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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
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3-20. 二つの色





それでは貴方自身がこの世界に利用されることになる………!!






それでも、少年は言う。

人々が自由で、平等で、幸せで笑顔のある毎日を送る。

その環境を整えることが出来るのなら、喜んで自分の身をそのために尽くそう。

彼女から見れば、そのような人となりや理想を信じ、持ち続ける彼の存在が、少し怖く感じる。

彼自体はとても良い人なのだろうと思う。

だが、彼がしようとしていること、今までしてきたことが、この先どのように続くかは分からない。

自分よりも、他人を優先する。

他人が幸せであることに自身の喜びを感じるという、子供が抱く思いとは言い難いもの。




彼女は、かつての自分と照らし合わせる。

立場も違うし、受けてきた境遇も異なるもの。

だが、決して似ていない訳ではなく、その要素に繋がりが無いとも言い切れない。

このまま彼がその道を進んでしまえば、どうなってしまうことだろうか。

他人事のはずなのに、不安さえ感じてしまう。

それに乗りかかるように、彼女は彼に強く言い放った。

いつか、貴方自身が世界に利用される時が来る、と。




彼が手にしようとしている力は、それを充分に叶えさせられるものかもしれない。

確かに、誰かを助けるという理想を叶えることは出来るだろう。

今まで彼が行ってきたことで救われた命が数多くあるように、これからもその命を救い続けることだろう。

そして、彼が理想とするところ、誰かの為になり続け、護り続け、彼らが幸せな毎日を送ること。

その果てに彼はどうなるのか。

この世の中に戦いが絶えないと知っていて、振り払えないことも理解していて、どうしようもない世の理だと確信を得ているにも関わらず、彼はそれに立ち向かっていく。




それが、彼女にとっては不安の募るものであった。





「……ということは、次の買い物先は南のサウザン、か」





と、目の前に広げられた地図を眺め、パトリックが呟くようにして言葉を放った。

ポーラタウンが死地となり、二人が帰宅してから、パトリックは現状の説明を受けた。

結局兵士たちから聞き出せた情報というものは無く、ただポーラタウンを物資確保のための場所として占領を選んだことだろうと分析することは出来る。

ただ、あの町にマホトラスの兵士たちがいる、という事実からも、色々と考えることが出来る。

僅かながらの物資を求めるマホトラスの現状や、ウェールズの状況も推察することが出来る。

もっとも、あまり考えたくないことではあったが。

パトリックは、今後のことを考えると言い、いつも使用している地図を持ってきた。

彼らの家から南西方面に遠く離れた地域に、サウザンという少々大きな町がある。

この町は実質ウェールズ王国領のような場所なのだが、町の規模がそう大きい訳でも無く、だからといって王国の民が元からここに住み着いている訳でも無いので、この町にはウェールズ王国軍が直轄地への派遣と防衛を行う駐留部隊が置かれていない。

王国所属の役人がいる訳でも無く、自治領地と言っても通じないことは無いのだが、サウザンから東側の大地は王国領の直轄地ばかりで、王国領にやや囲まれているのがサウザンという町だ。

王国領も複雑な線引きが行われており、サウザンという町もそのうちの一つだ。

基本的にこの大陸の西部から南西部、南部にかけて広がる沿岸部は、王国領となっている。

だが、その一部にはまるで穴をあけるように自治領地が存在していることもある。




「歩いても1日以上はかかるだろうな……」



「そうですね。馬でもあれば話は別ですが……」



「………馬、か。懐かしいな」





サウザンまでの道のりはそう険しいものではない。

沿岸部、特に海岸線沿いは複雑な地形をしているのだが、平地を歩く分には高低差などが激しい訳でも無く、雄大な大自然を目にしながら道を進むことが出来るだろう。

だが、歩くとすれば速度は遅くなり、サウザンまでの道のりは順調に進んでも丸一日掛かるだろう、とパトリックは予想した。

実際には休憩なども含めることから、往復で3日間程度を有するのではないか、と考えている。

アトリにも経験はあるが、徒歩での長距離移動は予想以上に時間が掛かることが多い。

出来るのなら馬を調達して飼い慣らす方が、荷物運びも便利で移動速度も格段に速くなる。

牧草さえ手に入れてしまえば、パトリックの敷地であれば育てることもそう難しくは無いだろう。

アトリが馬の話をすると、パトリックは何故か懐かしむように言葉を発した。

その手つきは、まるで手綱を握り乗馬する主のようだった。





「これまで以上に厳しくなるな。よし、なら今度は俺が買い物に出よう!」



「よろしいのですか、パトリック」




彼女、フォルテがそのように無表情ながら彼に問うが、パトリックは元気に満ちた声で大丈夫だ、と力強く反応した。

買い物の為に三日間もの時間を使うというのだから、これからは週一回などというペースでは買い物をすることは出来ないだろう。

もっとも、馬さえ手に入れば話は変わってくるが。

パトリックは、今日一日二人に買い物に行ってもらった分、今度は自分が行ってくると話している。

二度も同じような、しかも日を跨いで向かわなければならないような状況にするのは申し訳ないと、パトリックなりの気遣いでもあった。

彼が居ない間、農作物などの手入れが滞るかもしれない、とアトリは考えていたのだが、よく考えればパトリックの手伝いをし続けてきたフォルテが傍にいるなら、気にすることもない、と思える。




「大丈夫だ問題は無い。さ~て、そうと決まれば準備せにゃならんな~!」





………と、本人はえらく上機嫌で構えている。

まるで遠出の買い物を楽しみに心待つ子供のような心。

だが、幾らパトリックとはいえ不安はあるだろう。

農地や茶葉のことは、フォルテも知っているからそれをアトリと共同で行えばいい。

それでも、3日間家を空けるという機会も中々無い。




「二人は、とにかく今日は休んで、明日からは鍛錬に集中して欲しい。俺のことはあまり考えんでも良い。頼んだよ」





彼はそういうと、地図を居間に残したまま離れて行ってしまった。

その場に残されたのは、机の上に広げられた地図と、フォルテとアトリ。

彼はパトリックが鍛錬に集中して欲しい、といったそのことに少々の疑問を感じていた。

あのどっしりと構えるような器の大きい性格を持つパトリックが、そのように話したのだ。

それなりの理由はあるのだろうが、焦る状況とは言えない。

恐らくパトリックなりに考えがあるのだろう、とその時は思っていた。


再び二人の間に沈黙が訪れる。

その沈黙が昼間にあった出来事、あの情景を思い出させる。




「?」




すると、アトリがその地図を眺めるようにして机に近づいた。

彼女はそれをじっと見ている。ただ沈黙を保ちながら。

彼は右手の人差し指で、ポーラタウンの上に指を置いた。

今日、あの惨劇が町を襲ったところ。

もう町として機能することは無く、あの町に民が戻ることも無いのかもしれない。

彼女は彼の動きをじっと見つめている。





「………」





アトリは、地図上でポーラタウンに触れた後、まるで地を這うようにして指をなぞらせる。

その行き先は、ポーラタウンよりも右上、北東方向にある、ウェールズ城。

ウェールズ王国の象徴たる城で、その城には城下町が栄えているという話は、彼女も知っている。

そう、アトリはその国の兵士。

そして、ポーラタウンに敵の兵士が現れたという事実を前に、アトリが考えることが彼女には想像できる。

兵士でない自分が察することが出来るのだから、彼が痛いほどそれを理解しているのは当然とも言えるだろう。

そのことを思うと、彼女とて平常心ではいられない。

早く戦場に復帰したくても、今の状態では魔術も身体も中途半端となってしまう。

出来るだけ万全の状態で戻るのが良いだろう。

そのためには、今は耐え続けるしかなかった。

彼は机に静かに拳を置き、それが力を入れているものと彼女はすぐに見抜くことが出来た。





当然、悔しいのだろう。

国が窮地に立たされている。

そして、彼の目的でもある民を、護ることが出来なかったのだから。




「あ………」




すると、彼はそのまま静かに居間を離れて行ってしまう。

恐らくは自室に戻ったのだろうが、この部屋に残されたのは彼女一人になってしまった。

二人の空間が無くなり、一人だけの孤独な沈黙が居間を埋め尽くす。

外からも内からも、何一つ音の聞こえないその時間。

そのような空間など、慣れているはず。

かつて遠い昔にそのようなことがあった。いつもそのような時間を過ごしていたはず。

しかし、今日のそれは過去に経験しているそれとは違う。




「………」




悔しそうにしている彼を見ても、彼女は何も言うことが出来なかった。

何か言おうと頭の中では考えていても、それが実行されることはなかった。

そんな自分が、少しだけ嫌に思う。






………?

なぜ、こんな気持ちが?

一体何を意識していると………。





彼女は、自分自身に対して困惑を覚える。






日を跨ぐ前の、夜中のこと。

時間はもうすぐ0時を示そうとしている。

既に家の中に明かりは無く、明かりと言えば縁側に座ると闇夜に照らされる月の明かりと、星々の光くらいなものであった。

アトリは、その時間でもいまだ眠れずに自室のすぐそばにある縁側で座って、ただひたすらに空を眺めていた。

今日起こったことを振り返りながら、彼は今まで自分の身に起こってきたことを振り返る。

フォルテに、今日ハッキリと言われたこと。

いずれ貴方が世界に利用される時が来るという、彼にとっては衝撃的な言葉だった。

彼の生き方が他の多くの人々に受け入れられない、容認されない、理解されないというのは、今まで散々感じてきたことだった。

だが、彼と同じく立場を揃えて共に戦った者というのは、意外にも少ない。

自分の師のような存在であったクロエでも、共に戦場に出て戦う機会というものは無かった。

アトリが兵士として、死地に派遣される者となってからは、彼はほぼ一人で各地で赴き、その地の人々と共に戦ったものだ。





だからこそ、なのだろう。

同じく立場を経験するということで、その立場に異を唱えたというのは。





「………暫くは、眠れそうにもない」





寝ようと思えば寝られるのかもしれないが、何かが邪魔をする。

身体はそれなりに疲れているはずなのに、睡魔が襲ってくることが無い。

しばらくこの状態が続くだろうと考えたアトリは、倉庫から一本の木材を持ってくる。

彼が目を覚ましてから3日目の時に、倉庫から引っ張り出して剣の感覚を取り戻そうと素振りをしたものと全く同じものである。

どうせ眠れないのであれば、少しは自分でも魔術の鍛錬をしようと思い付き、それを縁側に持ってきた。

まだ、彼が教わった魔術というものは、単純には一つしかない。

物体に強化を加えるというもの。

それでも防御魔術としての有効的な魔術であるとフォルテは言っていた。

難易度もそう難しくはなく、他の型を持つ魔術師でも行使できないことは無い。

ただし、その分のペナルティのことを考えれば、防御の型を持つ彼の方が分はある。





「………よし」





魔力、発動。

身体の中にある通常なものと異質なものとを使い分け、それを切り替える。

それは、まるで身体の中に意図的に切り替えの出来るスイッチを埋め込んだようなもの。

普通に生活をしている人には持つことの無い能力だし、持っていたとしても気付き得ないもの。

術者という異質な存在がいてこそ、当人も異質な存在になることが出来る。

普通の人とはかけ離れた力を行使して、魔力の波を木材へと伝えて行く。

木材は魔力の流れを受け止めると、その効力を発揮するように発行し始める。

月明かりや星明かりとは別に、縁側に小さな光が一本。

それはすべて、人の手で意図的に加えられた力。

魔力の大元たる力と力がかけ合わさり、それが人の手によって融合しながら一つの現象を具現化させる。





「………まぁまぁってところか」





発動から効果の発揮までにかかった時間は、15秒ほど。

数えていないため正確な数字ではないが、恐らくはそのくらいの時間だろう。

習ったばかりの時に比べればかなり時間を短縮することが出来ているのだが、それでもまだ早いとは言い切れない。

そもそも、習ったというのがまだ数日しか経っていない。

まだ魔術行使さえそんなに数をこなしていないのだが、彼は既に彼の意識の外で魔術への耐性と応用が急速に働き始めていた。

フォルテが推測するように、彼は彼が思う以上に魔術への適応が早く、更に彼が思うよりも前から魔力そのものと適合していた可能性がある。

彼は目の前の木材の出来を確かめると、すぐに魔力を拡散させ効力を消失させる。





「………そういえば」





あれほどの衝撃を受けたというのに、今の今まで忘れていたことがある。

本当は彼女にそのことを聞くべきだったのだろうが、それ以上に彼女の発した言葉が頭の中に強く残りすぎていて、すっかりそれを忘れていた。





「………どうやって、フォルテさんは魔力から剣を生み出したんだ………?」





剣だけではない。

遠くの敵を追撃するために、弓さえもその場で創って見せた。

文字通りそれは自分たちが持つ本物の剣で、効果も確かに本物であった。

あの瞬間、強い魔力の発動を彼も感知しており、あの武器が魔力により精製されたことは疑いようもない。

かつて、彼は王国の宝物庫で魔術本を閲覧した時に、この世界の魔術の行使は、まずどんなことも魔力を現実世界に投影するところから始まる、というものを見ている。

確かにその通りだ。実際に目に見えないものだったとしても、身体の内にある魔力を身体の外に放出するという過程は、現実世界にその力を実際のものだと投影していると言っていい。

だが、まさか目に見えない魔力からイメージを巡らせ、剣や弓を創り出すとは思わなかった。

あまりにも意外だったし、それで助けられた部分もある。

思えば、彼女があのような決断を下すのも、あのように剣や弓を精製することが出来るのを、彼女自身が知っていたからなのだろう。

はじめ、武器を持っていない自分たちに戦う術はなく、ここはマホトラスの兵士たちに見つかる前に逃げるべきではないか、と考えたアトリがいる。

それは彼の本来の気持ちを抑え込んだ考えではあったが、戦う術が無いのであれば殺される可能性が格段に高くなる。

幾ら譲れぬ信条を手にしているとはいえ、戦う手段が無いのに立ち向かっても意味を成すかどうかは分からない。





「………でも、出来なくはないのか」





だが、よく考えれば、彼女はあの道場の中で、魔力弾を作って見せた。

あれも体内の魔力を外部に放出し、形として成り立たせるという投影作業を行っている。

そう考えると、武器や防具などの投影も出来ないことはないのか、と彼は考えた。

しかし、恐らく急造の武具は本物よりも効力が薄いのだろう、と感じるところもある。

偽物とまでは言わないが、本物が偽物よりも劣るというのも考え難い。

魔術であればそういった逆転現象も起こし得るのかもしれないが。





「………投影、か」





彼にはイメージが湧かなかった。

全く無い物を作り上げ、それを現実に使えるものとするならば、確かに相応の効果は望めるだろう。

だが、彼はその手のものにあまり興味を示そうとしない。

魔力弾などは魔術の基本だという考え方があるようで、その習得はしようと考えている。

しかし今の彼はそれ以外の魔術行使は、主に自分の身体に対しての強化を考えていた。

自分の戦う姿勢が防御ばかりなのだから、それに見合うだけの魔術を会得しようとしている。



それより。

そのように、魔術を幾度も行使する彼女の姿を見ると、やはり気になってしまう。

彼女がどのような存在で、どのような経緯で、あのような人になってしまったのか。





「………続きをしよう」





その後、彼は日を跨いでも眠気が来ず、

何度も何度も魔力を行使、拡散を繰り返した。

魔力の貯蔵を確実に減らしながらも、その効果は回を重ねるごとに効率よく、強いものとなっている。

最終的に彼が眠りについたのは、3時頃であった。













………。








あの光景を見ている。

このままでは、この光景さえも当たり前のものとして、受容してしまう気がする。

いや、そうであってはならない。

そうあるべきではないと、心の内から心に一生懸命訴えられている気がする。

もし、この光景を他の誰かと共有できたのなら。

果たして、その人はこれを見てはじめに何を思うだろうか。

今見ているそれは、灼熱の炎に包まれる地獄のものではない。

もう一つの、地獄。





白と黒。

この光景を彩る世界観は、その二つで形成されている。

広がっているはずの大地にも、元々あったはずの自然にも、美しいと呼ぶべき色彩はどこにもない。

ただひたすらに、白と黒、他の色が存在しない世界が途方もなく続いている。

建物も、自然に生える草も木も、何一つ色を持つことはしない。

すべては白と黒、二つの色で統一された世界だった。

音もなく、風も吹かず、そして誰も存在しない世界。

建物の姿や足跡のついた道を見れば、元々そこに人間が住んでいたことは窺える。

だが、今人間の姿を持ちながら、この二色の世界に存在している人間は、ただ一人しかいない。




その男には、見覚えがある。

あの劫火の地獄の中で、何度か見かけている、あの男の姿と同じだった。





………。




寂れ切った、身も心も錆びれかかったその姿は、見るのも痛々しい。

その背中に、その肩にどれほどのものを背負い込めば、その果てにこのような姿になるのだろうか。

見る側としては疑問でしかないが、色々と感じるものはある。

その男の背中しか見れず、表情も素顔も窺い知れない。

しかし、どことなくその人の感情や思っていることは、伝わって来る。

それは、何故だろうか。

ただ単純に背中で語っているという理由だけではない。

もっともっと、本当はもっと多くのことを知るべきで、多くのことを理解すべきで、そのうえでその男のことを考えるべきなのだろう。

しかし、この男と彼との間には、何の接点も無い。

何故かいつもこのように、妙な光景の中に生まれ出るその男が、一方的に見えるだけ。

言葉を交わすこともなく、顔を合わせることも無い。

これが夢であると分かっていながら、その夢を全力で否定したくなるほどの、冷たい景色。




白と黒の世界は、何一つ動きを見せようとしない。

否、もとよりこの世界は動きを必要としないのだろう。

そう思えるからには、それなりの理由があるはずだ。

ただ単純に彼がそう察することが出来るほど、その世界は「異常」だった。

地獄という言葉がよく似合うほどの、虚しくも冷たい凍てついた光景なのだ。

動きのあるものといえば、その男ただ一人。

人間もその男しかいないし、他に動くものはなにもない。

草も木も、植物も風も、そして空に浮かぶ雲でさえ、全く動こうとはしない。







―――――――まるで、その世界は時間が止まってしまったかのような世界。







そんな世界にただ一人。

上着もボロボロで、足取りも重く、そして何よりその背中が今にも崩れ落ちそうな姿の男は、この光景を見て何を思っているのだろうか。

何を知りたがり、何をすべきだと思っているのだろうか。

自分以外のすべての人間がいなくなり、動くものもなくなり、色さえも消えてしまった、消失された世界の片隅。

その世界の片隅に一人だけで存在する、その男とは、いったい誰なのだろうか。






………。





今回は、僅かながらに夢が長い気がする。

夢だと分かっていながら、その夢が夢でないと感じてしまう、この違和感。

既に何度か見た光景だと、既視感を抱きながらも、毎回のように心の中に警鐘を鳴らすこの地獄。

それがただの夢ではないことを、全力でぶつけてこようとする、夢の中の自分がいる。

これは、単なる光景ではない。

見過ごすことも、見逃すことも、放っておくことも赦されない。

忘れてはならないものだと、訴えられている自分がいる。






声が、聞こえる。







――――――――――。







遠く離れたところで、声が聞こえてくる。

何を言っているのかは、よく分からない。

微弱な振動と共に伝わるその声色と言葉を、一つだけでも聞き取ることが精一杯。

しかし、それでもいつもとは違う、長い夢を見ていた。






――――――――――。







何かを伝えようとしているのか、

それともそのように感じてしまっているだけなのか。

確かなことは分からない。

けれど、その男は白黒となった世界を目の前に、拳を強く握り締めながら、確かに何かを言っていた。






――――――――。






そう。

確かなことは分からない。

けれど、なんとなく、その男の姿を見て、分かることはある。

逞しくも崩れかかったその背中が、その男から発せられる声色が、言葉が、何かを話している。

白と黒で埋め尽くされた世界の中、孤高なる丘の上に男は立ち、そして姿かたちが変わり果ててしまった、その世界を見つめて―――――――。















「この地獄を回避できるのなら、俺は――――――――。」
























3-20. 二つの色





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