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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
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3-33. 銀色の月の夜に


いつも考えさせられていることがある。

何度も、何度も死地に赴き、苦しみにのたうつ人々を見続けてきた。

救援要請をしている者たちが第一で、自分のことなど後回し。

何故なら、自分より遥かに辛く苦しい生活を送っている人が、目の前にいるのだから。

自分だけが苦しくて辛い訳では無い。

もっと多くの人たちが、そんな苦しみを味わい続けている。

今かいまかと、その時を待ちわびているのだ。

こんな醜い生活から解放される、その時を。

だから、俺が自分のことを気にする余裕などないし、そのようなものを持ち合わせるべきではなかった。




同時に、これも考えさせられている。

誰かの幸せを護るために戦う男に、自身の幸せを願うことなど赦されるのか、と。




彼女の言うことは、俺が俺自身の為の幸せを掴むことだ。

確かに彼女の言うように、俺は他人の所有物である幸せを護り、救い、笑顔が見られたその人々の姿を、

自分自身の幸せだと思い続けてきたのかもしれない。










死地の護り人として、大勢の人々を殺しながら、救ってきた命がある。

殺した数の何十倍もの人々を救った。

そのことに間違いはない。

だが、それでも助けられたから幸せになった、ということにはなり得ない。

すべての人が救われて、次に幸せを感じるかと言えば、すべてがそうであるとは言えない。

何度も経験したことだ。

この手で護りたかった者を目の前で死なせてしまったこと。

護るべきはずの者たちを、この手で殺してしまったこと。

この戦いがすべて終わりを迎えたとしても、すべての人の幸せを叶えるのは、不可能だった。

一つ事が終われば、また一つ事が始まる。

また一つ、またひとつ、また、ひとつ………。

そんな単純なことに気付くのに、どれほどの時間を費やしたことだろうか。

自分で信じ続けてきたものを殺めなければ、気付くことのできないものだっただろうか。





多くの人の幸せを護ると言うが、その過程に必要なのは、絶対的な「悪」だった。

幸せという席を奪い取る悪を排除しなければならない。

だから、幸せを護る、救い出すために、必ず悪を必要とした。

その対象を壊さない限り、いつまで経っても救われない者たちがいるのだから。

悪と対照的になるのは、「正義」だった。

正義は悪を必要とした。

悪を必要とし、悪を敵として成り立たせ、その悪を排除することで、正義は幸せを護る。

一つ正義を行えば、また次なる悪が現れる。

その悪を排除することで誰かが救われるのだとしたら、またその悪を排除するために、正義は現れる。

そんなことの繰り返しだった。

誰がどう見ても正義と悪の判別がつくこともあれば、その境界線が曖昧だったこともある。

だとしても、最終的にはやはり戦いが発生し、それでしか正義を語れなくなってしまった。

正義は悪を求め、悪は正義の台頭に立ち向かう。

悪なくして正義は存在せず、悪なくして正義は語れない。

どちらか一方だけの世界など、あるはずがない。








―――――――――それでは貴方自身がこの世界に利用されることになる………!!









それでも俺は、目先のことを考え、必要としている救いをもたらすために戦い続けた。

もし、今まで俺が斃し続けてきた者たちの中に、幸せという席を手に入れていた人たちがいたら、

どうだっただろう。

正義は、正義に縋る者たちのために、幸福という席を用意することを誓った。

その席には定数があり、すべての人がそこに座ることは出来ない。

席に座れる者、座れない者との間で、別の円が生まれる。

互いの円は一定数しかない幸福の席を求めて、衝突し合う。

正義は、そのどちらかにしか加勢することが出来ない。

幸福という席を持っていなかった者は、幸福という席を既に持っている者から、それを奪おうとする。

それが正義に縋る者たちの立場。

幸福という席を既に持っている者は、いずれ脅威となるであろう席を持っていない人を排除するか、吸収してしまおうとする。

それが、必要悪を担う者たちの立場。

正義は、常に正義に縋る者たちのために尽くそうとした。

必要悪を排除し、彼らの所有していた幸福という席を、縋る者たちに与えるために。





だから俺は、絶対的な悪を敵とみなし、排除し続けてきた。

いまだ幸せの席を持たない者たちのために、定数に満たせる分の余裕を作り出した。

席は少ないし、今も席を持たない人たちは席を持つ人に圧迫され続けている。

なら、その必要悪が持つ席を彼らに与えてしまえば良い。

そうすれば、“その誰かの幸せを護ることが出来るのだから。”





俺は、多くの人の幸せを護るために、多くの人の幸せを奪ってきた。

必要悪とみなされた者たちにだって、毎日を生きる権利があったことだろう。

勝手に敵にされ、排除される役割を担う。

そんな者たちにも、家族や子供、愛すべき者や慕うべき者がいたことだろう。

だが俺は、その者たちを一括りに敵とみなし、殺してきた。

悪が排除されれば、やがて幸せが彼らのもとに行く。

そう信じ続けてきたから。






そんな男に、

どう幸せになれ、と言う?







何が自分にとっての幸せで、

何が自分のための幸福で、

何を自分は掴み取ればいいのか。





だから俺は、ずっと思い続けてきたんだ。






「………」







――――――――俺には、幸せな生き方をする自由も権利も、何一つとして無かった。そのはずだった。







それが、彼の口にした一言だった。

彼女の方から銀色の月へ視線を変え、見上げる彼の素顔。

その言葉が放たれた瞬間、彼女は彼女自身で鳥肌を感じながら、それでも気持ちだけは

落ち着けようと心の中で言い聞かせる。

焦っちゃいけない、動揺する姿を見せちゃいけない、いまはまだアトリが話している最中だ、と。

だけど、今にも自分の心が折れ砕けそうになるのが分かる。

その原因は、彼のその顔にあった。

彼女が初めて見た、あるいは彼の素顔の一つなのかもしれない。

彼は、銀色の月を見上げ、遠く遠くを見るように、その目は光り輝いていた。

だというのに、とても寂し気な、疲弊しきった顔をしていた。

やめてほしい。

そんな顔を見せないでほしい。

どれほど辛く苦しい道のりだったかは、その話だけ聞いても程度は分かる。

今も間違いなく苦しみ続けている。

だけど、その顔を見ると、私でさえも辛いと思ってしまう。

そう思う彼女。

まるで彼の心傷が彼女を圧迫するように。






「多くの人を護った。多くの人を殺してきた。そんな男がのうのうとこれからを生活することなど、赦されるはずがない。たとえ人々がそれを受容しようとも、自分がそれを赦さない。だから俺はずっとその役割を担い続ける。そう思い続けてきた」





そう。

彼は既に護り人としての、あるいはそれ以上の担い手としての運命を辿り始めている。

終わりなど訪れるはずもないし、見える訳でも無い。

それでも、誰かが彼を必要としてくれることに変わりはない。

護り人としての彼を。

幸せな生活をもし彼が手に入れたとしよう。

それがいつまで続くかも分からない。

何故なら、彼が今まで命を賭けてしてきたことでさえ、幸せが護られているという結果が訪れていないのだから。

その機会を作ることには成功している。

だがそれ以上がない。

大勢の人々を護ったからといって、その人たちすべてが幸せであるとは言えない。

幸せを護るために戦っていることに変わりはないが、彼自身の幸せが護られることは無いだろう。

また訪れるその時に、死地へ出向くような生活をしてきた、彼には。






「そしてそれはこれからも変わらない。だから俺には、幸せを掴むための時間など無いだろうし、多くの人の幸せを奪ってきた俺にそのような権利もない。それが当たり前なのだと、決めつけていた」




「………………」







彼女は否定したい。

彼のそう思う気持ちを、心を全力で否定したい。

だけど、言葉が出て来ない。

思いが伝えられない。

誰もが幸せになれれば良いと思う願いの中に、自分というものが存在しない。

自分だけが蚊帳の外。

しかも、それを自らで決めつけその枠から外している。

そんなことはない。

たとえどれほどの積み重ねをしてきたことでも、一人だけがその枠から外れる必要などない。

ウェールズ王国は、その国の中にいる人たちに自由や平等を約束するために創られた。

なら、その一人に含まれても良い。当然のはずだ。

なのに、彼は自らその枠から外れ、道具とされている。

人にも利用され、国にも利用され、その果てにこの世界からも利用される。





そんなにも、人の為人の為人の為、と思い続け、

それを実行し続けてきた人だというのに。

自分の行いを正しいと思いながらもそれが罪深いものであると認識して、

そんな自分に幸せになる権利は何一つない、と決めつけてしまう。

数年間、彼を形作るのに必要だったあらゆる土台を越えて、彼は成り立っている。

こんなにも戦い続け、護り続け、救い続けてきた人なら、同じように護られてもいいはずだ。

救われても、報われても、幸せになっても良い。

寧ろそうなるべきだろう。

そうでなければ、そうでなければ………。






「だが、確かに……誰かの幸せを願う本人が、幸せを除外するというのも、筋が通りづらい話ではある。……俺も、その」






―――――――――俺を、命を賭けて救ってくれた人がいたから。







ここで彼はそれ以上の身の上話をすることは無かった。

だが彼女はその言葉を聞いてすぐに勘づく。

それが、(アトリ)にとっての根源(はじまり)に至る路だろう、と。







「まさか君から、幸せになれと言われるとは思わなかった。そして、今までそう言われたことは殆どなかった。一本取られたな」




「………あ、いや、その………」






先程までの疲弊しきった表情が、穏やかになった。

銀色の月を見上げるその姿に変わりはないが、どこかこう澄んだ心を示しているようで。

今まで濁り続けていた水が、ある場所を境に綺麗に見え始めるというか。

まるでそんなように見える彼。

その姿を見て、彼女はまたしても言葉を失う。

言葉が出て来ないどころか、その顔を見て自分が妙に動揺してしまっているのが分かる。






「気遣ってくれた人がいた。こんな男でも、気にしてくれる人がいた」







――――――――――その命がここに戻って来られただけでも、よしと思うことだよ。






――――――――――誰かを助ける前に、まずは自分だから。絶対に忘れないで。






――――――――――無茶し過ぎです。少しは休まないと……。







「決定的なものを忘れていた。何度も言われたことだ。他人を大切にするのは良いし、人助けや善行も大いに行うべきだ。けれど、その過程に自分を忘れてはいけない。他人よりもまず、自分を大切にしろ、と」





自分よりも他人。

自分の願いはそのままに、他人の幸せを第一に。

このような生き方、考え方を体現する身体になったのは、間違いなく彼の根源に至るものだろう。

それは、彼女が考えているものよりずっと根深く、奥深く、そうそう変わるものではない。

既に形の整ったものに一から手を加えるようなものなのだから。

同じように、彼に幸せを求めるように伝えても、彼はそれを何から得ればいいのかが分からないはず。

彼女自身そのように彼に思っていた。

他人の所有物である幸せを見て、それが自分の幸せだと思い続けてきたのだから。

けれど、彼は気付いた。

誰かの幸せを護るのも、築くのも、願うのも良い。

その過程に自分を棄てるべきではない。

たとえどれほどの経験を積んできて、それが罪深いものであったとしても、

誰にだって幸せを得る権利はあるのだから。






「何から始めれば良いんだろうな。幸せというものは」




「………いいんです、今は分からなくても。貴方が生きるこれからを、じっくり考えながら掴めば良い」




「これから、か。確かに、そうだね」






失うものばかりだった人生。

自分の手で削ぎ落したことも、目の前で叶えられなかったことも、数多くある。

そのことを思えば、今も「あの時こうしていれば」と思う時がある。

もっと自分に力があれば、もっと起点をきかせることが出来れば。

そう思えばそう思うほど、やがて後悔という言葉がにじみ出てくる。

そんなものはどこかへ消し去りたいと思えるくらいに、色々なものを歪ませる。

だが、もうそれは事実だ。

幾ら後悔しようと抗おうと、決して覆ることのない事実。

起きてしまったことを、やり直すことなど出来やしない。

ならばせめて、そのことを忘れずに、これからも自分の生きる道を貫くべきだ。

今までと同じようにしながら、今までとは違った思いを持ち、少しずつ工夫をして。







―――――――――生きなさい。貴方は生きて、生きてその手で幸せを掴みなさい……!!









………。





そうだ。

あの時も、そう言われた。

もう長いこと思い出す機会が無かったが、最近になって思うことがある。




あの日のこと。

静かに雪が降っているにも関わらず、町全体は炎に包まれていた。

家も、庭も、道路もあらゆる建物も、自然も、すべてが覆い尽くされていた、あの時のことを。

すべてはそこで終わり、そしてまたすべてが始まったんだ。

それが終わりに向かう道のりだと知りながら、それでも送り出されたんだ。





あの時。

そう言ってくれた、あの“友達”のことを、思い出す。







………。







「フォルテ」




「はい。なんでしょうか」




「少しこれからのことを話すよ。俺は、パトリックさんがここへ戻ってきたら、王国領へ行く」







また、心の中での動揺が強くなるのが分かる。

姿かたちはいたって冷静。だがその中身は内心焦りにも似たもので一杯だった。

心臓の鼓動が早くなり、強くもなる。

いつかこの日が訪れることを思い続けてきたが、実際にそのように言われると驚きを感じる。

だが、驚き以上に感じているものがあるだろうに、それを上手く表現しきれない。

ここで話した内容が彼にとっての気付きとなったからとはいっても、生活すべてが変わる訳では無い。

彼の元は死地の護り人としての在り方。

その思い方、感じ方、心の向きようは変化していくかもしれないが、

根底にある目的や理想に変わりはない。

だから、彼はいつかここから離れる時が来る。

それを実際の期間で言われると、より現実味が湧いてくる。

あと、10日もない。





「サウザンという町がどの程度大きいのかは分からないが、パトリックさんはそこで必ず王国に関する情報を持ってくるはずだ。それが朗報なのか凶報なのかは分からない。だが、今起きていることから離れ続ける訳にもいかない」



「………」





そうですよね。



と、彼女は一言話した。

人々や国の為にも尽くしてきた人なのだから、それくらいの心配がないと逆におかしい。

彼の決心は恐らく曲げることが出来ないし、それを尊重すべきなのだろうとも思う。

だが、彼女は同時に思う。

彼を死なせたくはない。その自分の気持ちに、偽りは無い。

真っ直ぐな気持ちと素直な心で、そう願っている。

だが、彼がここからいなくなれば、願うだけで事実を確認することも出来なくなる。

失いたくないというのは、我儘だ。

今日彼の話を聞いて、彼にこれを伝えたことで、何かしらの変化はあるだろう。

今までのように、自分を遠く遠くへ追いやった生活からは少しでも変わってくれるはず。

だけど、それでも敵と戦うということは、彼が敗れる可能性が充分にあるということだ。

彼のことを、もう他人事だとは思いたくない。

だが彼がここから離れれば、もう自分の出来ることはなくなってしまう。





本当に、それでいいのだろうか。

彼女の中で一つ、迷いが生まれる。






「身体も元に戻ってきている。あと一週間もすれば、今まで以上に立ち回れることだろう。だから、もう少し世話になる」




「………分かりました。私に出来ることなら、全力でお手伝いしましょう」





それでも、彼女はそのように返すしかなかった。

心の中にある迷いは漠然としたもので、形に表すことが出来ない。

このままでは、いけない気がする。

そんな気がしても、再び躊躇う何かがやってくる。

この、なんとも言い表せない気持ちは何だろうか。

彼女の思考の中をずっと回り続け、明確な答えも導きも無いまま右往左往する、この気持ち。

万全の状態で送り出したい気持ちはもちろんある。

だがそればかりではない。

何故か大きな不安を抱えてしまうこの気持ちは何なのか、と。





「ありがとう。フォルテ」




「っ………」




「………きっと、今日ここで話したことを、良かったと思える日が来る。俺はそう思うよ」






それがどのぐらい先の話になるのかは分からない。

あるいはすぐかもしれないし、遠い未来のことかもしれない。

だが、今日という日、彼女は自分の気持ちを表に出して、彼に求めたことだろう。

自分のことを話して欲しいと。

そして、自らの勝手だと言いながら、自分自身の望みを彼に訴えた。

もう誰も失いたくない、貴方を死なせたくはない、と。

その言葉はアトリにとって、多くの意味を含んで重たくのしかかる言葉であった。

自分だけのことではない。彼女にとっての意味も含んでいる。

何も自分のことを話そうとしなかった彼女が、勇気を出して伝えたその言葉。

彼は後々まで、このことを忘れない。

もしそれが、本当に忘れる時が来るのであれば、それは。





彼女は、今日という日を大切に、出来るならその先まで覚えていて欲しい。

これがもしかしたら、彼にとっての少しばかりの転換期になるのかもしれないのだから。

そう思いながら、銀色の月が綺麗な夜空の下で、願いを抱く。






3-33. 銀色の月の夜に






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