耳も尻尾も魔力もダメ
ブックマークしてくださった方がまた増えました、ありがとうございます。
「前世が人間の魔狼なんて、何の役にも立ちゃしないんだぜ」って
耳と尻尾と魔力が私に、厳しい現実を教えてくれました、まる。
あれから太陽と月が何度か頭上をグルグル廻り、ロゥロとラゥラもまだ覚束ない部分もあるが、歩いて話せるようになった。
身体も一回り大きくなり、手足も少し長くなったから、以前よりしっかりとした足取りで地面を踏みしめて歩くことが出来る。
自分の身体が実感できるほどに大きくなっていくのは、何だか不思議な感じである。
そうして今日は、魔法を使う基となる、魔力の把握の方法を母さんが教えてくれることになった。
母さんが使った魔法を一度経験している私はとてもワクワクしている。
崖から転がり落ちそうになったあの時の事は、恐怖で頭がいっぱいだったからよく覚えていないが、自分の意志で風を操って私を棲み処へ運んだ母さん魔法はすごいと思う。
母さんの使った風魔法は、そうやって命を救うことだってできる魔法だ。
私にも同じことができるだろうか。
魔法が使えるようになったら、誰かを助けることに使えたら良いなと思う。
『やい、ルゥル! 魔法は俺の方が早くできるようになるんだから見てろよ!』
キャンキャン吠えるロゥロはやんちゃな小学生男子みたいな子狼で、男の子らしく一番になりたがる。
歩くのも話すのも私が一番だったから、それがとんでもなく悔しいらしい。
話せるようになってから、何だかんだと噛み付いて来るようになった。
威嚇するように唸っているつもりかもしれないが、実際には「ぐるぐるぐぅー!」と上手く唸れていないものだから可愛らしさしかない。
幼い子狼が一生懸命『怖いんだぞー!』と頑張って体現してくるのが微笑ましくて、私は毎回ついニコニコとしてしまう。
そうすると面白くないロゥロが物理的に噛み付いて来て、取っ組み合いのケンカが始まったりする。
何だかすぐにカッとなって喧嘩を買ってしまうようになってしまったのだが、身体に引っ張られて精神が幼くなっているのか、魔狼らしくなっているのか・・・。
けれど、ロゥロったら手加減なしに噛み付いてくるからけっこう痛いのだ。
ちょっとくらい頭に来ても仕方がないと思う。
『ロゥロやだぁ、大きな声出さないでよぅ』
母さんの後ろに隠れたラゥラが、涙目でこちらを見ている。
ラゥラは泣き虫で怖がりな子狼で、ロゥロみたいな小学生男子にからかわれて泣いちゃうような、引っ込み思案で大人しい女の子のイメージだ。
ロゥロと二人で取っ組み合ってると、母さんの元へ2匹が怖いと泣きつくから、ロゥロと私はよく叱られる。
ロゥロが前足を齧ってきたから齧り返してやろうと口を開けたところだったが、私は何事もなかったかのようにそっと閉じた。
ラゥラが『ルゥル、ケンカするの?』と心配そうな顔をしているから、お姉ちゃんの私はできるだけ妹を怖がらせるわけにはいかないのだ。
にこりと笑いかけると、安心したラゥラは母さんの後ろからポテポテと歩いて来て、お座りをする私の身体に自分の身体を擦りつけた。
ラゥラは兄妹で一番成長の早い私を素直に尊敬してくれている。
時々本能が勝ってロゥロに飛び掛かってしまう時もある私だけれど、ラゥラのキラキラした視線に見合う立派なお姉ちゃんでいるため頑張るのだ。
『ルゥル、無視するなよ!』
『もう、私より全部下手だからって、噛み付いて来ないでっていつも言ってるでしょ』
『なっ!! 全部下手って、バカにするなよ!!』
『ロゥロ、大きな声を出すの止めてって言ったのにぃ・・・!』
『ちょっとロゥロ、確かにバカにしたけどラゥラが怖がるから騒ぐのは止めてよ』
『ルゥル・・・(キラキラ)』
『俺のことバカにしたって言ったな!!』
だって、さっき噛み付かれた鬱憤が溜まっていたのだ。
いつもの如く手加減なしで痛かったんだから、ほんの少しバカにするくらい許されると思う。
キャンキャンと言い合って止まらない私たちを眺めて、淑やかに笑っていた母さんは落ち着かせるように1匹ずつ頭を舐めた。
『さあさあ、私の可愛い子供たち。そろそろおしゃべりはお終いにして、魔力の把握について教えても良いかしら?』
あっという間に言い合いは収束した。
母ってすごいなぁ。
ロゥロも不満そうな顔でこちらをキッと睨みながら、私の隣で大人しくお座りをする。
ラゥラは私にもたれかかるようにお座りした。
慕われ具合に鼻血が出そうだ。
ラゥラは文句なく可愛いし、ロゥロも何だかんだ子狼だから行動の全てが可愛く見える。
艶やかな毛並みとすらりとした体躯を持つ、綺麗で優しい母さんもいて、ここはこの世の天国かもしれないと最近思う。
モフモフは素晴らしきかな。
『それじゃあ、みんな目を閉じて。ゆっくり、深く、呼吸を繰り返して。そうしたら、頭を空っぽにして、身体の中心に意識を向けるの。ふわっと浮かんでいるものを見つけたら、自分の身体が入れ物であることを想像して、ふわっと浮かんでいるものにそっとおでこを触れさせるの。ほら、そうするとおでこから身体全体に流れる力があるのが分かるでしょう。それが魔力よ』
母さんに言われる通りにしてみたが、ふわっとしたものを見つけるというのがよく分からない。
そもそも、身体の中心って、心臓のことで良いの?
心臓に意識を向けてもふわっとしたものなんて感じないよ、一生懸命にドクドクって血を送り出す仕事をしてるよ。
それに、体の内側にある力に対しておでこをくっつけて?
そうしたらおでこの外側から力が流れてくるの?
うーん?
『最初は、魔力を感じ取るのは難しいかもしれないわね』
むむむっと難しい顔をしていると、母さんが私にそう言った。
良かった、最初は難しくて出来ないものなのか。
母さんが言うならそうなのだろう。
『あ、すごい。おでこをくっつけたら、何か、身体を巡ってる感じがする。これが魔力なのか』
『・・・本当だ、何だか不思議な力があるね。すぅー、すぅーって流れてる感じがするよ』
『え?』
待って、ロゥロもラゥラも出来てる感じ?
『あら、すごいわね2匹とも。もう魔力を感じることが出来たのね!』
少しテンションの上がった母さんと、得意げな顔をする2匹に愕然とする。
あれ、魔力を感じるのって難しいんじゃないの?
何でものの数分で出来ちゃってるの?
そんな私を見たロゥロはふんと鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
『ルゥルは全部上手じゃなかったな! 俺もラゥラも出来たのに、こんな簡単な、魔力を感じるのすら出来ないんだもんなぁ!』
『なっ・・・!!』
言われた言葉にショックを受けた。
生まれてそんなに経っていない子狼たちができることを、前世の記憶を持って生まれて予備知識がウン十歳の私が出来ないなんて・・・!
他のことが上手く出来ていたからこそ、2匹が簡単だという事が出来なかったのが信じられない。
調子づいたロゥロがさっきバカにされた仕返しのように無能扱いをしてくる。
バカにする奴はバカにされるのだ。
何だか子どもの頃にどこかで聞いたような教訓を、現世で痛感することになるとは思わなかった。
その後、ロゥロは母さんに言い過ぎだと叱られた。
あまりにしょんぼりする私に、ロゥロも居心地悪そうな、気遣うような顔をしていた。
ラゥラが慰めてくれるが、だからって魔力を感じる事が出来るわけではないのだから、私の気持ちは上がって来なかった。
魔力を感じることが出来ないってことは、魔法を使うこともできないということではないだろうか。
えぇー、期待させといてそれはないでしょー・・・。
悲しさ全開の私を、母さんだけは首を傾げながら見ていた。
『ルゥルは不思議ね。とっても悲しそうな顔をするのに、何だかそんなに悲しそうじゃないわ』
『え』
何ということを言うのだ、母さん。
こんなにも落ち込んでいる娘に向かって、悲しくなさそうだなんて。
更なるショックを受けて、信じられない、という目を母さんに向けた。
『私、ルゥルはとっても悲しそうだと思うよ。母さん、何でそう思うの?』
『そうだよ。俺、ルゥルのこんな顔と声、初めて聞いたよ』
『そうねぇ・・・。・・・、あ、分かったわ。ルゥルは悲しいのに耳がピンと立ったままで、尻尾も上がっているのよ』
そう言われて手で耳を触ってみたら、確かに元気に立っているし、後ろを見れば尻尾も通常通り上がっている。
ロゥロが母さんに叱られたり、ラゥラが怖がって震えている時などを思い出すと、耳は伏せていて尻尾も垂れ下がっていた。
本当だ、パッと見だと全然悲しそうに見えないわ、私。
けれど、そんなことを言われたって生まれてこの方、耳や尻尾の動きなんて特に意識したことはない。
悲しい時とかって勝手に下がって、嬉しい時も自然と尻尾を振るものじゃないの?
『別に俺、意識して動かしたことなんてないぞ?』
『うん。私も動かそうと思えば動かせるけど、悲しい時とか嬉しい時は勝手に動いてるよ』
2匹に聞いたが、やっぱりそういうものらしい。
ラゥラは『ほら、こうやって』と耳をピコピコと動かして見せた。
ロゥロも耳と尻尾をパタパタと動かす。
『母さんも考えたことはなかったわ。不思議ね、ルゥルは動かそうと思わないと耳も尻尾も動かないの?』
『うーん・・・、動かそうと思っても動かないかも・・・』
動けー、動けー、と耳とお尻に力を入れてみたが、まったく反応がない。
どうしてみんなそんなに簡単に動かせるのだ。
そもそも耳と尻尾の動かし方なんて分からな・・・、
そこまで考えて、ハッと気が付いた。
分かった、そういう事か。
耳とか尻尾とか、人間だった時には動かさなかったり、そもそもがなかったものなのだから、どうやって動かしたら良いのかが全然分からないんだ。
つまり、人間の身体で耳を動かそうと思っても出来ないのだから、そのままの記憶を持って魔狼になったのだから、耳を動かせるわけがない、ということだ。
母さんもロゥロもラゥラも元々この世界に今の姿で生まれて、それが在るものとして生きているのだから当り前のように出来る、そういうことだろう。
そして、私は動かし方を誰かに聞くことが出来ない。
聞いたとしても、聞かれた方が答えられないだろう。
例えば、前世で五体満足に生まれた人間の私は、手や足を動かすことが当たり前に出来た。
今まで手足がなかった誰かに、どうやって動かすのかと聞かれても、思った通りに動くように、手と足に力を入れるとしか答えられないだろう。
指をどう動かすの、指に力を入れるんだよ。
それで終了だ。
同じく、前世では魔法や魔力なんてものが全く存在しなかったのだから、耳と尻尾の原理で魔力の把握などできるわけがないのだ。
うあー、まじかー。
こんなところにまで前世の記憶の弊害が・・・。
どうやるのか頑張って自分で色々と試して探って、感覚を身に付けていく他にないのだろう。
人間が耳を動かせるようになるには、どれくらいかかるんだろうか・・・。
『ふんっ、ぬぬぬぬーっ』
『ルゥルなら出来るよ、頑張って!』
『あ、今ほんの少し動いたんじゃないか!? ・・・いや、毛が風に吹かれただけか』
『もう、ロゥロは黙ってて!!』
『なっ、応援してやってるんだろ!!』
『ひぅっ!? 大きな声出さないでってばぁー・・・!』
とりあえず、耳や尻尾を動かす練習から始めたいと思う。
憧れの魔法はいつになったら使えるようになるのだろうか。
思っていることを文章にするのは難しいですね。
最後のあたりとか、感覚を上手く文章にできずに説明が長くなってしまいました・・・。
さらりと分かりやすい文章を書けるようになりたい。