3-7. 届かぬモノをこの手に
鍛錬は積み重ねが大事だ。
無理し過ぎるのも良くないが、間隔をあけすぎても良くはない。
それに、元の身体にあるバランスを壊すような鍛え方はすべきじゃない。
人間ってのは弱いもんで、身体も精神も鍛えようと努力したって、そいつの器に見合わない量の努力は取りこぼしちまうもんだ。
だから、自分に合う方法で鍛錬を積み重ねれば良い。
中にはそれが身体をいじめることだと考えてるやつもいれば、ペースを維持しながらゆっくり進める奴もいることだろう。
前に、クロエという女性がそのようなことを言っていた。
一言一句間違いではない、とは言い切れない。だが主旨は伝わる。
元々人間は生まれ育った身体のバランスというものがあって、それを崩すような鍛え方はいずれ身体を壊すことに繋がる。
身体を鍛えることも良いが、柔らかい筋肉と身体の反応を出来るだけ鍛えることだ、と言われた。
同じ兵士階級として王城では何度も顔を合わせていた間柄、あのクロエはアトリに対して兵士としての身体の作り方も教えていた。
身体の基礎構造、剣を構えるうえでの心構え、その立ち振る舞い。
あの時クロエは話していた。
あくまで剣を握る型は扱う本人が決めることで、他人を手本に真似することでも無い、と。
思えば、兵士として剣や身体の鍛錬は、もう4年以上も続けていることになる。
毎日続けてきた訳ではない。
この数日間眠り続けていたことも踏まえると、常に身体の状態を維持出来ていた訳でもない。
彼は出来るだけ早めに復帰しようと、パトリックの家の手伝いをしながら、鍛錬をすることにする。
この場合においてはリハビリと言うべきものなのだろうが、それでもしないよりは行動に移すことで実際に戦場に行き役に立つことが出来る。
そう信じて、今ある環境の中で復帰に向けた取り組みをすることにした。
そんな時。
―――――――話があります。今晩、食卓の後にでもご案内します。
彼が庭で木材を使用した素振りをしている時、
パトリックと家は別ながらも共に生活をしている少女、フォルテと偶然にも会った。
そこで彼の太刀筋と話を聞いた後、彼女は突然そのように言い出したのだ。
彼にとってはどのような話なのか、この時には想像も出来ていなかった。
ただ、せっかくなので、とフォルテとの会話の機会を得ようとした時に、このような経緯となった。
彼女が自ら彼に話しかけてくれたことを、アトリは少し驚きつつも不思議に思った。
相変わらずの無表情ぶりで、愛想も無いように見える。
だが容姿はその正反対で、整った顔つきに美しく凛々しいとまで感じられる姿。
そんな彼女からの話とは何だろうか。
彼はその日の鍛錬を終了させ、食事までの時間を休養に使った。
といっても、夕食までそう長い時間ある訳でも無く、やがて食事の為の準備を手伝うことになる。
「………」
昼間には話しかけてくれたフォルテ。
だが、居間へ行き夕食の手伝いをしている時には、いつもの無口と無表情で淡々と作業をこなす少女になっていた。
まるで昼間のあの姿が別のよう。
決してそんなことは無いのだろうが、パトリックと話したことが思い出される。
決して社交性が無いという訳ではなく、人一倍冷静と言うべきか………と。
ここ数日彼女の姿を見てきたが、彼は自分の中で既に彼女の位置づけをし始めていた。
もっとも、彼女のことを深く知る機会が無いため、それが正しいかどうかなどは分からない。
彼女は、感情を表に出さない。冷静沈着という度合いを越えている。
それと、まるで心象を表しているかのような、ダークスーツの服装。
それらに何かしらの関係が結びついているのだろう、と彼は判断していた。
「………ふう」
……、どうもこう、食卓にいつも以上の緊張感があるような気がする。
と、アトリは感じながらも食事を終え、
昼間にフォルテが話があるという事情をパトリックにも伝えていたらしく、彼も息を整えてアトリの前で座って話をしようとしていた。
どうやらフォルテだけの話ではなかったらしい。
裏で何らかの作用があったに違いない、と瞬時に考え抜く洞察力は、死地や自治領地内での経験から活かされているものである。
はじめから二人の様子は真剣そのものであった。
さて、こうなるとある程度話される内容も推察できるのではないか、と頭の中で考え始めた頃―――――。
「どうにもこう、俺ぁ畏まって話すのが苦手っていうか、あー………うん、まあそれはいいんだが」
………と。
思考を邪魔されたような気になり、彼は苦笑いしながら後頭部を少し掻く。
畏まった話らしい。
温厚でお人好しなパトリックのことだから、よほどの話す内容なのかもしれない。
彼もまた少し気を入れ替えて、耳を傾ける。
机を挟んで彼の正面にパトリックがいて、彼から見て右隣にフォルテが静かに座っていた。
「アトリくん、突然ではあるんだが……改めて、君の兵士としての覚悟を聞かせて欲しいんだ」
「兵士としての………覚悟?」
「君が兵士として求めるものとか、国の士として仕える心構えとか、そういった類のもの、だ」
何となく片言に話をしているパトリックだが、それを理解できない彼ではない。
突然のそれに驚きはしたが、自分の身の上の話を聞かせて欲しい、と聞いているということはすぐに分かった。
態々それを兵士としての覚悟、と本題を挿入するかのような題目で伝えたところには、それなりの意味があることだろう。
兵士としての覚悟。
前に、王城よりも南にある町、グラストンに、これから兵士になろうとしている卵、少年少女たちと会ったことがある。
あの中でも特にエクターという男性、クリスという女性が周りの子どもたちよりも際立って強く、また意志のハッキリした子どもたちで、兵士の見習いになるのはそう先のことでもないだろう、と思われていた。
クリスと話をした時のことを思い出す。
「はい!その点については充分に覚悟をしています」
「………、覚悟か。そんな覚悟は、本当は無い方が良いのかもしれない」
思えば、あの時の発言は少々軽率だっただろうか。
子どもたちにとってもし、兵士と言う存在が憧れでそれを目指しているとすれば、彼があの時クリスという少女に話したことは、希望に満ちたような話では無かった。
本当は知るべきでないこと。
兵士として戦うことの意義、それがどのような理由でどう行動させるか。
この世界は、幾多の戦争が発生して多くの人たちがそれに巻き込まれていく。
戦争という渦の中に巻き込まれた者たちは、忽ちその影響を受け本流へと流されていく。
そうして命を落としていった者たちの、何と多いことか。
彼もまた、その渦中に身を置いている。
戦争という、両者の相容れない争いに身を投じる、当事者として。
「私自身が求めているものは、民たちの幸せを護ること、そのために剣を振るうと決めています。ウェールズの国の在り方にも共通していますが、この世界はあまりに広すぎて、それだけ沢山の人々がいる。せめてこの眼に留まる者たちは護りたい、そう思っています」
「……自分に対する欲、みたいなのは無いのか?兵士という仕事は見返りを要求されてもおかしくはない、激務だと俺は思っているのだが……」
「私以外の兵士がどうかは知りませんが、私は見返りといったものは求めていません。ただ、結果が欲しいとは思います」
「”結果”………とは?」
兵士としての問答。
国に仕える者としての覚悟。
他人事のはずなのに、パトリックもフォルテもとても真剣に聞いているようだった。
この時、二人は後に打ち明けるものの為に、彼自身の話を聞いておく必要があった。
彼という存在がどのようなもので成り立っているのかを知り、それを基に選定をする必要があった。
あるものを、授けるために。
「人々を護り、救い、助け、その果てに幸せが護られているという、結果です。私がこの眼で見た者たち、この手で届く限りの者たちを、護り続けたい。その結果が、私の求めているものと言えるでしょう。それを成すには、まずこの戦いを鎮めなければなりません。戦乱の時代を終わらせてこそ、本当の戦いが始まる。いまだ、結果は訪れてはいない。まだ私は何もかも成し遂げていません。しかし、いずれはそうした世の為に……信じ続けています」
――――――――――この身が剣となり、多くの人を護るために。
………。
誰かの為になる。
ただそれだけのことならば、何も兵士になる必要は無い。
人々の為に手助けをする者たちも、彼と同様の理想を持つことも出来るだろう。
しかし、彼は兵士としての道を閉ざすことなく、今日ここまで戦いながら生き続けてきた。
若くして、彼は知っていた。
誰かを護るためには、対象を傷つける誰かを排除しなければならないことを。
誰かを護るために誰かを傷つけ、失わせる。
そうすることで、救いを求められていた誰かは救われ、幸せを得る。
一方で、誰かを護るために犠牲にされた誰かは、その幸せを永遠に失う。
彼が行き付いた信条の在処は、そういった矛盾だらけの世界観であったのかもしれない。
純粋に、人を救うということの赦されない世界。
正義を以て悪を排する。
だがそれは、正義である立場の人間が悪を容認したからこそ生まれる構造。
誰かの為になる、誰かを護るということには、常に必要とされるべき悪が存在している。
必要悪を排除し、善を成して人を護る。
だからこそ、彼の選定が兵士という物の経緯になった。
それに気付いたのは、今からどれくらい前のことだっただろうか。
「………」
これらの言葉から想像できることは、そう多くは無い。
分かることもあれば、もっと分からなくなることもある。
それほどに彼に包括された世界は複雑で、そして歪である。
これだけの説明ですべてを把握できることは無い。
だが彼女、フォルテは彼、アトリの生き様に色々と察するものがあった。
もし、世が世なら、もっと良い意味で純粋な青年になっていただろうに。
穢れた世界観の中で清き理想を実現させようとする、その姿。
彼の背負っているものは、とても大きい。
計り知れないほどに。
「……なるほどな、その言葉だけでも色々と考えさせられるよ」
無理もない。
彼も自分自身で、今までに経験してきたことがそう普通にあることでは無いと思っている。
起きてはならないこと、起こしてはならなかったことを含めると、その事実はとても深い。
すると、パトリックは一度真剣に話を聞いていたフォルテの横顔を見る。
フォルテもそれに気付いたのか、無言で彼に向けて一度頷いた。
この二人のやり取りだけでも、あらかじめシナリオのようなものが用意されていたのではないか、と思ってしまう。
だが、後にそれも納得してしまう。
「では、その話を踏まえたうえで、もう一つ聞かせてもらうよ。これは大事な話だ、後戻りすることは出来ない。だがこちらには用意がある」
「………」
「君は、多くの人を護るためなら、自分の身を剣とすると言った。その心に嘘はないと、俺たちは判断する。そのうえで、もう一度聞く」
―――――――たとえその力が、常人には手に入らないものであったとしても、それを求めるか。
「っ…………」
「その力を手にしたが最後、君は普通の人間ではなくなってしまう。それでも、己の理想を貫くために、強くなりたいと欲するか」
………。
それが何を意味するのか、分からない彼では無かった。
その力を手にしたが最後、普通の人間ではなくなってしまう。
どのような意味で、どのようなものであるのかは、既に分かっている。
幾度か経験した中で、彼自身が意識していたことだ。
戦うためには武器がいる。勝ち続けるためには力がいる。
たとえどのような死地に遭遇しても、それでも求められれば戦い続けた男。
幾多の戦場を越えて今も生き続ける。
――――――――それでもおめえの理想が間違っていないって言うんなら、そのすべてを果たせるだけの力を手に入れて来い。
だが、彼とて敵わない相手はいる。
たとえどれほど戦場を駆け抜けたとしても、いつかは勝てない相手が現れる。
それは既に現実のものとなっていた。
一人で戦うことには限界がある。
既に何度も傷を負い、この身体を痛み付けてきた。
それでも生き続けられたこと、これから生き続けるために、必要となるものがある。
誰もが手にするものではない。手にしてしまったが最後。
後戻りをすることが出来ない、いわば自分の道の分岐点。
―――――――ならば、その運命に抗ってみるがいい。
それでも。
たとえ戻れない道だったとしても、その力を以て成すこと。
それは、間違いだとは思わない。
誰かの為になる、その為にこの力と共に己の身を尽くす。
だから、彼は断ることをしなかった。
それが、彼にとっての信条であったのだから。
誰かが幸せであれば、その幸せを護ることが出来るのなら。
やがて、自分も………。
「………はい」
少年は、静かに答える。
だが、ハッキリとした強気を持って、その問いに答えを示した。
この時が、この瞬間が、自分にとっての分岐点となることを、彼はすぐに理解していた。
それでも、この力を持つことで自分の信条に、より近づくことが出来る。
その力を持つ理由よりも先に、その力を欲して人々の為になるという思いがあった。
これで、また一歩近づくことが出来るだろう。
今まで抱えていた悩みも解消されるかもしれない。
彼は、その力を求めた。
彼も言う、文字通りこの瞬間が、彼の信条のみならず、彼の人生の分岐点となったのだ。
………。
覚悟は示された。
本人の顔も見ることが出来た。
恐らく本人の中では相当な決断だったと思う。
何故なら、これを手にしたが最後、普通の人間ではなくなるのだから。
けれど、彼に躊躇いや迷いは見受けられなかった。
この力を受け入れ、この力を預かり、そしてこの力を人々の為に使う。
心からの善意を形に。
ならば、彼を信用しても良いだろう。
今まで届くことの無かったモノを、彼の手に渡す。
こうして、また一人、増えていくのだな………。
話が済んだ後、三人はフォルテを先頭にフォルテの家まで案内される。
彼に「見せたいものがある」と「伝えたいこともある」と言い、ついてきてもらったのだ。
彼女が昼間、彼に案内したいと話していたのは、その時既に彼がこの問答に解答し、そしてこの話を断ることをしないだろうと確信していた為でもある。
彼女が思う、彼の第一印象は、素直な人となりというもの。
冷静で、大人の気が強すぎるという印象。
それでも、彼女にはある程度の予想がついていた。
パトリックから話を聞いたものと、彼の人となりとを照らし合わせる。
人の為に自らを剣とする、理想。
その理想を前に、これ以上ない力を手に入れることを拒むことはしないだろう、と。
フォルテが案内したのは、彼女の居住スペースではなく、
家に隣接する別棟。
彼女が外の入口から直接その中へと案内し、室内の蝋燭に明かりを灯す。
「ここは………」
思わずアトリは周囲を見て驚いた。
見ただけでここがどのような空間なのかが分かってしまう。
何故なら、彼も王城でよくこのような空間を利用していたからだ。
彼女が案内してくれたその場所は、道場と呼ぶに相応しい空間であった。
床は綺麗に掃除されていて、周りの景色を反射するくらいにハッキリとしている。
数ヶ所に窓が設置されており、陽の光も充分に入るよう工夫がされているだろう。
大きさはパトリックの家ほど大きくはなく、彼女の居住空間よりも少し狭いといった具合だろうか。
それでも数人が鍛錬を積み重ねるための空間としては、十分すぎる広さである。
道場の端には何本かの竹刀が置いてあり、更にある一ヵ所の壁には何重にも布団のようなものが設置され、その上に白地の紙に黒い円形が幾つも書かれているものが貼り出されている。
「ここは普段、私が使っている訓練場です」
「訓練……?」
訓練?
一体何の訓練を……?
確かにフォルテさんの見た目……というべきか、凛々しい姿や体格からは、何となくここで何かをしていてもおかしくはないとも思うが、一体何の為に……?
「まぁ、色々と聞きたいことはあるだろうけど、順を追って説明していくよ。フォルテ、例の物をここへ。………さて、アトリくん。常人には届き得ぬ力とは言ったが、宿すのは比較的簡単だがそれを扱うのは容易ではない。その力というものは、打ち明けると世を混乱に陥れる可能性が充分にある。よって、その力を持つ者たちはその存在を秘匿するのが鉄則であり、掟とも言われている。もし、アトリくんがこの力を上手く扱い他の誰かに継承させるような時が来たとしたら、よく相手を選ばなければならない。その点は分かってもらえるね?」
「はい」
「よし、良いだろう。では色々と説明をしたいところなのだが、一気にすべてを教え込むのは無理だし、それにこの力をすぐに発動できる訳でも無い、更に言えばアトリくんが本当にこの力に対し適性があるかどうかは、これから分かるところだ。あまり期待はしないでくれよ?」
「大丈夫です。お願いします」
パトリックに指示を受けたフォルテは、一度道場から離れ隣接する彼女の居住空間へと行ってしまった。何かの物を持ってくるよう言ったようにも見えたが、彼にはあまり想像がつかない。
パトリックは、彼が欲するその力が彼の思うように作用するかは分からない、と彼に伝えた。
確かにその通りだ。
簡単に手に入る力であれば、今までこれほど考え苦悩したことは無かっただろう。
それをものに出来るかどうかは、彼の適正以外に努力が絶対に必要となる。
「さて……では本題だ。私たちが君に授ける力というのは、魔力というものだ」
予想通りであった。
寧ろこれ以外に考えられなかった。
人が普通にして手に入らない力というもの。
その存在は、事実が決して表に出ることの無いよう、秘匿され続けたもの。
もしそれを発動した時には、相手を必ず殺すことが必要になる。
魔力を持ち魔力を発動する者、それを「魔術師」と言う。
人ならざる力を持ち、あらゆる恩恵を己の力に変え、戦闘を行う。
時に支援、時に防御、そして共通して攻撃手段がある。
魔術師は石を媒介にして魔力を供給し、それにより魔術を行使する。
そのため、魔術師になるためには石を獲得し、その内部に秘められたものと接触する必要があった。
「君は、魔術師という者の存在を知っているか?」
「はい。私は王城で特別な部屋の警備をしていたことがあり、その中の記録文書でその内容を見たことがあります」
「そうか、魔術師という存在が現実にいることは知っているのか」
そもそも、魔術師の存在など事実であると表に公表されてはならないし、してはいない。
たとえば、この世界にも多くいる作家が描く世界観、文学作品上の設定として、そのような存在が現れることはしばしばある。
しかし、あくまでそれは文学という分野においての存在。
まさか現実にそのような不可解な現象を引き起こすような者がいるとは、誰も思わなかった。
事実、彼も王城の宝物庫でその記録文書を目の当たりにするまでは、その存在が本当のものであるとは思っておらず、疑っていた。
だが、槍兵オーディルとの接触や、黒剣士ブレイズとの戦闘で、その存在が本当であるということを思い知らされた。記録文書との照らし合わせで、それがより確実なものとなった。
彼は今まで彼ら魔術の心得がある者たちにどう対抗するかを、ずっと考え続けていた。
ヒラーという戦友と共に導き出した答えは、自分が魔術師として魔力の恩恵を受けること、だった。
魔術師には魔術で対抗する。
それが一番効率的な突破方法である。
魔術師同士の争いともなれば、どちらかが斃れるまでその戦いは続けられるものだろう。
先日の戦いでは、アトリは魔術の心得がある槍兵と剣戟を交わし、その末に槍で穿たれた。
あの槍兵はあのような言葉を残したが、内心では死んだと思っているかもしれない。
魔術とは、遭遇する機会がほぼ無いために、それが現実にあるものと考える人は中々いなかった。
「……待てよ?ということは、魔力の存在を知っていたのに、今まで………ん、ま、まぁ良い」
「何か言いましたか?」
「あ、いや、大したことない……かもしれないが、うーん……」
小声でぶつぶつと何かを呟いていたパトリックに、彼は疑問を投げかけた。
が、結局はぐらかされてその詳細は分からない。
何か心当たりでもあるのだろうか、と思っていたその時に、彼女が再びこの部屋に戻ってきた。
彼女は右手に何か巾着のようなものを持って、中に何かを入れているようだった。
二人が会話しているところの中に入って来て、その場に正座する。
パトリックは、フォルテにその巾着を開けるように指示を出すと、彼女はその紐を緩めて中身を、三人の中央の空間に出す。
「……これは……刃物?」
三人の間に現れたそれは、アトリにとっては見覚えのあるものであった。
すぐに彼は刃物であるかを二人に確認する。
大きさは5cmから10cmほどの小さなもの。
歪な形というよりは、原形を留めず破壊されてしまったような形状をしている。
一部に鋭利な部分が見えており、彼が刃物の欠片であると判断するには容易であった。
そして、見覚えもある。
これは、彼がここに来る前に使っていた剣の刃と、よく似ている。
「そうです。これは、貴方が倒れていた場所にあった、貴方の剣の一部です」
「私の……剣」
確か、俺の私物を確認する時、剣は原形が無くて回収しなかった、と言っていたような……?
彼がパトリックの方をちらっと見ると、少しだけ苦笑いして頷いているパトリックの姿がある。
なるほど、この時既に何らかの事情があったと見える。
しかし、その欠片を何故態々回収したのかを、確認しなければならない。
剣は剣としての役割を持つもの。砕け欠片となってしまったものを、剣とは呼ばない。
故にその役割は、剣が生き続ける限り続くし、折れればその役割を終える。
そのはずだった。
「そうだな、隠しても仕方が無い。この剣は自前かい?」
「いえ。国の鍛冶氏に打ってもらっています」
「元々アトリくんが持っていた剣は、全員共通の装備?」
「いえ、私が遠方へ派遣される時に、特注で渡されたものです」
すると、それを聞いたパトリックは一息ついて、なるほど、と呟いた。
彼が前まで持っていた剣は、北西部への派遣時に武器を制作する鍛冶氏であるレイモンが彼の為に打ったものである。
以前は兵士が支給される基本的な剣を装備していた。
だが、彼は死地への警護に行くと、毎回のように支給される剣に傷をつけ、時には持って帰らない時もあった。
剣の傷は研げばある程度直すことも出来るのだが、彼のそれは破損といってもおかしくはない。
しかも、刃を研ぎ続ければ当然元々の耐性も失われていく。
彼が何度も剣を失うのは、それ以上に幾多の戦場を経験しているという証でもある。
が、それ以外には、彼の攻撃適性や防御をメインとした戦闘態勢と、剣との適性が合っていないから、という理由もあった。
レイモンはそれを見抜き、彼に合う特注剣を遠征前に渡したのだ。
今となっては粉々になり、この場にある破片だけが残されている。
すると、パトリックが言う。
「簡単に言うと、アトリくん、この剣の破片には魔力を帯びた石が含まれている」
………。
3-7. 届かぬモノをこの手に




