3-42. もう一人の親
この家を離れる。
そう決めてからの時間の流れは、本当に早く感じる。
ある日突然ここで目覚めてから、ここでの生活に慣れて行くのも、早かったな。
思い返せば、本当に色々な展開だった。
中身の濃い一ヶ月間だったな。
ある種これは思い出とも言えるだろう。
彼が今までに経験して来なかったような生活が、そこにはあった。
彼が望んだ訳では無く、行き付いた、いや流れ着いた先がそこであった。
命の選択を二分する決定。
あの槍兵に穿たれても、彼は生き残った。助けられた。護られた。
彼女、フォルテとの出会いで、彼の心境も大きく変化し始める。
何かと彼女やこの生活に対して意識することが多くなったし、今までに自分が経験して来なかったここでの日常は、彼にとっては新鮮そのものであった。
偶然なのか、それとも運命的だったのか。
自らの魔力の貯蔵に気付かされ、魔術鍛錬を通じて魔術師への道を辿った。
誰かに自らの身の内を打ち明けることにより、自らの誤った認識、間違った想いに気が付いた。
それを告げることで、もう一人の心を打ち解くキッカケを生みだした。
振り返れば振り返るほど、この一ヶ月ほどの時間が早く怒涛な展開ばかりであったと思う。
一ヶ月もあれば、周囲の状況も大きく変わっていることだろう。
また一から、とは言わないが、周りの状況についていくのは大変そうだ。
何より、アトリは自分が殺されたものだと周りに伝えられている、と思っていた。
実際その通りではあったのだが、この身体は今も剣を振るうものとして、生き続けている。
これから先、再び理想を抱き続けながら長い道のりを歩き続けることになる。
今度は、出会った彼女と共に―――――――――。
パトリックが戻ってきた翌日は、
彼も彼女も準備に追われた。
特に彼女の場合、何を持っていけば良いのかが分からず、彼女らしくないといえばそうなるのだが、少し困惑する場面も見られた。
それを、かつての経験があるパトリックと、今現在経験し続けているアトリが助言して、出来るだけ少量の荷物をまとめる。
荷物を運ぶことが出来るようなものは無いため、基本的には肩や背中に背負うものばかり。
アトリは必要最低限の荷物しか持たず、軽装を好んでいる。
そのため、たとえそれが長距離の移動になろうと、そう大きな荷物を持ち歩かないようにしている。
その結果困ることも多く経験しているのだが、いざという時に対処しやすいのは、やはり軽装だと言う。
彼女もそれを見習って、出来る限り荷物の選別を行った。
身一つとはいかないが、食料や飲料水などを持ち歩ける両肩バッグを使い、その中に必要なものを入れる形を取ることにした。
「流石にアトリくんは慣れているな」
「そうですね。結局、目的地に辿り着くまでに必要なものを揃えるだけで良いですから。それに、今回は道中に町もある。寄れるかどうかは分かりませんが、寄れるのなら荷物の入れ替えはそこでも出来ます」
「うん、まったくだ」
「フォルテ、スーツはどうするんだ。替えを持つのは良いが荷物になるぞ……?」
やっと荷物もまとまってきたという頃だったが、
フォルテの視線は自分愛用の黒いスーツに向いている。
それほどのこだわりがあるのか、家においてあるスーツの数は7着。
今着ているものを含めると8着もある。
何故こんなに同じものを持ち合わせているのかと言われると、彼女は「これが私の好みです」と言って、
特に詳しいことは言わなかった。
誰しも自分の服装は気にするものだとは思うが、彼女ほど同じ服装を複数所持してそれを着こなしている人を、彼は見たことが無い。
そもそも彼の身の周りでは、服装にお洒落をするような人はそういない。
王家の者たちは別格だが、たとえば同じ兵士のクロエも服装には対してこだわりを持っていない。
だからと言ってそぐわない格好をしている訳では無いが、
「着れればなんでも良い。部屋に置いてあるものを適当に選んでいる」などと言って、
特に気にしていない風を見せていた。
アトリ自身服装についてお洒落しようなどとは思わず、軽装であれば基本なんでもというような構えだ。
そんなアトリの考えを知って、パトリックが自分の和服を彼に何着か渡したというのが、今朝の出来事だ。
「出来れば、持っていきたいです。せめて、今着ているものと、もう代わりのものは欲しい」
なんかこう、こういう時のフォルテは、どことなく少女っぽいな。
などと考えながら、アトリはフォルテの準備姿を見ていた。
果たして黒スーツだけの服装がお洒落かと言われれば疑問しか出て来ないが、彼女からすればそれも大切なものの一つなのだろう。
「分かった。それは俺の荷物で預かるよ」
「し、しかし……よろしいのですか。余計な荷物になるのでは……」
「多少は大丈夫さ。少し雑にはなるが、しわ消し出来る小道具もあるから、問題ないよ」
「あ、ありがとうございます……」
それに、彼女の魔術に多くを頼ることになる。
これくらいのことしなければ。
と、彼は心の中で思って、そのスーツを受け取る。
対して、パトリックは「アトリくんはやさしいなぁ~?」などと棒読みで言葉を放ち、
二人の笑いを誘っていた。
彼からすれば、こういう彼女を見るのも珍しい機会だった。
笑うことさえ珍しいと思い続けてきたが、こうして笑っている姿を見ると、将来は良い女性になることだろう、と勝手に思い込んでは一人にやけている。
もっとも、その将来彼女がどこで何をしているか、など今に分かった話ではない。
荷物の準備が終わり、彼女が自分自身の部屋や家の中の片付けが終わると、
二人は軽めに鍛錬をすることになり川辺へ、一方パトリックは色々と整理するものがあると言って、
本家の方へ戻っていった。
明日出発ではあるが、鍛錬は欠かさない。
そういった態度は純粋に評価できる。
これから鍛錬をじっくり取る時間など無いのだから、出来る時にやっておいた方が良い。
もっとも、彼らに普通の鍛錬などあまり効果が無いかもしれないが……と、パトリックは思う。
彼らは軽めに1時間半ほど鍛錬を行い、その後本家に戻って来る。
その頃にはパトリックも整理をつけていた。
彼がしていたのは、前日に戻ってきたサウザンからの購入品を倉庫などにまとめていたこと。
それ以外には、馬の手入れをするために必要な場所の確保などを行った。
馬小屋などすぐに作れる訳では無いから、それまでの間は少しばかり窮屈な暮らしをさせるかもしれない。
過度に情を持つ訳では無いが、せっかく手に入れたのだから早めに住まわせようと思っていた。
片付けやら準備やら、色々と済ませているうちに、あっという間に夕暮れ時となり、
夕食の準備をいつものように三人で始める。
いつもの食卓準備、いつもの日常。
今まで普通だったものが、これからは普通のものではなくなる。
それを思うとより実感が沸いてくる。
彼からすれば、元の生活に戻るということにはなる。
だが彼女からすれば、再び新たな生活が始まることになる。
不安がない訳が無い。それでも彼女が信じ続けようと決心するのは、自分に負けたくないというのもあるし、彼を支えて行きたいという強い精神も持ち合わせていたからだ。
彼の話を聞けば、その道が並外れて険しい山脈を登るようなものと想像が出来る。
その道をこの身体が歩くと考えると、少しばかり鳥肌も立つ。
慣れが来るかも分からないし、苦しいことの方がもっと多いはずだ。
それでも、彼女の決心は揺らがない。
「いい味だ」
「いつもと変わりませんよ、パトリック」
「あぁ。だが、それがいい」
これが、三人で食事をする最後の機会。
この後は、アトリはしばらくパトリックに会えず、
フォルテもここへそう簡単には帰って来られなくなるだろう。
その意味を噛み締めるようにして、パトリックは三人で作った食事を堪能する。
こういう時は、静かに食事をする方が良いだろう。
アトリはそう思いながら、食事を進めていた。
明日からは、この味から離れなければならなくなる。
それはパトリックとて同様だ。
今まではフォルテと共に作ってきたもの、それに彼が加わり三人で食卓を囲むことになった。
だが、明日からは一気に二人が抜けるのだから、今晩の食事がどれほど意味のあるものか、考えるまでもない。
いつも通りでいられるのなら、それでも良かった。
しかし、今まで過ごしてきた時間を、思い出さないことなど無い。
「フォルテは今まで何年も共にしてきたから分かっても当然だが……アトリくんも、この短期間で本当に成長したな」
「?」
「歳を取ったせいか、そういうのばかり気にしてな。まぁそれも楽しみの一つだて」
人間的に成長したかどうかなど、自分では判断が付け辛い。
だがパトリックは、この数週間という短い時間でも、アトリが成長したと話す。
彼はあえてそれがどのようなことなのか、というのは聞かなかった。
もしそれが本当なのだとしたら、自分でその正体を探すのも成長の一つだろうと、思ったからだ。
それに、まだまだ成長出来ると彼は信じたかった。
歳がどうのこうの、というものよりも、精神的にもっと強くなりたいと。
パトリックからすれば、それも意図的に明かすことは無かったが、アトリの精神は既に強靭の域を越えてしまっている。
己が理想のために貫く信条は、彼の内面を奮い立たせる一方で、時に非常かつ冷酷な手段を取らせることにも繋がる。
彼にとっては必要なことかもしれないが、この若さでそういったものや世の中の不条理な理を知ってしまっている彼を見て、パトリックは嘆く。
彼が理想を貫くのは全然構わない。その過程に自分を忘れなければ。
だが、もし戦争も無く、国も安定して平和な時が過ごせていれば、この少年の生涯は大きく変わったことだろう、と。
「二人がここから離れたら、俺も新しいことを始めるかな?」
「何をするつもりですか、パトリック」
「さあて、なんだろうね。せっかく馬もあることだし、騎兵にでもなるか!」
「またそのようなことを……」
フォルテが呆れたように言葉を返すと、パトリックは笑いながら反応した。
彼もまた、少しの笑みを浮かべる。
そう、これが普通の生活の一つだと言うのなら、これから行く道はそういった生活からはかけ離れたものとなることだろう。
そこへフォルテを連れて行くことになる。
彼女もまた、この世界のあらゆるものを知り、希望と絶望を味わうことだろう。
それでも己が信じ続けられるものを持ち続けられるのなら、この選択肢は間違っていない。
彼はそう信じている。
食事が終わり、片付けも終わる。
彼女はいつものように風呂で身体を流し、
彼は自室で明日からのことを考えていた。
いよいよ、死地に戻る時が来た。
何も高揚するものは無いが、今も人々はきっと助けを求めている。
そのために必要なことは、この一ヶ月ほどでしてきたつもりだ。
だから迷うな。
己の信じる道を進んで、その過程を乗り越えろ。
心の中で、そう呟いた。
この日常で過ごす、最後の夜。
いつの間にか日課のようになっていた、フォルテを彼女の住まう家まで送り届けるというもの。
今日も僅かな復習を手伝ってもらい、その帰りに夜道を二人で歩いていた。
僅かに数分しかない距離だが、それでも良い。
これからは四六時中共に過ごすことになるが、今こうしているのも新鮮味があって良い。
「いよいよ明日から、ですね」
「そうだね。俺は元の日常に戻る、といったところか」
「そうとも言いますが、今度からは私もいますから。何かとご不便をかけると思いますが、これも新しい時間の始まりだと思いましょう」
「はは、そうだな」
夜更け。
昨日と同じように、星々の海の下で、彼らはその道を歩いていた。
この家、この敷地で過ごす二人の最後の夜。
明日からも一緒に居るというのに、妙な空気を感じさせるものだった。
明日以降は夜も移動するかもしれないし、野宿もする用意がある。
色々と大変な日々が続くと思うが、それでも今のこの時間は、大切なものに思えた。
「アトリ。出来る限りですが、貴方は私が護る」
「っ………!」
貴方は私が護る――――――――――。
ずっと、護り続ける立場にいた彼にかけられた、その言葉。
強い精神とそれを一身に示した凛々しくも美しいその姿、そしてその気持ちを全面に訴える黒い瞳。
彼女の全身がその強い意志を纏っているようだった。
言われたことの無い、いや言われる必要が無かったその言葉に、彼は驚く。
死地の護り人としては、文字通り誰かを護る側の立場に居続けなければならないアトリ。
目の前で救いを求めている人間の為に、そうした人たちの幸せを護るために戦う彼。
そんな彼を支え、護りたい。
それが彼女の望み。
簡単な望みでもなく、果たせるとも限らない願い。
だが、それでも彼女の心は砕けない。
「だから、この道を征くのは初めてだが、どうか信頼して欲しい」
その言葉は、彼女が歩行を止め、彼の方を向いて伝えた言葉の一つだ。
夜の空の下、満天の星空に浮かぶ大地のうえで、彼に向けられた一言。
何を言う。そんなこと言わなくても、もうフォルテのことは充分に信頼している。
それでも彼は嬉しかった。
面と向かってハッキリと、強く凛々しい口調で伝えてくれる人と、出会えたのだから。
「もちろん。逆に、俺もフォルテを護っていけるよう、努力するよ」
そして彼も、その瞳を彼女に向け、そのように言葉をかけた。
………。
元の居場所へ、必要とされているところへ、戻る時。
それと同時に、新たな価値を見出したこの時間を、歩み始めるその時。
戻りでもあり始まりでもある、彼の歩み。
その運命は遂に始まりの時を迎え、
時の歯車は静かにその軸を回転させ始める。
時が再び流れて行けば、
それに呼応するように事が起こり始める。
彼らもそうして、時の中の人間の一人として、
あらゆる物事の当事者となり見届け、背負うことになるのだ。
それが、彼らの運命。
この道に進むと定められた瞬間から、発動したもの。
機会は整えられた。
どう過ごし、どのように動かすかは、彼らに委ねられている。
一人ひとりの与えられた時間の中で、確かに。
………。
朝が来る。
大地は静まり、風は止み、その時が来るのを待ち続けている。
大地に霜は降り、朝露は草木を流れ伝う。
やがてその時が訪れると、
陽の光が壮大な大地を照らし始め、徐々に、徐々にその姿を明らかにしていく。
霜は光に照らされ、光は薄い層を貫く。
そうして、太陽がその形を浮上させたその時、
朝がやってきた。
「見送りできるような場所じゃないからな。ここまでにしておくよ」
「むしろありがとうございます。ここまで来て頂いて」
その時を迎える。
彼らの新たな時間の始まり。
準備を終え万全の状態に整えた二人は、本家の入口でパトリックの見送りを受ける。
彼は左手に地図を持ちながら、直立していた。
一方の彼女も、少しばかりの笑みを浮かべながら、凛々しくも美しいその姿を保っていた。
「なぁに、これも歳上の役割ってものさ。二人とも、とにかく体調には気を付けるんだぞ。フォルテは治癒魔術を使えるが、万能とは言い切れない。何より自分自身で気を付けることが大切だ」
「はい。心得ております」
「よしっ、良い返事だ」
気を付けることは他にもたくさんある。
すべて頭の中に入れておくのは難しいものがある。
それもアトリとフォルテ、お互いの知識や分析能力と合わせながら、この先を進んでいくしかない。
とにかく状況の読めない状態が続く。
パトリックからもらった情報も、この一帯を知り尽くすには厳しいものがあった。
ならば分からない状況を自ら開拓する勢いもまた、必要なことだろう。
もっとも、あまり危険なことを積極的に行おうとは考えていなかったが。
「………」
「………」
「………」
三人揃って、その場で沈黙を生んでしまう。
その時が来たというのに、中々足が進まない。
というより、この場をどのように進めたらよいのかが、曖昧だった。
別れは確かに惜しい。
ここでもっといろいろなことを学びたかったという気持ちも当然ある。
だが、いつまでもここにはいられないし、何より彼本来の居場所では無い。
もっと時間があれば良いと思うこともあるが、今はそれよりも大切なことがある。
だから、一歩踏み出さなければならない。
パトリックはその時を沈黙を持って待っているかのようだった。
だから、彼が一歩前に立つ。
「パトリックさん、行ってきます。いつか必ず………」
「………ああ、いってらっしゃい。その時を待っている。遠くからだが、無事を祈っているよ」
―――――――――君たちの、“もう一人の親”としてな。
“もう一人の親”
パトリックは、もう何年も前に自ら彼女を助けた。
自分の持っている石を彼女に使い、自身は一つの石を失うことを代償に、彼女を救い出した。
死にゆく運命にあったであろう彼女に、再び時間を芽吹かせた。
同じように、死にゆく結末を迎えようとしていた彼を助けたのも、彼であり彼女だ。
彼が今までどれほどの経験を積んできたのか、そのすべてを明かされることは無かった。
だが、中には壮絶な歴史のページが幾つも記されていることだろう。
そして彼のその歴史の中に、新たなページが書き加えられた。
自らの手で、自らの願いで救われた者たちがいて、その者たちの為に出来ることをし、そして授ける。
その者たちが、今ここから旅立とうとしている。
多くの時間を費やし、多くの事を学び学ばせ、見て、感じさせた。
あらゆる影響を受けたであろう、二人の命が、新たな価値を見出すと共に、その価値の上に作られた新たな時間という機会に、飛び込んでいく。
パトリックは、そんな二人を目の前にして、もう一人の親という言葉をかけた。
彼とも彼女とも、血のつながりを一切持たない一人の男。
だが、血の繋がりなど関係ない。
実の親でなくても、親は親だ。
多くの面倒をかけられながら、それでも多くの世話をさせたことに違いはない。
その記憶は、確かに男が生きた時間の中に刻み込まれている。
これまでも、今も、そしてこれからも。
その言葉を聞いた時、
一番に反応を示したのは、彼女だった。
もう一人の親。
彼女も男とは何らつながりの無かった間柄。
ある時、何もかもを失くし、死んでしまっても構わないと思い続けてきたこの身を救ってくれた、
その男との出会い。
そして、ここでの生活を手に入れ、彼女に新たな価値を見出そうと努力した男。
やがてここが彼女の居場所となり、彼女にとって大きな影響を与える場となった。
ここを離れることになる。
もう一人の親元から、新たな道へ進もうとしている。
彼女の目元には、少しばかりの雫が溜まった。
あまりにもその言葉が嬉しくて、嬉しくて。
自分を必要としてくれる人が確かに居て、しかも親のように育てていたと知って。
「………ありがとう。行ってきます、パトリック」
輝かしいその目を男に向けると、
彼女はそう言い、男はそれに笑顔を向けて返答した。
想いの募った一つの感謝。
とても一言では表しきれない時間の数々。
だが、それでも、今はそれだけでも良い。
これがしばしの別れになったとしても、いつかは戻って来られる。
この道を信じて進むということは、いずれここに戻ることが出来る、ということも含んでいるのだから。
彼は、男に背を向け、
大地の上の道を確かな足取りで歩き始める。
彼女もその彼に続いて、男に背を向けた。
だが。
すぐに、彼女だけがその足を止めた。
彼もそれに気付いて、ゆっくりと後ろを振り返る。
「………」
「………」
彼の視界は、
彼女の背中と、背中の先にいるであろう男の姿。
背中に隠れてよく見えなかったが、何をしているのかは分かる。
それがどんな“素顔”なのかも。
彼女はここで、男と握手を交わす。
力の入ったその手に、多くのものを込めて。
3-42. もう一人の親
………。
あの瞬間、少年の未来は決した。
―――――――――――――――。
信じ続けるものがある。
抱き続けるものがある。
それが間違いでないと、疑うことすらせず、
気付く間もなくそれを追いかけ続けた。
――――――――――――――――。
いつか、その時が訪れる。
それを前にして、それを目指す者として、
人の大小は関係ない。
助けられるべき命、救うべき命、護られるべき命。
誰もが幸福であって欲しい。
その権利は、護られるべきだ。
それを脅かす者は敵となり、陥れるのなら排除するしかない。
そうすることで、
犠牲を出しながらも、護られたものがある。救われたものがある。
いつか、理想が果たされる時が来ると、信じて。
『………俺は、誰の為に……何の為に……信じ続けてきたんだ………』
こんなものは……断じて認めない………っ!!!
………。
―――――――――――その理想は、やがて醒めて消えるだろう。
彼の理想の物語。
理想を信じた少年が手に入れた、現実の姿を。
番外章 「剣の墓地」
ここまで見て下さっている方、ありがとうございます。
自分でも最近まであまり意識してきませんでしたが、第三章だけで5ヶ月ほどの執筆期間がありました………いつもながら更新が遅く申し訳ありません。
次章は、番外章です。ある少年の過去の一部を書いたものです。
既に内容はほぼ出来上がっているので、ハイペースでの更新が可能かと思います。
乱雑につき様々な意見もあるかと思いますが、引き続き見て頂ければ幸いです。




