2-29. 脅威との対峙
膠着しつつあった死地に変化をもたらしたのは、ウェールズ王国軍があらかじめ配置しておいた奇襲部隊。敵の背後を取り一気に騎兵が突入し、それに乗じて味方の部隊が攻め上げ挟撃作戦を取るというもの。
奇襲部隊は敵の側背面を取ることに成功し、少数の部隊が一気に敵部隊への攻撃を行う。
馬を操る兵士たちの、馬ですらもはや凶器の一つだ。
馬に蹴られた兵士は身体の至る所の骨が折れ曲がり、もはや使い物にならなくなった。
それだけではない。騎兵とはいえ兵士。持ち得る武器はすべて活用する。
剣を持って馬と一体となり、それ全体が攻撃手段となる。
兵士たちの総数に比べれば少数だが、効果はあった。
マホトラス軍は全体が混乱状態となり、後ろも気にしながら目の前の敵も倒さなければならないという複雑な状況に陥った。
一方ウェールズ王国軍は、ただ目の前の敵を倒すのみ。
広範囲に戦闘が広がったとはいえ、挟撃作戦が踏み込まれた状況では彼らに有利性が働いていた。
マホトラス軍は一時的に後退する。
ウェールズの攻め上げに対し部隊の再編を行う流れだと、ウェールズの上層部は戦況を分析する。
マホトラス軍が騎兵部隊に対し攻撃を集中し、奇襲を断ち切る構えを見せたところで、馬を操る彼らは死地から急速離脱する。
味方の部隊と連携が取れなくなった時は、自分たちが孤立する。
相手の戦力を削ぐことも大事だが、生き残ることも優先させたい。
とにかくも孤立無援になることだけは避けるために、その機動力を生かして撤退していく。
戦場に僅かながらの空白が生まれる。
太陽は西に沈み始め、空の色は綺麗な青空からやや薄い赤色が混ざり始めている。
戦闘が始まってから3時間半が経過。
兵士たちの疲弊も増え、被害も拡大し始めている。
挟撃作戦を取って戦況に空白を作った、その影響力は大きかっただろう。
だが、マホトラス軍も決して押され続けていた訳ではなく、その力量でウェールズ王国軍の兵士たちを殲滅し続けていた。
ここを通らせてはならないと必死に戦い続けるウェールズ王国軍。
ここの戦いに一刻も早く終止符を打たせようとする、マホトラス軍。
戦況は奇襲部隊の撤退で、再び膠着状態を迎えるかに思われた。
だがそこに、マホトラスの増援部隊が送られた。
それを確認するまで、少しの間だけ休憩をしていたウェールズの兵士たち。
「………っ、しんどいな」
それは、二人共同で戦闘を行っていた、ヒラーから出た言葉。
そばには片膝を地面について息を整える若き兵士、グラハムの姿もある。
彼らは目の前の大勢の兵士に対し、二対多数の戦闘を仕掛け、それでもこの時間まで生き続けている。
既に剣は砕け、死んでいった味方兵士や敵兵士のものを奪いながら、戦闘を継続していた。
この時間までに彼らがあげた戦果は、戦況の混乱ゆえに誰にも知られることが無かったが、夥しいほどのものであった。
たった二人が殺し続けた敵兵士の数は、彼ら自身で覚えていただけで、十倍以上。
どれほどの敵を倒したところで湧いて出てくる、そんな感覚を得た時にはもう、数えることなど馬鹿らしく思えてきた。
そんなことはいい、ただ目の前の敵を倒すだけにこの身を使う。
戦闘に空白が現れ、少しの間休憩をしている時に、その戦果の代償、疲労感が急に身体を襲い始める。
数時間も戦い続ければ、そうなるのも当然といえよう。
何人もの敵を突き刺し、斬り殺してきた。
多くの敵味方の死体がそこらじゅうに転がっている。
この光景を前に、笑顔の一つも出ない。
ヒラーはその場に立ち続け、腕を組んで周りを見渡すが、周りの兵士たちも相当に苦しい様子だった。
はじめ戦った時よりも、数が圧倒的に減ってしまっている。
気温も下がり始め、徐々に暗くなり始めるだろう。
これ以上戦うのは自分たちの身も危なくなる。
「大丈夫か、グラハム殿」
「ええ……なんとか。あいつのことを思い出しましたよ」
「”あいつ”?」
「はい。アトリっていう、男のことを。実は、俺はあいつの友人です。だからその、ヒラーさんから話を聞いた時には、正直驚いた」
ヒラーはそうだったのか、と小さく反応を示した。
別に隠す理由もない。ただ、他の人がアトリの話をすることに興味があっただけ。
戦っている最中に話すようなことでも無いのかもしれないが、この戦いを通してグラハムは思い知った。
アトリと共に戦う機会は無かったが、いつもどこかであいつは戦闘をしていた。
それは彼が好戦的な性格を持っているから、というような理由ではない。
死地を護る兵士、それが彼の本来の仕事であった。
だが、死地を護ると言いながら護られた命の数がどれほどあったかは、分からない。
いつも、このような戦闘を繰り返し繰り返し、何度も何度も行い続けてきたあの男の精神は、一体どうなっているんだ、と。
ヒラーが言っていたように、どうやったらこのような人がこの世に生まれ出てしまうのだろうか、と思うこともあったが、今の彼にはその理由が見えている、少なくとも彼にはそんな気がある。
自治領地での戦いがどうだったかは、詳しくは知らない。
だが、このような戦いを繰り返していれば、自身の内なるものなど枯れていくに違いない。
戦いを止める、戦いによって幸福を奪われてしまう者たちを助けるために、戦う。
そのような行為がどれほど自分を傷つけるものか。
そんな重圧を常に抱えたまま、あいつは常に戦闘に身を置き続けていた。
あいつのそんな生き様を、この戦いでようやく理解の域に達した気がする。
「改めて思います。本当に、俺はあいつのようにはなれない」
―――――あれは凄すぎる。しかし………
もしこのような戦いをひたすら繰り返して、それでも自身の内なるものが正常で、通常で、普通で動き続けられるのだとしたら、それはよほど精神が強靭な剣で出来ているか、あるいは既に壊れているが本人は気付いていないか。
そのどちらも、行く結末があるとすれば、あまりにも……。
あいつは北西部から撤退し続けているとはいえ、今もどこかで戦い続けているだろうか。
ハッキリと根深く聞いた訳ではないが、己の信条を果たすために。
グラハムも、その場に立ち上がる。
再び剣を別のものに取り替え、彼もまた戦場全体を見渡す。
多くの動かない躯が地面に転がっている。
激しく損傷した遺体ばかり。
中には腕が根元から削ぎ落されたものだってある。
この人間らしい血生臭いものからは、そうそう抜け出せそうにない。
優れた大地の回復力がこの光景すら消していくのだろうが、今回はそれにどれほどの時間が掛かることだろうか。
360度、見渡す限りの死体の山。
「…どうやら、次の敵が来たようだな」
周りの兵士たちの動きが慌ただしくなる。
その様子を見ていたヒラーがグラハムにそう言う。
グラハムも言われなくともその異変には気付いていた。
自分たちよりも遥か前方にいる兵士たちの声や鉄の音が聞こえてくる。
それを確認した兵士たちが、次々と前線に向かっていくのが見える。
それだけで、休む時間は終わったのだと分かる。
ほんの僅かな時間であったが、それでも気を落ち着けるには良い時間間隔であった。
だが、それも再び死地の戦いですぐに消え去る。
敵を倒さなければ自らが殺されるという重圧。
戦い始めの頃に比べれば、随分と死地での戦闘に適応したのだろうが、そういった重圧を拭うことは出来ないだろう。
出来るとすれば、この戦いに勝つか、負けるか。前者はともかく、後者には死か逃亡かが待ち受ける。
その選択肢を選ぶような猶予は与えられないだろう。
「我々も行きましょう」
「あぁ」
そういうと、重くのしかかる疲弊した身体を動かして、前へと進んでいく。
既に多数の味方を失い、広範囲であった死地での戦いがやや縮小されつつある。
戦況は再び膠着を迎えるかに思われた。
ウェールズが大きな痛手を受けたように、マホトラスも多大な犠牲を出している。
それでも彼らが次の部隊を投入してくるほどの余裕があるのだと分かると、いよいよ戦況は変化してしまうのではないか、と思う人も続出した。
全員がそう思っていた訳ではないが、グラハムやヒラーも同じように考えていた。
戦況が悪化し、戦闘が長引き、犠牲が今以上に拡大し続けるのであれば、それに相応しい対処をすることも視野に入れなければならない。
背後に構えるのは、王国のシンボル。
そこに敵が向かうことを考えれば、一人でも多くの防衛者がいた方が良い。
「ん………?」
グラハムもヒラーも、小走りで戦闘が行われているであろう最前線へと向かっていく。
今までの自分たちの戦果を思い出せば、その正確な数字こそ分からないものの、かなり多くの敵戦力を殲滅してきたことは分かる。
身体が疲弊しているとはいえ、その力を発揮することが、この地での戦いで求められていること。
とするならば、後方で休んでいる訳にもいかない。
死地での戦闘に赴き、この戦いでウェールズが求められている行動をひたすら起こすのみ。
そう思いながら、再び戦いに向けて足を進めていたのだが――――――。
「……何か、様子が変では……?」
「…………」
二人とも、すぐに本当の「異変」というものに気付く。
何も普通に戦闘をしているのであれば、これまでも広範囲に戦闘が繰り広げられていた。
それを思えばなんてことは無い。
幾ら戦闘の規模が縮小したからとはいえ、今まで通り兵士同士のぶつかり合い、死地での戦闘であることに変わりはない。
だが、二人が一瞬で気付いてしまうほどに、様子が妙であった。
戦っているはずの兵士たちが、まるで逃げ惑うかのような様子が遠くで映し出される。
何十もの兵士たちの層がすぐ目の前にあると言うのに、彼らを潜り抜けた視界の先には、まるで踊り狂うような剣戟の嵐が見えてしまう。
たとえ目をこすったとしても、瞑った後で見定めようとも、それが事実。
戦闘で巻き起こる音が、人から放たれる熱意のこもったものではなく、冷淡で悲鳴に等しいような、凍り付くものに変化している。
鉄の音、斬撃で繰り返されるはずの無骨な音も聞こえてこない。
ただ、逃げ惑い、悲鳴をあげる者と、静かに倒れて行く者。
遠くからでも、その光景を断片的に見ることが出来た。
「………あれ、は………」
それが何であるかを確認した瞬間、男の表情もまた凍り付く。
あるいは、それ以上に絶望という言葉がよく似合う、そんな表情だっただろう。
傍でその表情の変化を見ていたグラハムは、もう一度兵士たちの隙間からその存在を確認しようと視線を先へ先へと伸ばしていく。
自分たちも近づきながらその様子を窺い続けていたが、ようやく状況が分かってくる。
奔る剣戟、地に足をつけた猛獣が加速し、その剣先をすべての「敵」に向けているかのよう。
見るものを圧倒させるには十分すぎるほどの光景。
時より味方の兵士が宙に浮くのを確認できるほど。
そして、それらすべての光景に、赤い液体が散りばめられ、同時に人間のものとは思いたくない人間の声が飛散していく。
状況が理解できた兵士たちは、次々と前進を止める。
さらに前方にいる兵士たちは後退しながら逃げ惑う。
その対象があまりに「強い敵」だと分かり、立ち向かっても歯が立たない相手と認識してしまった以上、戦ったところで命を消費するだけだった。
「ヒラーさん、あれは」
何故あんな少数の敵兵にここまで押されなければならないのか。
グラハムはその時は当然疑問に思った。
今の時点で見えている敵の部隊の兵員と味方の兵員を比べても、先程までの数の均衡は全く感じられない。
むしろウェールズの兵力の方が、今この場においては勝っているだろう。
にも関わらず、あの敵は多数の味方の懐に飛び込み斬り込んでいく。
しかし、それでもただ一度の後退無く突き進む。
彼らも前の動きに合わせて、自然と前進を止めていた。
普通、あれだけの数を相手にして、二人が勝ち得るはずがない。
戦いとは数だ、と色々な人が言う通りであれば、あの二人の行動は激しく無謀と言える。
自分たちよりも何十倍もの敵兵が目の前にいるというのに、囲まれる危険性さえ考慮せず二人だけでただ敵を倒し続けて行く。
常軌を逸した行動であることに違いは無い。
だが、それでいてウェールズの誰よりも強いのだろう。
たとえ兵士たちが後ろから彼らの背中を斬りつけようと攻撃を繰り出しても、それに反応しては逆撃を食らわせる。
そのような光景を目の前で見せられもしたら、自然と前進も止まってしまうだろう。
そのような的になった瞬間、悲鳴を上げて逃げるのも無理もないだろう。
「ほう…確かお前は」
冷徹な男の声が聞こえる。
何故かといえば、気付けばその対象は自分たちのすぐ目の前にいたからだ。
間合いは離れているが、その距離は僅かに数秒で埋めることが出来るだろう。
声も、立ち振る舞いも、見るだけですべてを包み込んでしまうかのような冷気、オーラを身に纏う黒剣士と、隣には男性ながら華奢で清廉潔白、容姿端麗な姿の、長刀使いがいる。
黒剣士がヒラーと接敵したことで、一時的に彼らの攻撃は止まった。
長刀使いは何も言わずに、ただ風に靡く己をその場に留め続けている。
グラハム、ヒラーを先頭にし、その背後にまだ多くの兵士たちが構え続けている。
が、一部の接敵した味方の兵士は既にその場から逃げ出している。
すると、黒剣士は自分たちの背後にいた部下であろう兵士たちに、目で合図をする。
誰にでもわかる。二人の対象より後ろの男たちを皆殺しにしろ、という意図を示したものであった。
それを理解したであろう他の兵士たちと、その意図を読み取ったウェールズの兵士たちとが、更に前進と後退を繰り返しながら、対峙する4人の傍から離れて行く。
「………」
正直、周りの兵士たちがまだ一緒になって、束になって戦うことが出来れば、勝ち目はあるとグラハムは考えていた。
だが、先程の光景を見てしまえば、それがたとえ断片的な光景であったとしても、確信できる。
あの二人には、勝てない。
正面から対峙したとしても、背後を取って攻撃したとしても、かわされるか、その後に逆撃を食らうだけだろう。
そうなれば、たとえ命が束になってかかったとしても、ただの鉄くず同然。
全力で込められた一撃も、弾かれれば何の意味もなさない。
そして、目の前でこの二人の雰囲気を感じ取ったこの時こそ、本当に何をしても勝てないだろうということが、容易に思い付く。
これが人生での詰みだとするのなら、充分に状況は分かる。
勝てぬと分かりながら戦い続けた、亡くなった者たちの苦労がよく分かる。
どれほどの絶望と失意を備え持ちながら、それでもと剣を振るい続けた者たちの姿がよく分かる。
「そうか。ここで我々を討ち倒すために集められた、ということか」
「……っ……!」
そのようなこと、今更言うまでもない。
ここがウェールズにとって絶対防衛線であるのなら、敵の侵攻を食い止めるために全力で彼らを迎え討たなければならなかった。
そのために兵士たちがここに集められることなど、態々答えるまでもなく想像できるだろう。
恐らく、この二人にはウェールズの作戦の実情と裏の内情が見透かされている。
今まで各地で侵攻を阻止すべく戦闘を繰り広げていたが、その結果が北西部方面部隊の壊滅状態であった。
いまだ正確な状況の掴めない残党部隊。それらの情報を得て、一ヵ所で味方を総動員して敵に対処するという作戦を取った。
確かに数が多くなればそれだけ敵にとっては脅威と言えるだろう。
しかし。
ヒラーは気付く。
その心配は、敵からすると「無用」のものであると。
この男二人を前に、こちらの兵士たちなど赤子も同然。
片方の男はいざ知らず。
だが、もう片方の男は、名前こそ知り得ないが前に対峙した相手。
黒剣士ブレイズ。
彼は、魔術師なのだから。
「しかし、分からんな。勝てぬと分かってなお挑み続けるその精神。よほど自国愛が強いのか、それともただの馬鹿なのか」
右手に黒い剣を持ったまま、構えもせずにその場に立ち尽くして、冷酷に淡々と嫌味に似た苦言を相手にぶつけるブレイズ。
言われてみれば確かにその通りだ、とヒラーが悔しくも思う。
勝てない相手と戦いを続けたとしても、被害は一層拡大するばかりだ。
悔しいがその考え方、その受け方は正しい。
だが、ヒラー以上に悔しさを募らせるものが、隣の少年だ。
「生憎と簡単に領地をくれてやるほど暢気じゃないんでね……!!」
今にも剣を持って飛び出しそうな雰囲気を全身から発しているグラハムだが、それをヒラーは制する。
右手一つ、ただ彼の前に手を伸ばすだけで、その意思は伝わる。
ふう、と一息呼吸を落ち着けて、改めて二人を見る。
「若いな少年。この戦いに参加する意義は、国の為か?」
「当然だろう。俺はこの国に仕える兵士。国や民の為に危機と戦うのは当然のことだ」
「…ハッ、ここにもいたか」
――――――誰かを護るために戦おうとする、『偽善者』が。
黒剣士からその言葉を聞いた時。
ヒラー以上に、グラハムの頭の中に瞬間的に稲妻が走る。
回路が凄まじい勢いで起動していき、あらゆる出来事を思い出させる。
その稲妻に反応したのは、アトリという男の姿と彼の言葉の数々。
この身を剣として人を護るために戦う。それが自分の成すべきこと。
何故そのように思うようになり、どのようなキッカケがあったのかは、すべては把握していない。
だが、その思いは聞いたことがある。
黒剣士は、ここにもそういった偽善者がいる、と言い放った。
………この男、もしかしてアトリを知っている………?
ヒラーからの話で、彼はアトリと東の町で出会ったと聞いた。
アトリの生き様に違和感と疑問を持ちながらも、その腕前や人となりはもはや子供のそれではない、と歳を取ったヒラーは言う。
そこまで言わせるほどの何かが、アトリに働いているのだろう、と。
その後、マホトラス軍の出現により、彼らは後退せざるを得なかった。
民たちを逃がしながら、次なる戦いに備えるために、準備をしなければならなかった。
その町での出来事。
あまりにも強く、とても太刀打ちできるような相手ではない。
圧倒的なまでの力量差は、多くの人間を殺した。
味方の知っている顔も大勢、見るも無残な光景と変貌してしまった。
………まさか………。
「気になるね、ここにも居たって。俺と歳が似たような前例が他にもいたってことか」
相変わらず隣にいる容姿端麗な男は無口でこちらを見ているが、黒剣士は半ば呆れたようにこちらを見定めている。
既に自分たちの後方では、黒剣士に指示を受けた兵士たちが、味方の兵士たちを追撃し始めている。
短時間で大量の兵士を虐殺した敵が、目の前にいる。
その存在を前に急激に劣勢を感じずにはいられない、ウェールズ軍。
グラハムは、そのように自分の意思を黒剣士に伝える。
この言葉には、自分の知り得るアトリという男の特徴をほんの少しだけ混ぜ、相手の反応を見てアトリのことを知っているかどうかを確認する狙いがあった。
彼を知っているヒラーからすれば、すぐに気付くことであった。
「…あれほど敏感な男ではないようだな。むしろ安心できるくらいだが」
「何………?」
「知りたいのだろう。その偽善者のことを」
逆に突っ込まれてしまう。
ということは、もう恐らくこちらの意図は相手には伝わってしまっているのだろう。
少しばかり濁して相手に吐き出させようとしたが、それすら通用しない鋭い男なのだろう。
グラハムは心の中で相手に舌打ちをする。
何もかもが見透かされている気分だ、と。
「いいだろう。お前と歳の似たあの男は、もうこの世にはいない」
2-29. 脅威との対峙




