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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
96/271

3-41. 前夜





「……かつて、ウェールズ王国に仕えていた……?」




自分は、元々王国に仕えていた人間。

それはパトリックの口から確かに聞かれた言葉だった。

いや、だが彼も何となく想像はついていた。

まず、一般の民が魔術師になるようなことは考えられない。

更に彼はアトリから見て、あらゆる情報を持ちその時々に応じて最適な判断を下そうとする。

その話の内容が戦争に関わるものだというのに、彼は詳しいところがあった。

そして、フォルテという少女を助けた経緯。

彼自身が持ち得る石を彼女の為に授けた。

このような経緯から、恐らく彼は元々王国領に居て、しかも国に仕える立場の人間ではないのだろうか、と疑念を持つようになっていた。



彼の口から、それは正しいと告げられる。

驚きはしたが、不思議と納得が出来る。




「なぁんだ。俺の出生が気になったのか」




「………ええ、まぁ」




「素直で良いじゃないか。そうか、まだ君には教えていなかったもんな。確かに俺は、国に仕える者の一人だった。ただ周りと少しばかり状況が違っていただけのことよ」





彼はあの頃を懐かしむような目で、口から言葉を乗せ始める。

アトリはこの時から思っていた。

もし彼がここ最近まで王国に仕えていたのなら、何故自分はその存在に気付かなかったのだろうか、と。

だが、気付かない理由は至って単純だった。





「あー……まずどこから話せば良いかな。そうだな……まず、ウェールズ王国に地下組織のような存在があったのは知ってるか?」



「地下組織?」



「言っとくが、建物の構造じゃあないぞ」






それはわかる。

そもそも地下を作れるような建物の構造が世間に広まっているとは思えない。

今は良いとして、地下組織という存在、あるいはその名前を聞いたのは、この時が初めてだった。

パトリックさんがそういう言い方をしているだけなのかもしれないが………。



地下組織。

その語源を知っている人が世の中にどれほどいるかは分からないが、

明らかに普通のものでないと想像することのできる言葉だった。

アトリもその存在は初めて聞いたし、何か王国にとって都合のよくないものなのだろうか、と瞬時に考えを巡らせた。




「まぁ地下組織ってのは言い方が変なのかもしれないが、簡単に言えば絶対に表に知られてはならない集団のことさ」




「………」




「その組織の一つが、魔術師の集まりだった。ほら、魔術師は魔術師であることを隠すし、それを公に知られてはならないっていうのがあるだろう?だから、俺たちの集団もそれに従った。俺はその集団にかつて存在していた一人で、そこを離れてからは王国領からも身を引いたのさ」





内容は驚愕させるに充分だったが、パトリックの本当の内なる姿を想像すれば、

予想できないことではない。

彼は元々、魔術師として王国に仕えていた。

しかも表舞台にその存在を知られることなく、ひっそりと生活をしていた。

魔術師とはその存在を隠して生きなければならないもの。

その存在を明かすということは、非常時で相手を敵として排除しなければならない時。

誰かに魔術を教えるという行為さえ受け入れられるかどうか曖昧だ。

情報は徹底して隠され、王国の限りなく上にいる存在ですらその存在を確認できた者は少ない。

知り得るのは王家やその側近くらいのものだっただろう。





「どうやら、初耳って感じだな。アトリ君、王城の上層部との接点はあった?」




「無い訳ではありません。国王陛下と話すこともありました」




「……そうか。エルラッハ国王が亡くなったから言うが、俺たち魔術師というのは王国直属の組織で、かつ国王の直下にいる秘密組織でもあったんだ」





もし国王が存命であれば、その話を自分が王に聞いた時、打ち明けてくれただろうか。

いや、それはあまり期待できない。

国王として見れば、自分の存在など小さな一介の兵士に過ぎない。


彼は自分の中でそのように考えながら、そういった組織がかつて存在していたことに耳を傾ける。

国王の直下にいた組織というのだから、王がその存在を認めていたということは事実だ。

だが王は組織が魔術師であるがゆえに、それを明かすことはしなかった。

近しい存在しかその集まりを知らなかっただろう。

パトリックがその一員だったということは、王家の人間も彼の存在を知っている。





「何故国が魔術師を必要としたのか。……そうだな、あるいはこういった有事の時にこそ、奥の手として使われるべきだったのかもしれない」



「………?」



「実は、やることはそう難しいものでもなかったし、誰かの為に役立ったということでもない。ただ、この世界の不思議に触れる魔術というものを、隠しながらも確かなものとして記録することが必要だった。記録し、管理し、徹底的にその存在を封じつつも遺し続ける。それが魔術師としての、国に仕えるための仕事の一つだったのさ」





アトリがあることに気付いたのは、この瞬間だった。

魔術師のやることは表舞台には絶対に出ない。

その存在が明かされることもなければ、この話が広まることもない。

隠されながらも確かにやるべきことは幾つも存在していた。

魔術という未知なるものがこの世界にあるのは間違いなく事実。

それを活かすも殺すも人間次第だが、その事実を遺し続けようと考えたのは、国だった。

ある種責任感に似たものがあったことだろう。

この情報が広まることを防ぐために、記録しながらもそれらを厳重に保管する、と。

彼には覚えがあった。

パトリックは「誰の為にもならないもの」と言うが、思えば自分の魔術に関する興味や関心が強く向き始めたのは、あの一室であらゆる情報を手にした時だ。






――――――――――アトリ君。実はね、この国にも昔……魔術師がいたのよ。





もうどのくらい前になるだろうか。

彼はその言葉を思い出す。

かつて自分が王家の娘である、エレーナに言われたことだ。

彼は死地ではじめて魔術師と対峙してから、魔術に干渉する方法を探していた。

アトリは魔術師では無く、魔術師に対抗するには魔術で立ち向かうしかない、というのが当時の結論であり、今もそれに変わりはない。

だが、せめて何か相手に対応できる方法はないかと、国王エルラッハに許可を取り、宝物庫にある「魔術本」の開示を許されたことがある。

エレーナと共に、何かの参考にしてほしい、と。

その時に彼女にそう言われたのだ。

この国にもかつて魔術師が存在し、アトリが城に入りたての頃はまだいたのだ、と。





「王家の人は全員魔術の知識を持っている。扱えるようにした訳では無いけども」





それも、魔術師で構成される組織が、そういった世の中の神秘的なものを王家の人間に教える機会を設けたからであろう。

アトリは、長い間忘れていた疑問だったが、一つ解決した。

何故エレーナが魔術に関する話を受け、それを知らなければならなかったのだろうか。

彼女は戦う人間ではない。

確かに魔術が戦うための道具とばかりに扱われている訳では無いのだろう。だが、この状況での主目的はやはり戦闘時に自分を後押ししてくれる存在、と考えるのが普通だろう。

王国の魔術師は、国としてその情報を遺し、伝えながらも秘匿し続けてきた。

やや矛盾したその考え方にも思えるが、それがパトリックら魔術組織の役割の一つだった。

エレーナが魔術師の存在を知っていたり、かつて自分もその話を受けたことがある、と答えたのは、こういった経緯があったからなのだろう。




「俺もあの時は、既存の記録と新しい記録を書き加えていくのが楽しい、と思っていた。ただの世界なのに魔術なんて神秘的な力がある、もうそれだけで気分が高揚したのを覚えているよ。当時はね」




「では、パトリックさんが城を、王国領を離れた理由というのは?」




「……そうだな、もう一つ話そう。魔術師の仕事は、伝承として伝えられている魔術が本当に使用できるものなのかを、確認するというのもある。(クリスタル)、というのがその例だな」





ただ記録するだけでなく、その魔術にどういった特徴があるのか、どのような効果を生み出すことが出来るのか、などと確認するのも、彼らの役目だったという。

確かにそれも必要なことだ。

魔術師なのに魔術を行使できないのも困りものだし、出来る限りそういった不都合を取り除く、あるいは不都合があれば改善できるよう努めるのも、役目の一つだろう。

伝承として伝えられているものから、彼らが自ら編み出したものまで、ありとあらゆる魔術を記録しては確かめる。そのために必要だったのが、(クリスタル)だった。

魔術師は魔術を行使するために必要な魔力を得る大元として、石を持つ。

だが石を持てば、その石に付随する魔術適性が本人の身体と適合し、それに限定された魔術に特化することになる。

だから、国の魔術師は幾人かが国の持つ魔力石を分け与えられ、それぞれ異なる性質を持つ魔術を広く確認していった。

王家の宝物庫にあれほどの魔術本が並んでいたのも、昔からこのように確認しては記録するという行為が繰り返されたからなのだろう。





「俺たちは石を媒介に魔術を行使する。あの時も今も変わらない。もっとも、魔術師になれば魔術の起源が辿れるかな~と思っていたんだが、生憎魔術の起源なんてものは探るのも無理らしい。知りたかったことではあるが、取り敢えず分かることは記録したし、出来るものは確認もした。当然人に知られる訳にはいかないので、魔術師は王国領の至る所に存在する空き家や小屋などを拠点とし、人々に見えない周囲の外の環境の中でそれらを確かめて行った。けどな、ある時起きてはならないことが起きてしまった」




「………?」




「ウェールズ王国貴族連合会の、叛逆さ」





それは、『マホトラス』という国が出来る起源。

王国議会と貴族連合会の亀裂は、やがて貴族連合会を王国領の北部へと追いやり、貴族連合会は王国に叛意を持つ有志を集めた。

その結果が今日の状況、マホトラスという勢力がウェールズという国を脅かすという構図。

彼も兵士の見習い時代の前から、その経緯を教えられている。

もっとも、彼は王城の図書館でそれらに関する記録文書を何度も閲覧しているが。

『―――――――私見は国の理想に非ず。』

というのが、マホトラスの宣戦布告時に伝えられた言葉だ。

魔術組織にとって、この分裂騒動は大きな影響を生む出来事だった。

魔術組織の中には、貴族連合側に所属する魔術師も多く、魔術師そのものの数がそう多くなかったとはいえ、多くの魔術師が流れる事態を生んでしまった。




「だから、この時国は魔術の存在が世の中に流れ出ることを、覚悟したんだ。だって、そうだろう?アトリくんが遭遇している魔術師も、ひょっとしたらここから流れ出た魔術師から教えられたものかもしれない。元々魔術師を隠し続けていた兵士もいるだろうが……」



「………確かに」





そうだ。

あの槍兵も、あの黒剣士も、あの女暗殺者も、元々はウェールズの出身であった可能性が高い。

そして、彼らが魔術師になる経緯は、貴族連合会の分裂、マホトラスという存在の台頭によって誕生したとも考えられる。

今見ると、世の中に魔術が知れ渡っている訳では無い。

だが、確実に敵に魔術師がいる。

一方、ウェールズ側には魔術師と呼べるような人間が殆どいない。

その知識を知る者とはかつて出会ったが、あの人が魔術師だったかどうかは、彼には分からない。

思えば、これがウェールズとマホトラスとの間に生まれた亀裂と差の表れなのだろうか。





「この先の展開は、読めるだろう?」



「えっ」



「貴族連合会が離反して、マホトラスという集団を作った。マホトラス側に流れてしまった魔術師がいる。即ち、マホトラス側には魔術組織なんて地下組織があるって事実が知れている。一部だけだと信じたいがな……さて問題だ。この事態に国はどう対処する?」





彼は思考を巡らせる。

魔術のことを知る人間はごく一部。

だが、その力が驚異的なものであることを知り、なおかつマホトラスに流入してしまった事実を考えれば、出せる答えは幾つかに限られる。

一つは、魔術師には魔術師でしか対抗できないという結論を出し、味方に魔術師を増やす作戦に出ること。そうすることで、マホトラスが仮に魔術師を戦場に送ってきたとしても、一方的に虐殺されることは少なくなるだろう。

もう一つは、魔術が公に晒されるのを恐れて、魔術師そのものを処分するか。




………?

パトリックは、ある時王国領を離れたと言った。

魔術組織に存在し、その存在を知られないようにしながら、それでも遺し続けたものがある。





「………、パトリックさん。貴方はもしかして、殺されかけたのではありませんか?」





「うん、見事な推理だ。その通りだよアトリくん。私は国の為に仕え、国に殺されそうになったんだ」






パトリックが魔術組織にいたという事実より、

彼が国によって殺されかけた真実の方が、衝撃的だった。

アトリの目が思わず開き、驚きの表情を浮かべる。

その言葉だけ見れば、あまりにひどいことだ。

国の為に魔術を管理しながら記録を遺し続け、魔術師が分離してしまった後はこれ以上の情報が流れることを恐れて、処理しようとした。





「その選択肢を執るのは分かる。確かにそうだ、魔術師という存在を隠してきたのに、それ以上広まることになれば世が混乱に陥る。そうなる前に、魔術師そのものを排除して隠蔽し続ける。この話だけ聞いちゃ、俺は国にとっての邪魔者、使い捨てだったということになるのさ」




「………恨んで、いないのですか?この結末を」




アトリは、恐る恐るパトリックに聞く。

国の為に尽くしていた男が、国によって滅ぼされようとしたのだ。

今までの時間は何だったのか、と思わずにはいられなかっただろう。

だが、パトリックはこうして生きている。

寧ろ、この経緯から言えることは、パトリックの方こそウェールズに恨みを持ち、攻める立場の人では無かったのか、と。





「いやぁ?俺はこうなって良かったと思ってる。こうしていなきゃ、フォルテを助けることが出来なかったからな。確かに殺されかけたことには腹を立てたが、まぁ今となっては良い思い出さ。必死になって殺しに掛かろうとするんだが、魔術師を相手にしても勝ち目などあるはずがない。攻撃を受ける前に離脱出来たし、仮に怪我をしても当時の俺は治癒魔術ですぐに治る。それ以来、王国領には近づき辛くなったんだが……まぁ、それは仕方の無いことだろう。俺に構うより先に、マホトラスの奴らを何とかしなきゃならん」




と、彼は王国に恨みなどは全くないと言い、しかも笑ってそう言ったのだ。

彼には、魔術師として国に仕えること以上に、かけがいのないものを手に入れた。

この手で救った命がある。

この経緯が無ければ、彼はフォルテと出会わなかったし、彼女は亡くなっていたことだろう。

思えばそれも運命的だ、とパトリックは思い返しながら、あの頃の情景を頭に思い浮かべる。




「………っていうのが、まぁ割とここ最近の話さ。ホントは掘り下げればもっと色々出てくるんだが、こんなもんよ」



「では、他の魔術師は国に殺された、ということですか」



「それが、俺が知るところでは誰も殺されていないんだ。人を殺してまで守らなきゃならない情報ってもんだから、たぶん彼らも焦ったことだろう。だが散らばってしまっては、もう探す術がない。後は彼らが故意に情報を流出させないように祈るくらいさ。ある人は日陰暮らし、またある人は顔も名前も変えて今もどこかにいる。……ああ、そうだな。中には、貴族連合とウェールズの闘争が馬鹿馬鹿しいって、自分から消えた魔術師もいたな」




「………色々なことがあったのですね」




「まあな。国に仕える誰もが、国に忠を尽くしているって訳でも無いのさ。あ~だがアトリくん、この話聞いて王国に肩入れするのは止める、なんてのはよしてくれよ?あくまでそういう人も中にはいるってことで」





と、パトリックはやや心配そうにアトリの顔を見たが、

それを聞いたアトリは少し笑って「その心配はありません」と静かに返した。

そのようなことで自分の決心が揺らいだり、歪んだりするようなことは無い。

聞いたパトリックはホッと一息ついて安心そうな顔を見せた。





「パトリックさんも、魔術の記録本を書かれていたんですよね?」



「ああ、そうだが」



「……もしかしたら、俺はパトリックさんが書いた魔術本を見ていたかもしれませんね」






国にあれだけの魔術本が置いてある、という理由を知ることが出来た。

まさかその本にパトリックが関与しているとは思わず、世間とは意外にも狭いものだと感じずにはいられない。

彼が事の成り行きを説明すると、それこそパトリックも驚愕の表情を浮かべた。

自分の書かれたものを見られていたかもしれない!?と思うと、訳も分からず恥ずかしそうだった。

だが、あの本のおかげで、彼は魔術に興味を持ち、結果このような運命を辿ることが出来ている。

相変わらず世間とは不思議なものだ、と二人は感じている。

魔術本はすべて閲覧できた訳では無い。

限られた時間の中で自分たちにとって有益な情報を抜き取るのは、思う以上に難しい。

それでも、今ここに役立っていることを考えれば、短い時間でも見ておいて良かったとアトリは感じるのだった。




ということは。

フォルテの机に並べられていた魔術本も、その一部はパトリックが記したものなんだろう。





「その時に興味を持っていても、自分の身体に魔力があることは分からなかったんだろう?そうなると、ホントアトリくんはいつから魔力を持ち始めたんだ………?」



「俺が知りたいです」





彼はきっぱりとそう答えてしまった。

あまりの即答ぶりに、パトリックも笑ったほどだ。

魔術の起源を探ることなど容易ではない。

魔術師は魔術師を知覚、認識することが出来るが、魔術の起源を知ることは一切ない。

こればかりは、本人の過ごしてきた時間の記憶の中から探すしかない。

記憶を探ることが出来るような魔術は彼の知り得る限り存在していないので、アトリが思い出さなければ確かめることは出来ないだろう。




「さ、もう夜更けだし、お話はこんなところだ。邪魔して悪かった」



「いいえ。寧ろありがとうございます。貴重なお話でした」



「うむ、話した甲斐があったな。………アトリくん」





地図で道もある程度示された。

後は道中の行程を確認し、明後日の為に万全の準備をすること。

今日はもう根を詰めて考えるのを止め、寝ることにしよう。

すると、パトリックが去り際に背中を向けながら、アトリに言葉をかける。





「?」





「君の人生は、これからも長く続くはずだ。後悔はしても良いが、その闇に飲まれるなよ」





静かに、陽気なパトリックのその姿とはかけ離れた言葉がかけられた。

重くのしかかるような一言。

アトリより3倍以上も歳を越えた一人の男の、細やかな忠告だっただろう。

彼が知るよりも多くのことを経験し、今もパトリックという男は存在し続けている。

そのすべてを知ることは出来ない。

だが、その言葉一つで、その身がどれほど多くの経験を積み、ここにやってきたかを思い知らされる。

もちろん、パトリックほどの歳まで生きられるのなら、と思う。

この道が長いものであったとしても、人生が長いかどうかは分からない。

それは、自分自身のあらゆる選択にかかっている。

そうして彼も一言、静かに返事をして、その背中が夜の闇に消えて行く。

彼は縁側に視線を戻し、もう一度地図を見る。

自分たちの道は決められた。

途中幾つかの町を通ることにもなり、恐らくマホトラスとの対峙が想定される。

だが、あの時のように打ち破れないことは無いはずだ。

逆に言おう。そのような手段を取らなければならない時が来ているのだ、と。





「………諦めるものか」




自らの過去が輝かしいものではなく、誇れるものでもなく、

誰に語ったところでそれとしか思われないものだったとしても。

いつかこの選択を振り返る時が来る、必ず。

その時。果たして少年は何を思い、何を得ているだろうか。

それを振り返る時間はまだずっと先のこと。

パトリックという男が過ごした時間の長さのように、先の話になるかもしれない。

あるいは、もっと身近で結末を迎え、それを見届けることになるかもしれない。

だが、どちらにせよ、この身体は今も生き続けている。

身体も在り、心は今も稼動(うごき)続けている―――――――――――――――――。





なら。

己が信じる道を、その時が来るまで貫き通したい。

何しろ、この身体は自らの信条を貫くために使うと、はじめから決められていたのだから。







いよいよ、

ここを離れる時がきた。








………。






3-41. 前夜





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