スノウ・ベルの元へ
今回は三人称視点の話です。
冬の五十二日。
猫の獣人=アルセーヌ・ベルは狼の獣人=グレイ・ワイルドと共にギルドにそびえ立つ塔を駆け上っていた。
大昔にこの地を訪れた技師によって建てられたという塔。
数十メートルはあろうそれが何のためにつくられたのか、今となっては知る者はなく、旅人たちの道標となっているだけの謎の建造物だ。
「おい、本当にここにスノウがいるんだろうな?」
「それはわからねえけど、兄貴がいるならきっとギルドで一番高い建物のはずだ」
スノウ・ベル。
ギルドを混乱に陥れた毒薬事件を引き起こしたとされる張本人であり、アルの実の兄。
アルの記憶が正しければスノウは高い場所に好んで身を隠していた。
ならばギルドの中で最も高い建物であるここに潜伏していると踏んだのだ。
「おいお前ら、こんなところに何の用だ?」
塔を上る途中、アルとグレイは待ち構えていたと思われし虎の獣人に行く手を阻まれた。
無人のオブジェクトにも等しいここに誰かがいることはあり得ない。
『ここには本来いないはずの誰かがいる』、二人は顔を見合わせてそれを確信した。
「テメエこそ、こんな場所になぜいる?」
「そうだ!お前こそ何の用だ!」
グレイとアルはぶっきらぼうに言葉を突き返した。
「ここから先には誰も通すなと言われたんでな。悪いが相手がだれであっても通しはしない」
虎の獣人は大剣を構えると威圧するようにそれを振り回した。
「下がってろ。ここは俺がなんとかしてやる」
対してグレイは腕でアルを後ろへ押しのけ、背中にマウントしていた剣を構えた。
向けられた刃はギラリと鈍い輝きを放ち、刻まれた複数の切れ込みが猛獣の牙の如く物言わぬ威圧感を放つ。
「貴様……その剣はまさか……」
虎の獣人はグレイのその姿を見て慄いた。
それと同時に、ある噂が彼の脳裏を駆け巡る。
「ほう、これを知ってるってことはテメエはハンターの関係者だな?」
グレイは飄々と剣を肩で担ぎながら少しばかり口角を上げてみせた。
彼のもう一つの顔を知る者はギルドの中にはほんの一握りしか存在しない。
「コイツは俺が止めておく。その隙に猫は上へ行け」
視線を後ろのアルにわずかに向け、グレイは指示を飛ばした。
「いくら狼でもこれは……」
「俺を見くびってんのかァ!」
グレイを置いて向かうべきかと躊躇うアルをグレイは荒く一喝した。
普段の口喧嘩とは違う剣幕にアルの背筋が一瞬で伸びあがる。
「何ボサっとしてやがる!早く行きやがれ!!」
二度目の怒号でようやく意思を固めたアルは得意の跳躍で虎の獣人の頭上を飛び越えていくと頂上目指して塔を駆け上って行った。
「アイツ!?待ちやがれ!」
「おいおい、いいのか?俺に背を向けちまって」
アルの後を追おうとした虎の獣人をグレイの一言が釘付けにした。
塔を登ろうとするの者の足止めをするのが役目だが、今のグレイを相手に背を向けることが何を意味しているか、それを理解していたが故に足が止まってしまった。
「さあ、これでここには俺とテメエの二人になったなぁ」
「公務執行妨害でしょっ引かれるか、それとも『灰色の牙』に狩られるか、テメエはどっちをお望みだ?」
『灰色の牙』
ハンターの世界でグレイはそう呼ばれている。
グレイ自身の灰色の容姿、そして彼自身のハンターとしての卓越した技量から付けられた二つ名だ。
グレイは担いだ剣を静かに構え、虎の獣人へとゆっくりと詰め寄った。
「お前をやれば俺の名も上がる!行くぞォ!」
「いかにも悪党の手本みてえなセリフだな」
「さぁ、害獣駆除の時間だ!」
虎の獣人の言葉を皮肉りながらグレイは虎の獣人へと飛び掛かって行った。
両者の剣がぶつかり合い、薄暗い周囲を照らすように激しく火花を散らす。
「フンッ!!」
グレイの大剣の一振りを虎の獣人は紙一重で躱した。
大剣は勢い余って塔の床を抉り、深く突き刺さる。
「貰ったァ!」
剣が突き刺さったのを見た虎の獣人はすかさずグレイへと飛び掛かった。
だがグレイは焦る様子もなく、むしろ余裕すら見せる。
「甘いわァ!」
グレイは剣の峰を右足で蹴り飛ばし、力ずくで引き抜くとすぐさま刀身を翻して一撃を受け止める。
そして切先を向けるとそれを一気に引き抜き、虎の獣人の剣の刃をズタズタに引き裂いた。
「チイッ!?」
「悪い、この剣は『斬る』というより『壊す』方が得意だからよォ。どこまで続くか見せてみろ!」
体格差をものともせずにグレイは怒涛の連撃で虎の獣人を圧倒していた。
息をつかせる間もなく、それでいて的確な攻撃はグレイの狙い通りに追い立てる。
そして……
「うおッ!?」
虎の獣人は手にしていた剣を床に落として膝をついた。
グレイの狙いは最初から一つ、虎の獣人が持っている剣を落として抵抗手段を奪うことだ。
「口ほどにもねえ奴だ。『俺をやって名を上げる』みてえなこと言っておきながらよぉ」
グレイは手にした剣の切っ先を虎の獣人の首元へ突きつけた。
「テメエにはまだ聞きたいことがある」
「な、なんだ……」
刃を向けたままグレイは尋問を開始した。
「アシオリギクを使って毒薬を作ったのはテメエか?アレはハンターの資格がなければ扱えない代物のはずだ」
「違う。それをやったのは俺じゃねえ」
「『それを』ってことは、知っていると解釈してもいいんだよな?」
グレイはギロリと睨みつけながら刃を虎の獣人の首元へと押し当てた。
これ以上動かせばば首を切り裂きかねない。
「知っている。猪のカリューだ」
「その話、偽りはねえな?」
「ああ、本当だ」
虎の獣人は自分の知っていることをグレイに白状した。
「そうか。ずいぶんと聞き分けがいいじゃねえか」
情報を得たグレイは押し当てていた剣を下げ、虎の獣人の背後を取った。
「そ、そうだ……だから今回はこれで許し……」
「そういうわけにはいかねえんだよなぁ」
グレイは許しを乞う虎の獣人を無視して後頭部に剣の峰をぶつけた。
一瞬の早業に何をされたのか理解できないまま、虎の獣人は意識を失ってその場に倒れ込んだ。
「さて、俺も後を追うか……」
虎の獣人を縛り上げるとグレイはゆっくりと塔の頂を目指して進み始めた。
アルが先に向かった、その場所へ。
――――――――
無我夢中に塔を駆け上がり、アルセーヌはその頂へとたどり着いた。
露天したそこは冷たい風が突き刺さるように吹き抜け、足元には雪が降り積もっている。
そこでは一つの人影が下の何かを眺めていた。
積もる雪に紛うような白い体毛に黒い毛がメッシュのように混じった猫の獣人。
黒い体毛に白い毛が混じったアルと対照的なその姿は彼女にとってとても見覚えのあるものだ。
「見つけたぞ。兄貴……いや、スノウ・ベル!」




