3-14. 未知なる覚え
「そうですね………不思議な人だとは思います。大人っぽいというか、冷静さが強すぎるような気もしますが………」
彼が目覚めて4日目の夜。
ここ数日の内容の密度と言えば、凝縮されても溢れ出して来るほどに濃いものと感じる。
少なくともアトリは自分自身でそう感じていた。
はじめ三日間は農作業や家事手伝いなどで過ごしていたが、三日目の夜から大きく変わり始める。
彼の身体には他の魔力では書き換えられないほどの固有の魔力が存在しており、にも関わらず魔力の適性が分からないという不可解なことがあることが分かった。
だが、それを活かさない手はない。
彼は彼女フォルテの教えを受けることになり、それが4日目の今日。
いきなり試合形式での剣術稽古をすることになったが、彼女の腕の良さに驚かされ、何度も直撃を受けた。
魔術の鍛錬も同時に始まり、彼は初日にして基本中の基本、魔力を外部に放出するという工程をこなすことに成功した。
それだけ中身が詰まった数日間を送っている訳だが、ここでパトリックが彼にフォルテのことについて聞き始める。
アトリはこの時点で、この二人の関係が単純には言い表せない様々な事情があるのだろうと推測してはいた。パトリックはアトリの率直な感想を彼に求め、そして彼はそう言ったのだ。
それを聞いたパトリックは、少しだけその場で笑った。
二人は今、家の縁側で共に座り、夜空に浮かぶ月と星々の空を下から見上げて話している。
「いやいや失礼。実は前に彼女にも同じことを聞いたんだが、アトリくんと同じような返事の仕方をしてね」
「……いつの間に」
要は彼女にアトリのことを聞いてみた時、彼女もまたアトリと同じようなことを言ったという。
奇遇ではあるが妙でもある。
それにパトリックは似た者同士かもしれないな、と一言呟いて笑って見せた。
ということは、彼女もまた自分のことを冷静で大人っぽいと思っていることなのだろう。
嬉しくも無いが、それに恥じることも嫌に思うことも無かった。
「フォルテは、俺と生活していてもいつもあのような感じだ。口数は少ない、表情も無い。だから、アトリくんがそれで気を悪くしていないかと、それも気になったものでね。前にも話したが、決して社交性に乏しい訳ではないんだ」
「………」
分かっている。
それなりに、理由があるのだろうと。
彼からそれを聞くことは今はしないが、いずれ分かるものかもしれない。
彼とて自分自身の話を軽々と打ち明けることは出来なかった。
フォルテはアトリの過去、特に兵士としての役割を気にしていたようだったが、その話を聞いた後の彼女は何かを察したかのように、そのことを聞かなくなった。
そして、貴方自身を否定することは無い、と彼に告げた。
そう言われたのを彼は鮮明に覚えている。
「普通の人であれば、見知らぬ人が倒れていたり、一緒に生活をすることになって、戸惑わない訳が無いだろう。だがフォルテはそんなことにも目を向けない。あたかも当たり前のように振る舞うし、俺が言うことには何でも従ってしまう。彼女の内面が決してそうではないと俺は信じているが、その内面を引き出すのは容易ではない」
「つまり、あれが本来の人となりではない、ということですね」
「当たり前だろう。だが俺はあの姿以外の彼女を見たことが無いんだ。それを引き出そうとしている訳ではないが……分かるかな」
――――――自分を塞ぎ込んだまま進んでしまうと、それが当たり前になって落差など感じなくなってしまう。
彼にも分からない話ではない。
彼自身、似たようなことを過去に言われた経験がある。
パトリックはもう暫くフォルテと暮らしているそうだが、彼女が本当の内なるものを見せたことは一度も無い、と言う。
パトリックとフォルテの歳の差は約40歳。
年齢の差や彼女の成長時期ということもあり、話し辛いことも多々あるのかもしれないが、それにしても普段から彼女は素というものを見せないという。
そして、まるでそれを隠しているかのように纏う、ダークスーツ。
彼はパトリック自身も彼女のそうした面で考え込むことがあることを、この時ハッキリと気付く。
彼女が自らを塞ぎ、そのまま進んでしまっているため、本当の自分というものを見失っているのかもしれない、と。
「アトリくんは、自分のことを誰かに話す方か?」
「いえ、自分は。まず、知り合いと一緒に過ごす時間があまりありませんでしたから」
「それは兵士であるから?」
「……そうですね」
死地に派遣される時は、派遣を要請した領主や自警団の人たち、町の人々から情報を集めるなどしていたアトリ。
だがそれはこれからの戦闘において役立つであろうものばかりで、逆に彼の日常生活においては必要のない情報の数々とも言える。
状況を知ったうえで相手との戦闘に臨み、ある程度地域や相手の特徴を理解し、それを戦闘に役立てていた。そうすることで、少なくとも何も知らない時以上に立ち回ることは出来た。
各地を転々とする中で、自分自身の話をする機会は少ない。
話さえさせてもらえないような自治領地もあったし、身の上話とはいえ王国の兵士に関わるようなものばかりで、間接的なものも多かった。
「人間とはそういうものかな」
「……いいえ、それは決してないと思いますが。彼女も何らかのキッカケがあれば、少し変わった姿も見られるのではないでしょうか」
「……キッカケか」
誰もが自分自身を塞ぐなどということは絶対にありえない。
その実例が目の前に居そうなのだから、と彼は思いながらパトリックに言葉を返した。
そしてその言葉に反応するパトリック。
ここでお互いが共通の認識として共有することが出来たもの。
彼女は本当の彼女の姿を見失いかけているのではないか、という疑念。
それを解くことで、彼女も何か変わるのかもしれない。
あるいは、変わらなかったとしても、何らかの影響を与えられる可能性はある。
それらを彼はキッカケという可能性に言葉を乗せたのだ。
今の彼女が決して悪い状態にあるとは言い切れない。
パトリックが気にするところも、アトリにとっては理解が出来る。
彼がそうしてそのような言葉を口に乗せた時、パトリックは呟きながらアトリの方を見た。
「………?」
そして何かを考えていたようだが、
結局何も言わず、ただ普通に返答をする。
「なるほどな、まぁ良いだろう。彼女のことは、ぜひ本人から聞いてみてな。それで、魔術の方はどうなんだ」
「魔力の放出には成功しました。フォルテさんには、これで後は鍛錬を重ねればより上を目指せると」
「そうか。しかしたった一日で魔力放出まで出来るとはな。中々の素質だぞ、お前さんは」
確かにはじめは苦戦した方だとは思うが、
回数を重ねるほどに放出作業も安定し、心身ともに落ち着いて取り組むことが出来た。
彼にとっては初めてのことばかりで、素質があると言われてもいまいち掴めないところもある。
だが、同様にフォルテにもやや驚かれた部分もあったようで、二人がそう思うのであればある程度扱えることを期待しても良いのかもしれない、と彼は思っている。
だが、それで気を抜くつもりは一切ない。
彼女が鍛錬は手加減無しで、と言ったように、いずれ慣れが来た頃には魔術鍛錬にも全力で取り組む時が来るだろう。
その時までに、どれだけ体内の魔力に干渉し、制御し、表出させることが出来るかが、鍛錬を重ねるうえでのポイントになる。
「お前さんの周りには、魔術師やその家系はいなかったか?」
「いいえ。私が知っていれば、もっと世間的に彼らが本物であると知れていたかと」
「ははは、もっともだな。あくまで魔術師ってのは秘匿されるべきものだからね。父親もかい?」
「……、そうですね。父も恐らく知らなかったでしょう。今はもう確認する術はありません」
この時のパトリックは、彼が何故体内にそれほどの魔力を持っているのか、疑問に思っていた。
それは彼自身も知らないことであり、彼の魔力の「起源」がどの辺りにあるのかは、誰にも確かめる術がない。
パトリックは、それをこの瞬間に初めて知った。
彼には既に親となる者が存在しないことを。
それが昔の話なのか、それともつい最近の出来事なのか、そのようなことは今は関係ない。
ただ、彼には自分のことを確かめるような存在がもう存在しておらず、兵士としての生活を始めた頃の知り合いばかりが彼を知っている、ということになる。
パトリックはそう読んだ。
申し訳なさそうに声をかけると、彼は気にしないで欲しいと軽く一礼をした。
親がいない。
この状況、似ている。
日は変わり、彼が目覚めてから5日目。
鍛錬を始めてから2日目となる。
その日も昨日と同じように、3人で朝食を共にした後、彼女の住む居住地の隣にある道場に行く。
「あれ」
その日の天候は曇り。
昨日よりもやや風が強く吹き付けている。
道場の中に入ると、道場の四方に設置された窓はすべて開いていた。
だが、師となるはずの彼女がいない。
まだ隣で何か準備をしているのだろうかと、彼は隣接する居住空間の前の扉をノックする。
着きましたと声をかけると、少し遠い声で彼女が反応してきた。
「中へどうぞ」
声は遠かったが、彼女はそれなりに声量を出していたのかもしれない。
扉越しでも確かに声は聞こえたので、彼はそれに応えて中へと入る。
すると、視界に入ったのは玄関付近にまとめて置かれてある、多数の木の枝。
部屋の中を見てみると、縦長の箪笥の中に幾つもの黒い服が収納されているのが見えた。
ああ、なるほど。
彼女が毎日ダークスーツを維持できるのは、何種類も同じようなものを持っているからなのか。
そこで彼はようやく一部を理解した。
今まではただ単に彼女の心象風景を表したものではないかと気になっていただけなのだが、もしかしたらこのような色が彼女の好みであるのかもしれない、と。
全身黒づくめに近い格好が好みというのも、気にするべきところなのかもしれないが。
「玄関にある木の枝を道場まで運んでもらえますか」
「あ、はい。分かりました」
彼女の姿は居間から見えないが、確かに声は聞こえる。
別の部屋で恐らく何らかの準備をしているのだろう。
もしかしたら別の服装……といってもダークスーツだろうが、着替えているのかもしれないし、
これからの鍛錬に必要な準備の類だろう、と。
彼は特段気にすることもなく、言われたように木の枝を道場の中へと持っていく。
午前中は剣の鍛錬を行うだろうから、取り敢えず端に寄せておこう。
それから彼女がやってくるまでは、ものの2分程度しかなかった。
「お待たせして申し訳ありません。髪を束ねておりました」
「あ……あぁ、そうだったんですね」
道場に入る彼女は、後頭部で束ねられた髪を少し気にしながら入ってきた。
それ以外にも理由はあるのかもしれないが、特に気にすることも無いだろう。
しかし、理由が何とも女性らしい。
クロエなんてただ髪を下ろしているだけの時もあったし、ボサボサ頭で整えていない時でも「どうせこの後風呂に入るんだから良いだろ」と投げやりにしていたのを思い出す。
「?何かありましたか?」
「ああ、いえなんでもありません!」
と、表情に出ていたのかもしれないな。
彼は両手で頬を軽く叩くと、今日もよろしくお願いしますと、彼女に挨拶をした。
鍛錬二日目。
昨日魔力を放出し魔術の行使に慣れるという鍛錬も行ったために、疲労が蓄積しているのではないかと朝方気にしてはいたのだが、寧ろ魔力を消費することで夜ぐっすりと眠れたのかもしれない。
よく言われることだ。
人はエネルギー消費が激しくなればなるほど疲れも溜まり、疲労を回復させようとする衝動が発生する。
それが睡眠。エネルギーを消費すれば深い眠りにつくこともあり、その日の分の疲れを癒すことが出来るだろう。逆に身体を動かさず、あまりエネルギーを消費しない者にとっては、眠りはそう深いものではないかもしれない。
その類のものなのだとしたら、制御しながら消費する量を増やしていけば、自然と身体もそれに適応して元に戻ってくれるのではないだろうか。
「少し確かめたいことがあります。身体を失礼してもよろしいでしょうか」
「えっ………!」
と、彼女は突然彼に言う。
思わずそのように返答してしまった彼だが、彼女は彼の返答聞かず彼のすぐ傍まで寄ってきた。
その表情は相変わらずなのだが、どことなくこちらの身体に何らかの気にかけているようにも見えた。
だが、突然傍に詰め寄られる……というよりは、傍に来られて驚かない人などいないだろう。
意識もしていないはずなのに、心臓の鼓動が早くなるのが分かる。
彼女は彼の服越しに胸のあたりに手を触れた。その時間、僅か10秒ほど。
どうやら確かめたいことがあったらしい。
手を放すと、彼女は少し戸惑ったような、驚いたような、とにかく次の言葉も行動も出ない数秒間を彼の前で見せてしまっていた。
「あの………」
「あ、申し訳ありません。貴方の魔力が一日でどれほど回復するか、確かめたいと思いまして」
「………なるほど。それで」
「はい。全回復とは言いませんが、大半は回復していると見て良いでしょう。昨晩はよく眠れましたか?」
彼は素直に返答する。
いつ本来の身体の調子に戻るのかは分からないが、例えば初日のような怠さや彼女に自身の魔力を起こさせるために刺激を与えられたあの時に比べれば、遥かに身体の調子は良かった。
身体さえ鈍っていなければ、ある程度動くことも可能だろう。
それを聞いた彼女は安心したような口調で言う。
「本来自然的に回復する量は少ないと言われているのですが、貴方の場合は効率よく回復出来ているようですね。昨日は慣れない魔力放出でその多くを消費しましたが、この回復量が毎日実現できるのであれば、ある程度の負荷をかけても体力次第では耐えることが出来ると思います」
「不思議ですね。本当に自分に覚えはないのに、妙に良い方向に進んでいるようにも思えます」
「利点は利点として、大いに活用しましょう。魔力の行使を続ければ、一度に使う量の制御も出来ますし、少ない量で本来の効力以上の魔術を実現させることも出来ます」
つまりは経験の問題だ。
はじめは何のことだか分からずがむしゃらに取り組んでいたとしても、時間が経過するごとに勝手が分かるようになり、効率よく作業をするようになる。
兵士として相手と戦う時もそうだ。
はじめ、彼が防御姿勢を基本型としない時の戦闘は、相手を倒すことで手一杯であった。
そこに効率も型も存在しない。
相手を殺すために全力を尽くす。ただそのために、剣を振り続けていた。
だが今はそのような戦い方はしない。防御を受け入れながら隙を突く。
魔術も同じように、はじめは無駄な消費も多いことだろうが、やがて慣れれば上手く適応するようになる。
フォルテの言い分はそれで、更にアトリの適応の仕方は早い部類に入り、難はあるかもしれないが魔術をモノにするのも早いだろうと彼女は思っていた。
「では、まずは剣の鍛錬から始めましょう。昨日と同じように、実戦形式で行います」
「はい。お願いします」
こうして二日目の鍛錬も始まる。
フォルテは初日に言ったように、鍛錬に関しては手加減抜きで取り組んでいる。
魔術の鍛錬はまだ彼が慣れていない故にペース配分を気にしているが、剣の鍛錬は別であった。
彼女の本気かどうかは分からないが、相手の身体を思いやる以上に真剣に打ち合いをしていた。
彼もその勢いに飲まれないように、自分の戦い方を維持し続ける。
初日ほどの驚愕さは感じられなかったものの、圧倒的なまでの力量と技量は目を見張るものがある。
兵士としてこのような敵に対峙すれば、ただではすまないだろうと。
「ん………」
開始から10分が経過。
昨日よりは遅かったが、彼女が彼の胴体に一発の直撃を入れた。
この試合形式は、どちらかが一発でも直撃を入れると、一度体勢を整えてから再スタートとなる。
そのため、直撃を受けたアトリは一度間合いを開け、次なる戦闘に備える。
彼女は一撃を入れたことで一度休憩を入れようと思っていたのだが、彼にはその様子が無かった。
そして、彼女自身がこの瞬間から気にし始めたことがある。
「はぁっ!!」
「っ………!!」
彼が防御姿勢を貫く。
彼女はそれに対抗できないほどの力と速さで相手に打ち付ける。
昨日よりは格段に反応が早く、何に対しても彼の適応力の速さが窺える。
だが、彼はそんな彼女の思う以上の戦闘適応を見せ始めていた。
まだ、彼女が見てから二日しか経過していないというのに、驚くべきことが目の前で起こっていた。
彼女は隙を見せまいと間髪入れずに攻撃を繰り出すのだが、彼はそんな彼女の攻撃の最中に防御姿勢から一瞬にして攻撃姿勢へと変化させ、攻撃を繰り出すようになっていた。
私は一瞬たりとも隙を見せた覚えはない。
この時点で既にアトリの戦い方を見抜いていたフォルテも相当の手練れではあるのだが、それ以上にアトリは彼女の攻撃に隙があると信じ彼女への打ち込みを始めていたのだ。
彼女は打ち合いを続けながら、心の中で驚愕する。
昨日の彼はそのようなことは一切してこなかった。
ただひたすら防戦一方で、彼が死にかけた理由もそれにあるのではないかと思ったほど。
しかし、今目の前の戦いを見ていては、とてもそのような理由とは思えない。
彼は、魔力を放出しながら剣の鍛錬を行っていたのだ。
「………!!!」
彼女も更に打ち込みを強化する。
一度、二度だけではない。
立て続けに繰り出す一つひとつ、すべての攻撃に容赦なく相手の身体を狙い打つ。
自分が容赦なく、躊躇いなく、手加減なく取り組んでいることへの返答だろうか。
いや、あるいはこの姿が彼の自然的な力なのだろうか。
思うところは沢山あるが、考えながらも彼女は彼の攻撃を防ぎつつ攻撃を加える。
ただ適応しているだけではない。
昨日教えたばかりの魔力放出を行い、自己の戦闘を奮起させているようにも見える。
彼にはまだ魔力放出で強化を与えたり、自衛に役立てたりなどは教えていない。
だが彼は一度の教えの応用を試合形式で見せている。
これならば、魔術の鍛錬も次に進んでも問題ないだろう。
「……はぁ、っ……」
1時間。
途中何度か間はあったものの、あっという間にそれほどの時間が経過していた。
彼は額や上半身に汗をかき、息が少し荒くなっている。
だがフォルテは相変わらず無表情かつ疲れも見せない。
彼はもう少しで一本とれただろうか、と思いながらも一度も彼女の身体に直撃させることはなかった。
「あの、一つ確認したいのですが」
竹刀を置き、持ってきた冷たいお茶を二人は飲みながら、
彼女が彼に話を振る。
このような状態でないと、日常的な会話は行われないのだろうか。
今の彼にはそう思えてしまう。鍛錬に必要な情報のみを乗せた言葉の数々。
彼女の問いに彼が反応し、言葉を続ける。
「貴方は今まで、魔術を誰かに教わることや魔力を得た経緯に覚えはない、と言いましたよね」
「?……ええ、間違いなく」
「では、今まで自分の身体がまるで自分の身体でなくなった瞬間などは、ありましたか?」
全く身に覚えのない人であれば、それを聞いたところで疑問形しか浮かばなかっただろう。
彼女は唐突にそのような話を彼に振った。
始めは彼も頭の上に疑問符を乗せたような表情を見せたのだが、彼には自分自身に対して覚えがある。
幾度か、まるで自分ではない何かが自分を操ったかのような感覚。
今日、この一時間ほどの鍛錬で、彼は魔力を放出させながら鍛錬を行っていた。
まだ戦闘中に魔力を自分の戦闘に結びつけることなど教えてはいない。
午後から鍛錬するであろう魔術の鍛錬で、今日はじめて物体の構造を強化すると言う防御魔術の基本術を教え込もうとしていたところだ。
だが、それでも彼女が彼にそのようなことを聞いたのは、彼が自然と体内の魔力を利用し「意図的に力が宿ったかのような」現象を起こさせていたのではないか、と彼女が睨んだからだ。
そこに、彼の魔力適性となるヒントが隠されているのではないか、と。
………。
3-14. 未知なる覚え




