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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-5. 城下町の朝




「すげえ!本物の戦い見れる!!」


「クロエお姉ちゃん頑張ってー!!」




彼が登場してからここまで瞬時に筋書きを立てて、その通りに事が運んでいるのだとすれば、きっとこの女は将来優秀な詐欺師にでもなるだろう。

などとあほなことを考えていても、結論は変わらない。

彼の年上、先輩にあたる女性兵士のクロエは、王城の中で兵士の見習いになるための訓練を受けている子どもたちを教えていた。

いつもそうしている訳ではないと聞くが、たまに自分の息抜きも含めて子どもたちの面倒を見ているのだとか。

朝の私服と言い、子どもたちと接するその対応と言い、一見兵士に本当に見えない時がある。それは子どもたちもそうであった。

しかし、この後の光景を見れば、子どもたちの幼い目であろうと、彼女が立派で強い兵士であることは分かる。



因みに、唐突に相手をすることになったアトリも、それはよく知っている。

女性と思って甘く見たことは無いが、その逆は何度もある。年下はまだ甘いなどと言われたことも、何度もある。


だが、子どもたちには良い刺激になるのではないか。

果たして彼と彼女が兵士としてどの程度のレベルにいるかはいざ知らず。

しかし、本当の兵士になるとここまで出来るのだ、ということを見せるいい機会ではある。

子どもたちの訓練では、実際に師匠となる人が子どもと立ち合う時もあると言うが、本当の兵士を相手にしても、子どもたちは相手から一本取れるかどうか、というところ。

まして、彼らはまだ訓練途中。本機を出されれば一方的になることもある。

だが、それでは戦場に出た時に殺されるのは自分。

兵士になって戦うのであれば、自分が攻撃されるということを常に理解しなければならない。でなければ、命など幾つあっても足りない。

思えば、自分も昔はそのような過程を過ごしたんだったか、と彼は少し感慨に浸る。



「勝負は簡単。一度でも竹刀を先に体に当てた方が勝ちってことでいいね?」


「了解。しかし本当にやるのか…」



気乗りしている、とは言い切れない彼。

無理もない。

突然「私と出合え!!」と言っているようなものだ。

というかそれが正しい。

しかしアトリも子どもたちの為を思って、大人用の竹刀を手に取る。


子どもたちには十分距離を取ってもらった。

広いフロアとは言え、どのような動きをするか分からない。

それは自分とてそうだし、相手もそうであった。

久々にクロエと対峙することになるが、クロエの戦闘技量が前と変わっていれば空間いっぱい利用する必要性もあるかもしれない。



「もちろんさね。やると言ったら男に二言はないだろ?」


「…はいはい。止めはしないが…」



―――――お互い覚悟をする必要はあるようだ。



それはアトリがクロエに対して言い放った言葉だ。

言葉だけ聞けば、人によっては好戦的な態度と思われるかもしれない。

アトリからすれば、否そのようなことは無い。

好戦的な兵士ではない。

それはクロエとて同じであっただろうが、今この状況では実際の戦いとは異なる。

戦う相手は先輩後輩同士なのだ。

力の競い合い、と考えれば少しは気の持ちようも変わるだろう。

今この瞬間、空気が張り詰めて行くのが分かる。子どもたちもそれを感じ取ったのか、先程までわいわい騒いでいたが、その二人の間合いを見て息を飲む。

まるで戦場にいる時と変わらない雰囲気を感じ取るアトリ。

やると決めたからにはやる。たとえそれがショーの一部だったとしても。

そのような空気を放ちそれを感じ取るキッカケであったのは、紛れもなく目の前にいる彼女だろう。


戦いになれば、その雰囲気は変わる。

彼女の眼がそれを物語っている。



二人の間合いは恐らく10mほどだっただろうか。

両手で竹刀を構える二人が戦闘を開始したのは、二人とも同じタイミングでその間合いを詰めた時であった。




―――――はぁっ!!



―――――っ…!!




気迫ある声を出しながら一気に間合いを詰めるクロエ。

静かに、だが確実に相手の動きを目で追いながら自身も詰めて行くアトリ。

二人が交差するまでにかかった時間は1秒と要らなかった。

刹那、クロエから振り下ろされる力強い一振りをアトリが竹刀を真横にして受け止め、一瞬にして二本の竹刀は絡み合う。

お互いの力が交差するポイントでぶつかり合い、やがてタイミングを同じくして絡み合っていた竹刀を弾く。力で押すクロエに対し、姿勢を整えながら後退しつつその攻撃を受け続けるアトリ。

攻守、攻防。いずれも攻がクロエ、防がアトリという立場であった。

クロエが縦に、横に、斜めに斬り落とし、斬り払いの攻撃を繰り出すと、それにアトリが正確に反応する。力強さで言えばクロエの方が勝っていただろう。純粋な力勝負も彼女は引けを取らない。

だが、アトリの防御は他人が見ても硬い。ただ単に反応が良いというだけではない。クロエの太刀筋をしっかりと見て反応している。クロエとてデタラメに竹刀を振り回している訳ではない。アトリが防御に徹している状況を見て、攻撃を受ける竹刀の向きを見定め、相手が構え辛い位置に二撃目、三撃目と踏み込むようにしている。

それにも反応して何とか避け続けるアトリ。

子どもの眼にはどうしても経験が浅いためか、そこまでの分析能力が無く、特に小さい子どもはクロエが圧倒しているという風に見えてしまう。

だが実はいい感じに互角の戦いをしている。アトリは力強く太刀筋を放るクロエが力押しでやがて訪れる疲れの時を狙って、素早く攻撃を仕掛けて行く。

クロエも自分の攻撃が読まれていることに気付き、一度数歩後ろまで退く。



「やっぱ、中々いい腕だよ、アトリ」


「…そちらもね」



兵士が普通の民よりも強いと言うのは当たり前だろう。

ただ、兵士が誰と対しても互角に戦えるだけの戦闘能力を有しているか、と言えばそれは嘘になる。

兵士とて自身の訓練はしていても、元のセンスや体の違い、扱う武器の種類や戦法によって優劣は大きく変わってくる。

誰もが強いという訳ではない。

その点、この二人の戦いは少なくともこの子どもたちから見れば、圧倒的なまでの強さであった。子どもたちの口が開いたまま塞がらない。


普通に力押しで打ち合っているだけではアトリには踏み込めない、とクロエが判断したためか、はじめの十数秒よりも戦法が変わる。

竹刀同士の打ち合いから、クロエは足を使いながら広い空間を動きながら太刀を放っていく。

当然その戦い方は疲労が生まれる。

幾ら軽い竹刀だからとはいえ、走りながら剣戟を放ればその分のエネルギー消費量は増大する。

だがアトリは彼女が移動しながら戦いをしていることに気付きつつも、それに反応し自分も彼女の動きに合わせながら、場所を移動しつつ戦う。

彼女の疲労を狙って剣戟が緩むその隙を突くのが、アトリの戦略であった。

が、クロエもそれを見越して相手が踏み込んでくるのを待っていた。



―――――ヤァッ!!



―――――何っ…!?




何度か竹刀が打ち合った後、クロエの剣がやや体の動きに反して弾かれそうになった。アトリは当然その瞬間を見逃さない。

次の攻撃に力を注ぎ、そのうえで第二撃目で相手の懐を狙う。

そのつもりだった。

だが、アトリの瞬時の判断はクロエの一瞬の行動によって阻まれる。

それはアトリとて驚きの行動であった。

何と彼女はアトリの頭上高くに飛び上がり、思いっきり力を込めて剣戟を繰り出したアトリをかわしたのだ。

アトリはこの一撃に相手を怯ませる為の力を入れた。そのために生じる隙は当然ある。だがクロエはそれを自分の頭上を飛び、背後に着地することで回避した。


馬鹿な、と思わずにはいられない大胆過ぎる行動ではあったが、それは戦場とて同じような状況になる可能性だってある。

ならば、次に繰り出してくる攻撃は何か。そう考えた時、アトリは瞬時に後ろに飛び着地したクロエの攻撃を予測し、後ろ手に剣を構えた。

自分の眼からは見えていない。クロエの姿も太刀筋も。

だが、それでもアトリの予想は的中し、クロエの攻撃が後ろに構えた竹刀に直撃した。

まだ体には命中していない。

その攻撃を振り払い、次に―――――。



ボスッ。




「…!!」


「…勝負、決まり!」



と、言ったのはクロエであった。

直後、子どもたちから歓声と共に拍手が巻き起こる。

アトリは次の瞬間には負けていた。

クロエの二撃目は斬るでも払うでもなく、突くであった。

急速に振り返ったアトリの左肩にクロエの突きが直撃する。先程までの防御、剣戟のように振り払えば再び長い打ち合いになるだろう、と察したクロエの、技ありの二撃目であった。

子どもたちの声がようやく聞こえてくる。


あれ。

自分はいつの間にこんなに熱中していたのだろうか。

身体も疲れているはずなのに。



「いや~でも見事だったねぇ~アトリ。ここまで粘るとは思わなんだ!」


「…はぁ。やっぱりクロエも強い」


「そりゃあ、男性兵士にだって負けたくないからね!そんために鍛錬重ねたんだ。簡単にはくたばんないよ」



実のところ。

彼が彼女から一本取れたことは、本当に数えるくらいしかない。

彼女がこのような試合の時、どの程度本機を出しているのかは分からない。

だが常に彼女は彼の上にいる。

彼は自分よりも強い人間など幾らでもいる、と思って日々鍛錬をしている。

だが彼女からすると、アトリのような男性の若さでそこまで戦えるのもまた凄いと思っていた。



「わざわざ付き合ってもらっちゃって、どうもね。良い汗かいた?」


「あぁ。これから仕事だが」


「なーんも、気分転換だと思えばいいさ。アトリが兵士として本格的に活動してから、前みたいに腕競うこと無くなったんだし、たまには息抜き程度にいいだろう?」



確かにそれは。

少なくとも嫌な感じはしない。

根本的には戦場で戦うために鍛錬であることに変わりはない。

だがこの鍛錬は人を斬るのが目的ではない。

自身を強化すること。相手の上に立つこと。

人を殺すというのは、戦場に入ってから行われる動作であるべきだ。

ならば、今このような状況では、単に腕の競い合いも受容すべきなのだろう。


前はクロエの言う通り、よく試合していたか。

それもいずれ訪れる日のため、自分のため、と信じて。



―――――自分の、ため。



その意識の行く先があのような光景であり、それを容認するものとなれば、何とも罪深いものか。



「たまにはね」



アトリは彼女に対しそう言い残すと、子どもたちの方を見て手を振り、そしてその場を静かに去っていく。

子どもたちの中には、あれだけ強い戦いを見た後で、アトリから直接話を聞きたかったと言う人もいた。

アトリはそれを後に彼女から教えられることになるのだが。

良い汗をかいた、それは嘘ではない。

気分転換にもなる、それも嘘ではない。

クロエの話すことは確かだ。

彼とて常に人を殺すために戦いをしている訳ではない。それをするために剣術や体術を会得した訳でも無い。

あの頃も、自分のため、そして誰かのためになると信じていた。



―――――たった一突きでこの痛さか。参ったな。



当然本物の剣であれば重傷である。

相手が女性だということを関係なしに、実力差はクロエの方に分があった。

自分もまだまだだ、と頭の中で言葉を巡らせながら、今度こそ本当の任務に就く。


城下町の朝。

広い城下町の中には沢山の人が住んでいる。

町の規模はこの国の中でも有数であり、王国の象徴たる王城があるせいか、

その周囲に人々は集まるものなのである。

今も町の郊外は家の建築が進められている。事無ければ今後も拡大を続けて行くのかもしれない。それは国にとって好ましいことだろうと思う。

100人にも満たない自治領地が滅びの運命を辿るよりは、活気のある生活が出来た方が良い。人の価値観によるものだが、そう思う人は少なからずいるはずだ。


王国がその規模を拡大させようとすると、それによる不都合も同時に発生する。

人の世とは都合よく事が進むばかりではない。

兵士団が今直面している「出征」については、一般の民が知り得ない情報も含まれている。だが、間違いなくそれは彼らにとって、また遠からず民にとって不都合な事態となる。



―――――朝からご苦労なことだ。



―――――ホントだね。休んでいたって変わらないのに。




それは陰口の一種であった。

兵士の身を案じるものというよりは、余計なお世話だと訴えているようにも聞こえる。

家や店に囲まれた大きな通りの端を、アトリが武装しながら歩いていく。武装、とは言っても全身鎧のようなものではない。剣を鞘に入れ、鎧は体の一部分、特に斬られたり貫かれたりすると致命傷となり得るところに身に着けているだけ。とはいえ、兵士である彼が道を歩いていくと、その鎧の音が少しばかり周りに鳴らされていく。

幾ら平穏な日々を送っていたとしても、一般の民からすれば兵士とはやや恐怖の存在であることを、アトリは知っている。

無理もない。彼らは殺し合いをしている。

血生臭い人間を快く受け入れる人などそうそういないだろう。

しかしながら、兵士たちのおかげで自分たちの生活が成り立っていると感謝する者も多い。そのような人たちの声を聞くと、自分たちのような人間でも必要とされているのだと、理解することが出来る。



「おや、今日の警備はあんたなのか」


「え、あぁはい。期待していた人でなくてすみません」


「何を馬鹿言うとる。わしはあんたのことは覚えとるよ」



民の中には兵士たちの顔や名前も覚えている者もいる。

城下町にいる全員が兵士たちに偏見などを持ち合わせている訳ではない。

そのような人も中にはいるだろうが。

このご老体は恐らくクロエのことを言っているのだろう、とアトリには思えた。

女性兵士は数少ないし、この城下町の周囲警備を彼女がよく担当しているのだから、覚えがあっても良い。

しかし、自分はあまりこの町で仕事することが無いために、覚えられていると言われてもあまり実感は無かった。

単なる気遣いなのか、と。



「今日も朝早くからご苦労様じゃな」


「いいえ。良い天気の下で仕事が出来るのは心地良いものです」



その言葉も、どの程度アトリの本心が含まれていたかは定かではない。

昨日までのどんよりとした空に比べれば、今日の天気は思いっきり晴れと言っていいだろう。

白い雲も高い空に浮き上がっているが、何よりどこまでも澄んだ青空が遠くまで続いているのだ。



「そうそう。あんたも兵士でなきゃこっちの気持ちもある程度掴めたんじゃろうがな」


「…?」


「この景色、この光景を娯楽として楽しめるのじゃよ。余計なまがい事を考える必要が無い。純粋にこれを見れるとな…ほっほっほ」



…そうだな。

このおじさんの話の主眼は、こちらの立場に向いているのだと思う。

純粋にこの光景が楽しめるのなら、それはそれでいい。

そうでなかったとしても、この景色が今変わることは無いのだ。

一瞬で変わってしまうほどちっぽけなものではない。

よほどのことがない限りは。



人々がどのように世界を荒そうと、この空は時間の経過と共に移い行く。

自然に対し人の手で加えられるものなど、限られているだろう。



広い城下町を歩きながら、異常が無いかを確かめていく。

時に民に話を聞きながら。

昼になって賑やかな、活気のある町となれば、人々の行き交う人数も増える。

一人ひとりの姿とすれ違っても数秒後にはその人の顔を忘れているくらい、賑やかな通りが何本も生まれている。

賑やかなのは良いことだ。

そして皆穏やかそうに生活をしている。



アトリは、一人この城下町が一望できる、とある丘へと向かう。




1-5. 城下町の朝




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