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Broken Time  作者: うぃざーど。
第1章 死地の護り人
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1-4. 王城の朝




―――――。



何故このようなガキをよこしたんだ!?



ハッ…!もはや我々は誰からも見放されたと見える



民一人護れないで、何が国だ!!




その人の言い分は、分からない訳ではない。

否定することも出来るのだが、彼はそれをしなかった。

それをする立場に無かった、というのもある。

その人の話すことが正しいか間違っているかは別にして、確かにそうなのだと

思えるからである。


この王国にとって、自治領地を護る義務はない。

あくまで、護る義務を課せられているのは直轄地に対してのみ。

当然と言えば当然のこと。王国が統治する直接領地を見放しておく訳にはいかない。

その点、自治領地は王国には属せず、自分たちで生活を営んでいる。

今回のように要請されれば兵士は派遣されるが、それは絶対の条件ではない。

明らかに危険だと判断される例も過去には幾つもあった。

兵士が派遣されるという状況を考えれば、イコール戦いが発生すると言っても過言ではない。むしろ、派遣される理由は戦闘をしに行くから、と言ったところで不自然ではないだろう。

中には、派遣されたは良いが結局戦闘が行われなかった例もある。

しかし、それはあくまでこのご時世において例外に入る部類なのだろう。


王国は、他の自治領地と違い、国と呼ばれる部類の巨大な領土を持っている。

彼が駆けつけ防衛をした、僅かに100人にも満たない自治領地とは訳が違う。



だが彼としては、助けてほしいと言っている人がいるのであれば、相手がどのような人であれそれに応えたい、と思うのであった。

ゆえに。

今はもう昨日だが、あのような結果となってしまったことが、申し訳なかった。

だから力不足だと感じてしまうし、より一層強くなる必要があるのだと思ってしまうのだ。


そういう意味では、アトリは純粋な人間なのかもしれない。

他方、鈍感とも言えるのかもしれないが。



結局考えることが沢山あり、眠ることなど出来なかった。

確かに身体に疲れは感じる。

怠く重くのしかかるような感覚。

だがそれも戦っている時に比べれば、何のことはない。


時間は、8時を過ぎる。

王城の周辺、城下町を包囲するように広がっていた霜は、日が充分に昇ると共に晴れてきた。今日は昨日とは違い天気に恵まれそうである。

この時刻を過ぎて、王城と城下町の一日は本格的に始動する。

城の周りにある城下町は、他の自治領地や直轄地の規模と比べると相当に大きく、また生活をしている民の数もその比ではない。

この地域には戦闘による余波がそう届いてはおらず、平穏な日々を送っていた。

飯屋、万事屋、物々交換や貿易商品を取り扱う質屋。

続々と人が起き、町の中を歩いていく。店を切り盛りする者たちも、朝から開店のための準備を進める。

城下町が賑わいを見せるのは、これからである。


一方。

国のシンボルとも言える、王城でもこの時刻を過ぎれば活動が始まる。

8時前という時間を目安に起きる人が大半であり、そういう意味でアトリが帰還した7時頃はまだ閑散とした雰囲気であったのだ。

だが、8時を過ぎれば召使たちも一日の活動を始め、それ以外にも王国、王城に勤める者たちが動き始めるのである。

たとえば、召使が担当する城の整理や掃除。アトリのような一介の兵士やこの城に勤める一般階級の人たちが使う部屋に出入りし、掃除をする。

そのため、例えば今朝帰ってきたアトリは数日間自分の部屋を留守にしていたのだが、それでも召使はいつ帰って来ても良いように、気前よく掃除をしてくれるのだ。

さらに、人々の服装を洗濯する者もいる。

綺麗な川水も近くに流れておりそれを使う時もあれば、雨が強く外に出るのが大変な時は、城内の各所にある井戸水を使用し洗濯することもある。

他にも紹介するところは沢山あるのだが、それは追々説明していくとしよう。



アトリも眠れぬ身体を起こして、再び部屋を出ようとする。

兵士にとっては起きれば既に一日の始まり。多くの兵士は起きて準備が出来れば武装をする。それがたとえ城内であったとしても。

女性兵士のクロエのような珍しいパターンもあるのだが、彼女はどちらかと言えば好きで召使の手伝いをしているようなものだ。無論、そのことは、一般の兵士たちよりも階級が上にあたる「上士」も知っている。そのうえでそれを許しているのだとか。



「あー!アトリお兄ちゃんだー!おはよー!!」

「ホントだおはようー!!」


「やぁ。おはよう」



アトリは、自治領地で起こったことを報告するために、上士の部屋に向かっていた。

すると、大きな廊下を小さな子どもたちが颯爽と駆けて行く。アトリを見つけるなり、満面の笑みで挨拶をする。



「今日も早くから稽古?」

「そう!今日は模擬試合するんだって!」

「んー、そうか。それでこんな早起きしたんだな?」

「うん!!」



数にして、6名。全員がまだ10歳に満たないくらいの子どもたちで、二人女児が混ざっている。とても仲良さそうに会話をしながらアトリにも話しかけているのだが、何故稽古をするか。

当然、彼らは兵士志望の子どもたち。将来有望株なのかどうかは別にして、アトリが現実にしている世界に来ようとしている子どもたちであることに、変わりはない。

子どもたちは城下町に住んでおり、恐らくは今日の為に早めに朝食を済ませ、いつも稽古をしている大きなフロアに向かうのだろう。

子どもたちの利き手には、剣術稽古に使われる竹刀と呼ばれるものがある。

あぁ、少し懐かしい。

アトリはそう思いながらも微笑んだ。



「けがはしないようにね」

「うん!ありがとー!!」



微笑みながらも静かな声でそう言ったアトリの次に、早く行こうぜー!というやんちゃ坊主の声が響き、彼らはまた走っていく。

元気が良いのはいいことだ。たとえその先に痛い思いをすることになっても。

子どもたちの走る背中が見えなくなるまで見ていて、それが消え去ると彼もまたその場を離れて行く。

そういえば、最近は誰が稽古を担当しているんだったか。

ふと、そのようなことを思いながら、廊下を歩き続け、「上士」のもとへ辿り着く。


上士にあたる人―――――アルゴスに向けて、アトリは事後報告を行う。

アトリにとっては自分の上士がアルゴスで担当もそうなのだが、このような上士と呼ばれる、兵士団の中でも上位階級に位置する人は、他に何人もいる。

兵士の数も多いので、すべてを一人が管理するのは到底無理な話である。

この王城と城下町に拠点を置く兵士だけでも多数おり、それ以外にも各直轄地や地域に拠点を構えている。



「そうか。あのご老体は直轄地にしてほしい、と。よくそのようなことが言えたものだな、こちらではどうしようもないと思っていたが。事情は分かった。私から臣に伝えておこう」


「お願いします」


「戦いから戻ったばかりだ。その様子からではあまり感じられんが疲れはあるだろう。今日は久々に城下町の警備を頼む。日が落ちたらいつものように宝物庫を。このところ出征続きで城や町の警備は万全ではない。何もないことに越したことは無いが、そうもいかぬようだしな。こちらで時間配分はしないから、自分の好きなように回してくれ」



『アルゴス』

前述の通り、アトリにとっての上士。

同じ王国兵士団で剣を持つ兵士である。

威圧感すら感じる堂々たる風格は、その筋肉質と逆立った髪の毛にあるだろう。

また、常に武装をしている兵士で、アルゴスの場合はそれ以外の服装を

他人に見せることがほとんどない。

幾ら兵士と言えど、自由行動をしている時は武装していない時もある。

アトリもそうしている時間帯もたまにあるが、アルゴスの場合は常に鎧を装着して剣を持っている。

たとえ今のように部屋で仕事をしている時でも。



「では下がってよし」


「はっ」



今の自分の状態が他人から見れば、疲れているように見えないのだろうか。

アトリは決して自分からポーカーフェイスになろうとしている訳ではないが、どうやら上士であるアルゴスにはそう思われたらしい。

アルゴスの見る目を疑うべきなのか、本当に疲れているように見えないのか。

そのようなことは良いとして、アトリは朝食を済ませるために、王城内にある食堂へと行く。


王城の朝、食堂。

流石に大人数向けに振る舞われる食堂であるために、王国の役人や王家の者がここに来て食事をすることはあまり無い。例外は存在するが。

ここにも調理人が20名程度で仕事を回しており、王城に勤める者たちに腕によりをかけて食事を振る舞っている。

アトリは自治領地の防衛で居ない時も多いが、こうしている時にはこの食堂を利用して朝・昼・夕食を摂るのだ。



「あっ、おはようございます、アトリさん」


「あぁ、おはよう」



そう挨拶をしてくる、姿からして召使の女性。

彼と同じくらいの年齢だろうか。若いのにこれだけ広い城の仕事をするとは感心する。…と、やや年寄りじみたことを頭の中で考えた自分に一声かけ、長机の向かい側に座った女性を見る。

その人は城内にいるときは、よく顔を見る召使である。

もっとも、アトリとしては自分の部屋を掃除してくれる人だ。



「今日はこちらにいらっしゃるのですか?」

「あぁ。そのようで」


「良かった。あまり戦場ばかり行ってしまわれると、掃除のし甲斐が無くなってしまうので」



その召使の言葉に思わず目を丸くしたほどだ。

いや、確かに否定はしない。

使わない部屋は埃ばかり増えて行くだけで、掃除などそこまで念入りにする必要は無いのかもしれない。

そう言われると、アトリは自治領地へ行くことが最近多くなった為に、あまり気を使わせることが無くなったのだろう。



「そ、そうか。あえて汚くしていくべきかな?」



と、思ってもいないようなことを口にして、その女性を笑わせる。

やや戸惑いの表情を見せながらも、食事をしながら穏やかな会話をしている。

城の朝はこのような感じだ。

この地域は平穏そのもの。そのせいか、勤めている者たちも気が晴れているというか、余裕あるというか。



「それは困ります。程々に、でお願いしますね?」


「はは、いや自分の部屋に気を使わせるより、他にもっと汚い部屋があるだろうからそれに注力して頂きたいな」


「あ、アトリさんさりげなく自分の部屋は綺麗だと思っていますね?いや綺麗ではありますがっ」



少しだけ赤面しながらそう言う召使の女性が、なんだか初々しく感じてしまう。

と、同時にこの城やこの人たちの雰囲気に、彼なりに感じるものがあるのだ。

そうでない光景を他の人より多く知っているだけに。

このような平穏平和な毎日が世界中どこに行っても存在していれば、あのように

悩み苦しみ、消えて行く者たちを見ずに済むだろうに。



食事を終えると、少し気にしていたが、見習い兵士の訓練をしているフロアまで移動してみることにする。

アルゴスに言われた、時間配分は任せるということで、別に遊ぶという訳でも無いが少し寄り道をしてみようと思ったのだ。



―――――ヤァッ!!



―――――セイッ!!




随分とまた、気迫に満ちている…というか、皆やる気満々だ。

王城の中でも少し階段を多く上がり、高い階層のとあるフロアでその訓練は行われていた。子どもたちが30人はいるだろうか。

この人たちが皆何を思い、兵士の見習いになろうとしているのかは分からない。

憧れかもしれないし、夢なのかもしれない。

自分の立場はどこにあるだろうか、と考えながらも、この子どもたちに余計なことを言うのは止めた方が良さそうだ、と彼は瞬時に思った。

輝ける子どもたちの眼。

力強く竹刀を振り回す勇敢さ。

全身に汗を流しながら、楽し気に、それでも真剣に打ち合うひたむきさ。

どれを見ても希望に満ちた子どもたち。

それは子どもたちの腕が良いということではなく、その気持ちがいずれも上向きであるということ。



「あっ」



―――――???



一瞬自分でも「何故?」と思うところがあった。

子どもたちの訓練の師匠をするのは当然兵士として認可を受けている者だということは理解できる。

だから決してこれは間違った光景ではない。

今彼の視界に写る一人の大人も、確かに兵士の一人だ。



「…あれぇ?アトリこんなところで何してるんだ~?」


「げ、クロエ」



でも、それでも疑問は消えなかった。

あの女、こんな役回りもしているのか?

朝早起きしては召使のために色々とお手伝いをし、ご飯を食べて次には子どもたちの指導。

それとも今日だけなのだろうか。

それにしては、先程までの子どもたちとのやり取りを見ると、とても仲良さそうに見えた。

だがとにかくも、口から思わず「げ」という単語が発せられていた。

気付いたところでもう手遅れだろう。

子どもたちも彼の存在に気付き、多くの子どもたちがアトリの名を呼ぶ。



「…通りがかりだ」


「嘘嘘。そんな分かりやすい嘘久々に聞いたよ」




―――――、来るべきではなかったか。



「くそう」

と心の中で呟き自分の拳を頭にぶつけてやったが、そんなこと、心の中の情景など誰にも見えていない。

そして明らかに嘘であると判断したクロエのそれは、図星である。



「クロエ、いつから訓練の担当するようになったんだ?」


「知らなかったのかい?まぁいつもって訳じゃないけどさ、たまにはこうして子どもたちをビシバシ教えるのも良いかなってね」


「…ちゃんと頼まれてるんだな…?」



色々と突っ込みどころがありそうな話を聞き出せそうだが、まぁよし。

このように、兵士とは言っても彼女のように少し役回りが異なる人もいる。

アルゴスは「出征が多くなってきている」と警鐘を鳴らす。無論、それはクロエという女性兵士にも届いているし、他の兵士たちにも行き届いた情報だ。

必要時は彼女だって戦場に赴いているし、きっと自分と同じように…。

だが、こうした日常的な光景、それも子どもたちを相手にこうした教育が出来る時間があるというのは、好ましい状況なのだろう。

兵士=戦場、というイメージは拭い去れない。だが、そればかりではない、ということを子どもたちには教えられる。



…いや。


むしろ、今はその姿だけ、見ていて欲しい。


誰もあのような姿になることなど、望んではいない。




「よ~し、じゃあせっかく本物の兵士がここにいるんだから、ちょっと立ち合いをやってもらおう~」


「わーい!!」

「アトリお兄さんの稽古だー!!」



クロエが不気味な笑顔をアトリに見せながら子どもたちにそういうと、子どもたちもそれで盛り上がってしまった。

全く、悪乗りもいいところだ。確か子どもたちはこれから模擬試合をするって言っていなかっただろうか。この様子では、まだ始まっていないのだろうか。

模擬試合というものは、アトリも経験がある。

自分もこの子どもたちと同じように、子ども時代をこうして剣の鍛錬で過ごしてきた時がある。

試合ともなれば形式的なもので、勝ち負けが付く。

先程の子どもたちの打ち合いは、まだ試合ではなかったのか。

しかし、本当に朝早くから皆元気である。嬉しくはあるが、その元気の良さに圧倒されそうになる。歳をとったか。


待て。

立ち合いって、誰と?


ふとそう思った瞬間、アトリは周りにいる子どもたちを見る。

流石に歳も幾つも離れているし体つきも違うし、経験も天と地の差。

この子どもたちを相手にしたところで負けはしない。

それは立ち合いとして修業、訓練になるのか?


そう思った次の瞬間には、嫌な予感がしていた。

そして、それはほどなくして的中する。



「じゃあここは、アトリの先輩である、私が剣術を披露しちゃうからね~」




―――――ああ、本当に来るべきではなかった。




1-4. 王城の朝




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