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Broken Time  作者: うぃざーど。
第2章 混迷の戦時下
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2-26. 国の意地




「何とか北部の部隊を呼び戻すことに成功した。敵もやはり北西部を打ち破り包囲殲滅を考えていたようだが、最悪の結果にならなかったことを、まずは良しとしよう」




グラハムがバンヘッケンの町に到着してから、二日後のこと。

町の中にある駐留部隊の拠点基地にすべての人が入りきらないほど部隊は集結し、その数は今までウェールズ王国軍が集めたことのない規模にまで膨れ上がっていた。

拠点基地の中に入ることの出来ない、遅れてやってきた部隊は、町の南側、つまり王城へ向かうことの出来る道側にテントを張り、キャンプベースを新たに設けていた。

既にバンヘッケンは作戦が執り行われるための、兵士たちの町と化してしまっていた。

普段から兵士の存在に畏怖のようなものを持つ民もいるというのに、これだけの数が集まると息苦しさにもほどがある、というものであった。

部隊が何故この町に集結しているのかは、既に町の人たちに伝えられている。

これからこの近くが戦場になるかもしれない。

まとまった戦力がこの地に集まっているので、もし逃げるのであれば、後方の町か、あるいはその先の城下町まで逃げた方が良い。

簡略化するとそのような内容のことが伝えられ、民たちの一部はそれを受け離脱し始めている。




「まずは情報の共有からだ。各々持ち合わせている現況を広め、理解しておきたい」




そしてここは、バンヘッケンの拠点基地の内部。

大きな部屋で円卓に備えられた椅子に、総勢12名の男たちが集められている。

室内は明かりが灯されているのだが、若干暗くも感じる。

各々の机の位置に、地図が並べられている。

直接書き込みを入れる者もいれば、腕を組んで聞いているだけの者もいる。

彼らは皆、上士階級にあたる兵士たち。

普段は各地で駐留している部隊を統括する者たちだ。

王国軍の指揮系統には、軍全体を統括する権利と役割を担う王族、それを補佐し全体の運営と指揮をする王族、または城直属の上士がいる。

彼らによって分配され、北部や東部といったように地方を統括する大隊長がいて、その下に各町の部隊を統括するための部隊長が何人も置かれる。

例えるなら、かつて北東部の一部の部隊を指揮していたヒラーは、この中では最も低い上士階級という分類になる。

今この会議に集められているのは、王城直属の上士、各地方を統括する大隊長、そして北部で善戦を続けてきた部隊長たちである。

そしてそこには、アトリの上士にあたり、城の直属の兵士でもあるアルゴスの姿もあった。





「敵はまるで湧き水のように、次から次へと現れます」


「と、言うのは?」




今まで北部でずっと戦い続け、前線を維持し続けてきた男の部隊長が、真っ先に声を上げる。

つい先日まで戦い続け、疲れた身体でありながら集結命令に従い、生き残った部隊をここまで引き連れてきた男だ。

現場の声というものが一番為になる、という各々の考えが初めからあったために、彼の積極的な発言には全員が耳を傾けた。




「要するに、一の戦いで相手をした人は、二の戦いでは現れないのです。同じように二の戦いで相手をした人は、三の戦いでは現れない。まるで湧き水のように相手が現れてくるのです」


「…なるほど、つまりこちらは同じ兵士たちが戦うのに対し、相手はほぼ常に新顔が戦場に現れている、ということになるのか」




各々はどよめく。

それがどのような意味を示しているか、など容易に想像できる。

常に新顔が現れる、という表現は正確に言うと正しくは無いのだが、しかしながら身体の疲弊を回復させた新たな部隊ということであれば、その表現方法も正しくなる。

つまり、マホトラス軍は幾多の戦闘を行う度に、部隊のメンバーをチェンジしながら臨んでいるということになる。

三つの部隊があったとしたら、一の戦いで戦闘をした一の部隊は、二の部隊に戦場を引き継ぐことになる。

もし次に彼らが現れるとするのなら、それは四の戦いということになる。

恐らくはこのように幾つもの部隊をループさせながら、常に万全の状態で戦闘に挑んでいるということなのだろう。



「その度に数の変化は?」


「ほとんど何も。自分たちが数を減らしても、相手の数はそうは減らなかった」


「なるほど…どの程度スイッチ出来る部隊がいるかは分からないが、これは相当な兵士の数がいると見て良いだろうな」




一体どこからそれほどの兵員を集めたのだろうか、と不思議になる各々。

少なくともウェールズ建国の歴史を辿ればその一部は普通として考えられるのだが、ここまで来ると兵士としての教育を受けていない民たちも戦わせているか、あるいはマホトラスが別の地域に侵攻し続けているのではないか、とさえ思ってしまうほどであった。

更に、それだけの数がいるという現況が知れ渡った今、ここに兵士を集めた状況も多少は変化する。

今までウェールズは兵力を各地に分散させていた為に、数の上では不利な状況が続いていた。

その結果、北西部の部隊を失うという致命的な状況まで作り出してしまった。

数の上で有利にするために、一度で相手の戦力を大きく削ぐためにここに集められたのだが、各地で繰り広げられていたマホトラスの兵力も結集してこちらに向かってくるだろう。

その時、果たして本当に数の有利をもぎ取った戦闘が出来るだろうか。




「そういえば、結局北西部の連中は誰一人合流できないのか?」




別の男がそのように話した。

最早撤退し続けている部隊を引き込もうと考えている上士は殆どいなかったが、この場合においてはその過程の情報も共有した方が良いというのが、発言者の考えだった。

結局彼らはどうなってしまったのか、と。




「まだ具体的な情報は入っていない。だが恐らくは全滅したと見て良いだろう」


「なら、西側から攻められる危険性もあるということか」




―――――――いや、その可能性は少ないと見て良い。




「………?」





男たちが話している間に入るように、一人の男が立ち上がり各々に向けて声を出す。

その男は王城勤務で王家直属の上士、アルゴス。

多くの大隊長がいる中で、それよりも上の上士階級、彼らを束ね指揮し、分配する立場の人間である。

男たちは確かに考えなくは無かった。北西部の部隊が壊滅した今、残された西側の町から占領され包囲されるのではないか、と。

だがアルゴスは言う。



「西側の各町には奴らの求めている資源はそう存在しない。地図を見ても領地の西側に大きな町が無いことは奴らも承知している。更に、西に沿って王城へ向かおうと進むのであれば、途中にアデナウの森がある」



アルゴスが、マホトラス軍が西側から城に攻めてこないであろう理由の一つに、アデナウの森という存在を掲げた。

アデナウの森。

西側は領地の東側、山岳地帯ほど荒れたような土地ではないが、海岸線沿いは高低差もあり港町として栄えることが出来ない複雑な地形が広がっている。

比較的栄えている中央部と比べても道悪く、整備も行き届かないところも多い。

町の規模もそう大きいものは幾つもある訳ではなく、人の数も中央ほど多くは無い。

無論部隊を配置している町もあるのだが、海岸線から城に向かう途中、あるいは海岸線から南側の領地へ向かおうとするとき、アデナウの森という大きな森林地帯を抜けなければならない。

自然が豊かな王国領、というよりはその部分は自然が濃く大地に反映されている、と言うべきだろう。

東側の山岳地帯も同じように一度入ると抜け出せなくなるような森林地帯、荒野が幾つもあるのだが、西側ではこのアデナウの森がその一つである。

非常に大きな森林地帯かつ大規模な濃霧の発生しやすい地域であり、アデナウの森の中には海岸線から来る川も幾つか枝分かれして存在している。

また、内部には不確定要素だが湖があると言われている。

濃い森林地帯であるために日照時間が短く、またその光が届かない場所も多い。

そのために気温も低く視界も取りづらい。

森を進み抜けるにはとても時間が掛かり、通行路として整備されている訳でも無いので、資源がそう多くは無い西側とアデナウの森のことを考え、態々ここを抜けて城に攻め入ろうと考えることはしないだろう、というのが、アルゴスの主張である。

結果的にアデナウの森を迂回することになれば、中央部に向かうしか方法が無く、一般的な街道として成り立っている、その先に行き付くのはこの町の周辺なのである。



因みにだが、このアデナウの森は神秘的な場所として、一部の所説が国内に知られている。

いずれも迷信じみたものだが、かつてこの森の中、それも湖のある地に小さな小さな家を構え住む者がいた、という噂があった。

アデナウの森は一度入ると方向性を見失う可能性があり、時間をかけて抜けなければならないため、帰って来られない可能性が高い。

噂を確かめたい人も中には居るが、危険すぎると考えられるその場所に近づこうとする人は殆どいない。

戻って来なかったという前例もあるのだ。

態々そのような場所に迷信を確かめに行くほど、暇な人もいないし考えもつかないだろう。

もっとも、それをすべて否定すると一部の職業人の存在も否定してしまうことになるのだが。

例えば、地図を書く人など。



結局行き付き先は、この町の周囲。

であるのなら、接敵するとすればこの町の近くであることに変わりはない。

ならば、ここを防戦とする以外に手は無い。




「アデナウの森、ですか…天然の要害になり得ると考えれば、確かにアルゴス氏の言うことも納得できますね」


「ああ。あの森は未開拓地域だし、突破されることもあるまい」




たとえ両軍が戦う状態にあったとしても無かったとしても、どちらにせよこの国中に、いや、この大陸中に地図の存在は知れ渡っている。

アデナウの森の存在は秘匿されているものではない。

中を知らない人は現実に大勢いるだろうが、少なくともこの段階でこの森を抜けて王城を攻め立てようとは考えにくい。




「加えて、東部からの敵の侵攻はあれ以来無かった。考えるとするならば、正面の敵に対応する、それでいいだろう」



そう言い終えると、アルゴスは席に座る。

彼の言うことはもっともであり、各々を納得させるだけの内容でもあった。

東部の攻撃は、結局のところアトリたちの攻防戦以来発生していない。

北東部の部隊の一部を統括していたヒラーが傷をいやしながらも、その動向を探り続けていた。

しかし、まるで縁を失くしたかのように奴らは現れなくなった。

その後すぐに、北西部と北部で戦闘が発生した。恐らくはこれが理由だろう。

三方向からそれぞれ同等の兵力を有するのは不可能に近いだろう。だが、それが可能だと思われるほどの規模、兵員を揃えていると見て良い。


その後も、話は続く。

今この地に集まった部隊以外のことも触れられた。

南部の領地を防衛している駐留部隊は、王城を防衛するための者たちと、町を防衛するための者たちとで部隊が編成されている。

南部からの奇襲はまずありえないだろうという結論をあらかじめ出してしまい、その後で兵力を分配する。

その結果、これ以上の部隊がここに揃うことは無いだろうし、揃えるとしても奴らの攻勢に間に合わない可能性があるという結論に至った。




「西側にいた味方の中には、相手を翻弄出来るほど強い人もいたのでしょう?彼ら皆が殺されてしまっただなんて…信じたくありませんね」




作戦。

相手が正面からこちらの戦力を削ぐためにやってくるのだとしたら、それに対しどう対応すべきか。

それを話し合っている最中に、再び北西部の部隊のことが話題にあがる。

不確定な情報につき詳細な結論が出ない。

彼らが生きているのなら、ぜひ戻ってこちらに参加してもらいたい。

それはその場に座る全員が思うことだった。

特に、アルゴスにはその思いが深くある。

一人の男の名前が、この円卓でも出されていたのだから。




「あぁ、アトリくん?噂には聞いていたが、彼も駄目か」


「まだ決まった訳じゃありませんってば………」


「ああ、そうだったね、失礼。だが確かにアトリくんには合流してもらいたかった。彼の噂は私たちもよく聞いていたよ」


「同じく。別名”死地の護り人”、助けられた側の民たちはさぞ彼の存在を祀り上げたことだろう」




そこまで大それたことをした、と彼自身は思っていないし、その表現は皮肉の籠った言い回しであることも誰もが理解できる。

人が人々の間で祀り上げられるなど、それこそ国を建国したかのフィリップ王のような存在にまでならないと、普通は無理であろう。

人がもたらした多大な功績を厚く評価し祀り上げる。まるでその地の『英雄』にでもなったかのような表現の仕方。

しかし、実際のところこれに近い考えを持ち得る民も、少なくはない。

それは彼が今までそうした声を聞いてこなかっただけのこと。

また、そうしたものを彼が享受しようとしなかったという理由もある。

謙虚を越えて奥手に回る彼の人となり。

彼自身、求められれば自分の手によって助けられる、すべての人間を助けたいと思う時がある。

だが、それが叶わない瞬間は幾度となく見続けてきた。

味方の兵士たちから死地の護り人、などと言われるのは、そんな状況の中、幸福という席から零れ落ちて行く人たち、その大勢を救ってきたからなのだろう。

その彼の手腕は、上士階級たるこのメンバーの多くが認めていたし、気にもしていた。




「まだ20歳にもなっていないんですってね」


「本当か!?若いな……そんな男もいるのか」




―――――――今はその男の話は良い。




「………!」




「作戦を考えよう。いるかどうかも分からない男の話をしたところで、進展はない」



話が脱線している、本来ここに集められた目的は雑談をするためではない。

そう言って各々を律したのは、アトリの上士にあたるアルゴスであった。

それを知る者たち、上士階級の兵士からすれば、心の痛む話であった。

普通の反応であろうが、それをアルゴスは隠しているのだろう。

何せ、自分の部下が殺され、今はもうこの世にはいないのかもしれない。

だがそれに悲しむ暇も与えられず、ただ目前に控えた戦いに備えなければならない。



もとより、兵士とは戦うためのもの。

誰かを護るという理想を掲げたとしても、誰かを救うために利用される道具でしかない。




話の争点は幾つかに分けられた。

まず一つは、相手の戦力と行動ルート。

これに関してはおおよその検討が既に付けられており、そのうえで自分たちはこの町にやってきたのだから、そう長く話を必要とはしなかった。

ただ、相手の兵員数については予測し得ないところもあり、全戦力を真正面から戦わせることには反対の意見が多かった。

一度の戦いで終わるとも思えず、こちらは町を防衛しながら戦うことに対し、相手は町の破壊とて手段の一つとして考えることが出来よう。

ただ、幾度も戦闘に耐えうるための戦力投入を考えていては、何の為にこれだけの数集められたのか、と考えられなくもない。

そこで、マホトラスの侵攻に対しては、以下のような作戦が立案された。

確かに相手とは真正面から立ち向かえるようにする。相手の存在を探知できるように、アデナウの森を迂回するルートと真正面のルート、半日以内の距離に偵察兵を置き、動向を探る。

敵と認識が出来た時点で撤退し、すぐに町の兵士たちは迎撃の用意を行い、町の郊外で戦端を開くようにする。

恐らくマホトラス軍は本隊を中央部に向けているだろうから、こちらも本隊を相手にぶつけるようにする。ただし、これに細工を入れ、一部の足の速い部隊を編成して、敵の背後を襲い奇襲をかける。

相当な難易度を要するものだが、前後からの挟撃体勢を作り相手の攪乱を誘う。

これにより一気に戦力を押し上げ、敵を殲滅、または大きく後退させることを目的とする。

奇襲部隊に選抜される者たちは、あらかじめ全員が馬に乗り、退路を走れる用意を整えておく。

前面に展開する本隊は、出来る限り重装甲の歩兵を戦列展開をする。

入り乱れてしまえばどうすることも出来ないが、前衛となる兵士たちが一気に消耗する前に、重装甲で防衛しながら敵の数を減らす。

これがマホトラス軍を迎撃するための作戦として、各々に立案された。

そしてすべての人が納得した上で、その配置を決める。


もう一つは、もしここで負けた場合のことだ。





「既に背後にまとまった戦力は存在せず、か」


「何を言う。居ない訳ではないだろう」


「だが、ここで集められる戦力の何割にも満たないだろう。元より後ろなど気にするべきではないのかもしれないが…しかしここで争ったところで意味は無い。念には念を入れるべきだ」




誰も、自分たちが負けることなど考えたくはない。

どれだけ階級の高い兵士であれ、負けたくないと思う気持ちは皆一緒だ。

しかし、暢気にそのようなことを気にしている場合でも無い。

今までの戦いすべてにおいて負け続けてきた訳ではないが、明らかにマホトラス軍が自分たちの脅威として成り立ち、そして自分たちを転覆させる最大の要因になり得る。

その相手に、今後の対策や方針を固めておかないのは、それこそ危険というもの。

自分たちの存在が脅かされ、その果てに「国を失う」ことになる、本当であれば誰もそのようなことなど考えたくはない。

たとえ建国の歴史が浅かったとしても、国であることに変わりはないし、そのために先代の国王も、それに続いた兵士たちも戦い続けてきた。

その土台を、いとも簡単に破壊されるわけにはいかない。

国が機能し続け生き続けるためには、ある程度犠牲と考えられるような思考も持ち合わさなければならない。

本来、この国の持つ信条が否定している部分の思考だ。

せめてこの国の領内にいる者たちは、幸福という席に座ってもらいたいし、自由という供物を受け取ってもらいたい。

だが、時にこの国が存亡の危機に陥るのであれば、すべて幸福の席から外されてしまう危険性もある。

それだけはしてはならない。

たとえどれほど厳しい未来がそこに待ち受けていたとしても、決して国そのものが奪われてはならない。



だから彼らは考えた。

もし、自分たちがここで敗れるようなことがあれば、次の為にすぐ行動できるように、と。

ここでの話は、当然のことながら兵士を介して王に伝えられる。

王はこの決断を、苦悩し否定したがるだろう。

だが、それでも必死に戦い続けてきた者たちの思い、意地を――――――――――――





どうか、認め受け止めてもらいたい。






そうして、幾つかの争点を乗り越える。

今ここに敵を迎え討つ算段を整える。

今まで国が経験して来なかった、大規模な戦闘が行われるだろう。



その果てを見ることになるか。

あるいは別の結末を迎えることになるか。




やがて、彼らの長い一日が、始まるのである。




2-26. 国の意地




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