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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
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3-16. 町の変化



「実はな、俺たちは毎回の買い物ついでに各地の情報を集めているんだ」




明日、フォルテと二人で買い物に行ってほしい。

そう言われたアトリは突然の依頼に少し困った顔を見せたが、ここでパトリックから意外な目的を知る。

確か自分が目覚めてから一日目のこと、あの夕方初めて彼女に会った時、彼女はどこかの町から帰ってきたとパトリックが話していたな。

そう振り返りながら、その目的が買い物だけでないことを知り真剣な表情を見せる。




「だからといって、その情報を手にどうするかって訳では無いんだがな。ただ、このご時世だろう?マホトラスがどの程度ウェールズに侵攻してくるかによって、次の町で買い物をしなければならないという決断も必要になる」



「……確かにそうですね。自国民としてあまり考えたくはありませんが、ウェールズが負け続ければこの辺り一帯もそう安全なものとは言えなくなるでしょう」




情報を集めることの意味。

それは、何も兵士でない人が集める必要が無いという訳でも無い。

身近にいる存在、身近にある環境の異変には、この大陸の住人として早めに気付くことに越したことは無い。

たとえば、彼も幾度も出会っている貿易商人などは、そのいい例となるだろう。

彼らは世界各地を転々としながら、あらゆる大陸あらゆる町の商品を運び、販売を行う。

各地を回ることの利点は、あらゆる各地の情報を仕入れそれを懐にしまっておけるということも含まれる。

情勢が悪化し大陸で戦争が起きる、などという状況が発生すれば、貿易商人としてはその地域に近づくことを止めるだろう。

ウェールズとマホトラス、二つの国が激しい戦闘を繰り返している度に、貿易商人はこの地方から姿を消し始めている。

彼らとて商売のために危険な地へ赴くことはしないだろう。

それは、商人だからというのではなく、一人の人間として危ない場所、死地となるようなところへは行きたくないという願いでもあった。

商人が消えることで、民と商人との間で発生する需要と供給のバランスが乱れる。

欲しいものは手に入らない、だからお金も使う機会がない。

これが続くと、その国の流通機構は破綻し始めて行く。



パトリックは、純粋に一人の人間として、

この世界、こちらの大陸の様々な状況を知っておきたかった。

何も彼が何かをしようとする訳では無い。

ただ、自分たちの生活に直接関わり合う可能性の高いものについては、放っておくことは出来ない。

自分たちで栽培している農作物も、他者の手に渡れば商売になるかもしれない。

だが、今のところお金に困ることはない。

当分の間は生活していけるだろう。




だが、いつここに魔の手が襲い掛かるかは分からない。

子の生活がいつまでも平穏に続くとは限らない。

それが今の時代の常なのだ。





「もし危険が迫った場合は、買い物は考えなくても良い。その場合は一旦戻ってきてくれ」



「はい」



「分かりました」





アトリとフォルテはそれぞれに返事をする。

もし今まで利用していた町が利用できなくなった場合は、別の町への買い物を検討しなければならない。

今でさえ片道数時間かけて移動するというのに、これ以上時間をかけると買い物も更に頻度を減らして一度に多く買わなければならなくなる。

それも、すべてはマホトラスの攻勢に対しウェールズがどの程度防いでいるか、による。

ウェストノーズの戦いにより、西側を防衛するウェールズ軍は壊滅してしまった。

本来であれば今自分たちが住むこの地も敵の干渉を受けていてもおかしくはない。

北にアデナウの森。

西には大陸の端となる海岸線。

この一帯は王国領内と比べれば人はいない方だ。

最悪の事態になっていれば、より生活は厳しくなるだろう。



それもそうだが、

もしこの先危険があるとすれば、王国の現状は………。





食卓を片した後、

フォルテはアトリに明日の出発時間を伝え、彼女は湯船のある部屋の方へと行った。

彼女と二人きりで遠くまで買い物に行く、というのもなんだか妙な感じだと思いながら、彼は自室へと戻る。

どこか漠然とした不安を抱えたまま、明日を迎えることになるだろう。

自分が最前線から離れてからそれなりの時間が経っている。

それくらいの時間があれば、脅威は更に王城に近づいているに違いない、と。



「………」




しかし、今はまだ戻ることは出来ない。

今はその時ではないのだ。

そう思いながらも、出来るだけ早く戻るべきだろうという思いが内を支配しようとする。

それを押さえ付けながら、彼は今晩も休むのだ。






そして翌日。

彼は夜中何度か目を覚ましたが、それでも朝まで休むことは出来た。

彼女に受けた支援魔術の効力は夜中に切れていたのだろうが、それに気付くことは無かった。

身体への疲労感はそう重いものではない。

もしかすると、身体の調子もかなり元通りになってきたのかもしれない。

そう思った、目覚め後6日目のこと。

最早いつものように、という言葉で済ませられる生活状況になってしまったが、それ以外に思い付く表現方法はあまり見当たらない。

フォルテとパトリックと共に朝食の準備をし、朝食を済ませる。

彼女は食卓にいる間に、パトリックから買ってきてほしい物のメモを受け取った。

彼がいない間は彼女が一人で担当しているようだから、二人いるということで多くの物を買うことになるかもしれない、と彼は勝手ながら思っていた。

町で買い物をすることと、町の状況を確認しつつ世間の情報も仕入れる。

決して安易に考えるべきものではない。




「では、いきましょう」



「頼んだぞ」





彼らが家から離れたのは、時間にして9時頃。

二人はパトリックに見送られながら、その背中を遠ざけて行く。

フォルテとパトリックが利用する町というのは、ここから歩いても3時間程度かかる。

アデナウの森の方角へ向かうと、集落ほど小さくはないが商人もいる小さな町ポーラがある。

町の人々やその周囲に住む人間は、その町をポーラタウンという呼び方をしている。

王国領ではないため、具体的に言えばこの町は独自の施政を行っている。

自治領地のように大きい規模でもなく、かといってどこかの自治領地に併合されるようなものでもない。

フォルテの話では、ポーラタウンにも町を守備する自警団と呼ばれる集団が少数ながらいるのだという。

彼女から言わせればしっかりと町を防衛できるほどの腕だというが、彼は彼女にしてみれば自分の足元にも及ばない存在だと思っていることだろう、と考えていた。

彼は自分が強い存在だとは思っていないが、彼女の強さはもはや桁違いのレベルである。

女性でありながら男性を凌駕するその腕は、そうそう打ち破られるものではないだろう、と。



これといって話すこともない。

ただ、それだけで数時間を歩き続けるのも酷なもの。

彼女はこれだけ長い時間を、一人で何度も歩き続けてきたのか。




「いつも、買い物は一人で?」



「基本的には。ですが、時々パトリックも同行します。彼は家の作業がありますから、買い物は私の役割です」





ごく自然に、当たり前のことだと言うように彼女は言葉を連ねる。

それは分かっている。

パトリックがそのように彼女にお願いをしたことくらい、容易に想像できる。

パトリックを非難している訳では無いが、それでも彼には気になることがあった。





「……それが嫌になることは無いのですか?」





聞いた理由は幾つかある。

だが最も彼の中で占めていた理由は、一つ。

たった五日間しか共に生活をしていない、薄い関係である二人。

それでも気になることはある。気にすべきこともあるし、それに気付いた自分もいる。

それが彼女の人となりだと言えば、そこまでなのかもしれない。

しかし、それは若い女性にしては酷な話ではないだろうか。

彼から見て彼女は、自分の内なるものを隠し続けているように見える。

というよりは、自分という姿を出さないその在り方を、ごく自然のものとしているように見える。

内面、感情、変化。

それを彼女自身が見せた瞬間というのは、この五日間で一度あっただろうか。

パトリックとの話で、改めてそれを感じる機会を持った彼。





――――――自分を塞ぎ込んだまま進んでしまうと、それが当たり前になって落差など感じなくなってしまう。






パトリックも無理にそれを引き出すことはしない、と言った。

それはアトリとて同然。

必要以上に、恐らくは彼女の核心的な部分に触れることは避けた方が良いのではないかと。

そう言われなくとも、アトリもそう考えてしまう。

彼女が自分の意思で自分という存在を示したことが無かった。

この買い物も、離れに住むように言われたその時も、日々の手伝いも、すべて彼女は受動的な立場で素直に受け入れてしまった。

決して悪いことでは無いが、そこに自分自身の持つ感情が躊躇いを呼ぶことは無かったのだろうか。

彼はこの二日間での鍛錬で、彼女が積極的に鍛錬に付き合おうとしている姿を見ている。

まるで日常とはかけ離れたような姿。

それに疑問を持ってしまった。というよりは、多少の期待と言うべきだろうか。

日常と鍛錬との彼女の受け答えや関わり方は変わっていることが分かる。

鍛錬をしている時の方が、明らかに言葉数は多い。

必要だから、と言う彼女の姿を昨日彼は目にしたのだが、それ以上の理由があるのではないかと思うのだ。




「……嫌、とは?」



「その、たまには自分勝手に過ごしたいとか、思いませんか?」





だが、彼はそれを言った後に、少しばかりの後悔をする。

彼自身、自分勝手に行動し好き勝手にしていたような時間は少ない。

経験の少ない者がそれを問いに投げかけたところで、何も言い返す術が無い。

助言を渡すことも、自身の経験談を参考にさせることも出来ない。

そして、彼女の人となりのことだ。何と言うかは予想がついていた。

今日も今日とてダークスーツ。心地良い風に後押しされながらも、彼女はロングコートを羽織りいつもの表情を崩すことが無い。

たとえ、彼が彼女の想像もしていなかった話を振ってきたとしても、崩すことが無かった。




だが、彼女の反応は、アトリの想像もしなかった内容だった。






「私にそのようなものを求める権利はありません」




「………!?」






求める権利が、無い………?

それは何故………。



そう言いたかった。その疑問を投げかけてみたかった。

その理由、その真意は、間違いなく彼女の核心に触れることだろう。

彼は一瞬でそのように想像した。

おかしなものだ、ついこの間までこの人たちと深く関わることは無いと思っていたのに、

今では自分が彼女のことを知りたがっている。

そう思わずにはいられない。何度そのように思ったことだろうか。

だからこそ、彼女の言葉に彼はずっしりとした重みを感じながら引っ掛かってしまったのだ。

彼女がそう思う理由、真意を知るのは、何故か躊躇いを持つ。

知りたいと思いながら、知ってしまった後のことが想像つかない。

その事実を知ったところで、自分に何が出来るというのか。





「私は、私を救ってくれた人の為に存在しています。だから今の私は、あの人の役に立つために毎日を過ごしています」




「……その人は、パトリックさん……?」




「はい。私の、命の恩人ですから」





彼女はそういうと、彼よりも一歩前に出て、そして先に進んでいってしまう。

一方の彼は、初めて彼女の口から彼女自身の過去にまつわる話を聞き、少しばかり動揺してしまった。

頭の中の整理がつかない、知らないことだらけで何が何だか分からない。

だが、彼女の言うそれが事実なのだとしたら、彼女はパトリックに助けられたということになるのだろうか。いや、そうとしか考えられない言葉の数々だった。

パトリックに助けられた、その理由。

何故助けられた、などと言う言葉の状況が生まれるのだろうか。

彼の中で様々な疑念が飛び交う。まるで脳内で疑念同士をキャッチボールさせるように、交差する。

あらゆる可能性、あらゆる真相が思い浮かんでくる。

彼女は自分が今生きている理由は、パトリックが自らを助けてくれたのだから、彼の為に自分の身を使っている、と言っている。

彼女があまりに拒否的反応を示さないのは、そのためだろうか。




この命はその人によって救われた。

だから、この命は救ってくれた者の為に使う。




いや、だからといい、今の彼女が出来上がる過程がそのすべてにあるとは思えない。

彼は無言で彼女の一歩後ろを歩きながらも、頭の中では自分の声で考え事をするように言葉を巡らせていた。

パトリックが彼女を救ったのだとしたら、彼女がパトリックの役に立ちたいと思うのは分かる。

言葉からすると、その恩を返すために献身的になっているのだろう。

だが、それで彼女がこのような性格になるだろうか。

まして、あのパトリックの温厚な人となりを前に、自らの感情を隠し、素顔を消すような少女になるだろうか。




「………」




たとえ献身的な性格になったとしても、控えめを通り越したこの姿をパトリックとて良しとは思わなかったはずだ。

「きっと彼女の内には何かが潜んでいる。そうさせた原因が必ずある」

元からこのような人ではないということを、彼はずっと信じたいと思っていた。

自分から見ても、何故ここまで彼女に気をかけるのかが、少し混乱するほどに分からなくなっていた。

ただ、何故だろう。

彼女のその姿を、背中を見ると、それが本当の姿には到底思えないし、見えない。

理由など単純で明快なものなのかもしれない。

意識していないと自分では思っていながら、本能的に彼女のことを気にしていることがよく分かる。

主に彼女の在り方に対しての疑念を持ち、それに心配という要素が付随している。

意識してしまっている一方で、それを直接的に聞くのも彼は躊躇ってしまう。

自分で彼女の持っている何らかのものを解決できるとは思っていない。

そのような自信もないし、人を変えるということがどれほど難しく、時に愚かであることかを、彼は目の当たりにしたことがある。

いや、直接目で見なくとも、この世界の有り様がそれを如実に示している。

もしそういった内面を解すことが出来るのなら、彼女はどのような少女をパトリックや彼に見せてくれるだろうか。

果たしてその瞬間は訪れるのか、それとも否か。

この時点では何も分からない。




それからのこと。

フォルテの歩くペースも早かったためか、3時間以内でその町の近くまで辿り着くことが出来た。

一度は凍り付いたお互いの雰囲気も、彼が他愛のない話に切り替えて少し会話をしたことで、多少は穏やかになった。

彼女の表情も声色も相変わらずなのだが、それでも張り詰めた空気感を感じることは少ない。

話の内容は剣や魔術に関わるような話が多かったのだが、それでも彼は道中知識を蓄えることが出来た。

流石に移動しながら鍛錬とはいかなかったが、彼女が「今日の分は明日に取り戻せば良いでしょう。共に頑張りましょう」と彼に話してくれたことを、彼は移動中も町の近くに来ても鮮明に覚えていた。

純粋に嬉しいという気持ちが彼に巻き起こったのだ。




「あれがポーラタウンです。何も無さそうな町に見えるでしょう」



「住宅地……にしても、少ないですね」



「これでも、商人は何名かいるのです。以前は貿易商人も来ていたのですが、ウェールズ王国の情勢悪化で来られなくなったそうです」




ポーラタウンが見えてくると、

彼女は彼に町の概要について話してくれた。

確かに人口は僅かに100名未満と少なく、町の遠景を眺めればそれくらい想像がつく。

ただ、この町にも商売を行う商人はいて、年老いた女性だが気前がいいと彼女は少しばかり誇らしげに語ってくれた。

遠くから来る彼女の存在を知っているのか、会った時にはよくその女性と会話をするのだと言う。

その会話から、彼女は今のこの周辺や隣国の情勢などを調べるのだそうだ。

昔も今も変わらない規模の町。

外部からこの町に引っ越してくるような物好きはもういないと言い、町全体の平均年齢はかなりの高齢になるとフォルテは話す。

二人はそのまま町中へと入っていく。




……しかし。





「っと………?」



「………何か様子がおかしいです」



「何………?」





真っ先にその「異変」に気付いたのはフォルテであった。

彼女はそのまま町の中を進もうとするアトリを手で制止させ、アトリは彼女の掌が自分の腹部に当たったところで彼女の様子に気付いた。

目を閉じ、感覚だけでこの空間の異変を察知しようとしている。

彼にもそういった経験はあるのだが、ここでは彼女がいち早くその存在に気付いた。

彼は過去、王国領の北西にあるヤヴィノスクという町で、敵の侵攻を僅かながらの空気の変わりようで察知し、真っ先に戦場へ向かった経験がある。

それ以外にも、女暗殺者の接近を察知するなど、普段ある空気が入れ替わるものに対して敏感な反応を見せ始めていた。

これは彼が幾多の戦場を経験しているものと、魔力を以前から持っていたということで、魔力を持つ者に対しての察知が働いていたためである。

たとえ気配を消している相手だとしても、相手が魔術師であれば魔力の残滓を観測することも出来る。

あの女性暗殺者が彼に「それが分かる貴方も」と、不敵な笑みを浮かべ告げた真実は、彼がその時点で既に魔力を体内に宿し、それを確認できるようになっていた為である。

彼女は慎重に町の中へ行く。

町の中にひと気は無い。

元よりこの町の人口はあまりに少ないが、それにしても町を出歩く人々を全く見ないというのも不自然であった。

二人が目的の商人がいる家のそば、家と家の隙間を通りかかった、その時。




「うおっ……!!」



「………!?」





突然二人は腕を引っ張られ、店先ではなく店の裏、つまりは家と家の隙間に連れていかれた。

引っ張る力が強かったのとあまりに突然だったためか、路地裏で勢いよく腕を振り解いたアトリ。

そして身構える彼なのだが、フォルテが直後に言葉を発す。




「おばあさん………」



「あんたたち、最悪のタイミングで来たもんだね……!」





………。





3-16. 町の変化





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