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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
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3-39. 凶報





その日から、少しだけ時間は経過する。

彼らにとって、これからの決心を固めたその日から、2日経った時のこと。

彼が目覚めてから15日目、パトリックがサウザンという町に向かってから8日目。

パトリックの伝えるところでは、そろそろ帰宅しても良い頃だった。

彼は10日前後でここに戻って来ると良い、それが前なのか後ろなのかは状況にもよる。

ただ町に買い物に行く訳では無く、あらゆる事を済ませているのだろう、と二人は予想している。

その時間の過ごし方によっては、10日を過ぎるものと考えていた。

二人にとって、ここでの時間はあと少し。

パトリックがここに戻ってきて、準備が出来てしまえば、後は征くのみ。

その時は確実に近づいているだろうと思える。




彼らが決心し、言葉を交わしたその日から今日に至るまでは、

何か大きな出来事があった訳では無かった。

あの雨の午後も夜には遠ざかり、今では自然優雅な景色とそれを歓迎する天候に満ちていた。

その中で、二人は家事や農作業、鍛錬などをするという、いつものことをこなしていた。

先日まで感じていたような違和感も和らいだ。

お互いがお互いの今後を語り、その望みを共有し、共に歩くことを決めたからだろう。

彼も彼女が来てくれるならと望んでいた身だし、彼女も彼の今後の行く末を支えられるのならと望んでいた。二人の想いが共通するところで、違和感のようなものも減ったのだろう。

他人から見れば、今この時々を二人で生活し協同する姿は、もうただの仲間という枠組みを超えているように見えることだろう。

もっともそれを第三者が確かめる方法など無いのだが。




この日もいつも通りに時間が過ぎて行く。

彼の身体の調子も以前より良くなるといった具合で、もう不調を訴えることは無くなっていた。

魔術鍛錬による魔力消費を回復する方法も覚え、更には魔力量を自分の中で感じ取れるようにもなっていた。

フォルテが何度も言うことだが、彼の魔術に対する適応力は他の人のそれよりも桁外れに早いし正確なものだった。

パトリックもきっと、これを知りたがることだろう。

自分の教えよりも彼の適応力が目立つほど、彼の魔術は成長している。





「アトリは元々相手の気配を察知できる類の人だったのでしょう。魔術にはそういう能力を増長させるものもありますが、元から備えている方が有利とも言えます」




「ああ。周りのあらゆる危険を事前に察知できると、次の一手が早めに打てる。その点良かったなとは思うよ」





魔術の鍛錬が終わり、夕刻。

その日も二人とも怪我すること無く、真剣に鍛錬は行われた。

以前のようにアトリが気を引き締め過ぎて臨むというものではなくなり、

心に余裕が出来た分、彼女も余裕を持たせて鍛錬に臨んでいた。

逆に言えば、もう彼女から教えられるようなことは無くなってきている。

少なくともこの段階では。

逆に、いつもの鍛錬場から本家へと帰る道のりで、アトリがフォルテに今までの実戦経験のあれこれを話していた。

彼女の腕が良いとはいえ、アトリとの経験の差は歴然としている。

アトリから戦闘時の話を聞くことは、彼女にとってもこれからの備えとなる。

その中で、相手の気配についての話が出た。

魔術師であれば魔術師であることを隠すために、魔力を発動せず通常通り行動する。

常に魔力を放出しながら戦う者も、歩く者も、日常生活を送る者もいない。

彼女のように魔力による補給が無ければ生きていけない、などという特異体質を持つ者も少ない。

そう、魔術師であれば魔力を隠して戦うのだが、魔術師は魔術師を認識しやすい。

たとえ魔力を放出せず普通の人を装っていたとしても、魔術師だと勘付かれる場合もある。

それはアトリが教えてもらった、魔術師となるうえで想定しなければならない事案だ。

ことにそれが強い魔力や魔術行使を行える魔術師であれば、尚更だと言う。



だが、アトリから話すものは、それとは全く違う、一般人にも持ち得るものだ。

自分の身に何かが迫っていて、危機を感じることは、兵士でなくても感じ取れる人はいる。

もちろんそれに疎い人も確かにいるのだが。

彼はそういった類のことには敏感な人間だ。

特に兵士でありながら幾度の戦場を越えてきた彼には、その勘というものが強く働き過ぎている。

周りの状況や危機への対処、察知能力は彼自身が言えるほど敏感なものだ。

それ以外に、兵士として持ち得る気配、剣気なるものがある、と彼は説明する。

優れた兵士であれば、その兵士たちが持つ剣気も強大なものであり、比例すると彼は考える。

相手の力量を実際の戦闘で計るのが通説といえばそうなるのだが、兵士同士の持ち得る剣気というものを感じ取れるようになると、相手がどれほど強いのかが分かる材料の一つだ、と彼は説明する。

だが、彼自身も今まであまりに強い剣気というものを味わったことがない。

彼がそう感じた者のすべては、結局は魔術師であった。

だからそれらは剣気というよりは、魔術師に対する警戒信号、察知と言える。





「フォルテがこれから戦う機会を持つと、きっとそういうものに遭遇すると思う。まぁフォルテの場合は、内蔵する魔力が相手の剣気と反応する可能性はあるんだろうけど」




「なるほど……ただ、魔力による気配と剣気とは、基本的には繋がっていないということですね」




「そう見て良いと思うよ。もし剣気が魔力の一つであるのなら、大概の兵士は魔術師になれる可能性を秘めているということにもなる。それなら、魔術師は魔術師であることを隠す、だなんて掟は生まれないだろう」





確かにそうですね、と彼女は言葉を返す。

言われてみればその通りだ。

剣気は純粋に相手の強さを計る一つの指標なのだろう。

だが、魔力はそうとは言えない。

そもそも魔術師であることを感知できるとはいえ、相手がどのような型の魔術を使い、どれほどの魔力の貯蔵量があるのかなど、外見でパッと見ただけで分かるものではない。

相手と接触することで、その一部を知り得ることは出来るのだが。




彼らはそのような話をしながら、

もうすぐ陽が暮れるという空の下、本家に向かって歩き続けていた。

そうして家が見え、戻ってきたのだが、真っ先にいつもとは違う違和感が視界に入ってきた。





「………!?」




「………いや、あんなのは出てきた時には無かった。なんだ………?」





その違和感があまりにも目にハッキリと認識できるし、遠くからでもその正体が分かるのだから、

二人は明らかなるそれに向けて走って確認しに行く。

大きな本家の入口付近にやってくると、遠くから見てもその姿が分かったとはいえ、

いつもならばあり得ない光景がそこにはあった。




「う、馬………ですね」




「っ………、しかし良い毛並みだ」





いやいや、気にするところはもっと別なところにあるだろう。

彼は自分の心の中でそう突っ込みを入れながらも、思考を巡らせようとする。

が、考えても見れば意外と単純なことかもしれない。

自分たちの背以上に大きいその馬は、今は鎖で繋がれていたが、この馬が一匹でここまでくる可能性を考えるより、誰かがこの馬に乗ってやってきたと考える方が、時間の無駄にはならない。

二人はすぐに中へと入っていく。

この本家は大きいので入口など色々なところにあるのだが、

表玄関に馬がいるものなら、流石に気になって表から入るしかなくなるだろう。

家に入って一分ほど周りを探したが、思い当たる場所と言えば。




「お~二人とも、元気そうだな!」





………家主の部屋である。





「パトリックさん………!?」



「パトリック、帰って来ていたのですね」



「ああ、ついさっきな。荷物は使わないものは倉庫に入れて置いたよ」



「………、無事で何よりです」





アトリは家主、パトリックの突然の帰宅に少々驚いていたが、

フォルテはその姿を見て安心感を得る。

一週間程度離れるというのは、彼女から見ても少し心配になるもの。

逆にパトリックも、一週間以上フォルテや、今でいえばアトリの姿を見られなくなるのは、

少々心配であった。

お互いがお互いの姿を確認し、安堵する。

結局彼のサウザンまでの遠出は8日間で終わったことになる。

しかも行きと帰りでは異なる手段で移動したため、本来かかる時間というものが正確には分からない。

いずれにせよ、物資を調達するために必要な期間は、一週間前後は掛かるということである。

そしてフォルテは、その移動手段のことについて、彼に問う。




「パトリック、まさか表の馬は貴方が乗ってきたのですか」




「お、見たか。あれは良い馬だ~人懐っこいしよく働くし。つい一目惚れしちまったもんでな」





なるほど、パトリックらしい。

果たしてそういう気持ちがいつか人間としての異性に向く時は来るのだろうか。

などとフォルテは思いながらも、少し微笑んで彼の言葉を聞いていた。

彼女が彼に視線を向けると、彼も頭の髪をくしゃくしゃと弄りながら笑って見せた。

まぁ、あり得ない話では無いな、と彼も思う。

実際騎馬での移動は戦闘でも日常生活でも有効的な手段だ。

ポーラタウンが買い物の場として利用できなくなったのなら、南の町へ行くしかない。

馬は人間よりも何倍もの速度で走ることが可能だから、行程を短くすることが出来る。

ここは農地で馬の飼育が出来るほどの広さもある。

寧ろ持っていない方が不思議と思えるくらい、好都合な条件がそろっているだろう。




「………っ」




アトリとフォルテ、二人が見合って笑顔を見せたその瞬間を、

パトリックも確かに見ていた。

今の今までは、ここに帰ってきたという安心感を自分でも感じていて、ここの空気をそう気にすることは無かったのだが、今の二人を見て思ったことがある。

一週間前にここから出た時と、今とでは、二人の間に流れている空気が異なる。

それに、フォルテには笑顔が生まれている。

今まで自分がそう見ることは無かったものだが、彼と共に笑い合っている。


それを見た時。

パトリックの中で、色々と気付いたこともあり、同時に確信したこともある。





ああ、そうか。

やはりこのキッカケは、大切なものだな。





そう一人で、心の中で呟き、また別の安心感を得た。

いずれにせよ、話さなければならないことがある。





「さて、二人ともこの後時間はあるか?」




「はい。先程鍛錬が終わりましたので、これから夕食の準備をしようかと」




「お、なるほどな。じゃあ、久々に三人で準備するか!」





話さなければならないこともあるが、今急ぎというものでもない。

お腹もすいたことだし、話はご飯が終わった後でも良いだろう。

彼は上機嫌に三人で食事の準備をすることを提案すると、二人とも快く受け入れてくれた。

和やかな、柔らかな、そんな空気を感じ取ることが出来る。

戻ってきたという実感と共に、その違和感にも似た肯定的な雰囲気は、パトリックにとって

嬉しいものでもあった。

久々だから少し豪勢に、と三人で準備することの利点を活用して、

三人がそれぞれ自分の腕を振るう。

特にパトリックとフォルテは料理の腕に長けており、アトリが見習いたいと思うほど。

彼も人並みに料理は出来るのだが、二人の比では無かった。

だが、パトリックもフォルテもアトリの料理の腕は素直に認めていた。

彼の生活上、それを必要とする場面が無かっただけの話だ。




「ふぅ~、しっかし家の空気ってのは、やっぱりいいもんだ」




「サウザンではどのように寝泊まりを?」




「流石にちゃんとした宿に泊まったさ。だがあまり落ち着けるような場所でも無くてね」





彼女がそう聞くと、彼はサウザンで過ごした時間の話を始める。

結局滞在時間などほんの僅かなものだったが、王国領に属していない町の状況も分かった。

すぐに本題に触れることはせず、町の外観や中身などを彼らに打ち明ける。





「なるほど。“中央大陸”、ですか……」



「俺たちが地図を見れば、大陸を二つに分けて東西の大陸と言っていた。だが向こう側の人間は、中央とも呼んでいるんだそうだ。この世界のこの大陸は、東西、そして中央の三つに区分されているってな」






彼らが一つ興味を持ったのは、西の大陸にない、別の大陸の話だ。

今回パトリックが収集した情報の中には、そうした遠方の土地の話も一部含まれている。

本当にごくわずかなもので、今回の主目的はこちら側の大陸の話にある。

だが、サウザンから時々中央大陸、あるいは東の大陸からの船がやって来ると聞いて、興味が湧かない訳が無い。

西の大陸には今、大きな国家であったウェールズと、それを押し潰そうとするマホトラス、二つの巨大勢力が存在している。

だが、中央や東はどうだろうか。

国と呼ばれるものは沢山あるのかもしれないし、もっとここより文明が発達しているのかもしれない。

行ってみたいという気持ちも当然あるが、その前に色々とやらなければならないことがある。





「まぁ行けば数ヶ月は帰って来られないだろうから、向こう側に行く人はむしろ新しい土地を求めるって感じなんだろうよ。さて、今日話したいのは向こうの話ではなく、こっちの話だ」





色々と別の土地柄の話も聞きたいところだが、

本当に彼らが求めているのは行けるかどうかも分からない未知なる世界ではない。

今こちら側の大陸でどのような状況になっているか、だ。

パトリックもそれを充分に熟知していたから、情報を仕入れるという意味でも比較的大きな町へ行った。

そして得た情報を、ここに持ち帰ってきたのだ。

資料となるようなものは、何一つない。

強いて言うならば、その情報を提供してくれた男と、それを伝えられたパトリックの口が資料となる。





「サウザンには、有能な情報屋がいるって話を聞いて、その男から色々と聞きつけた。金で情報を提供するというのが情報屋のやり方だが、まぁ必要な情報は得られたのだから良いとしよう」





話が本題に入ると、

自然と二人も集中してその話を聞き始める。

この時は空気が張り詰めたかのような印象だった。

特に、直接的に関わりを持ち続けているアトリは、鋭い眼差しを向けながら話を聞く。





「まず、サウザンって町は王国領には属さない、単独の施政を行っている。だが彼らは自治領地とも言っていないし、なんだか不思議な場所ではある。町民会議ってもので子供以外のすべての町民が、交代しながら施政を管轄するっていうものらしい」



「珍しいですね。大体の自治領地は、長たる者がいて、その周囲に長を支える者たちと、自治領地の取り決めを話し合う主軸となる者たちがいる」





アトリがサウザンの町の体制を聞いて、そのように言葉を返した。

死地の護り人として今まで幾度となく各地を訪れてきた彼には、この手の話は嫌でも詳しくなることだろう。

流石だな、とパトリックも言いながら、話を続ける。




「それで問題の王国領だが………サウザンより東に、大体2日程度行ったところにカークスという町がある。サウザンより少しばかり大きい町だと言うが、今、王国の正規兵や国民はここに集結している」




「………」






それがどのような意味を持つのか、もう言うまでもない。

カークスという町がどのような王国領なのかは分からないが、国民や正規兵たちがそこに集まり始めているということを聞けば、状況は察することが出来る。

彼女は横目でアトリの表情を見た。

アトリの顔は、険しい。鋭い目つきに変わりはないが、目に光があまり見えないようだった。

その事態を想像していたことに変わりはないだろうが、やはり現実的に話を聞くと、淡い期待などというものを持ち合わせてはいけないのだろうか、という思いが生まれてしまう。

死地でもそうだった。

出来る限りのことはするが、やはり最悪の事態というのも想定しなければならない。

それが非常手段であったとしても、自分たちが殺されて敗れる訳にはいかない。

そのために取らなければならない非情な手段もある。





「………ここから先を話すのは、俺も少々心苦しい。だがアトリくんが望むのなら、俺は包み隠さず打ち明けようと思う」




「分かっています。いずれにせよ、避けては通れぬ道。今のうちに聞いておいた方が良いということもあります」




「………、そうだな」





パトリックでさえ、その顔をしかめて話すのを躊躇うほどの内容。

それだけでも想像がつくというものだが、それでも確たる証拠を見るまでは、その情報を頼りにするしかない。

なら、今聞いても後から真実を目にしても、その後に行動することは大体決まってくる。

今知っておけば取れる対策もあるかもしれない。

それに、これは覚悟していたことだ。

昔からフォルテとパトリックは、買い物という目的の裏に情報収集という目的を同時に持たせていた。

世間を知るということは、自分たちの生活の備えにすることも出来る。

彼が王国の人々の為に戦うのなら、その状況はなおのこと聞いておかなければならない。

どのような状況を聞かされたとしても、それは覚悟の上だ。




「まず一つ。ウェールズ王城は、陥落した」





………。






そうだろうとは思った。

が、これは確信的な情報だ。

城が落ちたというのなら、状況も大きく変わってくる。

カークスという町が今どのようになっているのかが、気になるな。






………。






あまりにも簡潔で分かりやすい報告だった。

アトリは確かにこの瞬間にこの情報を得て確信したが、実際に城が陥落したのはかなり前の話。

この一ヶ月以内のこととはいえ、その事実が世間に浮き彫りとなったのは、昨日一昨日というような近日の話ではない。

王国の象徴たる、ウェールズ王城の陥落。

それを知る国民や周囲の人々は、その事実を知ってどう思ったことだろうか。

国の象徴であり、中心である王城が、敵の手に堕ちた。

王城は国を繁栄させるための、あらゆるものを担う中心地。

それが敵の手に堕ちたというのなら、王城に勤めていた人々や、王城を防衛しようとした人々も、それに巻き込まれたことだろう。

城にいる人間すべてが戦える訳では無い。

この地を渡すまいと必死になったその姿が想像できるが、その果ては想像するのも心苦しい。






「そして……国王も、最後まで勇敢に戦ったという」




「………!!」






淡い期待。

僅かながらの希望。



彼女は驚愕の表情を浮かべ、そして瞬時に横目で彼を見た。

彼の表情は依然として険しい。

だがその事実を前に、彼はとても冷静に見える。

国民であるのなら、国王がどのような存在なのかは説明されるまでもない。

代表者として、豊かな国を築き上げるための中心人物だ。

そして王城がウェールズ王国の象徴であるように、国王もまた威厳の対象と象徴たる人物だ。

パトリックの報告が正しいとするならば、国王は敵を前にして斃れた。

もう、その言葉だけで意味を探るのも必要ない気がする。




彼女は気付いた。

真剣にその話を聞く彼だが、机の下でその拳が強く握りしめられていることを。

この冷静さは、自分の感情や気持ちを押し殺すための装いであることを。





「マホトラス軍の主力部隊は、王城とその土地の南部に広がる周囲を占領して、王城より北部の各地方を手中に収めたというのが、確かな情報だ」




「では、その生き残りがカークスという町に集結している、ということですね」




「ああ、そのようだ。国王は亡くなったと聞くが、幸いと言うべきか……フリードリヒ王妃が存命で、王に代わり統制を部隊と整えているようだ」





ウェールズ王家の者たちは、自分たちで戦う術を持たない。

例外はあるかもしれないが基本的には戦うなどとは考えないはずだ。

敵対するマホトラスの者たちもそう思うのが普通だろう。

ならば、王城が危機を迎えた時、王家の血筋の者は確実に逃亡することを考えたはず。

一人は死に、一人は今も生きている。

だが、もう一人王家の血を持ち深く関わりのある者がいる。

エレーナは、どうしていることだろうか。



いずれにせよ、

本隊が南部に後退し続けている。

マホトラスがどの程度侵攻してくるかは分からないが、奴らとて無傷で城を奪取した訳では無いはず。

兵員に多大な犠牲を出すことがあれば、そうすぐには回復出来ないだろうが、それは王国軍とて同じこと。

どちらが一歩先を行くか………。





「無論、王国軍は奪還作戦を立てることだろうが、今は兵士の数が揃わないというのが現状だ。それについてはマホトラスも同様で、大規模な戦闘は少々時間が掛かるかもしれない」




「………なるほど」





そこまでは、アトリの今まで持っていた読み通りの話であった。

彼はフォルテと鍛錬などを積み重ねている間にも、王国の現状というものを情報なしで推測し続けていた。

自分が敗れたことで影響があるかと言えば、そう大したものではない。

だがもし中央部にいる部隊や王城直属の部隊、衛兵などが戦闘状態となった場合には、やはり魔術師がその相手を務めるだろうし、勝つことは出来ないだろう、と。

アトリはパトリックに地図を用意して欲しいと願い出て、彼はそれを持ってくる。

今本隊がいる場所、カークスという町の位置を把握する。

サウザンが港を持つ西側大陸の西の町に対して、カークスという町は海辺を持たない平地にある町。

恐らくサウザンから行くには4日程度かかるだろう。

ここから行くとすれば、片道だけでも一週間程度を要するもの、とアトリは考えた。





「アトリくんには何となく想像がついているかもしれないが、マホトラスの狙いは領地占領と政治権力を握ることだ。施政を担うことになれば、今までとは違い国家として占領地を率いることになる」




「………はい」





だとすると、マホトラスの目的は王城の制圧に限ったものではない。

今まだ制圧できていない王国領南部も、その手中に収めたいと思うだろう。

マホトラスの権力を振りかざし、ウェールズの残党を排除する。

もし、マホトラスが王国領に号令を出し、自分たちに従わない者は容赦なく占領、もしくは破壊するだろう、などと呼びかければ、それは王国領の直轄地とはいえ大きな脅威となる。

脅しには十分すぎる効果を生むことだろう。

国土が荒廃し生活が脅かされることを考えれば、それに白旗を掲げる方が有益でないか、という考えが広がったとすれば、なお残党となった王国軍の立場は悪くなるだろう。

これ以上戦っても勝つことが出来ないのだとしたら。

マホトラスが正式に国家としての道を歩んでいくのだとしたら、既に占領され捕らわれた国民はそれに従わなければならない。

そして、国家という形式を持って、それに反抗しようとするウェールズを正式な外敵として認め、彼らに追従する者たちに残党狩りを命じることで、脅威を排除することも可能だ。





「だとすれば、マホトラスが政治権力を固め占領地を意のままに操る前に、もう一度王城を奪取し奴らに致命傷を与えなければなりません」





それがアトリの考え方だった。

相手がこちらを封じ込める前に、こちらが相手を排除してしまう。

僅かな時間の猶予も残されていない。

マホトラスは必ず統治の基盤を固め、叛逆者を仕立て上げ、残党部隊を排除しに掛かるだろう。

ずっと待ち続けても好機は訪れない。

ならば、先に基盤を固められる前に、どうにかして攻めなければならない。





「だが、アトリくん。その方法があると思うのか?」




「………」





だが、どのように?

兵士たちは敗走し続けてきた。

負け続け、しかも多くの犠牲を出し続けてきたというのに、

この状況をどう覆すというんだ?



パトリックの一言は、王国の兵士たちすべてに対して向けられた、厳しい目線だった。

無論、アトリも例外ではない。

実力で叶わず、兵士たちを集結させても敵うことの無かった相手だ。

一人や二人が努力したところでどうにかなるものでもない。

だが、何もせずに手をこまねいていれば、確実にその時は訪れる。

滅びの歌は徐々にその声を増して、王国の兵士たちに襲い掛かるだろう。

確かに負け続きではある。

だからと言って成す術無し、という訳でも無い、そう信じたい。

またはそれも淡い期待というものなのだろうか。

何か手を打たなければ、と彼は思い続けているが、どうすれば良いのかが思い付かない。

何が最善で、何が最悪か。

出来るだけ先の展開を読みながら策を打ちたいところだが、策を打ち出せる状況にあるかは、

現場を見て確認するしかない。

パトリックは、一瞬だけ表情を緩めて、まるで「やっぱり」と言わんばかりの顔を見せた。





そして、彼の口から告げられる。






「アトリくん、往きなさい。君のいるべき場所へ」





………。






3-39. 凶報





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