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02

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 先に異を唱えたのはエーリッヒだ。心の底から心外そうな顔で唱えている。


「俺は提出物を出しに来ただけですよ? それに俺は忙しいんですよ!?」


「それならこうしましょう。あなたがビショップ君に勝てたら評価を5にするように口添えしましょう。十中八九、評価は5になると思いますが?」


 アーベルの提案にエーリッヒは腕を組んで考えこむ。そして頭の中で折り合いをつけたのか、アーベルにいくつか問う。


「もし俺が負けた場合は?」


「口添えをしないだけです。そのあとの試験で評価5を自力でとってください」


「……まあ、いいですよ。そこにいる新参者を倒すだけでいいのでしょう?」


 エーリッヒが出した結論にアーベルは満足する。

 アーベルは満足した表情のまま、ビショップに向き直り問いかける。

 

「というわけですが、よろしいでしょう?」


「誰でもいいですよ。多分負けませんし」


 ビショップの態度と返答にエーリッヒはピクリと皺を寄せるが、それを態度に出さないように必死でこらえる。彼はプライドが高く貴族意識が強い、貴族の中の貴族だった。


「それじゃ、今すぐ行こっか。第三闘技場なら空いてたはずだから。エーリッヒ君は準備がいるでしょ? 僕はこの子を連れていくから先に行くね」


 アーベルはビショップを連れて部屋を出て行く。部屋を出てアーベルがドアを閉める直前、ビショップがチラリとエーリッヒを見るとわなわなと震えている拳が目に映った。

 ——怖い怖い。


 アーベルに連れられて闘技場に行く途中、ビショップは彼にここに来てからずっと抱えていた疑問を彼にぶつける。


「そういえば、ここって騎士団なのに屯所みたいな感じじゃないんですね」


「……え?」


「え?」


 アーベルとビショップの頭にはてなマークが浮かぶ。互いが何を言っているのか互いに理解していないようだ。


「ここって何をするところだか分かってる?」


「騎士団が待機したり訓練するところ」


「……だけ?」


「だけじゃないの?」


 アーベルは頭を抱えながら脳内を整理。そして必要な情報だけを拾い上げる。拾い終わったアーベルはコホンと咳払いをすると子供に教えるようにビショップに話し始める。


「騎士団の見習いとして過ごしながら学校で騎士としての素質を育てる。それがここ王立騎士団学校なんですよ。もしかして、これからの実技のついても分かってないんですか?」


「分かっていると思いますか?」


 どや顔である。


「……実技とは入隊試験の一つです。といっても筆記と実技の二つしかないですが。実技では一対一で戦ってもらい、それを私を含めて十人で審査します。そのときの実力で1隊から10隊のどれに入るかを決めます。つまり、番号が若い隊ほど優秀な者が多いです。まあ、番号が若いほど優秀な者が多い理由はそれだけではありませんがね」


 これほどの情報が一気に入ってきてもビショップの脳はパンクすることは無い。それはビショップの脳が優秀なのではなく、理解できない量の情報が入ってきたときに脳が勝手に情報をシャットアウトし始めるのだ。今回の場合、約七割がシャットアウトされた。


「なるほど」


「表情からして七割ほど分かってなさそうだけど大丈夫? ちなみに10隊にも入る価値がないと評価されると速攻で帰ってもらうからね。注意するように」


「はーい」


「ほんとに大丈夫かな?」


 少しばかり、不安になるアーベル。彼にビショップはさらに爆弾を投下する。


「ところで実技ってなにを審査するの?」


「……え? 知らないの? いや、知ってるんだよね!?」


「う、うん? 常識だよね~?」


返事からして分かっていないことを察したアーベルは本日何度目かのため息を吐く。


「剣で戦ってもらいます。審査員が戦闘不能と判断するか、十秒間倒れた状態だった場合に敗北が決定するんですよ。分かりましたか?」


「あー、知ってたわー。私めっちゃ知ってたわー」


 ビショップの発言でアーベルの心は氷点下にまで下がり、目は死んでいる。

 ——もう実技で落ちてしまえばいいのに。


「今回、君と戦う相手は1隊のエースだからね。頑張って」

 

 こんな応援の言葉の裏に、落ちてしまえばいいのにという気持ちが隠れているのだから人間というのは恐ろしい。








 二メートルぐらいの木製のドアを抜けるとそこは闘技場だった。いくらアクションを起こしても反応を全く返さない、石で作られた地面。その地面が直径二十メートルの円状になっている。ビショップが立っている戦う場所は三メートルの壁に囲まれている。アーベル含め十人の審査官が座っている観客席は三メートルの壁の上に存在している。ビショップが審査官に見下ろされている位置関係だ。ちなみに青空が天井だ。


 ここまで離れていると審査員に聞こえないためエーリッヒは本性を現す。


「ムカつく奴をボコって審査官の前で恥かかせて、評価5をもらう。これほど美味しい事はないなぁ」 


「大丈夫だよ」 


「あ゛?」


「そんなに強く見せようとしなくても大丈夫だよ。お前が弱いって事は分かるし。私はこれから先、お前よりも強い人と戦って殺す予定だからお前が弱いことは気付かれないよ」


ビショップの耳は聞こえないはずのブチブチと、人がキレるときの音を聞き取った。エーリッヒはビショップを人に向けてはいけないようなレベルの殺意を含んだ目で睨んでいる。


「お前、死にたいと思えるぐらいにしてやるよ」


「はいはい期待してるよ」 


 ビショップとエーリッヒの罵りあいや煽りあいに等しい会話を聞き取れていた者は、叩き上げでこの地位まで登ったアーベルだけだった。

 だが、それを咎めることも止めることもしないのはアーベルが面白いもの見たさで審査員をしているからである。


「どっちが勝つと思うかね?」


「どうせエーリッヒが勝つに決まっているでしょう?」 


「それもそうですな。なんせ彼は1隊でトップクラスなんですから」


 アーベルが頬杖をついて眼下の円の中心に立っている二人の会話に聞き耳を立てていると、隣の会話が聞こえてくる。それは耳を傾けなくても聞こえる、審査員全員の総意だ。


「しかし新しい方は小さいな。あれでは10隊に入ることすらできないんじゃないか?」 


「あっはっは。今回の実技で骨折ぐらいは覚悟してもらわんとな」


 ふと、アーベルが向き合っている二人を見直すと実技が始まる直前になっていた。試合は観客席の審査員が座っている場所の反対側に存在する鐘を鳴らすことで始まる。ここでアーベルはあることを思い出し苦笑いをする。

 ——合図の説明忘れてた。あと剣も渡してねぇ。

 が、そこはアーベル。(ま、ああ言ってたしいいハンデでしょう)と自分を納得させる。


 しかし、一瞬だけ心配された当の本人は目の前で全身から殺意を滲み出している者がいるというのに、どこ吹く風のようにきょろきょろと辺りを見回している。ビショップはすでに目の前のエーリッヒに興味を失ってた。

 目の前ででエーリッヒが腰の剣に手を当てて構えているのだが、辺りを見回しているビショップが気付くはずがない。

 

 ジャーンという金属が叩かれる大きな音が闘技場に響く。

 その直後にビショップが何かを感じ取り、首を右に傾ける。そこを木剣が頭をかすめるように宙に弧を描く。

 木剣はビショップの頭の横を通り過ぎた後、くの字のように直角に曲がって横腹を刈り取ろうとする。これはエーリッヒが得意とする型であり、必勝の型であった。そのため彼と戦う者は全員その型を出させないように警戒する。もちろん、初見のフィオナにはそんなことを知る由もない。


 アーベルはこの型にはまった時点で勝利を確信していた。これまでの訓練で、何度も見ている者ですら回避することは不可能なのだから初見のビショップが回避できる道理は存在しない。

 にやにやと勝ち誇った笑みを浮かべるエーリッヒの視界から、しかしながらビショップは忽然と姿を消す。まるで、元から存在していなかったように。

 ビショップはエーリッヒの背後から十メートル離れた壁の近くに姿を現す。


「そんな攻撃じゃ当たろうとしても当たらないよ?」


 ビショップはエーリッヒに向かって大声で挑発する。その声でようやくエーリッヒはビショップを見つける。


「お前……どういうことだ?」


 エーリッヒは目を見開いてビショップを見る。審査員達も最初の喧騒が嘘のように静かになっている。その理由は彼らが見たものだった。

 彼らが見たもの。それはビショップが被っているフードの暗闇から覗く朱い一つの目だった。


「……咎眼?」


 審査員の1人が呆然と独り言のように呟く。やがて、それは伝染していき喧騒が戻る。しかしその喧騒は実技が始まる前とは違い、侮蔑の代わりに畏怖が混じったものになっている。

 真っ先に我を取り戻したアーベルは席を立ち、叫ぶ。


「この実技は終わ——」

 

 だがその言葉が紡がれる前にビショップはまたもや消え、エーリッヒの懐に現れる。エーリッヒはそれをまるで他人事のように見ることしかできない。


 ビショップは棒立ちになっているエーリッヒの右手首を手刀で叩き、剣を手放させる。そのまま流れるように地面を左足で蹴り、右足でエーリッヒの頭を蹴る。頭にぶつかった衝撃で地面に倒れたエーリッヒを空中で身体を無理矢理ねじり、彼の頭を地面と挟みこむように左足で踵落としを決める。


 場には口を開けて呆然としている審査員と、白目を向いて気絶しているエーリッヒ。そして静寂を呼び起こした当の本人であるビショップが始まる前のようにきょろきょろと見回していた。


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