03
「え~っと。どうして咎眼持ちだって言わなかったのかい?」
「言えって言わなかったから」
ビショップはあの実技の後、ある一室に連れ込まれた。その部屋は中心に机が一つと椅子が二脚だけ。まるで取調室のようだ。ビショップと机を挟んで椅子に座っているのはアーベル。彼はこの取り調べの間、ずっと頭を押さえている。
『咎眼』
ごく稀に胎児が発症する目の病気。病気だが害は確認されていない。発症はランダムであり、親が咎眼持ちだと子供も咎眼持ちになる可能性が高くなると言われているが真偽は不明。発症すると、一つだけ人知を超えた能力(他の者と咎眼の重複はなく、咎眼持ちが死んだ場合はその十年後にその咎眼が生まれる)を得る。そのため、彼らを神の使いと崇める大規模な宗教が存在している。それと同時にその宗教では、紫色の髪、左右で異なる身体の部位を持つ者は悪魔の使いであるという虚伝が存在するがそれはまた別の話。
「ビショップ君が咎眼持ちだって分かった時点で、配属される隊が決まったよ」
「へえ、どこですか?」
「11隊だよ」
「……あれ? 10隊までしかないのでは?」
ビショップは、自信無さげに疑問を口に出す。ビショップの記憶が正しければ、最初の説明では10隊までしかないという話だったはずだ。
「うん、所属している者の全員が咎眼持ちの部隊だからね」
アーベルはあっけからんとビショップの疑問に答える。
「ってことはその部隊は秘匿されていると?」
「いや、正確に言うと部隊の存在は知っている者はいる。だが、その部隊の入隊条件が咎眼ってことは知られていない」
「11隊の評価は?」
「11隊を存在だけ知っている者は1隊よりもエリートが行くところと思ってる。ある程度偉い人は咎眼持ちが闊歩する人外魔境だと思ってるよ」
「うわあ、楽しそう」
ビショップは引き気味で皮肉る。そこまでビショップは戦闘狂ではなかった。『そこまで』だが。
アーベルも苦笑いで返す。アーベル自身も11隊に関わっていい思い出がないのだ。それほどに11隊とは恐怖の対象であり、同時に頼れる存在なのである。
「そんな嫌そうな顔をしないでよ。メリットもちゃんとあるんだよ?」
「メリット?」
「うん、メリット。それは授業免除の特待生扱い。さらに寮の中で最上級の一人部屋の進呈だ」
「おお!! ……おお??」
リアクションに困るビショップ。
この王立騎士団学校では、9時から14時まで授業がある。もちろんその間の12時からは昼休みがあるが、30分しかない。そして14時からは各自、自分の所属する隊に行き、技術や知識を先輩から学ぶ。そして好きな時間に寮の四人一組の部屋に帰る。好きな時間に帰れるといっても、先輩から拘束されることもある。だがほとんどの生徒は自分の意思で勉強をするために夜遅くまで居残る。それがここの生徒の一日のスケジュールだった。
つまりビショップは14時からの隊の行くこと以外は完全なフリー。さらに部屋も一人でゆっくりできるというまるで貴族のような自堕落生活を貪れるという訳だ。まあ、そんなに11隊は甘くないことは現時点のビショップは知らないのだが。
「それじゃあ、こちらからの質問だ」
アーベルの声の質が変わる。まるでここからが本番だと言わんばかりに背筋をピンとし、相手を見定めるような視線でビショップを見る。
「能力は瞬間移動で間違いないんだよね?」
「…………まあ、そうですね」
「さっきの間は?」
「さあ? 何のことだか」
アーベルがビショップを睨む。ビショップもアーベルの目を眺める。互いの視線はぶつかり合うはずが、アーベルはビショップの視線を捕らえることができない。そしてビショップの考えも捕らえることができなかった。
アーベルはビショップの視線がまるで自分に纏わりつく蛇のようだと感じ顔をしかめて視線を外す。
「まあ、そういうことにしておきましょう。次に、どうして咎眼を発動しているのに片目だけしか輝いていないんですか? 発動したら、両目が輝くはずですが」
「眼帯をしているので」
「目が潰れているのですか?」
「まあ、そんなところです」
アーベルがさらさらと筆を走らせる。ビショップはそれを無感動に見る。その状態が10分ほど経ったところでアーベルが筆を止め、ビショップに視線を戻す。その視線は優しいものに変わっていた。
「それじゃあ、11隊の隊室へ案内しますね。本当はもっとここの施設を説明したかったのですが、それは友人にでも案内してもらってください」
アーベルは席を立ち、ビショップに視線で退室を促す。ビショップがそれに従って部屋を出ると続けてアーベルも部屋から出る。
「はい、ここが11隊の隊室ね」
「掘っ建て小屋?」
ビショップの呟きは、どうして中々に的を得ていた。先ほどまでいた学校とは対極のような黒の外壁。上から無理矢理木を重ねて補強したような跡がある壁。醜いを通り越してかわいそうなこの館? は自分がここにいることを主張するかのように大きさだけは学校に張り合えるほどに大きい。
「言ってることはすごい分かるけど、絶対に11隊のメンバーの前では言わないでね。また壁を修理しないといけなくなるから」
「はあ、分かりました」
「お? アーベル先生、そいつ誰!?」
まじまじとビショップが無遠慮な視線で館? を眺めていると遠くからビショップの横に居るアーベルを呼ぶ声が響く。その声を聞いたビショップは無遠慮な視線のままその声の主に視線を移す。
「ああ、ヨルク君。この子は新人さんだよ」
「へ~~。ってことは咎眼持ちってことだ」
アーベルと話していたヨルクは、ふらりとビショップに向き直る。外套を着ている不審者気味なビショップに対して笑顔を向けるヨルクに、きっとできた人間なのだろうという感想をビショップは持つ。
「よう!! 俺はヨルク。好きなものは良い女。嫌いなものは悪い女だ。よろしくな!!」
前言撤回。ビショップが呆れていることにヨルクは気付かず矢継ぎ早に言葉を続ける。
「んで、この無口な無表情野郎がトビアス。俺の後ろにいるこの金髪の子がアデレードだ、結構可愛いだろ?」
ヨルクが後で紹介した方の子。すなわちアデレードが前にいたヨルクを横に押しやってビショップに話しかける。
「同意を求めようとしないでよ! 困ってるじゃない! あの馬鹿が説明した通り、私はアデレードよ。よろしくね」
アデレードに続き、トビアスも自己紹介に入る。
「俺はトビアス。まあ、よろしく」
ビショップは三人の自己紹介を聞きながら心の中でワタワタと焦り始める。
——これで今日の覚えなければならない人は五人目。覚えきれるか私!?
ちなみにエーリッヒはすでにビショップの頭から除外されている。
「私はビショップ。よろしくだね」
ビショップがあいさつを終えるとすぐに質問攻めにあう。ヨルクとアデレードは当然としても、無口のトビアスまでも参戦したことにヨルクとアデレードは驚く。が質問タイムの前ではそんなのはどうでもいい事だと質問タイムを優先させる。
「歳は?」
「ノーコメント」
「身長」
「ノーコメント!!」
「性別は男だよね? そのかっこいい声的に」
「まあ、そうだね」
「強いか?」
「負ける気はしない、とだけ」
その後も、15分にわたって質問は続いた。もういい加減ビショップにストレスが蓄積され始めたころにようやく質問は底をつく。何故か、ビショップに質問をしていた三人は満足気な表情だ。
やっと質問攻めが終わり、一息下ろしたビショップの地雷をヨルクはきれいに踏み抜く。
「名前がビショップで、それなりに強くて、声もかっこいい、と。あと身長があればいいのにッ——」
メキョッ、バキッ、グシャゴロゴロゴロゴロゴロ……。
ビショップが振り抜いた拳によって、まるで弾丸ライナーのように遥か彼方まで転がり飛んでいくヨルク。その過程では人の身体が出してはいけないような音を出す。
「はぁ、アーベル。私はもう先に部屋に戻っとくね、なんか疲れた」
ビショップは苦笑いをしているアーベルに疲れたように話しかける。
「……うん? ああ、いいよ。今日は彼らしかいないようだし。部屋は三階に上ったらすぐ分かるから。本当は明日のことについていろいろ話したいんだけど、しょうがないから明日の朝、ヨルクを迎えに来させるから詳しい話は明日の朝ね」
ビショップの返答で正気に戻ったアーベルはつまりながらも返答をする。アーベルの返答を聞いたビショップは足早にこの場を去って部屋に直行する。
元凶が帰った隊室前は静寂に包まれている。
「まるで水切りみたいに飛んでいったな」
「回数は四十七回。十二歳のころのあんたの最高記録よりも上ね」
——王立騎士団学校専用寮
軽々とした足取りでビショップは階段を上っていく。すぐに三階に辿り着いたビショップが嫌々ながらに部屋を探そうと、右を向くと……あった。階段の隣。その部屋のドアには『新入り用』と書いた紙が貼られている。
すぐさまに部屋に入りドアを閉め、鍵をかける。
ようやく気楽になったビショップはずっと着ていた外套のボタンを外し、「おりゃぁ!」という高めの可愛い声とともに脱ぎ捨てる。
外套を脱ぎ捨てるとそこに居たのは、上半身は包帯をサラシ替わりに巻いて下半身は下着を履いた少女だった。
禁忌の『紫髪』は腰まで伸びており、日光を知らない肌は銀髪の如く白く輝いているように錯覚を覚える。
出るところが出ることは無く、引っ込むところが引っ込んでいないのはまあ、十三歳の年相応と言えるだろう。いささか身長が低すぎる気もしないではないが、厚底靴により目立ってはいない。
ビショップことアリアは部屋の中にある風呂場に行き、シャワーだけで済ませる。アリアは風呂は嫌いではないが、ゆっくりと寝ることが一番好きだった。
風呂場から裸で出たアリアはベットに座り、慣れた手つきで包帯を胸に巻いていく。そのあとで替えのパンツを履く。
その上から先ほど脱ぎ捨てた外套をボタンは外し、フードを被らずに着る。適度に着崩しているためさっきの下着姿よりも背徳的だ。
その姿のままアリアはベットに横になり、「今日は大変な一日だったなぁ」など言うこともなく昼寝を始める。まさか、このまま次の日の朝まで寝るとはアリア以外の誰も思わないだろう。