番外篇2. 諸刃の剣
混迷の時代に突入したと言われる、一つの大きな出来事。
後にウェールズ王国の歴史を大きく変える一撃を与えることになる、重大な局面。
この世界に争いや闘いなどというものが蔓延り、国と言えどその渦に巻き込まれているのだと確信させることが起きた。
それが、マホトラスという巨大勢力の誕生。
王国議会における貴族連合会と王家の対立により発生したこの構図は、瞬く間に戦火を広げることになった。
マホトラスは王国領の遥か北部に位置するレオニグラードを拠点として、その周囲、王国領の北部を占領下に置く。
彼らはかつてウェールズ建国の際にウェールズが行ったことと、同じようなことを繰り返した。
自分たちの掲げるものに従わせるために、領土を奪い直轄地を併合した。
その結果、マホトラスがウェールズに宣戦布告をしてから、たったの一ヶ月間で、夥しいほどの人の屍が生み出されることになってしまった。
戦闘が発生したのは、主に王国領の北部。
元々レオニグラードも王国領であったし、そこには貴族連合会に反発する国民も住んでいた。
だが彼らはそれを一掃するかすべて捕え、自分たちに危険が及ぶものを排除し始めた。
その結果、王国としても叛乱の鎮圧の為に兵力を投入しなければならなくなり、マホトラスとの戦闘が発生する場所では常に両軍の衝突が起きていた。
それによって失われた命は、お互いに大きな衝撃を与えるほどのもの。
武器を持たない無抵抗の民をも巻き込んだ壮絶な殺戮は、お互いの犠牲をキッカケにパッタリ止まった。
マホトラスは、
自分たちが求めていた占領地をすべて確保した。
だがその代償に多大な犠牲を払った。
それが勢力として大きな影響を与えてしまったが為に、それ以降の侵攻に難色を示した。
ウェールズは、
自分たちが所有していた民の領地を奪われ、それを取り返そうと兵員を送り込んだ。
だが結局占領地は取り戻せず、兵士ばかりが失われていく。
お互いの傷がお互いの行動を制限し、マホトラスもウェールズも睨み合いが続くだけになってしまった。
こうして、混迷の時代が幕を開ける。
世界各地であらゆる戦争は起きているだろうが、
少なくとも西側の大陸にあるこの地では、最大規模の勢力同士が衝突し合うという、
悲哀と失望に満ちた世の中が訪れたと誰もが分かってしまった。
王国の掲げた理想――――――――自由で平等、幸福な日常とは、どこへ行ってしまったのだろうか。
かのフィリップ・フォン・ウェールズがこの時代を見たとするなら、
嘆かわしいものだと浮かばない顔を見せたことだろう。
この時代の幕開けと共に、
王国の王城に一人の少年がやってきた。
まだ子供という歳ながら、自分は兵士になりたいと伝え、
国の為に戦おうとする者が現れた。
この時代の到来で、そういった“国の危機のために戦おうとする人間”が現れたのは事実。
何もその少年に限ったことではなく、城下町の大人たちや王国領の各地にいた大人たちが、
そうして兵士になった経緯がある。
その少年もそのうちの一人なのだが、飛びぬけて周りの者たちより年齢が低かった。
少年と同じくらいの年齢で兵士になりたいなどと思う人間は、僅かにいたくらいだ。
だが、結果的にこの時の少年の決断が、後に国にとっても、また少年自身にも大きな影響を与えることになる。
誰がそんなことを想像し、推測したことだろうか。
自らに歩み出したその道に、答えを求めるのなら、それは果てしなく遠い。
それでも、少年は逃げずに戦おうと決めたのだ。
ウェールズとマホトラスの戦いが沈静化してからは、
王国はいつか来るその時のために、兵士の教育を熱心に行うようになった。
これまでは、マホトラスなどという叛逆者が出ることなど想像もせず、
兵士というのはただ各地の直轄地を護るだけの番人のような役割を担うばかりだった。
兵士という職業だからといって、戦いが起こる訳でも無かった。
言い方を変えるとすれば、兵士は各町の駐留部隊であり、その町の秩序を正す組織。
治安維持と言っても良いだろう。
それが兵士の役割であり、そのためにほぼすべての兵士たちが駆り出されることとなった。
王国領が肥大化した裏では、こうして各直轄地に兵員を送り込んで兵力が分散したという状況がある。
マホトラスにとってこれは最大の好機とも言えたのだが、
彼らも戦いによるダメージが多く、更に各町を取る毎に兵士と戦わなければならないという状況を、あまり好ましく思わなかった。
そのため、王国領とマホトラス領の境目となる町や村、あるいはその大地には兵士を駐留させ、
いざ王国が侵攻してきた時のために、あえて道のど真ん中に砦のようなものを建設することもした。
暫くはそれで様子を見るために。
王国の兵士教育は、この国が出来上がってから基本的に変わってはいない。
まず兵士になりたい者は、その資格があるかどうかの試験を沢山受けることになる。
それに合格した者が、次の兵士の見習いを目指す。
兵士の見習いを目指すために鍛錬を重ねる時が、訓練生というようなくらいだ。
それを越えて兵士の見習いに昇格することが出来れば、現場での仕事を与えられる。
この時点で、すべての兵士に国に仕える者としての報酬が受領される。
国民が税金を払う一方で、国に仕える兵士たちにはその税金の一部が給金として与えられる。
もっとも、兵士である立場それを使う状況が訪れることは、そう多くは無かったのだが。
普通、兵士の見習いを目指すには、数ヶ月程度を要する。
中には一年以上を要する人もいるのだが、この訓練が尋常でないほど厳しいものもある。
兵士の見習いを目指す過程でその道を断念する者もいるくらいだ。
だが、この混迷の時代が始まってからは、そうも言っていられなくなった。
一人でも多くの戦力を王国は欲しがるし、それを前に厳しい修行を横行させ続けるのも毒だ。
それでも、兵士の見習いになるために必要な時間は、多くの人間が3か月程度を有した。
ところが。
これが少年の異常なところの一つとも言えるだろう。
少年はあらゆる過程を素早く正確にこなしてしまい、
僅かに数週間で兵士の見習いに並ぶか、あるいはそれ以上の存在となってしまった。
恐ろしいことに、通常の人間が3か月以上を有するであろう鍛錬の質的向上を、この少年は
数週間で突破し、それどころか現在兵士の見習いとして各地に勤務している者たちすら、越えてしまったのだ。
あまりにも異常な適応能力と成長。
見習いになることはそう簡単なことでは無いというのに、
その少年を担当したとある女性の兵士や、後にその少年の上士になるとある男は、
数週間という時間で見習いを認めざるを得なくなった。
見習いになるまでの訓練では、人間たちに本当の武器となる剣を持たせることはしない。
だが、上士のある男の起点で少年が剣を持つと、またも驚くべき力を発揮した。
普通子供があれほど重たい武器を扱えるはずがない。
それが偏見であったことを思い知らされるほどだった。
「アトリ。身体は疲れていないか?」
「いえ、大丈夫です。どうということはありません」
「そうか。でもお前が自覚してないってだけで、実は結構疲労が溜まってることもあるんだ。どうだ、この私がほぐしても良いんだぞ?」
その当時のこと。
兵士の見習いを目指す者は、何十人といた。
しかも、一人の担当者が受け持つだけでそのくらいの人数がいた。
実際、王城以外に王国領南部でも、似たような教育は施されていたし、
それを考えると数百人規模で兵士を志願した者たちがいたことだろう。
少年もそのうちの一人なのだが、その少年と対するのは、少年を監督する役目を持つ女性兵士、
彼女の名前を『クロエ』という。
男らしい女という評価を受けているが、実力は兵士の中でも目立つものだった。
だが、その彼女が“心配するほど”彼の適応は凄まじいものであった。
兵士の見習いどころか、同じくらいの期間、数週間を費やせば、兵士にも追いつけるのではないか、と。
「結構です。本当に間に合っています。お気持ち感謝いたします」
「………そうか。でも、あまり無理しなさんな」
「ありがとうございます」
後にこの二人は師弟関係となるのだが、
今はまだ少年はクロエを上士と思い込んでいるし、敬語を使って礼儀良く話している。
その礼儀一つも、少年が持ち合わせるものとしては異質と思えるくらい、しっかりしている。
すべてを説明するのは困難だが、
この時点で既に子供とは思えない要素が至る所に存在しているのだ。
少年がその場を去って、
彼女も別のところへ行こうとしたところを、一人の男性に止められる。
「クロエ。調子はどうだ」
無機質で感情の乗らない声。
彼女が振り返った先には、何も今すぐ城が戦場になることは無いだろうに、
完全武装で剣まで下げている男がやってきた。
ヘッドヘルムを身に着けていないだけ、まだマシといったところか。
男の名は『アルゴス』。
王国正規兵部隊の上士の一人であり、兵士たちの監督をする者の監督をするほか、
見習いや兵士階級の者たちの所属やら配置やらを決める役割を担う。
「調子って何、アトリのことかい」
「………ああ、そうだ」
歳も離れている上士に対して、敬語も使わないで凛々しい姿を保ち続けているところがまた、
彼女が男らしいと言われる所以だろう。
もっとも、アルゴスはそういったものを気にするような人ではなく、
他の上士たちもクロエがそのような態度を取っても咎めるようなことはしない。
彼女が常に礼儀正しくあるのは、王族を前にする時。
だがそのような機会はそうそう訪れるものではない。
上士たちの彼女に対する評価は他の兵士たちよりも明らかに高く、とやかく言うものでは無かった。
「なんて言うべきかねぇ……凄まじい特上の一級品であることに疑いはない。ただ、それも諸刃の剣かもしれない」
「諸刃の剣?」
今は王国も兵士が一人でも欲しい実情がある。
それも、出来るなら強力な人間を揃えたいと希望するところなのだが、
今は兵士の数が集まるだけでもありがたいと思わなければならない。
クロエの見立てでは、正直歳が十数も上の大人に比べても、その少年には力及ばない者が大勢いる。
それだけハッキリと少年が目立っていた。
子供というだけで見劣りするかに思えたが、寧ろその逆。あれは異常だ、と。
だから、将来的に間違いなく少年は王国の戦力になる。
それも自分たちを遥かに超える力になるだろうと、この時点でクロエは想像している。
王国にとって戦える兵士が増えることは悪いことでは無い。
それが強い兵士であれば尚更、活用し甲斐がある。
このように、兵士をある種商品のような形で見なければならないことも、王国の実情が厳しいものであると判断する材料の一つとなっている。
だが、彼女はそんな中でも、少年を諸刃の剣と言い、危惧した。
少年を気にかけ、心配しているからである。
「ああいう型の男ってのは、こんな狭苦しいところで長々と教育させるよりも、もっと広い目で見たものを与えさせるべきだと、私は思うけどね」
「それは、何故」
「その方が本人の為だからだよ。純粋にアトリは強いしそれは私も認める。けどね、知らないことが多すぎる。容姿が大人びていても、強すぎる力を持っていても、心がそれに比例しちゃいない。だから、いろんなことを経験させてさ、分からせた方が良いこともある」
だが、心配していても、ある程度は強要させなくてはならないこともある。
一人の心配事で周りを滞らせる訳にもいかない。
なら、ここにいさせるよりもっと出来ることを、あの少年に経験させてしまった方が良い。
それがクロエの考え方だった。
アルゴスにもその真意に近いものを感じ取ることが出来ている。
本人の為に、あらゆることを学ばせるべきだ。
そのためにはこの城にいつまでも居続けさせるのも、もったいない。
そこでアルゴスが、更に口を開く。
「監督責任者として、お前に話がある。私の部屋について来い」
その少年の際立った能力の高さや適応力は、他の訓練生たちにも知れていた。
自分たちとは比べ物にならないほど、身体能力もずば抜けている。
それが一体どういう理由なのか、気になる人間も数多くいたことだろう。
少年に問い詰めた大人がいるほどだ。
君のその力は一体どこから生まれ出ているのか、と。
だが少年には自覚が無かった。
努力したことといえば、この城に来る前、あの雪原の日々に鍛え上げた身体があることくらい。
一人か、隣の家の若い女性と生きていくしかなく、
父親は全く家に帰って来ない。
そんな状況下、一人で生活するために必要なことを身に着けてきたら、いつの間にかこうなっていた。
と、少年は自分の中だけでそう思っている。
誰にもこの事実を伝えることはしなかった。
そもそも経緯が果たして今に繋がっているかどうかなど、彼には判断のしようが無かった。
彼女はアルゴスについて行き、あまり訪れる機会のない彼の執務室にやってきた。
質素というか簡素というか、山のように書類やら本やらが机に置いてあり、装備品を収納するための
大きなクローゼットや鏡などがあり、床には絨毯が敷かれている。
目立つものは特にない。
アルゴスは彼女に座るように指示すると、彼女は両手拳を組んで前かがみに座る。
「あの少年は将来的に使えそうか」
「それは私が見るよりあんた直々に判断した方が良いと私は思うが」
「監督者だからここに呼んだのだ。お前の評価を聞いている。私のことは気にするな」
つまり、
今はただの見習いになる前の少年を監督し、教育しているクロエに、
少年の今後を決められる権利の一部があるということだ。
少年が今後兵士としてどのように過ごしていきたいのかは、まだ知らない。
だが、あれほどの若き年齢であれほどの実力者であるという点は、たとえこの国が兵士を商品のように見ていたとしても、捨て置くことは出来ない。
今は強い兵士を求めるというよりも、兵員の数を増やさなければならないという状態だ。
その中で明らかに周りよりも突出して秀でた能力を示す、アトリという少年。
アルゴスが一体どの程度までこの少年を使い回すのかは分からないが、いずれにせよ他の人と同等の扱いにはならないだろう。
「使えるさ。人を物みたいに言うのは私は好きじゃないが、あの少年の能力は桁違いだ。さっきも言ったが、人間性を広くするのなら色々と経験させるべきだ。………あんた、まだあの少年をよく見ちゃいないな?」
「………こちらも忙しいのだ。態々一人に構っている時間など無かった。しかし、王が今の訓練生たちの様子を知りたがっている。近々見学するというから、私も同席する」
「………(よく確認もせずに実物の剣を持たせてみろ、なんて指示したもんだよ………)」
背もたれに寄りかかり、腕を組んで考え事をしながら、その事実を聞いた。
アルゴスが担当するクロエが監督する訓練生の中に、その少年がいる。
だからその少年に剣を持たせて素振りをさせてみろ、だなんてクロエが指示を出せば、
周りの人間もそれに興味を示す。
だから、訓練生全員に実物の剣を持たせるハメになったんだぞ、と彼女は心の中で訴える。
そしてその中で、その少年ともう一人だけが、剣をその手で操るかのように扱えた。
報告書を彼女は度々提出しているが、その中身でアルゴスは判断していた。
忙しい時のこの男はそうする他ないというのは分かっていても、少々苛々が募る。
「お前の判断次第では、王もその少年に注目することだろう」
「分かったよ。前の報告書通りに国王に伝えると良いさ。一人ずば抜けた奴、しかも子供がいるとな」
それからも暫く会話は続くが、
この時点でアルゴスが考えていた今後のことについては、明かされることが無かった。
彼女からすれば、ただの状況報告を口頭で行ったに過ぎない。
だが、国王エルラッハが見学するというのなら、その少年にも目が行くことだろう。
突出した才の持ち主であるのなら、王も注視するはず。
周りの人間より抜きんでているのなら、それを全面に出すことも一つ考えるべきだろう。
結局それから、国王が見学に来るのは三日経った後だった。
「今日もいつもと同じように訓練をする。が、今日はこの後エルラッハ国王が参られるようだ。お前たち、もう一度言うがいつも通りにやって欲しい」
国王が来るというのにいつも通り、とはいかないだろうな。
と、内心彼女はそう思いながら、訓練生たちに指示を出す。
その少年が訓練生として鍛錬を始めてから、4週間ほどが経過する時だった。
国王が来るという言葉に殆どの訓練生が反応した訳だが、
特段彼には反応する様子は何も無かった。
寧ろ、普段から様子を見られているクロエがいつも通りというのだから、
いつも通りの姿でいよう、まるでそう心がけているかのようだった。
朝礼後、身体を全員でほぐしてから、竹刀を持って素振りを始める。
素振りが終われば、ペアと組んで打ち合いと防御の鍛錬をはじめ、それが暫く経てば
実戦形式で、竹刀を持って一対一の試合を行う。
エルラッハ国王が来たのは、この試合の時だった。
訓練生はこの日34名いたので、ペアを組んで試合をすることになれば17組の試合を見ることになる。
エルラッハがその場に現れると、訓練生全員がその場に立ち上がり、国王に向かって深々と礼をする。
これも、国王に対しての礼儀の一つだ。
国王が見えた時にはそうするようにと、王城に勤務する兵士問わず誰もがそのように教育させられている。
エルラッハは、右手をあげてそれに答えると、今日の為に用意された広い椅子に腰を掛け、その様子を観察し始める。
「………」
ちと、王の前で試合というのは、無理が過ぎたかな?
と、彼女はガチガチに動きの堅い訓練生たちを見てそう思う。
これは訓練生の様子を見るということもそうだが、クロエがこの人たちをどのように教育しているのかを見る場面でもある。
彼女としても気の引き締まる場面だ。
訓練生たちが成果を見せられるのならそれに越したことは無いが、まずは恥の無い活き活きとした鍛錬を見せなければ意味が無い。
どうやら緊張で堅くなり過ぎている彼らもそれだけは理解していたようで、必死になって試合を続けていた。
そして、その少年の出番がやってくる。
「ん………」
すると、少年が大人を相手として試合を始めた時、
王の表情に変化が現れた。
「………あの少年、まさか………」
………。
番外篇2. 諸刃の剣




