3-12. 魔術鍛錬(Ⅰ)
これほどまでに早い剣戟だとは思わなかった。
彼女が恐らく何かしらの武に優れた女性であることは、会った時に感じられた。
美しくも凛々しい姿。
鎧などを身に纏うよりも遥かに動きやすいと言う、ダークスーツ。
竹刀を手に取る姿は剣士そのもので、構えは重々しくガッチリとしていながらも、繰り出される剣戟の数々はとても素早く、そして正確。
相手の致命傷となる部位、上半身の臓、腹部、首元、手の脈、兵士としての生命線を断つであろう各所を狙い澄ましたかのように繰り出す剣戟の数々。
これが戦場であれば、間違いなく直撃を受けただでは済まなくなる。
それほどの実力を持った女性だが、一体何故このようなことになったのだろうか。
何故、これほどまでに戦闘に強く、魔術の心得を身に着けたのだろうか。
その経緯を知りたくなりつつも、聞くことは中々できない。
この時から。
彼は既に自分の中で思っていることがある。
確信とは言わないし、あくまで推察にしかならないものでもある。
それでも、頭の中で変わらない一つの考えがある。
彼女の、そのような姿に対して。
「はっ!!」
「やぁっ!!」
午前中、何度も休憩を挟みながら行った、4回の打ち合い鍛錬。
彼女が彼に何かを教えるというものは、この時間の中では一切なかった。
彼女はこの4回の打ち合いの中で、一度も危なげない様子を見せることが無く、対するアトリは自分が兵士であるにも関わらず、彼女を相手に十回以上も直撃を受けてしまった。
戦場であれば間違いなく死んでいる。
彼は、たとえ魔術師を相手にしようとも倒せる力量を身に着けたい、と思っていた。
魔力の取得と発動は、そのうちの一つになる。
生身の力では彼らに勝つことが出来ない。だが、魔力を持ちその恩恵を受けることが出来れば、
少なくとも立場上対等に戦うことが出来るのではないか、と。
だが、今のフォルテは何の魔術行使もせず、ただ純粋に人間の身でありながら、兵士である彼を圧倒していたのだ。
息が上がったような様子もなく、疲れたような様子も見せない。
ただ、彼女から今はこれくらいにして、お昼にしようと提案されたので、彼もそれに従ったのだ。
「しかし、よろしかったのですか。パトリックに言わず」
「心配はありません。彼も承知のことですから」
彼らは昼食を取るため、一度彼女の居住空間に戻ったのだが、アトリはパトリックをそのまま放っておいても大丈夫なのか、と彼女に聞いた。
だが彼女からの返答は素っ気なく、というよりはあの人柄を知り尽くしたうえでの対応なのか、全然気にすることは無いと気にもかけない様子であった。
この数日間、すべての食事はあちらの家で済ませていた。
流石に晩御飯くらいは向こうの家に行くのだろう、と彼は思いながらも、今はフォルテの言うことに従うことにした。
「手伝いましょう」
「ありがとうございます。では、そちらの皮むきを……」
主だった調理は彼女が行うとして、
それ以外の本当に細かい、だが必要な作業は彼が手伝うという構図。
一人だけに調理を任せておいて自分は休んでいるのも申し訳ないと思い、率先して出来ることを手伝おうと彼が話したのだ。
彼女としては断る理由も無かったし、それを普通に受け入れた。
料理自体はそう賑やかなものでもなかったが、身体に補給をするという意味では重要なものでもある。
特に、食事は魔力を消費した際の供給源ともなるので、石を持っていない彼にはこれから必要となる重要な日常行為の一つとなる。
「午後からは、少しだけ魔術の鍛錬をしましょう」
「魔術………」
「大丈夫です。身体を鍛えるのとは違い、いきなり難しいことはさせません。ただし、要領が分からない以上毎日続けなければ習得は出来ないものです」
魔術の鍛錬。
兵士としての身体を鍛えるということとは、全くかけ離れたもの。
その存在を知らない人にとっては、永遠に関わりようのない、まるで外界の世界観。
魔術とは本来そのようなものなのだ。
人間界、自然界にありとあらゆる力が漲っているというのに、人間はそれを感じる機会が無い。
魔術師である者たちは、魔術師であることを隠す。
だから、それを知る者たちでない限り、このような会話は普通は出て来ない。
二人は出来上がった料理を食べながら、時に言葉を挟んで会話もする。
数日前には考えられなかったような光景だったかもしれない。
その少女は頑なにこちらとの接点を持たないだろうと、勝手に考えていた自分がいる。
いや、寧ろ自分がそうしようとしていたのかもしれない。はじめは。
「貴方は、普段兵士としてはどのような活動を?」
「兵士として?」
「はい。最近はマホトラスのことで一杯だと思いますが、それ以前はどうしていたのですか」
今はむしろ、彼女の方が彼のことを知りたがっているようにも感じられる。
昨日もそうだったが、はじめ会った時に比べれば、会話の量が増えた。
それはアトリがこれから復帰をしていくために必要な会話とも言えるのだが、この時のフォルテのこのような質問は、それを含みつつも、彼女がそれらの情報を知りたがっていた。
もっとも、彼にとってその質問は全くプライベートな部分を含まない、所謂公的の顔でいる時の内容だ。
そして、軽い口で話せるようなものでもない。
彼女もそれを自覚していただろうが、表情からは窺い知ることが出来ない。
「……世の中には、死地と呼ばれる場所が幾つもあるのです」
「死地……?」
「はい。この世界は……そうですね、少なくともこちらの側の大陸では、絶えずどこかで戦争が発生しています。自治領地と自治領地の間で行われる、戦争です」
アトリは、食事する手を止めて、彼女の方を向いてそのことを話し始める。
その雰囲気は非常に重々しい。
とても軽く言えるような無いようでないというのが、すぐに彼女にも伝わってくる。
自治領地同士の戦争。
言うならば、マホトラスとウェールズも、そのうちの一つではある。
彼女は週に何度かの買い物で、町で各地の情報を仕入れることがある。
もっとも、西側の大陸にいて、王国領より北東や東部の自治領の話は入って来ないのだが。
それでも、自治領地同士の戦争があるということは知っていた。
「私はその争いに派遣される、城の中でも数少ない兵士の一人でした。時に、自治領主は外部の領土で最も広大な規模を持つ王国に、救援を求める時があります。自分たちは狙われている、だから助けてほしいと。私は、それに派遣される兵士で、数多くの自治領地の戦争を経験してきました」
「………」
「求められれば、私はどこへでも行ったのです。戦争が起きている、弱者が虐げられる状況が絶えず発生してしまっている、なら自分はそんな者たちを護ろうと、戦ったのです」
それが、人を護る為に人を斬るということの原点であると、
彼女はすぐに考え得ることが出来た。
激しく矛盾した考え方、行動の仕方であることは、彼も充分に理解していた。
すべての人が護られるのならと考えながらも、それが実現できないものと分かり切っていた。
それでも、その地にある人を護るためには、そうする他なかった。
彼が一人でも多くの人を護りたいと考えるのは、そういった自治領地での現実を何度も見てきたからだ。
無論、彼自身の内なる信条が生まれた瞬間から、そうしたいと願っていた。
今もその信条に嘘偽りは無い。
だが、それを掲げるために、この世の中にある理に何度も触れるのだ。
何度も、何度も、何度も。
その結果が………。
「これが私の兵士としての役目です。今も昔も、これに変わりはありません」
「………」
空気が重々しくなった。
明らかに先程までの少し穏やかな雰囲気は無くなっていた。
彼女は思う。
今まで多くの現実を突き付けられて、それでもなおこの人は立ち続けている。
その道が果たしてどこまで続くのかは分からない。
その道にこれから魔術が介入し、より強い敵と戦うことになり、彼らを排除しながら人を護り続けて行くことになる、この人。
そんな人の行く末が、段々と見えてくるような気がする。
「ごちそうさまです。先に道場へ行っています」
食事を済ませたアトリがフォルテにそう一言言うと、
そこでようやく彼女は彼に一声かけた。
「………貴方の選んだ道は、決して誇って良いものではありません。ですが……自らを否定する必要はないと思います」
「………」
彼はその時、少しだけの笑顔を彼女に見せて、先に道場へと戻っていく。
彼女が彼の過去、ほんの一部だけの事実を知り、そして彼にかけた言葉。
道場に戻った彼は、少しだけ手を握るその力を強め、自分の過去を振り返っていた。
何も励ましやアドバイスを求めていた訳ではない。
ただ単純に事実を述べるだけのものだった。
それなのに、彼女の言葉は何か胸に突き刺さって来るものがあった。
自らを否定する必要は無い。
その言葉が指し示す意味を、理解できないことも無い。
彼女にも分かっているのだろう。
もし、戦争や圧政による圧迫が人々を苦しめるのなら、その大元となるものを先に止めなければならない。
止めるということは、相容れない者たちが戦うということにもなる。
だから、剣を持って剣を封じるしかないのだと。
二人は気を取り直して、午後からの鍛錬に入る。
午前中はとにかく身体を動かし、試合形式での打ち合いを何度もこなした。
その結果、彼の身体は至るところに直撃を受け、持続した痛みと付き合うことになった。
体力はまだあるし、何も身体が動かないというものでもない。
それに、初日の魔術の鍛錬はいきなり難しいものから入るものではない、とフォルテが話していた。
ならば、これくらいの傷はなんてことは無いだろうと思い、鍛錬に集中することにした。
魔術の鍛錬。
彼が今まで一度も経験したことが無い、魔術を行使できるようになるための鍛錬である。
「始めましょう。何度もお話するようですが、魔術師の持つ魔力には適性があり、術者は適性と魔術の型を基に魔術を行使します。そのため、型が判明していれば、その分野での魔術を主軸に鍛錬を積み重ねれば良いのです。三つある型のうち、どれか一つが一人の人間に与えられ、適性を解除するための行動を起こさない限りは、それを使い続けることになります。自分の持ち得る型以外での型にある魔術を会得することも出来なくはありませんが、適性も型も不一致ですから魔力行使は極端に効率が悪く、並みの術者であれば発動さえ出来ないでしょう」
「確か、自分の型以外の魔術は、魔力消費がとても多いんでしたね」
「はい。加えて、属性などの付加価値を付けることが出来ない。更に、扱おうとする魔術が高難易度のものであればあるだけ、より行使はし辛くなり、魔力消費も多くなる。たとえば、私のように支援魔術を扱う者が攻撃魔術を使用する場合は、高度な魔術から比較的扱いやすい低度の魔術の行使になるため、魔力消費は多いが発動できなくはない。ただ、逆に攻撃魔術を型とする人が支援魔術を繰り出そうとすると、莫大な魔力消費と術者自身への負担が重なり、更に高難易度という壁もあり失敗する可能性が高いです。魔力行使に失敗しても命を落とすということはありませんが、成功するかどうかも分からない、しかも効率も悪い魔術行使を行う術者はいないでしょう」
つまり、フォルテの場合で考えると、
支援魔術を主とする者が攻撃魔術を扱う場合、その逆に比べれば比較的容易に繰り出すことが可能ということだ。
ただ、属性攻撃などの付加価値は一切付けることが出来ず、攻撃魔術を扱う者たちに比べ魔力消費量が多く効果も軽減されてしまう。
適性と型の不一致によるペナルティはそれなりに大きいということである。
そして、魔術行使は発動しやすい攻撃魔術、その中間に位置する防御魔術、最も難易度の高く発動し辛い支援魔術と続くために、攻撃魔術を扱う者が支援魔術を習得するのはほぼ不可能なのだと、フォルテは言う。
確かにそうだろう。
あまりに発動にかかる制限が多いのだから。
フォルテは、一度彼から離れる。
「………?」
それは、あまりに突然と言うか、あっさりとし過ぎていた。
彼女は突然右腕を曲げ、人差し指を天井に向ける。
そして彼が気付いた時には、何と一瞬で彼女の右腕が発光し、その光はたちまち人差し指の上に白い光る球体を作り出していた。
この瞬間、アトリの心臓が少し強く、早く鼓動をする。
彼はこの感覚が魔術行使をした時による圧迫感であることを改めて感じた。
今まで何度かそれを感じたことがある。
身体が本能的に警戒するようにと訴えていた、あの感覚とほぼ同じであった。
「これは、攻撃魔術の基本動作で、今貴方が見ているのは魔力の可視化による球体、魔力の塊のようなものです」
「そ、それが………」
今まで不可解な現象、不可解な光景を幾度か見たことはある。
特に、アトリの記憶では槍兵オーディルとの戦いで、そのような異常に接したことがある。
まるで槍の周囲を風が這うように駆け抜けて行った、あの勢いと発光現象。
あの時のものとは別ではあるが、意図的に外部から力を入れているということくらいは想像がつく。
彼女はそれをたった一瞬で作り上げてしまった。
「これはどの魔術を使う者も、どのような適性を持つ者であっても、扱うことが出来るでしょう。体内にある魔力を外部に投影するという、本当に基本的な魔術行使の一つです」
「………」
「ただ、私には攻撃魔術の適性が無い。そのため、攻撃魔術特有の五代元素を用いた属性攻撃を放つことが出来ません。ですので、これはただの球体なのです」
思えば、この瞬間こそ彼女が普通の人ではなく、本当に魔術師なのだと「確信」した時では無かっただろうか。ただの球体と言われても信じ難い光景なのだが、彼女は確かに彼でも見えるように球体を作り出している。
彼女が魔力により生み出した魔力の塊、球体はどの魔術を使っていたとしても、魔術師であれば生み出すことが出来る基本的な魔術行使の一つだ。
最も、基本が過ぎるために球体の持つ能力もとても低く、実戦で使われる機会はあまり無い。
特に、魔術戦、相手が魔術師とする者であれば、尚更使う必要性が無いという。
フォルテ曰く、このような球体は相手の身体にぶつければ、球体はすぐに弾け飛んでしまう。
だが魔術行使であることに変わりはないので、相手への攻撃手段にはなるという。
彼女は指先に作っていた球体をまるで仕舞い込むかのように、その場から消してしまった。
常人には理解できない光景を目の前で実現させてしまう、それが不可解な存在である魔術師。
今まで敵と何度も遭遇してきたが、その行使を味方の側から見るのは初めてのことであった。
フォルテは魔術の鍛錬をする前に、改めて彼におさらいをさせた。
無理な行使を積み重ねる訳にはいかないし、そもそも彼に現実への投影が出来るかどうかも分からない。
だが、曰くそれも今日でハッキリと分かるだろうとのこと。
「では、魔力を現実世界に表出させる方法です。と言っても、中々説明し辛いのですが……、簡単に言うと、頭の中でソレとイメージすること、です」
「………ソレ?」
つまり。
俺が繰り出したい魔術を頭の中でイメージして、それを現実に出すということだろうか。
こう、何と言うか、簡単に思えて物凄く難しいことを話しているように感じる。
イメージまでは想像に容易いかもしれないが、そこからどのように現実に出す?
「慣れてしまえば簡単なのかもしれません。ただ、それに至るまでに普通の人では出来ない過程が幾つかあります。根本的に魔力の投影をイメージできない人も実は結構いるのですが、貴方の場合は防御魔術であることがほぼ確定だと思いますので、その辺は心配ないと思います。問題は、イメージしたものを現実に送り出す動作のことです。魔術の行使は、剣や斧を使う人間の身体とは違い、自分の体内にあるものを操作することになります。ですので、イメージした後は、それを引き出すために体内の魔力とイメージとを連結させ、体内の魔力をイメージの実現の為に発動させる必要があります。魔術を行使できない人は、まず体内の魔力を発動し操作するという初歩的な段階で、既に詰まってしまっているのです」
「……というと?」
「はい。魔力の発動には、自身の体内に帯びた魔力の波を、その魔術の行使に必要な分だけ引き寄せ、発動させる必要があります。まず、一つの魔術に使う魔力の量を頭の中で考えたうえで、それに見合うだけの魔力を現実に投影させなければなりません。更に、発動時は身体の中にあるものを外に出すことになりますから、体内にある魔力という別の領域に対し、放出するという行動を起こさなくてはなりません。体内にあるものを、いつでも引き出し出来るようにする。このスイッチの役割を自分の体内で起こさせるのですが、この動作が普通の人には思いつかないらしく、理解もされないと言われているそうです」
「………、なるほど」
自分の身体の中で、魔力を放出する時と、そうで無い時を操作する。
彼女はスイッチ、切り替えを行うと言ったが、確かにそうだと彼も感心しながら聞く。
彼が他から知識を得たものは少なかったが、確かに王国の魔術本の記録文書にも、まるでイメージするかのような文章があった、と思い出す。
あの時はただイメージするだけしか頭になく、具体的にどのように行使するのかが分からなかった。
だが、今フォルテに言われたことで、それに対しての具体的な思考を巡らせることが出来た。
まずは自分の体内にある魔力を自分自身が感じ取ること。
その次に、その魔力の発動をさせるための切り替えを、自分の体の中で動作させること。
自分自身に魔力があることを感じられる人も相当少ないと言うのだから、魔術師の全体的な数が少ないことは容易に想像できる。
逆に、これに気付かないで実は身体の中に魔力を有していた、というような人が現れてもおかしくはないだろう、とも考える。まるで自分のように。
「切り替えが出来るようになれば、後は現実に投影する為の準備をします。たとえば、先程私が作ったあのような魔力の球体を作りたければ、その球体の大きさ、形、重さなどを頭の中でイメージし、イメージしたものと魔力とを連結させ、切り替えが出来るようになったその身体で、外部へ放出させるようにします。基本的に発動は自分の身体の周囲になります。防御魔術の場合は、身体の特定部分を強化する場合には、身体のどこを強化し、強化の具合によってどの程度の魔力を送り込み、外へ出すのかも同時にイメージします。そして、これら一連の流れを安定させることで、実体化することが出来ます」
「流れの安定、とは?」
「体内に有する魔力にも波があります。いつでも調子が良いという訳でも無く、発動時に魔力の入れ方が雑になったり、魔力量の制御が出来ない場合には、魔術の行使に失敗しやすくなります。不安定な魔術は効力も悪い、難易度が高くなれば失敗もしやすいですし、物によっては術者に影響を与えます」
「とにかく冷静に、ということですね」
自身の身体の中で、魔力の切り替えを行い、イメージをする。
自分が実現させたいようなものを頭の中に連想させ、それを現実に投影する。
表出させるために必要な魔力を魔力から引き出し、発動させる。
これらの工程を冷静に揺らぐことなく行う。
確かに、普通の人であればここまで思い付くこともないし、誰かの頼みが無ければ辿り着くのも難しいだろう。
彼は今言葉だけで、その過程を教わることが出来た。
この時点で、あの記録文書に記されている段階にまでは到達することが出来ただろうか。
少なくとも、世間一般で触れることのない領域、というところまでは。
落ち着いて、冷静に魔力を発動させると言われても、恐らくはじめは無理なのだろう、と彼は思いながらも、フォルテの話を聞く。
「では、始めましょう。いきなりイメージしたものを表出させるのは難しいことですから、まずはじめは自身の魔力の切り替えと放出が出来るようにしましょう」
「はい」
その意味は、昨日彼女が彼に試したあることであった。
彼が剣の代わりに木材を使って鍛錬を進めていた時、彼女はその姿を見て彼に魔力の放出を行った。
この時、彼がその気配に敏感に反応できたことで、彼女の中で彼は身体の中に魔力があるものと確信したのだ。
彼を助けた時は半信半疑で、今は助け出すことに集中しようと考えを後にしていた。
その時からの疑念は、彼の反応によってほぼ解決してしまった。
彼女は思う。
きっと、これだけ意志の強い人間であれば、習得はそう難しくないだろう、と。
そして。
彼は右手を前に出し、目を閉じ、あるだけの精神力と集中力を一体化させる。
………。




