3-19. 異質な生き方
ポーラタウンの悲劇を、目の当たりにした。
今まで普通に存在していたであろう日常が、もうそこにはなかった。
いつものように暮らしていたその姿は、もう戻ることはない。
防げるものなら、はじめからそうしたであろう。
だが、彼らがここに辿り着いた時には、既に状況は決まっていた。
どう足掻こうとも覆されることのない事実が、目の前に展開されていた。
ただ、それに巻き込まれず逃げる機会を与えられただけでも、僥倖と言えるだろう。
その機会を与えたのは、一人はこの町に縁のある者。
もう一人は、この町と何ら関わりの無い、「死地の護り人」と称される者だった。
「あ………あんたたち………」
この町に捕らわれず、だが町から出ることを許されなかった人々は、少ない。
自警団や町長の側近らがマホトラスに対して抵抗を示したために、その時間を使って多くの町民が逃亡した。
彼らの頑張りがあってこそ、生き永らえた命もあった。
その代わりに、自警団や町長、その側近らは無残にも殺され、更にその代わりにマホトラスを鎮めた彼らが生き残った。
町のはずれにある、元来た道に戻ろうとしていた二人の姿を見た、商人のおばあさんが歩みを止めさせる。
この町の為に戦い、そしてこの町を死地にしてしまった。
ご老体は明らかに心配そうな顔で二人を見つめていた。
返り血を浴び、所々に赤く塗装されてしまったその姿。
それでも、自分たちは役割を果たしたことを証明するものでもあった。
ただの一つの役割に過ぎない。それも、未完のまま終わってしまった役割だ。
何の結果ももたらしていない。
まして、彼の言う自由で平等のある幸せの席からは、遠くかけ離れている。
脅威はいなくなった。
ただ、かつての町を取り戻すことも出来ず、その姿は今にも小さな燈火が遠く彼方へ消えそうだった。
「おばあさん、ここから逃げて下さい」
「に、逃げるったって……」
「あの兵士たちは、何らかの形で上の存在に連絡を取っていたはずです。それが無くなったとあれば、この町に再びあの兵士たちがやってくるでしょう。今度はその命も危うくなるでしょうから」
フォルテがそう話すと、再び背中を向け歩き出す。
必要なことだけを伝え後を託す。
アトリのようなウェールズの兵士と違って、彼女の立場はそれを経験したいと思ったとはいえ、一般人。
いつまでも誰かを護り続けるという立場を取ることが出来ない。
それについては、今の彼の状態も同じであった。
兵士でありながら国の者たちとは離れた生活をしている。
鍛錬が終わり調子を取り戻せば、またその立場となって多くの民を護りに行くことだろう。
だが、今はどうすることもできない。
その機会を用意し、願わくばその命が最期の時を迎えるまで、平穏であらんことを。
「……どうしてあんたは、見ず知らずのあたいたちに、そこまで………?」
既に背中を向け、先に歩き出しているフォルテ。
そして彼もそれについていこうとした時に、再びご老体に歩みを阻まれる。
それは、一人の人間として純粋な質問だったのだろう。
見ず知らずの他人の為に、命を賭けて護ろうとするその在り方。
人として、人の為になることをしようと率先した結果、町の脅威を排除するという考えに至ったこと。
戦いになれば自分の命が危うくなる。だというのに、それ以上に他人を優先するその姿。
それでも、彼は言う。
たとえ誰にも理解されないことであったとしても。
「それが、自分の役目です」
それを否定することは、自分を否定することになる。
今まで過ごしてきた時間そのものを、否定することになる。
たとえこの身が剣となろうと誓ったことを忘れることは出来ないし、譲ることも出来ない。
彼もまた、背中を向け歩き出す。
逞しく広い背中に背負わされた、運命。
その一つに関わったご老体は、酷く深くため息をついた。
彼らの行いは、決して正当化されるものではない。
とはいえ、助かったといえばそれは否定できない。
この町の脅威を排除してくれたことで、確かに命はあるし逃げることも出来るだろう。
誰かの為にその誰かを始末するというのが、彼の役目。
それが、果たして本当に人助けというものだろうか。
素直に、ご老体はそう思ってしまったのだ。
もうあの町に行くことは無いだろう。
死地と化したポーラタウンに残された民は、ごく僅か。
出来ることなら、その者たちの行く末を安全に見届けたかった。
今まで世話になった分の恩返しさえ、まだ出来てはいない。
ただ、この後の時間も平穏に過ごせるようにと、その機会だけを用意して放り出してしまった。
自分の大切な日常の一つを形作ったその町は、たった一瞬でこのような景色に変わってしまうのか。
それを身を持って知った彼女は、表情からは窺い知れないがひどく落ち込んだ。
彼女に全く感情が無い訳では無い。道具としての人間などという生き方はしていない。
それでも、今日という一日がどれほど意味を持たせられるものだろうか。
それをはかり知ることは難しいのかもしれない。
「………申し訳ありませんでした」
気付けば、彼女はそのような言葉を口にしていた。
その口調、声色から彼は知ることが出来る。理解することが出来る。
彼女は恐らく自分の決断で彼を巻き込んでしまったと、自責の念に囚われているのだろう、と。
彼にもそのような経験はある。
幾度も戦場を経験し、それを越えてきた末に得た気持ちや思い。
町を、町の民を護るために派遣されたというのに、その責任を押し付けられたこともある。
一緒に戦った町民が死んだことを責められたこともある。
王国の兵士だと言うのに、何故この程度のことしかできないのか、と。
感謝されることよりも罵倒されることの方が多かったのかもしれない。
兵士と言う道具がその役割を果たせないのなら、土偶や埴輪などという置物と同じことだ、と。
多くの死地を渡り歩き、多くの人々の幸せを奪いながら、多くの人々に機会を与え続けた彼。
そんな彼には、彼女の考えそうなことも分かる。
自分の身勝手な決断が、あのような結果を招いてしまったのではないかと、後悔している。
彼は確かに多くの死地を経験し、時に民から罵倒され貶された。
だが、それでもこの道が間違っていないと今も信じ続けている。
多くの覚悟を背負いながら、それが現実的ではなく負の感情を押し付けられ、その覚悟が揺らいだこともあった。
それでも、彼は決してこの道を逸れることが無かった。
「後悔はしないで下さい。自分は、フォルテさんの決断は正しかったと思います。それに、もしフォルテさんがそう決めずとも、私ならそのような状況下にあった町を見逃さなかったと思います」
「………」
「確かに、誇って良い決断とは言えないのかもしれない。それでも、貴方のその決断のおかげで、救われた命もあるでしょうから」
確かに彼女がそのように決断していなければ、彼がその決断を下していたことだろう。
その場合は、町にある何でも武器になりそうなものを彼は手に取り、10名程度の敵兵士に向かっていったことだろう。
彼の経験では、そのように一対多数の敵を相手にしたこともあるのかもしれない。
調子が戻らない彼でもその戦う様はまさに兵士で、驚くべき剣戟の数々であった。
そんな彼に言われた言葉。
誇って良いとは言えないが、後悔はしないことだと。
かつて自分が言ったそれと似ている。
この決断が間違っていたと思うことが無いようにしなければならない。
だから、彼女の決断で救われた命の重さを思うと良いだろう、と彼は彼女に伝えていたのだ。
違う。
重みが明らかに違う。
彼女が考えている以上に、彼の経歴は彼の人となりに影響している。
普通、このようなことを少年が言う訳が無い。
尚更そのような経緯を持つ彼が異質なものであると感じてしまう。
「………私には、貴方のその生き方が理解できません………」
「え………?」
不意に言われたその言葉。
空気を張り詰めさせるどころか斬り裂くのに十分すぎるほどのもの。
表情も素顔も隠すようで俯きながらそのように話した、彼女の言葉が彼にはハッキリと聞こえた。
いつもの調子じゃない。
彼女のその姿も、声色も、普段のものとは違う。
当たり前と言えば当たり前だろうが、彼にとっては初めて見る姿だった。
今の彼女の姿は、全身からその心象を表しているようで。
二人の間に風が吹く。
「………貴方の生き方も考え方も、私には正しいかどうかは決められない。けれど、今日こうして貴方と近い立場になって、よく分かりました」
「………」
「人助けをするのは良い。善行を重ねることで、多くの人を救い護ることも出来るでしょう」
―――――――ですが、貴方自身はそれで“どうするのですか”。
………。
それが、今日一日のことだけを指し示しているものではない、と理解するのは容易だった。
彼はこの場で初めて彼女がそうした心意気で彼と行動を共にしたことを知り、そして会話の内容もその意図も頭の中で思い浮かべることが出来た。
何度かフォルテとパトリックに、自分の身の話をしたことがあり、彼女はそれを知って彼の立場を経験した。
ただの一度の戦いで、何が分かるというものだろうか。
彼は幾度となく死地を乗り越え、多くの人を救いながら多くの人を殺害してきた。
誰かの為になることをし続け、その誰かが幸せであり続けるようにと願ってきた。
たとえ自分以外の誰もが死んでしまった、そのような光景を手にしたとしても、決して人の為になるという選択肢を棄てることはなかった。
「その理想を背負い戦う貴方は、それを実現させるためにどのように行動すべきかを分かっている。この世の中が“どうしようもない”ものと理解していながら、それでも貴方は誰かの為に戦い続けている。貴方が言うように、その貴方の行動で救われた人々は多いはずです。ですが、貴方自身はどうなのです」
「………………」
「貴方は以前、自分には兵士として見返りを要求するものは一切ないと言いました。命を賭して戦う者が自分に対して何の欲も無く、ただ純粋に人の為に戦うなど、人の為に尽くす道具と同じものです。たったそれだけ……それだけでは、人間の業とは言い難い。貴方のやっていることは、人々の為に利用され扱われる家具のような道具と同じです」
いつしか、それでは貴方自身がこの世界に利用されることになる………!!
違う。
思い違いをしていたのかもしれない。
自身の掲げる理想とするもの、そのために尽くす者の姿を、ただの一度の戦いで理解できるはずもないし、安易に想像がつくような軽いものでもない。
それは確かにそうなのだ。
人の為に戦うということなど、安易に考えて良いものではない。
誰かの為になろうとするということは、その誰かの日常に介入することにも繋がり、時にその人の運命さえも変えてしまうことがある。
それを、ただの一度の戦いで分かり切ることなど、そう簡単なことでは無い。
彼女は、そのようなことを伝えている訳では無い。
彼女とて一度ですべてを理解することなど出来ないだろう。
今まで死地で多くの人々と出会い、その姿を理解されなかった彼と同じように。
だが。
一度の戦いで分かったこともある。
悟られたこともある。
彼女はハッキリと強い口調でそう話す。
その少年の生き方は道具で、いつかそれが世界にさえ利用される時が来る、と。
―――――――それは、あまりに異質な生き方なのだと。
二人の間に少々の沈黙が生まれる。
風が吹き自然は音を鳴らせ優雅に時を過ごしているが、この二人にはその背景の様子は入りこまない。
ただ、お互いがお互いを見つめ、そのような時を送っているだけだった。
その時の彼女は表情さえいつもと変わらないものなのだろうが、彼には違った様子に見えていた。
いつもは見せない彼女の顔が、たとえ素顔でなかったとしても、いつもとは違うという事実が表現されているようで。
彼はそのように感じていた。
やがて、その沈黙を彼が止める。
「たとえ、自分がこの世界に利用される存在にまでなったとしても」
「………」
「それでも、きっと俺はこの道から逸れることは無いと思います。フォルテさんの言うように、確かに俺は道具のような人生を送っているかもしれない。でも、そうすることで誰かが笑って過ごせるようになるのなら、それを見ることが出来るのなら、俺自身も嬉しいことですから」
そう、彼は笑顔を彼女に向けて、話した。
自分の命を賭けて戦っているというのに、もうそれは献身的というような言葉では言い表せない。
純粋に、ただ素直に、馬鹿な人なのかもしれない。
彼女には自分で言うように、そんな彼の生き方が正しいかどうかなど、分からない。
だが、その生き方の果てを見るのは、恐ろしい。
たとえ彼がこの先調子を取り戻して、再び兵士として戦場を駆ける存在になったとしても、その結末を知るのはあまりに恐ろしい。
兵士として戦い続け、人々を救って、護って、幸せに過ごしている姿を見る。
嬉しそうに笑いながら、この大地に囲まれ毎日を生活している。
その姿を見られることが、彼にとっては嬉しいことだと自分から話してくれた。
そうだろう。
苦しんで苦しんで、辛い毎日を送っている人の顔を見続けるよりは、遥かに嬉しいことだろう。
でもそれは、誰もが思うことで、特段彼だけが求めている結果ではない。
ただ、そう思える過程と結果を作る、あるいは護るために彼がしていることは、他の人々が簡単に出来ることではない。
既にそういった結果を見てきているはずなのに、彼はまだ結果は見えていない、何も成し遂げられていないと言う。
その目に留まる人々でも、そうでないこれから向かっていく先々にいる人々でも、いずれそうした生活が出来るようにするために、彼はその道を外れることなく戦い続けるだろう。
聞かなくても、それは分かっていること。
彼がそういうのだから、ではなく、彼の人となりやその姿がそのように物語っているのだから。
「それでは、貴方は……」
国に利用され、民に利用され、自治領地に利用され、そして………世界にさえ利用される。
彼が今手にしようとしているものは、常人が届き得ぬ膨大な力。
その力を手にこの戦争を終結させるために、彼は必ず戦場に復帰することだろう。
誰かの為に純粋に力を尽くそうとするその少年の姿を見るのは、怖い。
その先がどのような末路であるかを知るのも、怖い。
だが、意識せずにはいられない。
彼女が強い口調で彼にそう言ったのも、彼にそれを分からせるため。
世界に利用される、などという表現をされたことは、彼の中では一度も無かった。
フォルテが一番最初であっただろう。
しかし、それでも彼は自分の力がキッカケで人々が笑顔になれる、そんな環境が訪れるのなら、そのために力を尽くしたいと笑顔で言う。
その異質な生活に、異質な理想を上乗せして今までを生き続けている。
自分よりも他人を優先する者の姿は、誰がどうみても不安だらけだろう。
それを今まで指摘して来なかった、周りの人たちにも責任はある。
だが。
こんな状況を経験し続けてきた彼自身が、笑顔でそのように話すのだから。
もうそれは、異質というものを通り越しているのかもしれない。
本当なら、止めるべきところだろう。
だがそれが今まで止められず、多くの人々を護りながら多くの人々を殺してきたのだから、
もう彼の中でもそれ以外の生き方を見出すことは出来ないのだろう。
彼女はそう思いながらも、どうにかして彼に分かって欲しいことがあった。
彼の立場を経験し、その姿を間近で見た彼女には、痛いほど分かること。
それは、彼女の過去の経験と結びつく部分がある。
殆どの人が知らない、彼女自身の過去の話。
遠い記憶でありながら、決して手放すことの出来ない、記憶の面影。
それを知っている彼女だからこそ、彼には自分という存在も大切にしてほしい。
どうにか、彼にはそのまま進んでほしくない。
「………!!」
そう思っている彼女は、自分自身でおかしなことに気付く。
今まで、これほどまでに人の生活に干渉しようと気持ちを持ったことが、あっただろうか。
自分から、アトリという少年の在り方、生き方に声をかけている。
「大丈夫です。この身がある限りは」
「………」
今はまだ、止められそうにない。
いや、恐らく今後もこの人はこの生き方を止めることはしないだろう。
だけど、だとしても、そんな生き方の中でも気付くことは色々とある。
彼女は返す言葉を失ったが、それが彼らしいと思いながらも諦めることはしない。
似たような境遇を持って、進んで欲しくない。
今の彼女には、そう思うことくらいしか出来なかった。
それからのこと、往きより少々遅くなりながらも、買い物をすることはせずそのまま帰宅する。
3時間以上の道のりを道中全く会話をせずにいるというのも、今日の出来事からすると無理もないものであった。
普段から会話の少ないフォルテではあるが、アトリから見てもあの一件は彼女に大きな影響を与えたことだろう。
マホトラスの連中が全員あのように残酷な仕打ちをするかどうかは分からないが、彼女から見てもマホトラスが明確な敵であるという認識は持ったことだろう。
アトリはあの町で救うことの出来なかった数多くの命を思って、彼女と同じく気持ちを重くした。
そのせいか、彼も普通の会話をするような気にはなれず、結局帰宅するまで何も話すことは無かった。
道中誰にも会わず、ただひたすら同じような光景を目にしながら、大自然の中を歩いていた。
パトリックの家に辿り着く頃には、空の色も変わり始めていた。
あれほどのことがあったというのに、今日の空は美しく綺麗に見えてしまう。
「なんだと………!?」
だが、そんな情景をも引き裂くような驚愕の声が、家中に響き渡る。
帰路を無事に抜け帰宅した二人は、パトリックを縁側で見つけ、今日の出来事を語る。
既にポーラタウンは危惧していたように、マホトラス軍が占領していた。
町の人は既に逃亡しているが、幾人かは取り残されていた。
その人たちを護るべく、二人して町に駐留する兵士たちを殲滅した、と。
経緯を語るのであればもっと多くのことを話せるのだが、パトリックは成り行きだけでも想像つくものがあった。
それは、町の事案だけに限らない。
驚いたことは幾つかあり、まず一つはパトリック自身が危惧していたように、マホトラスの兵士たちが既に王国領奥深く侵攻し、領土に関係の無い自治領地にまで手を伸ばし始めていることである。
今、各地の自治領地は、マホトラスとウェールズの動向を見守る態勢を維持している。
下手に目立つ動きを取ってしまえば、それがマホトラス軍の注目の的になる可能性があるからだ。
マホトラス軍がどのような目的で他の自治領地へ侵攻しようとしているのかは分からないが、少なくとも小さな町であったポーラタウンへは、物資の調達と各地への偵察の為に占領を実行したものと、アトリが分析していた。
これが意味するところは、パトリックもフォルテも、そして何よりアトリも痛く分かってしまうものだ。
王国の象徴たるウェールズ城よりも南部に位置するこの辺りに、マホトラス軍が介入しているのだから。
もう一つは、フォルテが自ら町の人たちを解放するために相手を攻撃する決断を下したことだった。
はじめ、このことについてアトリは事実とは異なる、自分が勝手に決断をしたと言おうと思っていた。だが、そう言う間も一切与えず、彼女は事実をパトリックに告げた。
その決断を下し、ここに帰って来られたということは、相手の命を奪い命を救ってきたことになる。
そう簡単に下せるような決断ではない。
何より彼女自身が「自らの気持ちで誰かを護ろうとした」ことが驚きであった。
パトリックとの生活。
彼女にとってパトリックとは親交が深い仲だが、彼の言うことを当たり前のように受け、そして彼の必要とするところを当然と手伝うのが、彼女の姿だ。
自らの内を見せることなく、ただ言われたことを遂行する者。
そんな彼女が、確かに自分の意思でその決断を下したということが、パトリックにとっては何よりの驚きであった。
彼女はいつだって受動的立場に居続けていた。
パトリックが言うことの大半を頷いて従ってしまうような、とても少女とは思い難い一面も持つ。
その話を聞いた時、すぐに隣で同じく報告をしてくれた、アトリの存在を思い浮かべる。
彼が「死地」と呼ばれる戦場を駆け抜け、それらの地で多くの人々を護ってきたという事実がある。
彼であれば、彼女が決断せずとも町の民を護る為に行動したことだろう。
この時点で既にパトリックは見抜いていた。
もしかしたら、彼のそういった人となりや、兵士としての役目を知っていて、フォルテはその立場を経験してみようと自ら志したのではないだろうか、と。
彼女の過去。
彼の人となり。
そして、今回彼女が取った行動と、選んだ決断。
「…………」
パトリックには、それらが決して全くの無関係ではない、
繋がりを持つことが出来るように、思えたのだ。
「少し、今後のことについて考えなければならんな」
思えば、この時だっただろう。
パトリックが、後に彼らの運命を大きく変える、彼なりの決断を下す考えに至ったのは。
3-19. 異質な生き方




