07
「ぎりぎりセーフ!」
「いや、アウトだよ? 時計の見方知ってる?」
イザークが呆れたように遅刻したビショップとヨルクに問いかける。
ビショップが開け放ったドアがギイギイと鳴く。壊れても不思議ではないほどの力で開けられたのだが、存外丈夫だったようだ。
会議室は壁一面に地図が貼りつけてある。そして椅子がその壁に向かって八脚配置してある。椅子は二脚を除いてすべて埋まっており、それはビショップとヨルク以外は全員が集まっていることを意味していた。
「おい、新入りが遅刻ってアリなのかよ?」
椅子に座っている一人。服を着崩している男性が遅刻した二人を抉る様に睨む。顔は厳つく、騎士よりもヤクザの方が似合ってそうな外見だ。
「そこらへんにしときなよ。ドミニク」
ビショップとヨルクに絡んだ男、ドミニクにその隣に座っているジェラルドが軽く窘める。窘められたドミニクはバツが悪そうにそっぽを向く。
が、ビショップはドミニクにゆっくりと近づいていく。その部屋にいる全員が一触即発の事態を想定して身構える。一気に部屋の温度が急に下がったように錯覚。
「気分を悪くしたんだったら謝る。わるい……」
「あ? ……そんなのはいいから早く席に座れ」
一瞬面食らったドミニク。いやここにいる全員が面食らった。全員が鎮圧の準備をしていたのにもかかわらず、二人は衝突をしなかったのだから。構えていた者達が安堵と興味が混じったため息を吐く。
ドミニクに謝ってからビショップは悠々と椅子に座る。ヨルクもその隣に座る。
「お前ってプライドが無いのか?」
ヨルクが隣にいるビショップに問う。ヨルクの質問は興味一色に塗りつぶされている。
「プライドはあるけど、謝ることに関するプライドはあんまり無いかな」
「ふ~ん。できれば見習うわ」
ヨルクの疑は解決したのか、ビショップから視線を外して前に立っているイザークを見る。ビショップもヨルクに続きイザークを見る。
イザークは丁度良く説明を始める。
「今回の任務について説明しよう。今回の任務は、この地図のここ。ここ一帯を治めている貴族の貴族邸に強襲、そして殲滅だ」
「そこって辺境ですけど自国領土ですよね? そこの貴族ってことは同じ国民を殺すんですか?」
アデレードが質問をする。イザークはアデレードの方向に向き直り言葉を紡ぐ。
「それが任務だからな。もしかして躊躇するのか?」
「まさか」
サラリと言ってのけるアデレード。その表情は「冗談を言うな」と暗に物語っている。
「君達が気楽になる情報をあげよう。ここの貴族は真っ黒だ。違法奴隷に税の横領。さらにそこの領民も酷い暮らしを強いられているらしい」
「だから強襲? それぐらいならいつも通り王直々に裁けばいいじゃないですか」
こんどはジェラルドが言葉を挟む。
「まあ、最後まで聞け。ここで丁度、ある手紙が届く。隣国の軍事国家と名ばかりの失敗国家の事は知っているだろう? そこの宰相から贈られた手紙なのだがな。面倒なところは省くと、この国家はもうだめだから代わりに統治して欲しいという内容だ」
「それで、先の話と繋がるわけですか」
「そう、私達が貴族邸を強襲する。勿論、証拠は何も残さずに。そして隣国から襲われたことにして侵略するっていうのが今回の全体像。その強襲のために国の上層部から選ばれたのが私達ってことだ」
イザークは見回しながら言葉を続ける。
「今回はまあまあ大きな案件だからね、全員で行うことに決定した。ジェラルドとドミニクは外で逃げ出す者がいないか監視、いたら始末。残りは各自で突入。あ、ビショップは誰かとペアで行動を頼む、念のために。それじゃあ、今回の作戦になにか異議のある者は?」
静寂が会議室を包む。
「じゃあ、今から行こうか。隊室の後ろに馬車を止めているからさ。多分8時には着くよ」
「え? 今から?」
「うん。あ、荷物は無し。重量はできるだけ軽くしないと速く進まないから」
時刻は9時。辺りは夜のとばりが下り、闇夜に紛れた襲撃者を照らすものは月明かり以外に居ない。
目標である貴族邸は町から少し離れたところにある。隣国から近いためその町にはここ一帯の騎士の本部が設置してある。当然のことながら本部に今回のビショップ達の任務を知らされてはいない。つまり、騎士達が異変を察知し、貴族邸まで来られる前に全てを処理し終わらなければならないのだ。
車輪跡を残さないために石でできた道を通ってきた馬車からゆっくりと降りた11隊。全員で周囲のクリアリングをするが、目立つものは少し先にある屋敷以外に見当たらない。
「あれが貴族邸ですか?」
「ああ、そうだな。出入り口は全部で三つ。君たちは裏口から頼む」
ビショップとヨルクとアデレードとトビアス。この四人は裏口から突入することになった。時折窓から照らされる光を回避しながら裏口に辿り着いた四人。辿り着くとトビアスが通信用の小型ティアを全員に配る。
「なにか問題が発生したらこれで連絡しろってさ」
トビアスが配り終わったと同時に通信用のティアからノイズと共にイザークの言葉が発せられる。
「全員が配置完了した。突入までカウントダウンするぞ。」
四人がドアの前に張り付く。その表情も今までの軽い表情ではなく、すでに仕事人の表情へと移行している。心の冷たさと張り付いた木の冷たさが混ざっていくのをビショップは他人事のように感じる。
「3・2・1・突入!!」
突入という声と同時に、ドアが乱暴に開けられた音が三回聞こえる。
ヨルクがドアを足で蹴り壊すと、トビアスとアデレードが間髪入れずに突入する。ビショップが覗くころにはすでにドアの近くは制圧されていた。
ドアを抜けると先は廊下になっており、左右の壁に合計でドアが四つある。丁度四人。一人一つの部屋を担当してドアの前で突入の準備をする。
「じゃあ、行くぞ。……今だ!!」
代表したトビアスの合図で四人は突入する。突入して聞こえてくるのは何かが刺さる音と悲鳴。いや、悲鳴すらもほとんど聞こえない。悲鳴を上げる前に上げるための生命を刈り取られているからだろう。
突入した十五秒後にはビショップを除いた三人は廊下で合流する。一番遅かったトビアスも、一番早かったアデレードも当たり前だが無傷だ。
アデレードが出てきた部屋からは鉄の臭いも生きている人の気配も感じ取れない。ヨルクがちらと覗くと、締め付けられた服に覆われた四肢が曲がっていはいけない方向に曲がっている哀れな死体がゴミのように転がっていた。
アデレードの咎眼。それは曲げる能力。動物以外なら全てを曲げることが出来る。その曲げるという行為には如何なる物理的な抵抗も無力である。まあ、彼女の心臓を中心として半径三メートル以内の物しか曲げることは出来ないが。
トビアスは普段からナイフを所持している。それは別段珍しい事ではないのだが使用方法が趣を異にしている。これは彼の咎眼が関係しているのだが。彼の咎眼、それは自分の血を操る能力である。
毎回毎回ナイフを使って自傷を行っているのではなく、今回のように事前に採った自分の血を瓶に詰めてそれを使う場合もある。
トビアスが部屋に入るとすぐに瓶を叩き落す。あとは勝手にこぼれた自分の血がナイフをかたどって目標の首めがけて飛んで行き、刺さる。まるでダーツだ。
「あれ? ビショップは?」
「まだやってんじゃない? ちょっと見ておく?」
「アデレードの言う通り、確認しておこうか」
いまだに合流できていないビショップを三人は心配三割、興味七割で確認しに行く。
ビショップの担当した部屋は静かだった。静かで、涼しく。そして鉄臭かった。
三人が部屋に入ると赤いカーペットに赤い壁、赤い天井に茶色の斑模様が点在しているのが目に入る。いや、違う。この部屋も他の部屋と同じく、木を基調とした部屋のはずだ。ならなぜ茶色ではなく赤いのか。それは部屋の中にある血塊が物語っていた。
「へえ、殺せたのか。殺せなーいって言うのかと思ってたぜ」
「それはヨルクでしょ。最初の頃の」
「それはお前もだろうアデレード。まあ、俺もだが」
実際、11隊に入った者に待ち受ける最初の試練とは害のある人を殺せるかどうか、というものだ。ここで躓くものは多く、ほとんどの者が無理矢理に慣らしていく。
余談だが、この試練を乗り越えた次の試練は無抵抗の人を殺せるか、というものになる。
「別に、初めてじゃなかったし」
「優秀な新人だこと」
アデレードが冗談半分で嫌味を垂れ流す。その背景にはアデレードが人を殺すことに一番最後まで忌避していたことがある。
「躊躇なく人を殺せることが優秀な世の中は悲哀だよ」
突然、ビショップが人が変わったように顔を俯けて独り言のように弱々しい声で、不抜の言葉を紡ぐ。アデレードはすぐに自分が触れてはいけない部分に触れたと理解し、空気を払拭しようとする。
「まあ、今は早く先を急ぎましょう」
襲撃者達はまた走り出す。どんどん減っていく貴族邸の従者の悲鳴を聞きながら。
ヨルクは影化して伸ばした腕で敵を殴り飛ばす。腕をさらに伸ばして追撃。両目を指で抉り出す。両目を抉り出された敵の真上に突如、現れたビショップが喉笛を鴉で切り裂く。
抵抗の意思がある最後の者をビショップが殺すと、トビアスが自分の腕をナイフで切って出した血を隅に集められた抵抗の意思のない者に降りかける。血を降りかけられた者は、悲鳴を出す前に物に変わる。
ここで、通信用のティアからイザークの命令が飛ばされる。
「貴族たちの部屋は別動隊が担当する。君達は右のドアから通路に出て、逃走中の従者を各自追撃。確実に抹殺せよ」
「了解です」
全員の代弁者としてトビアスが無慈悲な命令に返事をする。
時刻はまだ11時。襲撃者達による追撃戦と言う名の後半戦が始まる。