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Broken Time  作者: うぃざーど。
第2章 混迷の戦時下
51/271

2-27. 来るその時まで




「なるほど。その町自体が基地とも言える、ということか」



「はい。町には今も民がいるかとは思いますが、恐らく奴らは町に入る郊外で待ち受けているものと」



「それが奴らの専売特許だものな」




ここは、ウェールズ王国領中央部と北部の境目に位置する町。

いや、もう王国領などと名乗るのは過去の話だろう。

民もおらず、兵士もおらず、ただ町並みだけがそのまま取り残されてしまった、廃墟。

ゴーストタウンと化したその地の周囲に、大勢の見慣れない者たちが集結している。

ほぼ全員が同じような配色をした武装を施している。

町を歩く者、家の中にズカズカと入り込む者、様々ではあるが、いずれにしても確実に言えることは、もうその町は王国が掲げていた理想の渦中からは取り払われてしまっているということ。

町の北側、多くの野戦用テントが組み立てられており、その中に、その男たちもいる。

一人の男は、全身の服装が黒づくめ。両腰に同じ長さの剣を下げている。

もう一人の男は、胴体の服装は薄青色、下半身は濃い紺色の非常に丈の長い足首まで届くスカートのようなものをはいている。男であるため、無論スカートではないのだが、外見ではその色と大きさで両足は隠されている。大陸全土で言うと西側に入るこの地方だが、この地域では普段見ることのない、和服と呼ばれているものである。

さらに、背中に長い鞘を帯刀しており、鞘を結ぶ紐が肩から掛けられている。

その長さは普通の兵士が支給されるようなものとは大きく異なる。




「それで、私たちにどうしろと?」


「基本的には部隊で相手をします。必要となった時に、突入して下さい」


「そうか。また血生臭いことを」




説明を受けている二人の男と、説明をする側の畏まった男たち。

どうみても説明を受けている側の貫禄がする側の彼らより勝っているのだが、それも無理もない話だ。

一人は黒づくめの剣士。

かつてアトリやヒラーと対峙し、剣士としての力量も技量も示した黒剣士である。

もう一人は男の身でありながら容姿端麗と言うべきか。その見た目からは穢れ無き清流のごとく、という言葉がよく似合うだろう。

黒剣士よりも遥かに長い剣を背中に背負いながら、腕を組んで言葉を放つ。

その声でさえも、男らしいだみ声というよりは、整った低く綺麗な声をしているのだ。




「態々私が呼ばれたのだから、それなりの好敵手と会えるかと思ったのだが、このありさまか」


「リッター、それは私も同感だが、それが求められていることであるのなら、今は仕方ないだろう」


「そうかな。オーディルのように一人勝手にどこかへ行くようでは確かに困りものだが、あれの生き方もらしくて良いではないか、ブレイズ」




彼らに説明をしている男たちは、もう頭が上がらないといったような、申し訳なさを含む表情で二人に事情を理解してもらおうとしていた。

一方で、リッターとブレイズと呼ばれるその二人の剣使いは、半ば呆れながらもそれが上からの指示で、従わなければならないということを充分に理解していた。



黒づくめの剣士、ブレイズ。

長剣使いの、リッター。

彼らはマホトラス軍の中でも屈指の剣士である。

まず剣術において彼らの右に出る者はいないだろう、とまで言われる。

お互いに一対多数を相手とすることが出来る技量を持ち、なおかつ魔力の支えを受けることの出来る存在だ。

オーディルとは違い、部隊の行動に彼らも付き添い戦闘を行う。

常に最前線で戦う者ではないが、後方で黙っているような剣士でも無く、オーディルのように単独行動ばかりするような者でもない。

部隊の人たちは皆二人の剣士が桁外れの力量を持つ者と知っており、その力に助けられたところもある。

マホトラスも、既にウェールズ王国軍がここより先の町、バンヘッケンで待ち構えていることを知っている。偵察情報で敵がその地に集まることを確認しており、またその町全体がまるで軍の基地であるということも理解している。

前衛を張って戦いに挑むのは、当然マホトラスの軍勢。

二人はいつでも出撃できる準備を整えることとなった。


話は理解した、と二本の剣を持つ黒剣士ブレイズが兵士たちに言うと、二人はその場から離れて行く。

テントを出て町の方へ向かいながら話をする。




「あの槍兵は結果を残したのだろう?」


「そのようだ。奴の槍がウェールズにかわされることなどあるまい」


「オーディルにゼナ、二人もこちらに揃えば楽に済むものを……」


「そうもいくまい。それにリッター、我々は魔力の加護を受けるが、現実は満足に発揮できないのだ」




――――――まぁ強い敵がいないのであれば、行使する必要もなさそうだが。

小言で、そのようにリッターに話を返すブレイズ。

終始無表情で淡々と語るその口と、呆れたような笑みを浮かべながら言葉を並べるリッター。

他の人には聞こえないような小さな声で話し、町の通りに入っていく。

町を出歩いている兵士たちは、二人を見るなり頭を下げる、敬礼をするなどしているが、二人は全く反応しない。二人にとってはいつものことなのだ。

魔術師として、魔力を持つ兵士として、公にその力を発揮できないのは、それが大衆に知れ渡るのを防ぐための抑止力が自然と働いているからである。

抑止力とは言っても、魔力の発動など幾らでも出来るし、見せようと思えば見せることも簡単だ。

しかし、魔術師は自分の存在を隠すように、大衆に魔術の存在が知れ渡ってしまうことを、彼らは良しと思わない。そのために、自ら魔力を放出することを防いでしまうのだ。

もっとも、オーディルはアトリ相手に構わず魔力行使を行っている。もし行使するのであれば、相手にその存在を知られないためにも、確実に始末するというのが、魔術師同士の戦いの在り方である。

今回、彼らが相手にするのは、大勢の敵軍兵士。

楽に倒せる手段を行使できなくもないが、魔術の存在が晒されるのを好まなかった。

たとえ忠実に敵を殺す人間だとしても、その辺りの理性は強く働くのである。


後先を考えず、目先のことにしか興味の無い者が魔術師であったとしたら、こうもいかなかっただろう。

だが二人は剣士だ。

剣を持ち剣と戦う者として、たとえ冷酷であっても無謀には走らない。




「とはいえ、このような戦争などさっさと終わらせてしまえば良い。元より国を潰すのではなく、国を作る方を主とすべきだったのだ」


「確かに。だがそれではいつまでも”ウェールズの脅威は拭えない”から、我らに後始末を押し付けているのだろう?はは、全く無粋なものよ」


「フン。今のウェールズを相手に何を恐れる必要がある。上の考えることは分からんな。とはいえ、それに従わない訳にもいくまい」




小声のまま、二人は誰の家かもわからない家の中に入っていく。

既にこの町はマホトラスが占領した物であり、別の所有人がいたとしても彼らが勝手に使っている。

町を占領するとは本来そういったことも含まれている。

今まで彼らが占領してきたもの、奪取した資源などはすべて、マホトラス軍が使用できるように回収・管轄している。

マホトラスの掲げる目的を果たすためには、やはりウェールズの存在は邪魔でしかなく、そのためには民を巻き込んでも戦いを終わらせなければならない、と考える人は多い。

もっとも、この二人はそういった無差別的な考え方は一切しなかった。

あるものは使う、無いものは奪う、それはあくまでマホトラスの方針である。

彼らもそれに「従わなければならない」状況下にある以上、まさか反論する訳にもいかなかった。

上からの命令であり、上からの考えでもある。

そのためには、これから対峙するであろう敵兵士たちも斬り殺さなければならない。

自分たちの剣は国の為に使われているものと理解していながら、表向きにはそれを忠実に実行する。

裏では、民や無辜の住民は絶対に殺生しないし、捕えるなり奴隷にするのは自分たちの役割ではない。

二人は、そう思いながらこの戦争を過ごしてきた。



だが。

その一方で、この戦争がどれほど無駄に消耗する戦争であるかも、二人には分かっている。

はじめから救いようのない、どうしようもない内紛が生み出した、ウェールズの信条を否定する戦争なのだと。





「お願いです師匠!私にも戦わせて下さい!!」




一方。

ここはこれから両国の戦闘が起こる場所とはまだ無縁の地域にあるところ。

王城から少しばかり南下した町、グラストン。

南部への侵攻は考えにくいと言われていたが、ウェールズ王国軍の首脳会議では、もし自分たちが負けた場合には、王城や城下町、更に南部の温暖な地域にまで侵攻が及ぶだろうと予想されていた。

グラストンには、兵士の卵、これから兵士になるために努力し続ける者たちが数多くいる。

多くは子供。小さな子供からアトリやグラハムと同年代の子供まで。

昼間のこと。やや厚い雲に覆われたその地域の広場、子どもたち数名と子どもたちを教育する師匠と側近とで、騒がしい言い争いが起こっていた。

町の民たち一部がその様子を見ていた。

その日は既に鍛錬を終えた後のことで、どんよりとした空に、その下にある町に子どもたちの声が響く。




「やっと兵士の見習いになれる……今、みんな最前線で戦っているんでしょう!なんで私たちはそれに参加してはいけないんですか!?」




兵士としての教育を受けているすべての子どもたちではなかったが、子どもたちの一部とそれを目の前にする師匠との会話。半ば口論、寧ろ苦情や抗議といった類のものではある。

そして、主にその声をあげているのは、クリスという女性。

グラストンの子どもたちで1,2を争う凄腕の子供で、既に兵士の見習いになるための試練を乗り越えていた。

彼女クリスと、男性のエクターが見習いとしての認可を受け、これから実社会での経験を積んでいこうというところであった。しかし、兵士であり教育者である師匠は二人ほか、子どもたちの戦闘参戦を慎重に考えており、彼らに否定的な回答を示した。

そのことに対しての抗議とも言える。

兵士とは元々戦うための者。

であるのなら、一人でも多くの人が戦場に送られ、国の為に、人の為に戦えるのであれば、それは兵士としての役割をこなすことにもなり、本望だろう、と。




「今起こっている戦争は生半可な気持ちなど通用しない、正真正銘の戦場だ。そう簡単に子供を行かせられないんだ」


「気持ちはもう充分にあります!何度も実戦を想定した訓練をしてきましたし、自分が危険になることも分かっています。それでも、人一人必要な状況なら、私は一人の兵士として参加したいです!」



「クリスの言う通りです。兵士であるのなら大人も子供も関係ない、今必要とされていることをすべきです」



クリスが必死になって訴える一方、彼女の助言を上乗せして冷静にそう伝えるエクター。

二人が師匠に向かって話をすると、説得力が他の子どもたちよりも段違いであった。

この町で今二人だけが兵士の見習いに認定され、他に彼らの後ろにいる子どもたちはまだ見習いにすらなっていない。後ろの子どもたちが戦場に行くことはまずないが、それでもこの二人は死地でも通用するかもしれない、という希望を持って一緒に訴えていたのだ。

説得力の違いは、当然師匠や兵士階級の教育者にもよく分かる。

二人は今まで自分たちが見てきた子どもたちよりも、遥かに強いし精神も強靭だ。

だがそれ故に、その心を押し潰される可能性が充分に高い。それが死地であり戦争だ。

彼らは自分たちもその力になりたいと言う。

師匠や兵士からすると、恐らくこの二人が戦いに行ってもある程度立ち振る舞うことが出来るだろうと思う。

だが、それでも大人は慎重になった。

町を警備する、自治領地へ赴くような仕事とは訳が違う。

殺すか殺されるか。

その境目が曖昧になることは決してない。

だからこそ、その不毛な戦いに身を投じることを、良しと思わなかったのだ。




「今私たちの生活が脅かされているのだとしたら、そんな危険は一刻も早く取り払わないといけない…じゃないと、みんなこの先どうなるか分かりません…!」





少女は、前に一人の青年に語った。

自身の内なる思い、何故兵士になりたいのか、という根本を。

今まで自分という存在を育ててくれた多くの人の為に、兵士としてその生活を支えたい。

そのために、自ら力を持って彼らを安心させてあげられるようにしたい。

その目的の為ならば、自身が剣となり戦うことになろうとも構わない。

自分を育ててくれた、あらゆる面で助けてくれた者たちを、今度は自分が救う為に。

覚悟は出来ている。実力も充分に備えた。

だが、あの青年は言っていた。

―――――――そのような覚悟、本当は無い方が良い、と。

青年は自らの信条を揺らぎながらも決して譲らないものとして持ち続けている。

まさに己が剣となり戦う者、兵士という存在を体現する正しい姿であった。

少女がその姿に憧れたという訳ではない。

ただ、自らの信条を持ち、悩み挫け、なお戦う者であり続けようとするその姿。

少女は、そんな青年の姿を見て、より一層兵士としての意識を強めた。




――――――立派なことだと思うよ。俺も少し昔の話を思い出した。




あの青年の過去は、一体どんなものなのだろう。

知ってみたい気もするが、それに触れると何かが霞んでいくような気がして。

きっとあの人は誰よりも優れていて、誰よりも自分の信条を追い求める。

でも、何故あの時あんな顔を見せたのだろう。

その過去が原因なのだろうか。



あの人は今、どこで何をしているのだろうか。

そう思いながら、兵士たちの声に耳を傾けた。




「結論としては、やはり戦わせることは出来ない。だが、見習いになるのであれば仕事を持つことになる。君たちに頼みたいのは今ではない、これからのことだ」


「………?」




子どもたちが自分たちの、兵士としての目的を果たそうとするのは良い。

だが、今の情勢を見てそれを素直に認め行動に移させるほど、緩く見てはならない。

この先王国がどう変貌していくかは、特に情勢を知る兵士たちには予想できていた。

無論、否定したいことも多くある。

認めたくもないし、そうならないように最大限の努力をする。

それでもいずれ来るであろう事が頭の中に過っていく。




「これは、決して疎かにしてはならないこと。だが、これからの君たちに必要となることだ」




師匠と呼ばれる教育者であり兵士でもあるその男は、その場にいた子どもたちにそう伝える。

まだ見習いにもなっていない子供にも、見習いとなってこれから多くの経験を積んでいくであろう二人にも。

その表情は真剣そのもの。あらゆる事情を含んだうえでの、子どもたちに頼むこと。

彼らができることで、これからの王国に住む者たちが必要とされることである。

そう思い、そう信じながら、その教育者はあることを、子どもたちに告げたのである。







この世はいつになっても血生臭い。

絶えず人々は争い続け、同族嫌悪を起こす。

たとえその果てが無であったとしても、否定することしかできない。

否定と否定の上に希望を乗せ、成り立たせるために、ただひたすら戦う。

そうして歴史を積み重ねていき、やがて滅びを迎える。

これより前の歴史の記録が無かったとしても、この本質に変わりはないだろう。



そして、今回もその一つ。

ウェールズとマホトラスという、もとは一つであった国が相容れない者同士を作り出してしまった。

彼らが分離した時から、こうなることは程度予測できていた。

何も、争いの無い世界を夢見ていた訳ではない。

ただ、この国にいる限り、この枠組みに民たちがいる限り、自由と平等を与え続けたいというもの。

どれだけ崇高な理想であったとしても、どれほど都合のよい理想であったかどうかなど、言うまでもない。



誰か彼かの成すことには、必ず否定が存在する。

マホトラスが、ウェールズに奪われたその時間を否定し、奪い返そうとしているように。







「失礼。敵部隊の接近を確認したとの報告あり」


「お出ましか。町の鐘を鳴らせ。全部隊戦闘配置」




この町より距離を話して、密かに偵察活動をしている味方兵士が、敵の部隊の接近を確認した。

それはグラハムがバンヘッケンに到着してから5日後、すべての部隊が整ってからほぼ3日後のことである。

いずれ来るこの時のために集められ、この日の為に戦うことが定められている、彼ら。

部隊の指揮や統括をする上士たちが集められた、町の後方テント群に一報が入り、上士はすぐに部隊の配置を指示する。

この時既に別動隊は町を離れており、マホトラスの後ろを強襲する用意を進めている。

偵察している位置と町との距離がまだ離れているため、偵察兵は馬を使って快速で帰ってきた。

一方、接近する部隊は歩兵のため、歩いて移動をしている。

だとすれば、まだ接敵するまでに二時間ほどの猶予があるだろう。

上士たちは、郊外にある農地の外まで、集められた部隊を進行させた。

農地の外は多少の起伏や荒れた地盤はあるものの、ほぼなだらかで花や木も生える平原だ。

そこで戦う方がこちらとしてもやりやすい。

町に鐘の音が鳴り響き、兵士や民たちにも緊張の色が見え始める。

特に民たちは恐怖に怯え、あらかじめ準備をしていた民たちはこのタイミングで南へと逃げ始める。

マホトラスの読みは、このバンヘッケンという町そのものがウェールズの軍事基地。

だが実際にはそのようなことはなく、少数ではあるが今も民たちは生活し続けていた。

しかし、そうであったとしても、そうでなかったとしても、やることなすべきことはただ一つ。




ウェールズの長い一日。

訪れたのは嵐のごとく突き進む者たち。

待ち受けるのは、かつては隔てることなく一つであった同胞たち。




この日を境に、ウェールズも、マホトラスも、大きく変わっていく。

そのキッカケとなるのが、この一日。

だが、それも彼らが呼び起こした、自らの運命なのである。




2-27. 来るその時まで





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