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08

「こちらドミニクとジェラルド。外に逃げた者は全て排除しました」


「トビアスです。裏口から本館までの一帯を制圧しました。次の命令をお願いします」


 次々とイザークが所持している通信用のティアから作戦完了の旨が発せられていく。それにイザークは満足そうな笑みを隠さないまま、次の命令を出す。


「では証拠隠滅をするぞ」


「ジェラルド了解。ただいまから死体を室内に移す」


「トビアス了解。室内から脱出します」


 トビアスは通信用のティアから手を離して「それじゃあ、行くぞ」と少なく合図すると、三人を引き連れて裏口に向かう。


「証拠隠滅ってどうすんの? まさか一個ずつ証拠を消していくのか?」


 一人、意図を理解していないヨルク。


「燃やすんだろ。一個ずつ消す方が好きなのか?」


「……冗談だよ。ははは」


 身を縮ませるように笑うヨルク。棒読みのような空笑いをあげているその表情は何とも言えない表情だ。そのヨルクに向ける残り三人の視線も心なしか冷たい。


 裏口から外に出た四人はすぐに元の場所に走って戻る。ここでようやくイザークと合流する。この時点でジェラルドとドミニク以外は集合を完了させる。


「こちらジェラルド。外の死体を全て貴族邸に収容した。これより火をつける。全員、撤収の準備を」


「こちらイザーク。撤収の準備は全員できている。あとは君達が馬車に乗るのを待つだけだ」


 「了解」と短い声が発せられると同時に、赤い閃光。少し遅れて爆音。木々が揺れて地面が震える。微妙な空気の中、最初に口を開いたのはイザークだった。


「火をつけるって火薬にか?」


「早く戻らないと危ないのでは?」


「……ああ、そうだな。全員、走れ! 馬車までだ!!」


 全員がその言葉で木っ端微塵となった貴族邸に背を向けて走り始める。馬車に着くころには原因を作った二人も合流する。

 手際よく11隊全員が乗車すると、全速力で馬車は発進。騎士本部の勢力範囲を高速で離脱する。


「結局、ビショップの咎眼って瞬間移動なの?」

  

 今の時刻は深夜二時。馬車が出発してからおよそ一時間たったころだ。馬車の振動によって11隊のほぼ全員が尻を痛めてきたころに、アデレードがビショップに話しかける。

 この時間に話しかけてきたのは眠気覚ましと痛みを意識しないためだ。


「ん。瞬間移動だよ。便利だよ」


「例えば?」


「遅刻しない」


「今回の会議でしたじゃねえか」


 ビショップとアデレードとの会話にドミニクが入ってくる。他の11隊の隊員も手持無沙汰な時間をただただ過ごしていた。そのため、二人の会話をゆるゆると聞いていた。つまりドミニクは話を聞いていた11隊全員の総意を言ったのだ。


「遅刻しにくい」


「おいこら」


 話は進んで、いまやヨルク以外の全員が会話に参加している。普段なら我先にと騒ぐヨルクだったが、実は酔いやすい。今もヨルクは頭だけを窓から外に出された状態で顔色真っ青のまま眠りについていた。時折、寝ながら吐いている。


「あ、ビショップ。俺はジェラルドだ。よろしく」

 

 笑顔でビショップに自己紹介をするジェラルド。

 常識人だ。ビショップはジェラルドの笑顔を見た後改めて思った。11隊でそれなりにまともな奴はいても、常識人と呼べる人物は限られてくる。

 キラキラとした視線を向けているビショップにイザークは苦笑する。


「あんまり近づかないほうがいい。ジェラルドはマッドだから」


「あ、なんで言うんですか隊長。新しい薬の被験体、いえモルモットが欲しかったのに!」


「なんで言い直したの? いや直せてないんだけど。悪化してるんだけど」


 ビショップはゆっくりと座っている位置をジェラルドから遠くにずりずりとずらしていく。ちょっと離れたところに座っていたアデレードにビショップはトンとぶつかり、止まる。


「じゃあ、改めて自己紹介を。俺はジェラルド。咎眼は薬を生み出す能力。苦い良薬も甘い毒薬も任せてよ」

 

「私はビショップです。できるだけ近づかないでくれると助かります」


 ビショップは敵意よりも恐怖をむき出しにしている。正直のところドン引きである。ビショップにドン引きされている当の本人はずっとその笑顔を崩さない。顔も良いため大抵の女性ならコロッと落ちてしまうだろう。

 

「新入りくん、新入りくん?」

 

 ふと、ビショップは自分を呼ぶ声が聞こえ、声が聞こえる方へ振り向く。

 最初に目に入ったのは身体を隠すぐらいの長さがある純黒の髪。そしてビショップと正反対の出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる身体。全てを見透かすような碧い目をビショップに向けた美女が優雅に座っていた。

 

「えっと。確かヴァレンティーネさん?」


「あら? 私の名前知ってるの?」


 ——ここまでインパクトありすぎる人の情報を聞かない訳ないじゃん……。

 ビショップはヴァレンティーネの胸を鋭すぎる目つきで睨みながら思う。そして同時に胸を凹ませる呪いをかけるビショップ。だが、それをして凹むのはビショップの心である。


「それでどうしました? ヴァレンティーネさん」


「いや、私も自己紹介したいなぁって」


 ヴァレンティーネはその大人びた雰囲気とは異なる、優しく甘えるようにビショップに話す。これをギャップ萌えというのだろう。女のビショップもクラッと来る。


「じゃあ、ハイ。どうぞ」


 ビショップはヴァレンティーネの隣に座る。一部始終を見ていた者達はその光景に驚愕するが、ビショップが気付くことも無い。


「ふふ、私はご存知の通りヴァレンティーネよ。咎眼は分身を作り出せる能力」

 

 サッとヴァレンティーネは手を差し出して握手をビショップに求める。それにまたもや、周囲の者達、つまりは11隊の全員が驚く。


「知っているでしょうけど、私はビショップです。咎眼は瞬間移動です」


 ヴァレンティーネが差し出した手をビショップは疑うことなく握って握手に応じる。

 この人は油断ならない人だな。ビショップがつけた結論はこうだった。


「んー、ちょっと固いわねぇ」


 ヴァレンティーネは、ニヤッと薄ら寒い笑みを浮かべた後、握手した手をビショップの外套の袖の内側に滑り込ませる。

 突然、外敵に右腕を侵されたビショップは「ひうっ!?」と小さな悲鳴を上げる。ビショップが上げた悲鳴も、どこ吹く風といった様子で、さらに侵入していくヴァレンティーネの手。ビショップの右腕に絡みつく様はまるで獲物を捕らえた蛇のようだ。


 外套の内側で暴れるヴァレンティーネの右腕。それに嫌悪感を抱いたビショップは反射的に腕を引っ込める。獲物から逃げられたヴァレンティーネの右腕は悠々と再度獲物を狙っているようだ。


「あらあら? 男性の新人のはずなのに悲鳴とか女っぽいわねぇ。手も、そして体格も」


 ヴァレンティーネはビショップにだけ聞こえるような声で小さく囁く。しかし、ノーリアクションを意識したビショップの立ち回りによって、真実に近づかれたことによる反応は現れなかった。


「冗談はやめてください。私は男です」  


「私っていうのも、女っぽいわ」


「それはこじつけでしょう?」


 首を軽く傾けながら勝ち誇ったようにビショップは言葉を綴る。ヴァレンティーネはビショップの声音に余裕と勝利が含まれていることを感じ取った。


「そうねぇ。……まあ、仲良くしましょ」


「はい、仲良くはしましょう」


 またもや、差し出された手をビショップは軽くはたく。

 残念そうで嬉しそうなヴァレンティーネを無視してビショップは、もと居たアデレードの隣に腰掛ける。


(11隊は全員で九人。私、ヨルク、アデレード、トビアス、ジェラルド、ドミニク、ヴァレンティーネ、イザーク……あれ?)


「一人足りない」


 隣に居たアデレードがビショップの呟きを聞き取る。そしてその意図を読み取る。


「そういえば、マリーさんがいないわね」


「彼女は、追加任務で近くの町まで行ってもらっている。彼女にしかできない任務だったから」


 アデレードとビショップの会話を聞いていたイザークが横から答を述べる。


「マリーさん?」


「ああ、11隊の中でも一位二位を争うレベルに強い人よ、咎眼も戦闘向きじゃないのに……」


「まあ、詳しい話は本人から聞けばいい。今度紹介しよう」


 本人がいないときにその人の話をすることは憚れる。それが身内なら特に。それを考慮してイザークはそう纏めたのだろう。


 その意図を知ってか知らずか、ビショップは「そう」と単に返すと窓の外を見る。

 

 襲撃者達を照らしていた月はその身を隠していた。時刻が深夜二時を過ぎていることもあり、異様に不気味だ。

 不気味な黒の中を馬車は進んでいく。惨劇をもたらした者達を安寧に導くように。


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