表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Broken Time  作者: うぃざーど。
第3章 ボーイ・ミーツ・ガール
59/271

3-4. 秘められた存在



夜は更に深まっていく。

周りの気温も徐々に落ちていき、昼間の風は夜にはほぼ無風となっていた。

ただ周囲に虫の鳴き声が聞こえ渡る。

周りに住宅地は無く、ひと気も一切ない。

ただ二人だけ、その周囲に生活し毎日を過ごしている。

畑を営み、農作物を収穫する。

毎日に必要だと思うことを、二人で協力して取り組む。

そのような生活が、暫く続いている。

パトリックが用意した別の家は、歩いてそう時間のかかるものではない。

数分もあれば行き来できるほどの距離にあるし、お互いの家は見えている。

ただ、必要な時以外は別の家で住まわせるようにしたのは、年頃の女性を考慮してのこと。

パトリックとしてはただ自分勝手の思い込みからそのようにさせただけのことだが、

それをフォルテは否定することなく、寧ろ素直に受け入れてしまった。

何の反発もなく。

そのため、今は家での食事、湯船に入る時間などはパトリックの家にいても、それ以外の時間は彼女自身が使う家にいる。

そこへパトリックが訪れることはあまり無い。



今日のように、頼み事をしていた時は別であるが。




「どうぞ」


「良かった。まだ起きていたか」


「貴方を待っていました。あのお方の前では、話を膨らませる訳にもいかないだろうと思い」




なんだ、よく分かっているじゃないか。

と、パトリックは玄関先で出迎えてくれたフォルテにそう言って、中へと入る。

パトリックがこの家の中に入る時には、必ずドアを数回ノックしてフォルテを呼び出してから、用件を伝えて中へ入るようにしている。

もっとも、そのようなことをする必要も無いのかもしれないが、それも彼が勝手にフォルテに配慮してのことだった。

家の中はとにかく殺風景という言葉が似合う。

玄関を抜けた大きな居間の中央に、机が置かれており、その周囲に二つの座布団がある。

フォルテはパトリックを座布団に案内して座るよう、片方の手でその方向を指した。

周りには家具といったようなものはあまりなく、食器が置かれている小さな棚や観葉植物、服を収納するための大きな箪笥があるのと、布団を収納しているであろう押入れの戸が見えるくらい。

奥には、別の部屋へと通じる通路の戸が見える。

その先は居住空間とは言えないような部屋ではあるが。




「まだあの町にマホトラスの手は伸びていませんでしたが、いずれは来るかと」


「ほう。それは何故?」


「ウェールズ王国軍の北西部に布陣していた部隊が、全滅したと聞きました。そのため、町が占領されるのも時間の問題かと」



「……、なるほどね」




昼間、パトリックは彼にマホトラスとウェールズのことについて、詳しいことは今日にでも分かる、と伝えていた。

だがそれを結局伝えずにいたのは、まだ情報を得ていなかったこともあるし、更に彼がウェールズの兵士と分かって持ち帰られる情報が伝えるべきものであるかどうかを判断するためでもあった。

今日、フォルテは近くの町まで買い物に出かけ、それと同時に最近の情勢について調べていた。

近くの町とは言っても、歩いても3時間近くかかる遠いところにある。

彼女はパトリックに頼まれ、週に1,2回はその町まで行き買い物を行っている。

彼が農作業をしている間、料理に必要な材料や農作業に必要な物などを買うなどしている。

小さな町とはいえ、手に入らない情報というものはなく、たとえ信憑性に欠けるものであったとしても、状況を知るには充分な情報も多い。

フォルテが持ち帰った情報によると、北西部に派遣されていたウェールズの部隊は全滅し、ウェストノーズ周辺まで敵に占領されたというものであった。

また、敵の主力部隊が王城を目指して中央部を進行中という噂も情報として入った。

実際にはこの時点で既にバンヘッケンの戦いは終わっている。

だが、まだそこまでの情報は彼らのもとには届いていなかった。





「もし町がマホトラスの管轄に入れば、今まで通りに買い物できなくなるな」


「そうですね。今回は少量でしたが、次は買い込むことも必要かと」




元々ウェールズ国内にいたという、パトリックの経緯からもあるのだが、彼らはマホトラスに対してはその動向を警戒し続けている。

とはいっても、彼らがマホトラスに対して何か出来る訳でも無い。

二人はただの一般民。

アトリと違って兵士でも何でもない。

だが、マホトラスが出来上がった歴史やこれまでに行ってきたことを踏まえると、その対象が警戒すべき者たちの集まりであることは明白である。

その気持ちは、パトリックもフォルテも変わらない。




「他に情報は?」


「あとは、特には。貿易商人が各地に居づらくなっている、という話は聞きますが……」


「それも、マホトラスが今のウェールズを乗っ取ってしまえば、圧政と変わるのかもしれないな。全く、あれは一体何を考えているのか分からんよ」



「………」




アトリは、今まで何度もマホトラスとの戦闘を経験し、幾多の危機を乗り越えてきた身だ。

それを省いたとしても、彼は死地の護り人として、多くの死地での戦闘をしている。

この時点で二人はアトリのそういった事情は知らないが、彼が兵士であるという事実があり、恐らく彼ならマホトラスが何を目指しているのか、ある程度分かっているだろう。

パトリックはそのように考えていた。

まだ彼が目覚めてから初めの日ということもあり、彼自身混乱している部分はある。

無理に聞き出すことも無いだろうが、いずれにせよ彼が多くの人の為に剣を振っている、ということをパトリックは知ることが出来た。

その一言だけでも、伝わるものは幾つもある。




「なあ、フォルテ。アトリくんを見て、はじめどう思った?」


「……どう、と言われましても、回答に困ります」


「別に答えがある訳じゃあないんだ。フォルテの素直な気持ちを聞かせて欲しい」


「……そうですね……」





――――――――素直な人だと思います。少し大人っぽい気が強いとも思いますが……。






素直な人。

これがフォルテにとって、アトリの第一印象であった。

彼の顔、姿、食卓での姿を見て、まず彼女が彼に対しそう思ったことだ。

あの歳で兵士なのだから恐らく相当な経験を今まで積んできたことだろう。

それでも、恐らくアトリという男は見た目や言動が見ず知らずの他人に合わせた礼儀正しいものであっても、自分を偽るようなことはしない。

深く読み込めば、彼女はそこまで考えていた。

ただ、それも第一印象というだけのこと。

確かに彼は二人の想像する以上のことを経験している。それもすべて事実。

そして、彼女は彼の本当の内なる事実を知る時に、その生き方に戦慄さえすることになるのだが、まだその日は訪れない。




「……そうだな、俺もそう思うところはある。少なくとも怪しい人には見えんだろう?」


「はい。その点は心配には及ばないと思います。兵士であるが故に強情でも傲慢でもない、ある一点を除いてはごく普通の兵士に見えるはずです」


「その、”ある一点”がな……」




彼の前では明かすことのなかった、一つの要素。

彼が気付くより前に彼らが気付いてしまった、一つの事実。

それを目の前にして、パトリックは苦悩する。

まさか、このようなところにこのような存在がいたとは、と。




「パトリックは、どうしたいと考えているのですか」


「ん……?」


「彼を匿うのは良い。ただ、彼は必ず兵士として本来あるべきところに戻ります」




それはそうだろう。

あの人となりを一日見ただけで、鋭く敏感に察したほどだ。

彼は戦場を欲している訳ではない。

だが、自分のすべきことが戦場にあるものと、理解しきっている。

今の身体では大したことも出来なないだろう。

何日も眠り続けたその身体は、剣の味など鈍らせているに違いない。




「今日は農作業を手伝ってもらったようですが、彼もいつまでもそのような暮らしは望まないでしょう。パトリックは、彼が調子を戻すまで見届けるつもりですか。それとも、彼の復帰に少しでも力を貸そうとお思いですか」



「………」




”力を貸す”

この意味がどのようなものなのか、それを理解したうえで、フォルテは彼に話している。

今はまだ、彼の内なる事実に気付いた、二人だけの秘密のこと。

彼自身がいまだ気付き得ないことで、彼らとて疑問に思いながらもその事実に気付いてしまった。

昼間、何故兵士として強くなりたいと聞いた時の、彼の顔を思い出す。

自分が強くなることで、より多くの人を護れるのなら―――――――。

その瞳は真っ直ぐに、鋭い。

相当な信念を持っているはず。

それを道半ばで止めることなど、自分たちには出来ないだろう。

彼は自分が戦えるようになるまでここに居たい、と話す。

確かにフォルテの言うように、それをただ見届けるだけでもいいかもしれない。

彼が自らの状況を整理し、復帰するための準備をする。

こちらとしては、その機会を与え彼に手段を任せる。

これだけでもあの彼は感謝してくれるだろう。そういう意味でも素直な人だと思う。



だが、もし。

彼の兵士としてのあり方、いや彼の人間としての在り方に力を貸すのだとしたら。

これに気付けば、必ず彼はその力を他人の為に活かすことだろう。

悪いこととは言わない。

むしろ己が強くなれるキッカケにもなり得る。

しかし、一度その力を手に入れてしまえば、もう二度と元には戻れない。



それでも。

本当に彼が覚悟を決め、それを受け入れると言うのであれば。




「……では、こうしよう。彼が兵士であるのなら、今は鈍った身体でも本来の姿は腕の立つ男だろう。彼がその力に見合うだけの技量を生身で心得ているかどうか、フォルテが見極めるのだ」




「えっ、わ、私が、ですか?」




突然のご指名にフォルテは戸惑った。

思わずえっと口に発し、両手を胸のあたりに当てる。

それでも表情は全くなかったのだが、彼女が困惑しているのは分かる。

内心、パトリックは「ほう……?」と思いながらも、その彼女の様子を見ることにする。




「ああ。フォルテは武に長けている。彼の相手なら問題は無いだろう」



「……はい、心配には及ばないとは思いますが……」



「暫く眠っていた男の身体だ。今日はあのように日常生活を送れても、戦いのための身体は少々鈍らになっていることだろう。アトリくんにはうちの作業もフォルテが必要だと思う作業も手伝ってもらう。その代わりに、彼が必要だと思う機会をこちらが用意する。うんうん、お互いの為になるじゃないか」



「………はあ」




溜息に似た声を彼女は出したが、それはアトリに向けられたものではない。

彼の兵士としての姿に戻すことへの憂鬱さを感じることも無かった。

あのお方がいつか兵士として戦場に戻るのは、兵士であるが故。

それはごく自然であり当然の流れとも言えるだろう。

「パトリックがそのような機会を作るのだから、そういうのだから、私もそれに従うし協力もする」

それが、今の彼女の考え方であった。

パトリックの考えに異論は挟まないし、寧ろお人好しなのはいつものことだろうと思うばかりだ。




「分かりました。私に出来ることはします。それは明日からでしょうか」


「いや、そんな急には無理だろう。2,3日は身体の様子を見る。その後彼が了承してから、だな。」




もっとも、彼が断る姿を想像することが出来ない。

まだ会って少ししか経っていないにも関わらず、そのように思い浮かんでしまう。

素直であることに罪は無いが、相手の姿に予想がつきやすいのも難点であるかもしれない。

理由にもならない空想を思い描きながらも、取り敢えずの方針を決めることは出来た。

フォルテには断られるかもしれないと考えてもいたのだが、彼女は引き受けてくれるようだ。

ここ数日は生活観を取り戻してもらい、その後で復帰に向けて動いてもらうことにしよう。




「それでは、明日も朝にそちらまで行きます」


「ああ。おやすみなさい、フォルテ」


「失礼します」




と、二人の用件が終わり玄関を後にすると、静寂に包まれた夜の闇に出迎えられるパトリック。

これ以上用が無かったので仕方が無いといえばそうなるのだが、なんというか、少し物悲しさを感じなくもない。

冷静と言うよりも、冷淡と言うべきか。

自分の与えられたことは忠実にこなすのだろうが、自分が自分を動かすための欲が見当たらない。

そう感じずにはいられないパトリック。

フォルテがそういう性格なのは随分と前から分かっていたことだし、それを直そうとしても何の効果も無いことも分かってはいた。

だからこそ、頭をかいて苦悩するほど気になることでもあった。




「はぁ」




一つ、溜息をついて自宅まで戻っていく。

だが、それでも今日すべきことは出来たし、頼み事も了承してくれた。

彼女にとってアトリくんという存在は、あまりに突然すぎて困惑したことだろう。

それでも頼まれたことを引き受けてくれる。他人の意思であったとしても。

断られるよりは遥かにマシだろう、と思うことでその場の気持ちは押さえることが出来ていた。

今はとにかく、明日以降のことを気にしながら、まずは休むとしよう。

夜更け、彼の目覚めた一日が次の一日へ移い行く。






………。








これは、以前にも見たことがある。

初めて見た時は、何が何だか分からなかった、この光景。

言葉さえ出ずに、ただその光景だけを、夢の中で見つめていた。



今、再びこの景色が目の前に現れて、あの時ほど余裕が無い訳では無かった。

あの時、もっとよく知りたいと思いながらも、一瞬にして過ぎてしまったこの光景。

今ならもう少し、よく見ることが出来る。




あらゆる景色が燃え盛り、赤く塗られてしまっている。

焼け続けた世界。

最早何の意味を成すことのない、建物の残骸。

綺麗で美しかったであろう野の姿は、燃え盛る劫火によって消滅させられてしまった。




劫火(ごうか)

この世全てを焼き尽くす勢いで、世界に地獄と終焉をもたらすもの。

まさしく、この世界は地獄そのものだった。

誰も生きることのない、すべてを否定された世界の果て。

他の人が見たら、同じような感想を抱くことだろうか。

誰がこのような世界を望むだろうか。

誰がこのような果てを願うだろうか。

空も、大地も、何もかもが失われた終焉の光景。




あの時も見た。

そして今回も、見ることが出来る。

燃え盛る地獄を前に、染め上げられた荒野と化した丘の上で、

折れた剣を杖にし、片膝をついてその光景を見つめる男の姿。

男の素顔は窺い知れない。

ただ、遠くで見えるその顔が、どことなく悔しそうにしているのは分かる。

剣であった物を握る手が小刻みに、そして力任せに震えている。

口元が歪み、歯を噛み合わせ、どうすることも出来ないこの景色をただ見つめることしか赦されない。

この男の人は、この光景を前にして、何を思ったのだろうか。

事実であるかもわからない、ただの夢であるかもしれない。

ただ、それでも。




もし、これが、この男が手にした歩みの果てだとしたら。









………。








気が付けば、朝になっていた。

前回、確かこのような夢を見た時に、急に体調を悪くしたことがあった。

彼はそれを思い出し、それを警戒しながら、起き上がる。

が、前回ほど危惧した体調悪化は今は無い。

身体はいまだ本調子ではないが、動かせないことはない。

昨日は目覚めてからすぐに身体を動かし、疲れもあった。

だからといって、いつまでも身体を休めている訳にもいかないし、寧ろ動かしていた方が

慣れも早く訪れるかもしれない。



今日も、外は晴れており、陽の光が大地を照らしている。




「さて……朝食でも手伝おうか」





今日も、一日が始まる。





3-4. 秘められた存在





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ