え大罪を犯した人物であろうと血縁者となれば情が入ってしまうのだろう。
「行くなタカノ。獣人がしでかした不祥事は俺たち獣人の手でカタを付けなきゃいけねえ」
足が出かかっていたのをグレイさんに制止された。
「アルセーヌ……お前が俺に手錠をかけることはできないと思っていた」
スノウの一言でアルの動きが止まった。
「今の兄貴はウチの兄貴じゃない、ギルドの平和を脅かした大罪人だ」
止まりかけた腕を無理やり動かし、ついにアルはスノウに手錠をかけた。
「よくやった。後は俺たちが連れて行く」
「待ってくれ、最後に兄貴に言っておきたいことがある」
スノウをつまみ上げ、連行しようとしたアレンをアルが呼び止めた。
「兄貴……兄貴はもうこのギルドに足を踏み入れることはできないだろうけど、ちゃんと罪を償ってくれるって信じてるからな」
「だってウチの兄貴は世界にただ一人、スノウ・ベルだけだから」
アルは大きく成長していた。
かつては自分のみを信じて孤独に盗賊をしていた彼女が、今は弟や妹に、ひいては罪人である兄にも温情をかけられるようになった。
多くの人々から受けた温情が彼女を変えたのだ。
アルの言葉を受けたスノウは何かを思い出したように表情が崩れ、そして静かに涙を流した。
「じゃあ、今度こそ連れてくぞ」
アレンは再び歩みを進め、スノウをどこかへと連行していった。
行先はきっと牢獄だ。
「どうやら思い出したようだな。兄弟愛って奴を」
グレイさんがアルの肩を叩いた。
当のアルは込み上げる感情を抑えきれずに肩をすくめてボロボロと泣いている。
「泣くなよ。お前は『強いお姉ちゃん』なんだろ?」
「う゛っ……う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
自分の手で自分の兄を牢獄へ送ってしまったことが辛くてたまらないのだろう。
アルはグレイさんの声を一方的に遮るように声を上げて泣き続けた。
こうして黒幕が逮捕され、ギルドを脅かした一連の事件は幕を下ろした。
それは後味のよいものではなかったけれども、これで平和が戻ってくるだろう。
次回で7章は完結になります。




