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Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
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3-9. 内なる事実(Ⅱ)




「………俺は既に、魔力を持っていた………?」





他人の前では、自己を表出させるのではなく、王国に仕える兵士として振る舞うアトリ。

だがこの時、一人称を私ではなく俺と言ったところに、動揺している様子を感じることが出来るだろう。

無理もない。

自らの所有していた剣に魔力を帯びた(クリスタル)が含まれていた、というのも驚くべきことであった。

それのみならず、彼の体内には、彼が石を使って助けられる前から既に魔力があったというのだ。

あまり信じられるようなことではない。

彼は、自ら魔術師に必要な魔力を得て、その心得を習得することが出来るのなら、

魔術師を相手にしても負けない戦い方をすることが出来るし、そうすることで自己を強化出来るのなら、より多くの人を護ることが出来るのではないか、と考えていた。

その過程を手に入れるのは困難で、自ら石を見つけるか、あるいは誰かに教わるかしなければならない。

石はすぐに見つかるようなものではなく、人が生涯かけても遭遇するかどうかというものだ。

無限に存在する石の中から魔力を帯びた石をピンポイントで発見することなど、想像するだけで気の遠いことである。

だが、フォルテとパトリック曰く、その過程は既に必要なく、彼の身体には魔力が備わっているとのこと。

彼には身に覚えの無いことであった。

いつ自分の体内に魔力が入り込んだのか、全く覚えがない。

魔力を得るためには、魔術師からの教えを受けるか、石に接触するか。

そのどちらも経験していない彼にとっては、不可解なことが多すぎる。





「さっきも言ったが、俺たち魔術師には相手の魔力を感知する方法がある。今も確かに、アトリくんの中には魔力が流れている」



「そんな……、まさかそんなことが………」



「驚くのも無理はありません。私たちでさえ、その事実に驚かされたのですから」







………。







二人がそれに気付いたのは、もちろん彼を助ける時。

パトリックが第一発見者で、瀕死の状態で川の隅に流れ着いた彼を発見した。

誰がどう見ても、殆ど死亡しているのと同じような状況。

だがそれでも、まだ死んではいない。生と死の狭間を行き来しているような。

寧ろ、死の淵に片足を入れ沈みかかっているかのような状態であった。

パトリックは、彼がまだ生きる術があるのなら、ここで死なすようなことをさせたくはないと思い、

そしてフォルテを急いで呼んできた。

そこでフォルテも、初めて彼の姿を見る。



「パトリック、この方は………」


「分からん……だが相当に弱っている。このままでは一日ともたないだろう」




絶望的な光景であった。

もし彼に生きようとする意志が無かったとしたら。

そう考えると、一日などと言わず、後数分で死ぬのではないかと思えるほどに。

倒れているのは少年。

顔つきは大人のような、だが子供のような一面も見える。

周りに散らばっている、彼と一緒に流れ着いたものを見れば、一目でそれが兵士だと分かる。

身体の部位を護る鎧の一部、砕けた剣の欠片。

パトリックは、兵士であるという立場を考えず、一人の人間として救うことを決意し、

それをフォルテに伝える。




「フォルテ、君の(クリスタル)を彼に使えるか」



「はい。それは可能ですが……しかし、それを行うとこの者に魔力を通すことになりますが……」



「ただの人間であれば、その存在に気付くことは無いだろう。こんな若い子供が戦争に参加して、命を落とそうとしている。大人たちが始めたものに、子供を犠牲にさせるのは容認できない。フォルテ、頼む。持てる力で彼を救い出して欲しい」





考えても見れば、

あの時パトリックが川辺に居なければ、彼は今頃死んでいただろう。

自力で目覚めたかもしれないが、彼らが言うには既に死んでいたも同然、瀕死の状態だというのだから。

パトリックは、己の中の答えを持って、彼という一人の人間を救い出すことを望んだ。

どこから来た少年なのかもわからない。素性も分からない。マホトラスの人間かもしれない。

だが、人を助けるということに、出身は関係ない。

誰であろうと救いはあるべきで、その席から除外されるべき者は、本来居てはならないはずだ。

例え自らの都合でその戦争に参加することになったとしても、大人たちの都合でそうせざるを得なかったとしても、人間としてあるべき姿を損なわせる訳にはいかない。

それが、彼という一人の人間を救う結果に至った。




「……、フォルテ、どうした?」



「………この人は………」





フォルテは、彼の身体を仰向けにして、ボロボロになりながらも着ていた服を脱ぎ、上半身を露出させる。そのうえで、彼女の持ち得る大きな(クリスタル)を手に取り、それを彼の胸に付けようとする。

その前に、彼女は彼の首に触れる。口元や鼻元も確認する。

もう一度、意識があるかどうかを確認するために。

だが、その時だった。彼女が普段見せない表情をそこで見せたのを、パトリックはよく確認していた。

石を持つ手が微妙に震えている。

それは紛れもなく彼女が驚いているという証であった。





「パトリック、この人は……体内に魔力を持っています」



「何………?」



「間違いありません。パトリックも、彼に」





パトリックもフォルテも、魔術師としての心得がある。

石を持つ彼女と、そのそばにいる彼。

どちらとも心得があり、更に魔力を体内に有している、魔術師としての条件を満たしている者。

魔術師は魔術師を感知できると言われており、優れた魔術師であれば少し離れたところからでも、その気配を察知することが出来る。

彼女はアトリに触れてから、その存在に気付いた。

恐らく、それはこの人が既に死の淵にあり、生気が失われているから、気付かなかったのだろう。

パトリックも彼に触れることで、それを確かなものだと確信した。

身体は死にかけている。だが、魔力は今も流れ続けている。




「……、しかも適性が分からない……だと?」



「パトリック?」



「確かに、魔力があるのは分かる。だというのに、この少年には適性が見当たらない。いや、違う……見当たらないのではなく、全く見当がつかない」




同じように、彼女も彼の身体に触れもう一度確認する。

もし魔術師同士の戦闘になった時、相手が魔術を行使し現実世界にそれを投影すれば、相手の適性がどのようなものかを予測することは出来る。

だが、魔術適性を調べるためには、相手と接近するだけでは把握することが出来ない。

魔術師とは自分の存在を秘匿するもの。

そのため、魔術師としての気配を極力消しながら生活をする。

それでも見破られてしまう人も中にはいるのだが、そういった状況では相手の適性など調べる機会など無い。

こうして、魔力を得ている者の身体に意図的に接触することで、術者は当人の適性を窺うことが出来る。

完璧な情報などはない。あくまで推測の域。だが、それでも推測が出来ればそれに向けた対応もすることが出来る。

しかし、今倒れているアトリには、その適性すら感じられなかった。

見当たらない、というよりは全く見当がつかない、パトリックはそう話す。




「……私にも分かりません。今まで見たことの無い、未知なる適性なのでしょうか」



「……かもしれないな。今はいい、とにかく彼を。その石の力であれば、瀕死であっても時間をかけて回復させられるはずだ」



「はい。パトリックがそう言うのでしたら」






………。




「適性が、ない……?」


「と言うよりは、俺たちですら知らない適性を持っている可能性があるってことだ。だが、本当に覚えはないんだろう?少しでも些細なこと、感じなかったか?」




全く覚えがない訳ではない。

幾度の戦い、特に槍兵や黒剣士、女性の暗殺者との戦いで感じた、自分の身体の変化。

まるで自分の身体に別の何かが意図的に入り込み、それを操作するような感覚。

そのような経験が何度かある、ということを二人に伝える。

だが、フォルテもパトリックも首をかしげて困ったような素振りを見せる。

魔術師は魔力を持つ者の適性をある程度知ることが出来るというが、彼にはその適性が判明しない。

分からないにも関わらず、魔力は確かに持っている。





「誰かに魔力を受けた節は無し、か。尚更謎めいてるよなぁ~……」



「そのようなこと、あり得るのですか?」



「無い、とは言い切れんな。現に目の前にいるのだし」





適性が分からない、というのも例外の一つなのだろうか。

まさに彼がそのうちの一人だ、とパトリックは苦笑いしながら言うが、彼からしてみれば

初めて気付いた内なる事実にも関わらず、謎が多すぎてかえって混乱してしまうようだ。

彼は魔力を元から有していた。

にもかかわらず、魔力の適性が不明である。




「魔力適性が不明だと、貴方に覚えが無いのであれば、適合していたとしてもその魔術を引き出すことは難しいでしょう」




まぁ、そう考えるのが妥当だろう。

アトリも適性が不明だと言われた時から、そのことは考えていた。

確かに魔力を自分が持っていたとしよう。

だが、その適性と適合していたとしても、自身の持つ魔力適性のイメージが無いのだから、発動しようがない。

王国の宝物庫にあった記録文書にも書かれていたが、魔力の発動は特定の行動をするというものではなく、一般的には心象を操作しイメージを具現化させるというもの。

つまり、頭の中に具体的な構造が無ければ、その適性を持つ魔術を行使することが出来ない。

適性に合ったイメージが投影出来ないのであれば、現実世界にそれが現れることもない。

となれば、彼は魔力を持っていたとしても、魔術を行使することが出来ない。





「しかし、そう悲観したものでもありません。適性が無くとも使える魔術は、限られますが確かに存在しています。それに、貴方の場合だと確かに適性は今まで見たことも無い不明のものですが、その型を推察することは出来る」



「私の、魔術行使の型、ですか?」



「はい。適性とは別に、型があるという話はしました。もちろん、魔術適性が分かったうえで、その型に当てはめて魔術を行使する方が、圧倒的に効率的ですし、効果も充分です。ですが貴方の場合は、型は程度分かっても、適性が分からないために、適性を活かした型の魔術を行使することが出来ない。ですので、無適性の状態でその型の魔術を行使することになります」



「つまり、その気になれば誰にでも扱える可能性のある、本当に基本的な魔術ってことだ」




パトリックがそのように補足してくれた。

アトリの場合、魔力適性が不明であったとしても、既に扱える型はある程度推察がつくという。

実際に彼が魔力を行使しそれを確認するしかないのだが、この時点でフォルテはアトリがどのような系統の魔術を扱うのかが分かっていた。

優れた魔術師であれば、相手との接触で型を見破ることも出来る。

だからこそ、それが分かってもなお適性が不明という、アトリの状態が特質であった。

魔術の基本は、魔力を現世に投影するところから始まる。

適性や型の決定は、基本的には(クリスタル)から得た情報や、誰かに魔術を享受された場合に定まることが多い。これも例外があると言われているが、魔術師における一般的な物の見方はそれで間違いはないのだという。

もし彼が魔力を有しておらず、空の器に彼を助けるための治癒魔術を全力で通したとすれば、彼女の石にある効果【支援魔術】の型が彼に定まり、適性もそのように定まっていく。

支援魔術は三つの型の中でも最も高位な魔術と言われており、術者を見つけるだけでも不可能と言われる。

そのため、彼がもし自らの力を得て理想を貫き通すという時、役立つといえば役立つのだが、攻撃型重視の魔術適性を持つ敵と対すると、分が悪い。

だが、彼の場合は彼女の魔力の恩恵を受けながらも、その適性も、魔力も受けることは無かった。





「その点においては、かえって運が良かったのかもしれません。支援魔術に卓越した魔術師は、逆に他の魔術の効力が薄れている可能性が高い。私は支援魔術の使用者につき、火球や水球を打ち出すことは出来ませんので、攻撃魔術にあるような五代元素を持っていません。そのため、攻撃魔術を持つ他の人に比べれば、攻撃に特異性が無く魔術戦では不利になりやすいのです。貴方がもし支援魔術を会得していたとするならば、無論それも役には立ちますが、貴方の望むものではなかったかもしれない」



「……なるほど」



「だが、アトリくんの型は主に【防御魔術】の傾向を示している。恐らく魔力を通して現実に投影させる時には、その型を中心とした魔術行使が基本になるだろう。もしかしたら、魔力を通している間に、自分の適性に気が付くってことも、あるかもしれないしな」





防御魔術。

それが自分の傾向としての型なのだと、彼はその時点で教えられた。

つまり、攻撃魔術でも支援魔術でもない、防御魔術にこそ適性が隠れている可能性がある、と。

防御魔術を行使する者が、攻撃魔術を一切覚えられないということはないらしい。

たとえば、支援魔術を基本とするフォルテも、攻撃魔術の一つである球体の放出は出来る。

ただ、攻撃魔術に適性が無いために、火や水、風にかかるような付加価値を付けることが出来ず、

放出されるのはただのルーンの塊のようなものだと言う。

しかも、本来の適性ではないために、魔力の消費量も適性がある人に比べれば多くなる。より大きな球体を出そうとすれば、その比例して消耗も多くなるために、魔術戦を強いられた場合には不利になる可能性がある、という。

それでも、相手が通常の人間であれば、その効力は計り知れないものなのだろう。




「防御魔術として使用できる適性には、攻撃を防ぐ盾となるもの、魔術行使による適性攻撃を退ける魔力防御に特化したもの、身体のごく一部を徹底的に強化した適性などがあります。適性が無くてもこれらのものは使えますが、貴方の場合多少は魔力消費量が多くなるかもしれませんね」



「身体の強化……具体的にはどのようなものでしょうか」



「そうですね……、適性を持つ強化であれば、相手の剣などの攻撃が身体のどこかに直撃しそうになった場合、すぐに発動させてその部位の直撃を防ぐことも出来ます。ほかにも、やや高いところから落下しても、足全体に強化を加えることで衝撃と痛みを軽減させたり、逆に人間では到底届かないような跳躍力を強化として実現させたりすることが出来ます。貴方が適性無しでどこまで行使できるかは、やってみなければ分かりません」



「なるほど……」





彼としては、全然不相応ではない。

寧ろ防御に特化した戦闘が行えるということは、彼の利点にもなる。

彼の攻撃手段は、基本的に防御から始まる。

相手の攻撃を防ぎ、弾きながら、相手の隙をついて一気に攻撃を加える。

その手段に防御魔術を使用し、剣を強化したり、身体の一部を強化することで、

より戦いを有利に進めることが出来る。

今まで兵士の支給品で何度も剣を折られていたが、防御魔術の行使で剣の損傷を軽減させることが出来るのなら、剣を失う機会も少なくなるだろう。





「だがアトリくん、幾つか覚えておいて欲しいんだが、防御魔術は支援魔術同様に、担い手があまりいないんだ」



「………?」



「まぁその、なんていうか、世の中には攻撃こそ最大の防御と言うような人もいるだろう?戦い方にもよるが、極端な防御姿勢を必要とする戦闘が無い以上、魔術戦となれば攻撃魔術の打ち合いとなる。剣に対する強化も攻撃魔術では出来るし、適性があれば五代元素の要素を属性攻撃として付加させることが出来る。だから、決して防御魔術が恵まれたものであるとは限らない」



「大丈夫です。私の基本戦術は、防衛にありますから」




彼が今まで幾多の戦場で見せてきた戦術は、ただがむしゃらに剣を振るい攻撃に特化させたものではなかった。

寧ろ、攻撃は一瞬の隙を突いて行い、それ以外相手の攻撃を防ぎながら消耗を強いることを目的としていた。

その彼が防御魔術を会得出来るのだとすれば、少なくともマイナスになることはない。

ただ、パトリックは術者があまりいないために、防御魔術の特性を自ら理解し有効活用しなければ、魔術師を相手に簡単に打ち破られてしまう可能性を彼に話す。

アトリもこの時点で既に課題としているものは、決定的な一打を放つことが出来ない、ということ。

攻撃魔術を持つ者は、恐らくあらゆる攻撃を駆使して敵を殲滅するだろう。

攻撃に特化しているのであれば、その中に相手を完全に潰すための一撃があるかもしれない。

アトリはそのようなものを持ち合わせていない。

思えば、通常戦闘の時でも、ひたすら防御に走って決定打を放てない時もある。

それが魔術戦の場合だと、戦いで不利になりやすい要素にもなるのだと言う。



攻撃魔術は、適性やら特性やら多すぎて、何が繰り出されるかが分からない。

逆に、防御魔術でそれを回避することが出来る。

確実なことは言えないが、相手の攻撃を防ぎ得るものを持つ可能性はある。




「後は、どの魔術行使にも言えることだが、乱発は避けるように。魔力も消費するし、身体に与える負担も大きくなる。思うように動けなくなる可能性があるからな」



「はい」



「貴方の場合だと、魔力を有しているのに石を持っていない。そのため、魔力供給は必然的に自然界にある(マナ)(ルーン)に頼ることになります」



「その場合だと……具体的には、どのように供給するのでしょうか」



「簡単な話です。生命の源は、私たちの力。大地の源は、この自然を生かす力。ですから、これらのものは私たちの生活に満ち溢れています。ですので、ただ黙っているだけでも回復する人もいますし、食事や睡眠といった日常生活で回復させる人もいます」





これもまた、不思議なことと言うべきなのだろうか。

マナやルーンは、私たち人間の生活環境の中に自然と溶け込んでいる。

しかも無くなることがなく、常に生み出され続けているという。

魔力の大元、根源に至るものは、このマナとルーンという目に見えない力。

だというのに、魔力を得てそれを扱うことが出来る人は、この世にそう居ない。

更に、魔力を持ったとしても、適性無き者には扱うことも出来ず、しかも魔力を宿したということに気付かない可能性も充分にあるという。

ある意味、魔力を得るということは、マナやルーンにおける恩恵を過度に受けるということにもなる。

だが、彼や彼女は思う。

その魔力が常に人間の手に操られるものであるだろうか、と。

純度の高い塊を身体に宿し、それを己のために扱う。

魔術師と呼ばれる人間たちは、そうしてその力を手に入れ、受け入れているのだが、

自然界としてはどうなのだろうか、と。



アトリの場合、

魔力を有しているが魔力の供給源たる石を持っていない。

そのため、一番効率の良い回復方法が無いために、使用に関しては注意しなければならない。

フォルテは、確かに石がある方が回復には早い、と言う。

だが、食事や睡眠、自己の休息程度でも回復が多い人もいるので、そう悲観したものではないと彼に伝えた。




「改めて言いますが、貴方は何らかの適性を持っているはずなのですが、私たちではそれを判別することが出来ません。そのイメージが無い貴方には、魔力適性を活かした攻撃をすることが出来ない。それでも、今まで無で戦闘をしていた時よりは、ずっと役に立つでしょう」



「………はい。それで………」





色々と教えてもらった。

正直すべてがすべて頭の中に入るかと言えば、微妙なところだ。

自分にはあるはずの魔力適性が不明で、そのために適性をイメージした魔術の行使は出来ない。

傾向としては防御魔術にあり、適性が無くとも他の型を主とする魔術師よりは何歩も先の魔術を行使できる可能性がある。



……それで、どう行使すれば良いんだろうか。





「はは、肝心なことを忘れていたな。説明するのも久々だから、つい熱が入ってしまったよ」



「……はぁ……」



「貴方には、これから私の下であらゆる鍛錬を受けてもらいます」






と、笑みを浮かべながら話すパトリックの横に入るように、彼女が話をし始める。

彼がそれを聞いた瞬間、瞬間だが心臓の鼓動が早く強くなったような気がした。

鍛錬を受ける。

つまり、この魔術が自分の物になるかどうか、彼女のもとで鍛錬を重ねながら見極めるということだ。

魔力を体の中に有しているとは言っても、それをすべて扱えるかどうかは分からない。

そもそも、不明の適性と自分とが適合しているかどうかも、微妙なところだ。

扱えるとしたら、防御魔術の基本形だという。

適性さえ判明してしまえば、より高度な魔術も習得することが出来るだろう。

そこまで辿り着けるかどうかは、彼女の教えよりも彼がどこまでこの力を扱えるかどうか。





「中途半端には教えません。分不相応な魔術の行使は身を滅ぼすだけです。貴方がどの程度この力に適応していくかは見てみないと分かりませんが、一ヶ月程度の時間が必要になると思います。それでも、よろしいでしょうか?」





一ヶ月。

その時間があれば、マホトラスも今より更に侵攻することだろう。

そうなれば、王城のみならず、他の地域とて放ってはおけない状況になる。

自分がどの程度マホトラスを食い止めるのに貢献できるかは分からない。

戦争は数という言われ方をするが、あのような魔術師がいるとその状況さえひっくり返されてしまう。

それは、彼がいるといないとで変わるようなものではない。

つまり、王国はマホトラスの侵攻を防ぐことは出来ない。

時間を稼ぐ、相手を防ぐ時に自分が居ないというのは、あまりに申し訳が無い。

その間に、大勢の王国民が死にゆく可能性がある。

それを黙って何もしないのも、彼としては容認し難い。



だが。

今の状態で彼が戻ったところで、あの者たちには勝てない。

確かに誰かの役には立つかもしれない。

しかし、負けて殺されてしまっては意味がない。

この身は誰かの為になると、そのために剣を取ると決めている。

そして偶然か、運命か、やってきた魔術を扱うという機会。

これを逃す手は無い。

恐らくここでそれを失えば、永遠にその機会は失われるだろう。

厳しい鍛錬になるかもしれない。




それでも。

この力を以て、多くの人間を護ることが出来るのなら。

その時間さえ、受け入れよう。





「はい」




「分かりました。……パトリック、明日から鍛錬に入ります」



「分かっているよ。その間は俺が農地の作業をするさ。たまには手伝ってくれよ?」



「もちろんです。では、貴方には明日の朝から付き合ってもらいます。早速魔術の鍛錬もしたいところなのですが、それでは貴方にかかる負担も大きい。まずは身体の状態回復と、鈍っていた身体を起こすことから始めましょう」





彼はこの時点で思っていることがある。

確かに彼女は美しくも凛々しい。

このような場所で訓練をしている、とも言っている。

そして、ここまで彼に言わせるほどの言葉の数々。

恐らく彼女は剣の腕前のみならず、身体のこなしも優れているのだろう、と。

まだ彼女のそういった姿を見たことも無い、二人が魔術師であるとの確信も無い。

ただ、彼女の場合は自身の石を見せてくれた。

それだけでも、信じ込んでしまう。

この二人がどのような人で、どれほどの力を持っているのか。





――――――何故、そのような存在になったのか、その経緯も気になる。





それは、彼の心の中の声。

決して外部には漏れ出さなかった、自分だけの声だ。

何故二人は、魔術師になったのか。

どのような経緯が二人をそのようにさせたのか。



妙なものだ。

自分自身、あまりこの空間に馴染めず、早めに戦場に復帰しようと考えていたはず。

だというのに、彼らのことを知りたがっている。





「ですが、突然魔術の鍛錬をしても効率は悪いです。ですので、いつでもその鍛錬を始められるように、少しずつ私から魔力を送ります」



「?」



「貴方の中にある魔力を、貴方自身が扱いやすくできるように、こちらから貴方の魔力を目覚めさせるのです。今までずっと、貴方の魔力は淵の底で眠り続けていた。今は、それらを起こしてあげるだけでも充分な効果が見込めるでしょう。今日は、魔力を通した後はすぐ眠るようにして下さい。理由はすぐに分かります」




な、なんだか怖いものだな。

いや、これにも慣れが必要と言うか、やはり初手は不安に感じるものか。

昔、兵士の見習いを目指していた時も、本物の剣を持った時はそう感じたのだろう。

あれと、似たようなものか。




「では、早速ですが――――――――」






―――――――――裸になって下さい。






「………」







………………何!?!?







3-9. 内なる事実(Ⅱ)




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