3-17. 彼女の決断
「おばあさん、それはどういう………」
パトリックが住む家から、歩いて3時間の道のり。
決して近くは無い行き先、ポーラタウンと呼ばれる小さな小さな町に、彼らは買い物を頼まれた。
道中様々な会話を交わしながらも、片道特に何かあった訳では無い。
が、町の中に入り、まずはじめにフォルテがその異変を感じ取った。
空気が違う、いつも来ている町の様子とも違う、人は出歩かず妙な緊迫感を感じる。
そのような気配に気づいた直後のこと。
二人は路地裏に急に連れていかれ、腕を引っ張った主は彼女がよく世話になっている商人のご老体であった。
あまりに突然すぎて二人とも驚いたのだが、路地裏に来てそのおばあさんの表情を見るなり、この町の状況を大方察してしまった。
「つい三日前のことだよ。マホトラスって奴らだろう?あいつらがこの町に来たんだよ………!!」
「何ですって………!?」
フォルテが異変を感じ取るし、このご老体はそのような表情をはじめから見せていたし、彼とて全く想像がつかなかった訳では無い。
この人が口を開ける前から、彼も彼女よりは遅らせながらもその異変を感じ取っていた。
その異変の中心たるものが、マホトラスの存在ではないかと疑ったのは、やはり兵士として王国の情勢によく関わっていたからであろうか。
商人のおばあさんは町の中に二人が入っていくのを見て、すぐ家の裏から出てここに引き込んだのだという。
そして、マホトラスがこの町を占領しているという事実を知って、真っ先に反応したのはアトリであった。
フォルテはアトリの顔を見る。
余裕のない、緊張や心配といった表情ではなく、どこか悔しそうな、後悔をしていそうな表情であった。
まるで、自分が最前線でウェールズの兵士として戦うことが出来ない、その今の状態を悔いるような眼差しと、強い責任感を抱いているよう。
「あんたが5日前にここに来た時にぁ何にもなかったんだが、10人くらいの兵士が来たもんでね……若いモンはみんな町長の家に捕まっちまったんだ」
「町長の家ですか………」
「町長もまだそこにいるだろうが、皆逃がすために一泡吹かせてやろって抵抗したんだ。今頃どうなってるか知れたものじゃ……」
つまり、町長やこの町を防衛する自警団が、マホトラスに抵抗し捕まったということか。
アトリはこみあげてくる気持ちを必死に押さえながらも、おばあさんから受けた情報をもとに町内の状況を分析する。
もしまだ生きているのであれば、町長の家に自警団の人たちや町長が捕えられている可能性がある。
だが、彼らのおかげで脱出できた民も多いという。
幾多の町を占領し、占領できなければ資源を奪い破壊を繰り返してきた奴らのやり口なら、人質をとり利用しようとするだろう。
アトリはフォルテに目線をやる。
フォルテは少しばかり困惑している様子があった。
表情は変えず、ただこれからどのようにするかを決められない様子。
「もうウチは商売できん、はよ逃げなはれ………!」
「しかし、それでは奥方もいずれ………!!」
「私みたいな老いぼれはもう用済みだし、あいつらにとっちゃ捕まえるだけ無駄ってもんよ……!」
この人は言っている。
こんなところであのような者たちに巻き込まれるべきではない、と。
若者はこれからの人生がまだ長い。
自分のような老いぼれは、あとは死にゆくだけだが、貴方たちは違うと。
全身でその商人は二人に訴えている。
―――――この土地を愛しておる者も、大勢いる。危険から逃げたい者たちだけを、連れて行って欲しいのじゃ。
だが、彼には覚えがある。
あの時、同じようにマホトラスの侵攻を受けていた日。
まとまった勢力を失い敗走を続ける兵士と、それに同行し出来るだけ遠くに行こうとした民たち。
そして、死地に追いやられた民たちを護るべく戦い続けたアトリ。
あの時のあの民たちも、自分たちのことはもういい、と話していた。
彼は知っている。
前例がある分、ハッキリと自覚することが出来る。
このまま放っておけば、この町の人たちはいずれ悲惨な運命を辿ることになるだろう。
時として、それを受け入れなければならないと考える者もいたかもしれない。
たとえ自分たちの生活がどのように変化したとしても、その地を愛してやまない者たちにとって、危険を回避するために遠くへ逃げるという選択肢も、過酷なものであったはず。
だが、それでも彼は止めたかった。
彼らがそこに留まることで、間違いなく幸せという席から彼らは零れ落ちることになる。
民たちを、護れなくなってしまう。
それだけは避けたい。
たとえ故郷を失ったとしても、すべてを失ったとしても、
その命がある限り、まだどうすることも出来る。
彼は焦燥に包まれる。
今の自分に人を護れるほどの力は無い。
もっと、自分の思う以上の腕と器量が備われば、この人たちも護れるかもしれない。
だが、今の状態で複数の奴らに挑んでも、こちらが殺されてしまう可能性は十分に高い。
そして、民たちも無事では済まないだろう。
危険は至るところに存在している。明らかに目に見えるものと、潜在的なもの。
そのどちらとも対峙しなければならないこの状況。
たとえ彼女の腕が兵士並みかそれ以上に良いものであったとしても、今の自分たちは丸腰。
全く戦うための道具を持ち合わせていない自分たちが、敵うはずがない。
たとえ肥大した自治領地の兵士が相手だとしても、たとえ国として繁栄を支え続けた兵士だとしても、剣無き彼の腕は奴らを倒すことなど出来ない。
だから、ここはこの奥方の言う通――――――――。
「おばあさん。奴らを一番最近見たのは、どこですか」
「………!?」
そんな彼の考え、彼の中で決まろうとしていた回答を、考えごとぶち破る、重くのしかかった声でフォルテはその商人に問いを投げた。
「え、あ……たしか何人かは町の中央広場にいた気がするけど、でも全員でもなかったような……って、あんたもしかして……!?」
「………」
この少女は、その瞳で確実に訴えている。
誰がどう見てもその決断を下した、強い意志に満ち溢れている。
たとえ自分たちが危険に晒されようと、今まで多くの場面で世話になったこの町の人々。
そんな平穏を突如奪った、奴らを許すことなど出来ない。
彼も、彼女の瞳を見る。
真っ直ぐな黒い瞳はその鋭い眼光を、既に目標に向ける用意が整っている。
「おばあさん。私は、この町の人たちを放っておくことは出来ない」
「………!!」
「だって、この町は―――――――」
――――――――私の日常の、一つなのだから。
そう言うと、彼女は路地裏を出て通りに入る。
その様子を見ていた商人のおばあさんは驚愕の表情を浮かべている。
無理もない、恐らくはそのような姿を初めて見たのだろう。
普通の人であれば、マホトラスの兵士に立ち向かおうなどと考えるはずがない。
まして、彼女は女性。
兵士はその大半が男性。
普通に考えれば力の差は歴然たるもの。
しかし、彼女には戦う術がある。
この町の人たちには何度も世話になっている。
彼女にとっては、日常生活の一部とも言える場所。
それを土足で踏みにじり、好き勝手に侵略してきたマホトラスを、彼女は許さなかった。
強い意志、強い正義感。
アトリは、その彼女の背中を見て、どことなく思い当たる人の姿を頭の中で浮かべた。
背後ではおばあさんが声をかけていたことだろう。
だが、彼女はもうその声には反応しない。
今、彼女がこの町にいる理由はただ一つ。
この町の人たちを、護るため。
隣にいるこの男性が今まで幾度となく、その身を徹して成し遂げようとしたそれを、彼女自身も貫くために立ち向かう。
「お、なんだ。まだ若者がここにはいたのか?」
「いや、来訪客じゃないか?」
中央広場。
十字路の中央にマホトラスの兵士たちが集まって話をしている。
その数は5人。
それに対して彼らはたったの二人。
兵士たちはこちらへ向かってくる二人の姿を見て、ぶつぶつと話し始める。
二人もまた、その歩みを止めることなく向かっていく。
アトリも彼女についていくのだが、彼らと戦うための術をどうするのかが気になっていた。
額に汗が流れて行くのがハッキリと分かる。
間違いなくこの兵士たちに自分たちの存在は警戒されているだろう。
「ん……あの顔………」
すると、5人の中でも体質が強固なものに見える一人の髭面の男が、
二人の顔がハッキリと見えてきた時点で、何やら疑問を持つような表情を見せる。
アトリとフォルテにもその姿は見えている。
先程までぶつぶつと会話をしていた兵士たちだが、今は接近してくる二人を見続けている。
一切目線を変えることなく、自分たちは睨み付けられているのだから、気にしないはずもない。
髭面の男は何か考え事をするような表情へと移り変わっていき、アトリとフォルテがその足取りを止めたところで、声を出した。
「……お前の顔、まさか……ウェールズの……!!」
「っ………」
髭面の男が見ていた対象は、アトリ。
アトリの顔を見るなりその表情が疑問から驚愕のものへと移り変わっていく。
明らかに敵視するような目線と、その存在を確信したことで恐怖のようなもの感じている、そんな表情を見せていた。
アトリはすぐに気付いた。
なるほど、自分の顔は既に敵の兵士に知られているのか、と。
彼は幾度か暗殺されそうになったこともあるし、各地を転々としながら戦いを繰り広げてきた経験もある。更にはマホトラスの軍勢に対し、たった一人でも多くの敵を相手にして生き残ったこともあった。
それらの経験は、敵軍にとって「アトリは脅威である」という認識を植え付けるのに十分なものであっただろう。
たとえこの兵士たちが槍兵やあの黒剣士の足元にも及ばない下っ端だったとしても、情報を共有することでその存在を確認することは出来る。
……となれば、ここでアトリという脅威を知った彼らが取る行動は、二つ。
戦うか、それとも――――――。
「おい、お前。すぐに馬で上の奴に知らせるんだ!」
「は、はい!」
アトリという男が、生きている。
その情報を上層部の人間に持ち帰り、援軍を要請するか。
その二択のうち、どちらとも奴らは実行することだろう。
もしそうなれば、この町のみならず、この地域一帯が危険地帯となる。
奴らと戦うという選択肢を選んだ時点で、既にそうなっているも同然だが、彼は兵士たちの間では殺されたことになっているだろう。
その真相を知る者がここにいれば、崖から飛び降りた時点でその命は無いと思うはずだ。
だが、それが生きているのだから、マホトラスにとってはアトリが死ぬまで当面の間は脅威となる。
ならば、その存在を生かしておくはずがない。
髭面の男に命令された一人の兵士は、すぐに十字路から抜け出して町長の家の方へと向かっていく。
アトリはその行動をすべて読んでいた。
冷静に頭の中で考えを巡らせながら、これが明らかな危険を意味するものであることを理解していた。
あの男を止めなければならない、だが――――――。
「くっ………」
目の前の男たちが、それを阻止する。
敵ながら要領を弁えていると言うべきか。
情報を持ち帰って後の為にしようと、髭面の男のみならず他の三人の兵士たちも考えていただろう。
内心、この町から抜け出すであろうあの男を追いかけたかったのだが、そうする前に――――――。
「アトリ」
………と、彼を制止する声が聞こえてきた。
声の主は、彼の隣にいる若い少女。
二度の鍛錬で自分以上の実力を見せつけてきた、フォルテの声だ。
焦る気持ちは分かるが、ここは落ち着いてまずは目の前の敵を倒さなければならない。
その意味をすべて含めて理解するように、そう訴えている彼女。
少し驚いたような表情を浮かべる彼であった。
ハッキリと彼女は、彼の名を言う。
「貴方なら大丈夫です。これを」
その時。
普通の人ならば当然だが、彼が見ても驚愕の光景を、彼女はその身で作り出した。
彼はその場の空気が一転するのを肌身で感じ、その原因となるものが明らかに魔力であることを認知した。
この空間内部に強力な魔力の発動を感知し、彼は思わず目を細める。
彼女は両手を左右に広げ、目を閉じ、体内にある魔力を急激に体外へ放出し始める。
魔術行使。
身体の内に秘められた魔力と、頭の内で考えられたイメージを具現化させる。
段階的に強く、更に強く魔力を発動させていく。
それは、彼が彼女との鍛錬では見ることのなかった、強烈な魔力量と力の振幅であった。
僅かに数秒程度の行使だったのだが、それでも彼にとってはその状況を把握するには充分な時間であった。
それを目の当たりにするマホトラスの兵士は、当然のことながら驚愕を通り越した、口も閉じない間抜け面を並べている。
「こ、これは………!!」
彼女が自身の魔力で生み出したもの。
魔術行使によって体外にイメージを実体化させたもの。
彼女の両手に突如として出現したのは、間違いなく「剣」であった。
今日は一度も武装したことがなく、彼女のそういった姿を見ることも無かった。
鍛錬で竹刀を構える機会があったとしても、それは本物の剣ではない。
だが今彼女が手に取っているのは、間違いなく本物の剣。
鋭い刃を持ったその剣は、今彼女の手によって創造されたもの。
彼女は何もない状態から魔力を通し、魔術の行使によってこの世界に剣を生み出したのだ。
「な、なんだありゃ!?」
「と、とにかく敵だ!行くぞ!!」
そして彼女は、自身が生み出したその剣を彼に渡し、すぐさま構える。
その剣に鞘は存在しない。既に剣は抜き身となり、今この役割を果たそうとしている。
当然それを見たマホトラスの兵士たちは、たとえ相手が得体の知れない者であったとしても、手から剣を生み出してしまうような人間外れの存在であったとしても、彼らを敵視して攻撃態勢に移行する。
彼女から渡された剣は、特徴が無いのが特徴というような、ごく平凡な見た目の剣に見える。
ずっしりと重いことに変わりはない。
どのくらいこの重さから離れていただろうか。
だが今は、そのような考えよりも、目の前の敵を排除しなければならない。
兵士たちは、声を上げながらその剣を二人に振り下ろして来る。
「………!!」
こうして、突如戦闘は勃発する。
お互いに共通する認識「敵」という存在を討ち滅ぼすための戦い。
フォルテが強い意志を持ってこの町の人々を助けると決め、彼もまたそれに賛同する。
元々、彼の兵士としての役割と同じような状況が今目の前で展開されている。
誰かを護るための剣、誰かを救う為にその誰かを排除しなければならないという、世の理。
彼女がこうして行動に移したのも、彼がそうした生き方をしていることを事前に知っていたからだ。
ただ彼女の意志が強く、今まで様々な形で世話になった人たちを救い出したいという思いだけではない。
この選択肢は、死地で人々を護り続けるという、「アトリとしての役割」を実感することになる。
話だけ聞いていても鳥肌が立つような経験。
国の誰よりも戦闘を経験し、幾多の危機を乗り越えてきた者の姿を、彼女は知る機会を得たのだ。
そして今。
二人は明確な敵を目の前にして、その戦端を開く。
「ごほっ………!!!」
二人の戦闘スタイルは対照的だ。
アトリは防御を基本とし、相手の攻撃をひたすら受けながら攻撃の機会を伺っている。
彼女が即席で生み出した剣とはいえ、その強度は本物と同様に強固なものであった。
一方彼女は攻撃を積極的に行う姿勢で、真っ先に相手の懐に突きを入れ、戦闘開始から僅か10秒で一人を絶命させてしまった。
その手際の良さを彼は横目で見ていたが、彼女の実戦で戦う姿に驚き鳥肌を立たせながらも、つい目で追ってしまいそうになっていた。
一つひとつの動作が素早く、そして正確。
確実に相手の身体を斬りつけようとする剣戟の数々。
それは、彼が彼女の鍛錬で味わったものと同じものと言えるだろう。
決定的に違う状況は、その直撃を受ければ相手は致命傷を負うか、一瞬で絶命するか、だ。
剣を一振りするだけで、彼女の着るロングコートが揺れ動く。
後頭部でまとめられた髪も剣戟に乗せられるようにして靡く。
「………」
その姿を見る度に、驚くことよりも疑念の方が湧き上がってしまう。
可憐な少女が、何故人を殺すための凶器を持たなければならなかったのだろうか。
普通の生活から離れ、普通の人間から離れ、この道を選んでしまったのだろうか、と。
「はぁっ……!!」
マホトラスの兵士たちが必死に戦う一方で、アトリは冷静に相手の攻撃に対応し続ける。
そんなアトリの姿が、より相手に焦燥感を与えることになってしまったのだろう。
中々自分の攻撃が相手に通用しない。相手の防御が固すぎる。
そういった相手と遭遇すれば、気持ちが焦って隙が生まれるのも無理はない。
彼はそれを見逃すことはしない。
たとえ身体が未だ本調子で無かったとしても、自身の目的を見失うことは決してなかった。
相手の攻撃が力任せで大雑把になってきたところで、彼は素早く斬撃を相手に入れる。
敵の左肩から右腹部までを斬り裂き、相手は激しく出血させながら声も無く倒れて行く。
兵士を一人ひとり倒していくことで、この町が次々と血に汚染されていく。
アトリの感覚からすれば、こういった戦闘になってしまえば、最早このポーラタウンでさえ「死地」となってしまう。
フォルテの感覚からすれば、ここで一人二人と倒し続けるのは良いが、これを何年間も幾多の戦場で経験してきたアトリは、一体どのような胸中で各地に派遣されていたのかと気になっていた。
ただ、人を護るために人と戦うというが、半端な気持ちでは絶対に成し遂げられるものではないだろう。
残された敵兵士はただ一人。
恐らくはこの町のマホトラスの兵士たちを統率しているであろう、あの髭面の男だ。
だが、彼女はその髭面の男に詰め寄る前に、町の外へと向かう通りを見る。
戦闘が始まる前に一人、この集団から離脱して行った兵士がいる。
恐らくこの町にアトリという兵士がいたことを知らせるために、町から離れるのだろう。
「まずい、あの人を止めなければ……!!」
だが、既にその兵士は馬に乗り、町から離れようとしている。
通りの奥で走り去るその男の姿を確認した。
髭面の男もそれを見て少しばかり笑みを浮かべる。
たとえ自分が殺されようとも、この町に脅威がいるということが本隊に伝われば、
ある程度の戦力を割いてこの町、または町の周囲にいる脅威を排除することだろう。
そうなれば、自分たちの役割もある程度果たし、役に立てるというものだ。
そう考えていた男。
走り去るその男の姿を見た、フォルテは次にこう言った。
「任せて下さい」
とは言っても、相手との距離は既に数百メートルも離れている。
もちろん斬撃が届くものでもないし、彼女が魔術鍛錬で見せてくれた魔力弾でも届くかどうかというところだろう。
あの弾丸にどれほどの殺傷能力があるかは分からないが、この距離を命中させるのは至難の業だ。
馬と人では脚力に違いがありすぎて、追いつくはずもない。
任せて、という頼もしい言葉を聞いたところで、手遅れとしか思えない状況。
すると彼女は自分の魔力で生み出した剣を、地面に思いっきり突き刺した。
「………!?」
そうして、アトリも驚く行動を彼女は起こす。
地面に刃の3分の1ほどが突き刺さった状態の剣。
彼女はその剣から10メートルほど後方に下がると、その剣を目指して走っていく。
何をするかと思えば、彼女は突き刺した剣の柄に助走しながら自分の片足を乗せ、何とその勢いのまま家の屋根の上に飛び上がったのだ。
自分よりも目線の高い位置に彼女は飛んでいく。
小さい町のこの辺りの家が大きいものでなかったとしても、その脚力と跳躍力は驚くものだった。
更に、彼女は飛び上がりながら、再び魔力を通して何かの物を創造していく。
彼もその瞬間を見ていた。
すぐ傍にあった突き刺さる剣が魔力の拡散と共に消えていき、代わりに彼女から再び別の何かが作られ始める。
飛び上がってから着地するまでの、僅かな時間。
一切の無駄を感じられない俊敏かつ正確な行動。
「………!!」
そして、彼女がその手で作り出したのは、弓だった。
彼女とほぼ同じ背丈の大きな弓に間違いなく、更には弓矢まで出来上がっている。
左手に弓を持ち、右手で矢を持ち弓の弦にそれを引っ掛ける。
この行動を間近で見て、彼はその意図を察した。
もしこのまま通りを真っ直ぐ進みあの兵士が離脱するのであれば、この場で打てば良かっただろう。
だが彼女がそうしなかったのは、通りから別の方角へ曲がった際に、その兵士を見失ってしまう可能性があることと、視界が限定され狙撃範囲が限定されるのを嫌ったからだと、彼は瞬時に分析する。
まるで彼女がはじめからそう読んでいたように、アトリとその髭面の男から騎兵は消える。
だが、屋上にあがり辺りを見渡すことの出来るフォルテにとって、その兵士は標的でしかない。
距離は300メートルほど。
決して簡単な距離ではない。
だが、彼女は躊躇いなく迷うこともなく、矢を放つ。
「はっ!!」
敵兵士は移動しながらこの町から離れようとしている。
彼女が放たれた矢は、一直線に兵士の方へと向かっていく。
普通、移動しながらの相手に弓を撃つ時には、動く方向を予測してその先を撃たなければならない。
移動している本人に向かって弓を撃ったとしても、相手は常に動き続けているために命中するものではない。
彼女は遠く離れたその相手にも、所謂「偏差」で正確に攻撃を行った。
相手の移動する速度と向きをたった一瞬で読み切り、放つ。
放たれた矢は甲高い音を立てながら目標に向かっていき、そして兵士の背後から心臓部を射抜いた。
臓ごと微塵に吹き飛ばしたその矢は貫通し、魔力を拡散させ消滅させる。
兵士からすれば、何が起こったのか分からないまま絶命したに違いないだろう。
その兵士はゆっくりと落馬し、地面に転がり停止する。
主を失ったその馬も何事かと思うかのように、転がり落ち動きもしない主の傷口辺りの臭いを嗅ぎ始める。
アトリからはその様子は見えなかったが、彼女は正確に相手の命を絶ったところを確認すると、屋根から下りて来て、再び髭面の男の前にやってきた。
「……この場は貴方一人だけ。殺すのは簡単だけど、色々と聞きたいことがあります」
桁違いの強さだった。
彼女は、自らの意志で決断し、自らの気持ちで行動を起こした。
それは。
誰かに言われてうんと従うだけの、操り人形などとはかけ離れた、彼女の姿だった。
3-17. 彼女の決断




