春風1
著作 ツワ 了一
桜並木、多くの人々が忙しく行き交うなか歩道の街路樹から優しく頬を撫でる風と桜の花弁、僕は思考を停止させる。
そう、満開の桜の花が咲き誇り、幸せだったあの頃を思いだす。
僕の一生の思い出、恐らく最初で最後の人生経験、、、、
「それは、盛りすぎかな、、、」
小言を漏らしつつ先週買ったばかりのワイシャツとスーツの具合を確かめ肩に落ちた桜の花弁を払い、空を見上げる。
空は青々とし、雲はゆるりと姿を変えながら僕の頭上を流れて行き、僕が呼吸をする為の空気は充分に清んでいた。
僕はこの空を一人占めしてやろうと思った。
目を閉じ桜の香りを感じながら耳をすます、朝の通学、通勤の人々の止まることの無い足音、車の排気音と路面を噛み締めるタイヤの音、小鳥のさえずり。
聞こえてくる様だ、僕を呼ぶ彼女の声が、彼女の笑い声が、、、
「もう、終わったんだ」
脳裏に過る切ない僕の物語、世界で一番愛している彼女の事、、、
「そういえば、出会いも別れもこんな桜の咲いた季節だったな、、、あれから3年、、、か、」
なぁ、今どこで何してるんだい? 君はまた何処の誰とも知れない奴におせっかいやいてるのか? それとも、、、、
エピソード1 出会い
春風が強く僕の漕ぐ自転車と体を押し戻さんとばかりに吹き付けるなか、春休み明け初日に大遅刻をしようとしている僕こと
[ 藤本 優姫 -ふじもと ゆうき ]
「うおおおおおお!」
母さんに起こしてくれってあれだけ言ったのに、目を覚ましたら全校集会開始時刻30分前!
無理だ!家から学校まで徒歩で50分、自転車で30分、車で送ってもらっても15分はかかる。
「くっそ!くそっ!!くっそおおおお!!」
なんだかんだで家を出たのは全校集会開始の5分前、終わった、、、、俺の新学期からの学生ライフ、ライフ、、
全力で自転車を漕いでいたため汗が滲み出る、せっかく整髪した髪も春の強風と自転車の運転で生まれた風圧で10分以上かけて作られた僕の髪型は跡形もなくなっていたが、クラス担任の井脇の怒りの沸点が頂点にたさないうちに急がないとな。
春が皆好きだとか言うけれど僕は秋が好きだ、程よく涼しく僕の好きな食べ物がたくさんあるから。
しかも今年は春というのに少し暑いくらいだからそれだけでも憂鬱なのにクラス担任の井脇の怒りの表情を思い浮かべるだけでも学校へ通うことを諦めそうになるヘタレの僕だ。
「あぁ、人生終わってんなぁ、春なの
に心は雪溶けはおろか雪が積もるばっかりでその重圧で押し潰されそうだ」
そんな悲観的なことを僕が信号待ちの歩道で呟いていると後ろから声をかけられた。
「その雪、私が溶かしてあげようか?」
ん?こんな学生ライフに相応しくない時間帯に声をかけられたあげく、あんな恥ずかしい台詞を聞かれていたと考えただけでも寒気が走る、ここは聞こえなかったフリをしておこう。
うん、それが無難だな。
しかし信号機が青に変わる前にまたもや声をかけられる、しかも今度は聞こえないフリも駄目になるくらいの方法で。
「藤本くん?だよね?? 2ーAの 藤本 優姫くん」
声をかけてきた人物は僕の名前を言うなり僕の隣に並んできた。
凄く強い視線を感じるが、上手く相手を確認出来ないでいる。
そう、僕がヘタレだから、、、しかも、対人してる相手が異性だから。
相手の顔を確認出来ないでいる。
ほんの少しうつむく様に前髪を整えつつ彼女の方をチラリと確認するように見ると、見慣れた学生服のスカートが目に入ったけど相変わらず彼女の顔を確認出来ないでいる。
彼女は僕に声をかけ続ける。
「珍しいね!藤本くんみたいなマジメくんが春休み明けの初日にこんなところで油売ってるなんて!!」
彼女はアハハと声高らかに僕の乗っている自転車の前籠に手を掛けつつ僕の顔を覗き込んできた。
僕はその時初めて彼女の事を思い出す事が出来た。
彼女は同じクラスの
[ 山口 七海 やまぐち なつみ ]
高校の男友達の間でもあまり話題にも出ないけど、特に不良高校生という噂も無くどちらかと言うと、僕と同じであまり目立たないタイプだ。
唯一僕と違うのは、僕はクラスの皆に嫌われるのが怖くて自分からクラスの中心グループに必死になって入るような奴だけど、山口 七海はクラスの皆の評価はおろか自分のクラス担任井脇の評価も気にも止めないサバサバしたタイプの人間だ。
人の評価に左右されやすい僕に対し、人の評価に無頓着な彼女といったところだろうか。
これが、藤本 優姫と山口 七海の運命的な出会いだった。
「あのぉ?、山口??僕達大遅刻してるんだけど??何でそんな冷静に僕となんか話してるの?」
そんな疑問を彼女にぶつけると、彼女はニコニコと笑い後ろ手に手を組み僕の前でクルリと一回転して答える。
「大遅刻??(笑)それは違うよ藤本くん!私、今日は朝から病院なのよね、遅刻は藤本くんだけ(笑)」
僕はその時嘘だろ!?と思い一瞬でも井脇の怒りの表情の対象が僕だけじゃないと安心していたのに彼女の真実を突き付けられた僕の額は脂汗で大変な事態に直面していた。
「え、、、マジ??山口??」
おもむろに問うと、彼女はうん!マジマジと目を見開いて、僕とは 遅刻仲間でないことを彼女なりに丁寧に教えてくれた。
「でもねぇ~私、藤本くんを助けてあげれなくもないよ?にッひひぃ」
絶望の淵に立たせられた僕は彼女の助けてくれるという言葉に俯いていた顔をあげる。
歩道の信号機が青になっていたのに気付き彼女の存在を無視して急いで渡ろうとすると彼女は
「藤本 優姫くんを井脇 隆成先生から助けてあげようと言ってるのだよ、勿論君は今日という日を私と過ごすことで学校生活でも今後の人生においてもヒーローになれるかも知れないのだから」
彼女が全てを言い終わる前には自転車を止めて振り返っていた。
僕の視界に入ってきた光景は、桜並木の葉桜が舞い上がり彼女を包み込む様に花弁が、ひらひらと舞っている姿、その時僕の視界に入っていた彼女は僕の知っている山口 七海ではなかった。
とても神秘的なものを学生なりに感じとった。
艶のある黒髪に肩にかかる程度のショートヘア、前髪は春の風と同様の動きを見せる。
本当に不思議な感覚だった、もしかするとこれが一目惚れとかいうやつなのかも知れない。
生まれてからずっと、人間に嫌われるのを恐れていた僕からすると恋とは何なのだろうか?説明しがたい、それくらいつまらない僕だ。
そして僕は彼女に言われるがまま、今日彼女と共に病院へ行き 、学校へ一緒に行くことになった。
病院へ行き学校へ向かうはずが、途中山口の気まぐれで地元のゲームセンターに寄る事になった。
特に彼女が興味を示していたのは、
UFOキャッチャーの景品であるイルカのマスコットキーホルダーだった。
彼女がUFOキャッチャーのガラスに両手をつけて見ていたものだから僕は
「欲しいの?」
とだけ聞くと、彼女は首をコクコクと縦に振っている。
僕も男の子だ、山口に格好いい所見せて好感度をあげようと思った。
今思い返すだけでも本当アホだと思ったけど。
僕はおもむろに学生ズボンの後ろポケットに入れていた長財布を取りだしてイルカのキーホルダーに夢中の彼女にその場を少しの間、僕に譲ってくれないかと交渉しUFOキャッチャーの真ん中を譲ってもらった。
長財布の中を確認すると100円玉は無く使用できるコインは500円玉1枚しかなく、あとは4枚程の1000円札だけであったが、特にUFOキャッチャーが得意という訳でもないけど2~3回の思考回数を重ねれば取れるだろうという安易な考えからの行動である。
とりあえず、おもむろに500円玉を取りだし機械のコイン投入口にお金を入れると同時にポップな音楽が流れ始めるが、ポップな音楽とは裏腹に僕の集中力は削り取られていく。
1play 200円のこのUFOキャッチャーでは500円で 3play 出来る100円程お得な気分に浸れるのだけど、まず一回目の思考ではアームの強さの確認をしたいと思いイルカのキーホルダーの真ん中を狙った。
思いの外アームの制御は上手くいきイルカの真ん中をアームはガッシリと捕らえる。
(これならイケる!)
内心ガッツポーズを決めたものの、次の瞬間僕の眉間には皺が寄る。
捕らえたはずのイルカはほんの少し浮き上がったけどすぐにアームからすり抜けていくのだ。
こうなると少しばかり頭を捻らないといけず、う~んと唸っていると彼女が隣で
「おしぃ、あとちょっとだったのにぃ」
と呟きながらピョンピョンと跳ねていた。
くしくも可愛いと思ってしまった僕は単純な男だなと冷静に自分を分析していると共に、残り2回の思考回数でどうやってあのイルカを捕らえる事が出来るかを考えているうちにUFOキャッチャーのアームが僕達の元に帰ってきた。
ポップな音楽は僕を嘲笑うかのように鳴り響く、2回目のチャレンジでは大きな進歩を遂げたのだ。
イルカのキーホルダーを賞品の出入口付近まで移動させる事に成功したのだ。
大きな進歩はしたものの、彼女にプレゼントする所までには至らなかった。
「くっそぉ、次は絶対取る!」
思わず内に秘めてた思いが表に出ると、隣の彼女も頑張って、と応援してくれている。
最終的に僕はイルカのキーホルダーを取ることに成功した、しかも2つもだ。
彼女に取ったばかりのイルカをプレゼントすると
「藤本くんもイルカ着けようよ」
と頼まれたものだから気合いを入れて取った。
2つ取るのに3000円程の出費をしてしまったけど、そんなに気分は悪くは無かった 普段の学校生活では見る事の無い彼女の笑顔を見れたのだから。
ゲームセンターを後にした僕達は本業である学校へ向かう事にした。
彼女を自転車の荷台に乗せペダルを漕ぐ、初めて異性を乗せたのだが同性と違い踏み込むペダルも軽く感じた。
途中幾つかの登坂にも遭遇したが、下りになる度に桜の優しい香りと気持ちのよい風に僕は身をゆだねていた。
学校へ到着するまでの間彼女は僕の服にしがみつきながら
「お金払うよ?大丈夫?ごめんね」
等と言っていたが、僕は
「大丈夫大丈夫!山口気にすんなって!」
というやり取りをしながら向かっていた。
学校へ到着してから腕時計を確認しているともう、午後をとっくに過ぎていた。
「うわぁー、やっべぇ今日はなんつってどやされんだろぅ」
今さっきまでのテンションはどこにいってしまったのだろうか、自然と姿勢は猫背になっていくと。
「大丈夫だよ!藤本くん私に任せてて!」
と彼女に言われたが、どういう具合に大丈夫なのか理解出来なかったので詳しく聞いてみると、彼女は説明を始めたが恐らく大事な事は僕に伝えないまま。
「まず、私は保健室に行くから藤本くんは通学途中に倒れていた私を病院に連れて行って保健室まで送り届けたとだけ井脇先生に伝えて欲しいの」
と彼女は僕に伝えた。
こんな事で鬼の井脇を騙す事が出来るのかと半信半疑のまま自分のクラスに向かいクラスの扉に手を掛けた。
僕はクラスに入る前に深呼吸して息
を整えたが、扉の向こう側でクラスの皆に話をする井脇の声に僕の体は少しばかり硬直したが、何にせよもう後戻りは出来ないと覚悟を決め扉を開いた。
ガラガラガラと扉を開けると、皆に話をしていた井脇が黙りこっちを見る。
するとどうだろう井脇の視線と同時にクラスじゅうの視線を感じるではないか
(あぁ、死にたい)
等と心の中で反芻していると井脇が質問してきた。
「おう、藤本おはようさん、、、と言ってももう、お昼だからこんにちは何だけどな!お前今日はどういう風の吹き回しだ?」
と言われて僕は
「お、おはようございます、、、じゃなくて、こんにちは!」
等と意味の分からない事を言っていたが、山口 七海の言っていた言葉を思いだし。
担任の井脇に恐れ多くも大きな声では言えないからと伝え、耳打ちでクラスメイトには聞かれないように彼女に言われたとおりに井脇に伝えると、井脇は
「そうか、藤本お前、後で職員室に来い」
とだけ言われ事なきを得たのだ。
鬼の井脇隆成と恐れられていた人物だけに恐怖し震えてもいたのだが、ファーストコンタクトの挨拶以外は睨まれる事もなかったので自分の席に着いた時には隣の席の竹内に
「よう、ゆーきぃ赤鬼に何つったの?」
等と聞かれたが僕は一切口にはしなかった。
彼女との約束の一つだったから井脇以外には伝えない事と。
井脇はしばらく自習してろとだけクラスに伝え外に出ていった、多分井脇は彼女の所に向かったのだろうと僕は推測した。
これは多分に当たっていたに違いないと思う。
しばらくしてから山口 七海と井脇がクラスに入って来たのだから。
彼女はニコニコしていた、いつもと変わらずに特に井脇に怒られた様子も無く彼女はクラスの皆にいつも通りに接していたが、僕は不思議な感覚に囚われていた。
この感覚は何だったのだろうか?今冷静に思い返せば単純な事だったのだろうけど、ゲームセンターでの出来事と井脇とのやり取りでごく平凡学生の僕には気付く事が出来ずにいた。
こんな事にも気付けずにいた自分に今でも後悔している。
僕が彼女の方をボーっとみていたら竹内に
「ゆーきぃ、七海の事が気になんの??」
等とからかわれたものだから、僕は咄嗟に大声を出していた。
竹内もビックリした様子だったが、特にビックリしたのはクラスの皆のようだったが、井脇にも怒られる事も無かったので竹内とクラスの皆に対し
「大声を出してごめん」
とだけ伝え自席に着席した。
多分僕は恋をしていたに違いない、生まれてこの方まともに付き合った異性も居ない 当たり前か(笑)
まだ、17歳だ。
本気で惚れた異性も居たこともあったが、中学生の頃の話であって若気のいたりという事もあり告白はしたものの 当時の恋は失恋に終わっていた。
事実上僕は17年間異性と付き合った事が無いのである。
同性同士での会話でも異性の話は出るものの上手く会話に参加するのも大変な時期でもあったのだが、今日僕は山口 七海とデートしたのである。
この事実を皆に打ち明けたくもあったが、彼女には今日起きた全ての事は井脇以外には言わないという約束をしていたものだから、僕には特別な秘密があるとウキウキしていた。
時折、彼女とも目が合う事があり彼女は目が合う度にニコリと笑ってくれたり、皆に気付かれない様に小さく手を振ってくれたりしたときは本当に幸せだった。
17歳の幸せ何て単純なものだった。
放課後になると僕は井脇の所に向かったが、職員室には他の先生も居るからと言われ二人で視聴覚室に向かった。
部屋のなかに入ると見慣れた人物が先客として座っているではないか、そこに居た人物は山口 七海であった。
僕は最初この井脇、山口、藤本の組み合わせに意表を突かれたが、静けさを保った視聴覚室の空気を打ち破ったのは僕達の担任であった。
「藤本、、、いや、優姫は山口 七海についてどこまで知っとるんや?」
少し言葉を選んで慎重に質問をしてきたみたいだった 、井脇にはいつもの勢いが感じ取れずにいたし表情はほんの少しばかり穏やかささえ感じた。
僕は井脇の質問に対し答えを出す前に彼女によって阻止されてしまった。
「井脇先生、藤本くんは何にも知らないよ!だってまだ何も教えて無いもん」
彼女は井脇に告げるとう~んと下を向き唸る井脇。
「あのぉ、先生??」
いつもと様子がおかしい井脇に対し僕は、この場の話の流れがいまいち掴めずに声を掛けると、彼女は僕に聞き取れない様に井脇の耳元で何か囁いていたが、僕は二人の様子を少しばかり観察するしかなく、夕暮れの空調の効いていない視聴覚室は少し居心地が悪かった。
多分、これが彼女と二人きりなら全然平気というかそれの方が嬉しいのになと妄想していると井脇に声を掛けられ我に返った。
「おい!、おい!、優姫聞いてるのか?大丈夫か?」
聞いてるのか?等と問われて聞いてませんでしたとは言えずに
「はい!聞こえてますよ」
等とてきとうに返事をしていると彼女には僕が嘘を付いてるのがバレバレだったみたいでクスクスと笑っていた。
結局の所僕は視聴覚室での話は全然理解出来なかった。
妄想に浸っていたせいもあり会話は虫食い状態だったけど、唯一僕の平凡的な頭でも理解出来た事は彼女が定期的に病院に通っている事はクラスの皆には秘密にして欲しいという内容だったが、あの時の僕は何で井脇が彼女と僕に対して親身になってくれてたのか分からずにいたが、そんな事よりも僕の名前を井脇が藤本でなく
[ 優姫 ]
と呼んだ事をとても驚いた事を今でも鮮明に覚えている。
そうして今日という日の春休み明け最初の学業を終えた。
帰る際に井脇は僕と彼女に車で送ってやろうか?
と言ってくれたが僕が自転車で来たからと言って丁寧に断りを入れると、彼女も僕とまだ話したいからと井脇に伝え学校から家路に二人で帰る事にした。